機動戦士GUNDAM SEED Revival-Ver.ARIS-

 SEED Revival-Ver.ARIS-    第一部「導かれし運命」

「機動戦士GUNDAM SEED DESTINY」のその後を描いた二次創作サイトです。オリジナル成分多め。戦闘成分多め。更新頻度は……キカナイデクダサイorz コメントか拍手で感想とかいただけると管理人が嬉しがります。

Index ~作品もくじ~


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»»  2011.08.15.

アリー。それは私がスレイプニールに乗ってから始めて目指した目的地。
交易や商業が盛んな、美しい街。しかし同時に奇妙な街。
レジスタンスはおろか、東ユーラシア政府軍までも受け入れる。
結果として中立、戦闘不可地域へと変貌を遂げた不思議な街でした。
二週間の長旅の末、ようやく私達はそこへ辿り着いたのです……。




 降りしきる雪の中、一台の大型トラックが広大な台地を横断していく。街道は既に雪に埋もれてしまっているので『この辺が道だろう』と当たりをつけて走る。それはこの大型トラックに限った話ではなく、この辺りではごく普通の事だった。
 ハンドルを握るシンは薄手の手袋で寒さを凌ぎつつ、雪で出来た隆起を捌いていく。アイスバーンと化した元道路は、ほんの少しの油断も逃さない狩人だ。集中して、道路に意識を向け……

 「ひあ……ひああああんっ!」

 ……出来なかった。本日何度目かわからない、一行最年少のナージャの鳴き声がシンの心を逆撫でする。しかし何としても、怒鳴る訳にはいかなかった。何せ相手は、未だ一歳児なのだから。

 「ご、ごめんナージャ。おむつ? さっき変えたばっかりなのに~」
 「寒いからしょうがないわよ、ソラ。後でまとめて洗うから、こっちに頂戴」
 《タイムカウンターによるとミルクまでの時間は50分後だな。となれば確立としては……》
 「訳のわからない事ブツブツ言わないでよ、レイ」
 「さー、ナージャ綺麗になったよ。はい、あばば~」

 ソラとコニール、ものはついでにAIレイが賑やかに車内をまぜっかえす。何となくシンはその輪の中に入るタイミングを逸して、ますます意識を道路に向けようとして、イライラするのだ。見事な悪循環である。

 (……早い所、アリーに着いてくれ。俺の忍耐力の続くうちに……)

 大型トラックは、どこまでも続いていきそうな雪景色をひたすらに走り往く。一路、アリーへ。




 スレイプニールメカニック班、サイ=アーガイルは苦労症である。
 手抜きは一切せず、機械の本領が発揮できる為に全力を注ぐ。それは正に職人気質であり、悪くいえば馬鹿正直である。とはいえそうした気質は特にパイロット達に好評であり、全幅の信頼を置かれる所以でもあった。

 「……疲れた」

 そう言った瞬間、サイは膝から崩れ落ちて床に寝転がる。冷たい床だが、火照った身体には丁度いいと思えるのだ。
 大尉達が未だ帰らない状況において、シンのシグナスは最大戦力である。そのため、いつでも動ける様にしておかなければならなかった。

 「おつかれ、サイ兄」

 サイの事を兄と慕う、メカニック班助手シゲト=ナラがコーヒーを持ってきてくれる。湯気立つコーヒーの匂いがサイの嗅覚を刺激し、サイは上体をむっくりと起こした。

 「だるい……」

 コーヒーを一口啜りながら、サイ。シゲトが「そりゃそうだよ」と応じる。

 「サイ兄、ここ数日寝てないじゃん。死んじゃうよ」
 「……そうかといって、シグナスが動かなきゃ全滅だぞ」
 「そりゃ、そうだけどさ……」

 サイとて、休もうとした。しかし、駄目だった。自分が休んでいる間に敵が襲ってきたら…。その悪夢が繰り返し続いて、休むにも休めないのだ。それなら動いていた方がマシだ――サイはそう思う。

 「大尉達、いつ戻ってくるんだろうね」
 「元からアリーで合流予定だ。この雪で遅くなってはいるだろうが、じきに来るよ。まぁ、そうしたらこのモビルスーツデッキがシグナスで一杯になるな」
 「ホウセンカ隊のみんな、元気かな」
 「大丈夫だろうよ。女性ばっかりだけど、なかなかどうして腕っこき揃いだ。こっちの追撃に回されなくて幸運だったよ」

 記憶にあるのは腰まで届く黒髪の女性。シホ=ハーネンフースと言ったか。偽名だらけのレジスタンスで、堂々と本名を使うのは珍しい。最もサイも偽名など使ってはいないのだが。
 コーヒーを飲み終わったサイは、大きく伸びをする。そして両手で頬を張ると、立ち上がった。

 「よしっ。仕上げといくか。あと少しで終わるから、シゲト手伝ってくれ」
 「任せてよ! その代わり終わったら寝てよね」
 「こいつっ」

 朗らかに笑うシゲトが、サイを支える力の1つなのは間違いないだろう。サイは両の足に力が戻っている事に感謝しつつ、シグナスに向かった。次は破損したシグナスを立てる様にしなければならないな、と思いながら。




 ようやくアリー市街にある潜伏先のホテルに辿り着き、シンは安堵――出来なかった。

 「あー!」

 小さな暴君、とはこの事である。『泣く子と地頭には勝てぬ』でもいいかもしれない。1つしかないベッドに横になったシンの油断であった。

 「あいたた、引っかくな引っ張るな指を口に入れるな!」
 「あー」
 「あー、じゃないっ! コニール、ソラ! ちゃんと躾けろよ」
 「……普通、赤ちゃんがいればベッドに寝かすでしょ」
 「じゃれてるんですよ。凄いですよシンさん、こんなに短期間でナージャに懐かれるんだから」
 《いや、いい遊び道具だ。しっかり励めよ、シン》
 「お前等なぁ!」

 シンは今更ながら気が付いた。自分が孤立無援なのだという事を。
 
 「コニールさんはいつ買い物に出ます?」
 「ん、打ち合わせは夜8時だから……そうだね、この後ちょっと行く?」
 「はい。少しナージャの服も買ってあげたいし」
 「いいよ、リーダーから少し多めにふくんだって来てるから。ナージャはシンとレイが見てくれてるみたいだし」
 「……もう勝手にしてくれ」
 《任せろ、何かあったらシンを怒鳴り散らす》

 シンは嘆息した。髪を引っ張られるのは諦め、好きにさせる。とはいえそれ程嫌な訳でもなく、女二人が和気藹々と部屋を出て行くのをぼんやりと見送っていた。




 メイリンは嘆息した。

 (……まさか私が、もう一度ミネルバに乗るなんて、ね)

 正確にはミネルバ級の流れを受け継ぐオーブ連合首長国――統一地球圏連合国が建造したミネルバ級改修型、であるが。『レコンキスタ』と命名されたその戦艦はミネルバと違って、黒と銀で染め上げられている。禍々しいそのフォルムは、しかしそれ以上に禍々しい逸話に彩られていた。
 ドム=クルセイダーズ。統一地球圏連合軍の中で、最も暴力的且つ攻撃的で荒々しい部隊。ラクス=クラインの剣を自認し、統一軍に歯向かう者は女子供だろうが容赦なく蹂躙する――その旗艦が、このミネルバ改級レコンキスタなのである。
 今メイリンは1人、割り当てられた部屋で考え込んでいた。

 (ゲルハルト=ライヒ……空恐ろしい男。一体どこまで知っているというの?)

 偶然とは思えなかった。治安警察に在籍しているとはいえ、余りに急な辞令だったのだ。しかも後方での事務や支援が中心の情報部に在籍するメイリンに、最前線戦闘部隊クルセイダーズの支援を行なえ、等とは。
 メイリンと共に乗船したのは、オスカーとエルスティンの部下二人、その他メイリンの選んだスタッフ。更に護身用としてモビルスーツも載せて構わないとくれば。メイリンからすれば、腹の底まで見られている様な気分にすらなる。
 しかし、メイリンは命令に従った。千載一遇のチャンスには違いないのだ。

 (ヒルダ=ハーケン。ヘルベルト=フォン=ラインハルト。そして、マーズ=シメオン。この三人が、あの時ドム=トルーパーを操縦していた。そして、姉さんを殺したのはおそらく……)

 だんっと壁を殴りつけた。胃液が逆流する。嘔吐したい衝動を懸命に押し殺しながら、メイリンはしかし獰猛な瞳を隠しきれなかった。

 (許さない。あんな……あんな殺し方をしたあいつ等を。許す事なんか、できやしない!) 

 だが、慎重に動かなければとも思う。最悪の事態に突入した場合は自分だけでは済まない、夫であるアスラン=ザラの立場をも危うくしてしまう。事を起こすのならば、慎重には慎重を期さなければならないのだ。そして同時に、誰よりも大胆に立ち回らなければならない。
 どうすればいいのか。それは、すぐに解答が出せるものではない。
 窓に映る光景は遥かコーカサスの大地、レコンキスタが向かうはアリーの街。治安維持の名の下、これから起こるであろう戦乱にメイリンは一縷の望みを託そうとしていた。




 「……聞かなくてもわかるよ、ハインツ。あの女狐の目を見ればわかる。アレは『私を殺したくて堪らない』って目だからねぇ。馬鹿な女だよ、戦の臭いを嗅ぎ分ける事すら出来ないのに、こんな所までノコノコやってくるんだからねぇ」
 「違いない、な」
 「オーブでデータ入力だけやってりゃいいものを。これだから平和ボケって言われるんだよ」

 一方その頃『メイリンの仇敵』であるヒルダ、マーズ、ヘルベルトの三人は一室に集まり、オーブオロファトの治安警察オフィスと交信していた。モニタに映るのはハインツ=ドーベル。治安警察実行部隊司令官と揶揄される男である。

 『オーブに居れば、世界が未だ戦乱であるとなかなか気付けんものだ。まして我々の様な者達が、各国のパワーバランスを調整しなければならない脆弱な状態だとはな』
 「それにしても、解せませんな。そこまで判っていながら、何故メイリン=ザラを自由にさせるのです? さっさと拘束して……」
 「お前は馬鹿か。相手はあの4英雄の1人の妻だぞ。ヘタな疑いなんぞ掛けたら、俺等全員その場で縛り首だ」

 ヘルベルトとマーズが口々に言う。それを横目で見ながら、ヒルダが口を開いた。

 「……テスト、ということかい? ハインツ」
 『察しがいいな』

 短くドーベル。しかし、それはお互いにとって『満点』の回答だった。

 「ライヒ閣下は、我々では軍神に敵わないと?」
 『それはわからん。それ故のテストだと理解してもらおう』
 「……用心深いことだね」

 ヒルダは半ば呆れていた。ドーベルやライヒの偏執的なまでの完全主義に。

 (この男達は、本気で……キラ=ヤマトに頼らない『平和』を作ろうとしている)

 否、それ程恐ろしいのか。スーパーコーディネイターと呼ばれる人間ですらないモノの、圧倒的なまでの可能性を。
 ヒルダは頭を振って、思惟を追い払う。考えても仕方の無い事だと判断したのだ。

 「ま、いい。とりあえずこっちは任務を遂行するだけだ。女狐が正体を現したら、そっからはあたしの判断に任せてもらうよ。いいね?」
 『解答する必要すらないな。戦場で判断するのは『現場』のみだ。『司令部』ではない』

 ヒルダはちろりと舌舐めずりをした。それは獰猛な肉食獣が獲物を見つけた時の仕草だった。
 当面の指令文書をもう一度引っ張り出して確認する。それにはこう書いてあった。

 『来る12月25日、アリーの街を封鎖、制圧せよ。その際、集結している戦力があれば所属に関わらず破壊せよ』

 眼下にはアリーの街が既に目視できる位置にある。作戦行動時まで後数日、彼女は湧き上がる高揚を沈められそうもなかった。



全てを知る事が出来るのなら、私は言うでしょう。
「ああ、また巻き込まれたのか」と。
もう、そういう運命なのかなって。
私も、シンさんも、コニールさんも、ナージャも。
そうとう運命の神様には見込まれていたみたいです。
私、『薄幸の美少女』ってタイプじゃないのになぁ。




 ――12月24日。その日は澄み切った青空の日だった。

 「明日は雪か。路面の状態が悪くなるな」
 「……ホワイトクリスマスっていう一大イベントに容赦ないわね、あんたは」
 「こっちの方でも、クリスマスってあるんですか?」
 「あるわよー。何せ楽しみが少ない地域だもん、派手にやるわよ」
 「うーあー」
 「へぇ。そう、ナージャも楽しみ?」
 「いいわよ、打ち合わせも無事済んだし楽しんでいきましょう」
 「……だから、路面の状態がだな」
 《シン、無理だ。お前の意見は自動的に却下される様になっている》

 アリーの街のメインストリート、ひたすら買い物三昧の女二人の護衛兼荷物持ち――間違いなく後者が主任務――をしながら、シンは言う。

 「それにしても、政府軍の連中が増えてきたな」
 《あちらさんも情報収集というところだろう。もちろん、こちら側としてもアリー集結組が本体ではないのだがな》
 「結局囮半分だもんね、あたし達。大概あのおじさん舐めてるわよ」

 おじさんとはミハイル=ベッテンコーファーの事である。

 「騙しあい、ですよね。あんまりいいことじゃないですけど……」
 「あー」
 「……そうね。ナージャが大きくなる頃には、こんな事しなくてもいい様にしないとね」
 「…………」

 それは、希望だろう。現実問題としては、事態はむしろ悪化しているのだから。しかし何とか場を明るくしようとしているコニールの努力を無にする事もないと、朴念仁のシンでも思う。

 (いつか、明るい世界がくるのなら――俺は)

 報われる、と思える日も来るのだろうか。
 とてもそうは思えないな、とシンは自嘲気味に苦笑する。
 ふと――突然、シンの瞳が見開かれた。その視線は虚空を泳ぐでもなく、ただ一点を見つめていた。

 「シン? どうしたの?」
 「シンさん?」

 コニールとソラがシンの異変に気が付き、振り返る。しかし次の瞬間コニールの視界はシンが抱えていた荷物で一杯になった。

 「ちょ!? こ、こらぁ!」
 「悪い、先に戻っててくれ!」
 「この馬鹿シンー!」

 コニールの声が背中に突き刺さる。しかしシンは構わず、雑踏の中を走り出していた。
 目の前に、傍に居たはずの人を探して。愛し、愛された人を探して。
 懸命に手を伸ばし、喉まで出かかった叫びを封じながら。
 見てしまったのだ――探し続けた虚空の幻影を。


 

 何となく、一人になりたかった。作戦行動の詳細すら教えてもらえない――何となしにピリピリしたものを感じて、レコンキスタでのんびりするという選択肢は無かった。そのため、メイリンはアリーの街に散策に行くことにした。アリーから数キロの位置に停泊しているレコンキスタから車で移動して、今彼女はアリーのメインストリートに居る。
 軍服ではない、プライベートな服装は久しぶりだ――メイリンは思う。
 気分を変える為に髪を結い上げ、ちょっとしたポニーテールを楽しむ。露わになったうなじが外気に当たるようになって、ちょっとした清涼感が得られる。少々寒いが、照りつける陽光が皮膚に温かみを与えてくれるので気にはならない。
 そう、わかっていてやった訳ではない。だが、今の姿はびっくりする程自分の姉、ルナマリアに良く似ていた。ショーウィンドウに映る姿に、メイリンは何となく見入ってしまう。

 (姉さん。私……何してるんだろうね)

 幸せになりたい、と。ただ、幸せになりたいと願って生きてきた。好きな人が出来て、愛し合い、子供を作り――そんな、当たり前の幸せが欲しくて。
 それなのに、今自分は何をしているのだろうか。

 (治安警察に入ったのは、少しでも夫の役に立ちたかったから。ほんの少しでも、夫の苦悩を癒して上げたかったから……馬鹿みたい。多分今一番の悩みの種は私なのに)

 それは自惚れかもしれない、と自嘲しながら。
 ぼんやりとメインストリートをふらふらしながら、メイリンは思惟を巡らす。

 (何時までもこうしてる訳にはいかない。でも、休みたい……よしっ、少し休もう)

 どの道レコンキスタでは落ち着いて考え事も出来ない。外泊申請は明日まで出してあるから、問題もない。メイリンはその足でメインストリート沿いにある大手ホテルに入って行った。




 「えーと……うちの上司は一体何を考えてるんですかねぇ」
 「さあ? 推測要因が多過ぎです。断定は出来ません」
 「それだと困るんですけどね。我々にも立ち位置ってもんがありますから」

 メイリンがホテルに入っていくのを路地から確認していたオスカー=サザーランドは嘆息する。隣で同僚のエルスティン=ライヒがこきこき、と首を鳴らす。

 「レコンキスタ内じゃあからさまにお荷物扱いだし、どーしろと」
 「クルセイダーズの任務、調べておきますか?」
 「教えてくれませんからねぇ。勝手に調べますか……ま、それよりうちの上司の意志を確認したい所ですがね」
 「知ってどうします?」
 「知らなきゃ、判断のしようもないでしょう」
 「真理ですね、わかります」

 エルスティンはさっさとノートパソコンを取り出すと、何事か入力し出す。そんなものでさすがにレコンキスタ内のシステムにハッキングできるはずもないのだが。オスカーはかぶりを振って、ホテルに視線を移し――

 「静かに。あいつは……」

 エルスティンを手で制し、オスカーはメインストリートの方を凝視する。そこに、1人の男が居た。全身黒ずくめ、一度見たら忘れられそうもない紅い瞳。オーブの燃え上がる団地から、離れ業で脱出した男が。

 「……面白くなってきましたね、これは」

 シンがホテルに入っていくのを確認して、オスカーはニヤリとほくそ笑んだ。




 レイを置いてきたのはまずかったかな、とシンは思う。アイツなら何だかんだで、俺を止めてくれていたかも知れない、と。自分でも無茶苦茶をしているなと思うからだ。
 辺りはすっかり暗くなっている。現在、シンはメイリンの泊まっているホテルの屋上に侵入していた。持ってきたロープを手すりに結びつけると、それを窓枠に当たらないように垂らす。『コーカサスの夜明け』出入りの情報屋がこのホテルにも顔が利くのは、僥倖だった。メイリンの部屋は、613号室――いける。

 「よっ、と」

 腰に命綱を付け、壁を蹴って降りていく。程なく、目的の部屋に辿り着いた。用意してきた潜入キットを使おうとして――

 「……開いてる。無用心だな」

 窓は何らの障害も無く開いた。シンはむしろ、メイリンの防犯意識に不安になる。
 部屋を見渡す――居ない。シンはそろそろと、室内に降り立つ。

 (俺は知りたい。ルナ、お前がどこに居るのか……)

 メイリンなら、知っているのかもしれない。自分は何ら冷静な判断が出来ていないと理解できていても、止められない。腰から拳銃を取り出し、メイリンの姿を探し求める。程なく、メイリンがどこに居るのかわかった。

 「シャワーの音……入浴中!?」

 ラッキースケベの本領発揮である。バスルームに移動すると、そこに無造作に放り出されていた下着に目が行った。何故か唾を飲み込むシン。何となくそれを拾い上げて――その瞬間。
 バスルームの扉が開いた。

 「……え?」
 「いや、これはその、あの……」

 数秒の無為な時間が経過した。シャワーから垂れた水滴の音が響く――その瞬間、金縛りから解けたかの様にメイリンが動いた。顔が紅潮し、一糸纏わぬ裸体がしなやかに動く。

 「この変態スケベーっ!」
 「ごふっ!?」

 メイリンの前蹴りが綺麗に水月に入る。女とは思えないキックの威力に、シンはベッドまで一撃で吹っ飛ばされた。慌ててシンは身を起こす。片手に持っていた拳銃が部屋の端に吹っ飛ばされているのを見て――それがメイリンに先に取られた事も確認した。

 「……どういうことか、説明してもらいましょうか」

 何時の間にかバスローブを羽織り、メイリンは今拾ったばかりの拳銃を構える。シンは慌てて両手を上げた。

 「メ、メイリン誤解だ。俺は別に覗きに来たわけじゃ……」

 メイリンが安全装置を外したのがわかった。シンはどっと冷や汗が出るのを感じる。

 「アスハ代表狙撃未遂犯人がよく言うわ。そして、よくもおめおめと私の前に顔を出したわね、シン。姉さんを守れなかった貴方が!」

 トリガーに指が掛けられる。シンは慌てて弁明した。

 「メイリン聞け。俺はだから、もう一度ルナに会いたいんだ。会って、許して欲しいんだ!」

 そうだ。俺はそれがしたかったんだ。ただ追いかけて、追い続けて。
 あの時離してしまった手を、もう一度手繰り寄せる為に。
 メイリンの動きが止まる。瞳が揺らぎ、銃口が震えた。彼女の視線が、シンの瞳を射抜く。

 「馬鹿な事言わないで! 貴方が知らない訳ないでしょ!?」

 トリガーが引かれ、衝撃が来た。耳を掠めた銃弾が壁に穿たれる。

 「目の前で、目の前で姉さんが殺される光景を見ているはずの貴方が何を言っているのよ! 詭弁はいい加減にして頂戴!」

 シンの側頭部から、どろりと血が流れる。激痛が走る――だが、彼はメイリンを見据え続ける。彼女が呼吸を整えるまで待って、シンはメイリンに話しかけた。
 自分が真実に、己が封じた真実に近付く激痛を感じながら。

 「……どういうことだ、メイリン。俺が見たあの光景は、本当だっていうのか!? ルナは、アイツ等に殺されたって言うのか!?」
 
 あんな――おぞましい殺され方で。
 不意に、肺腑から嘔吐感が襲ってきた。シンは抵抗する事すら出来ず、その場に倒れ、嘔吐する。その光景を冷然と見据えながら、メイリンはシンに語りかけた。

 「そうよ。その通り。姉さんは、あのドム=トルーパーの三人組に、生きながら引き裂かれたのよ。モビルスーツのマニピュレーターで、人形の手足や首を引っこ抜くみたいにね!」

 彼の脳裏に、その光景がフラッシュバックする。嘔吐が止まらない。

 「そうだ、俺は……その光景を知っている。何故だ、何故思い出さなかった? 何故、思い出せなかった!?」

 その答えは、シンには思い出せない。何故か? それは、シンの心がプロテクトを掛けたのだ。自身の心の安寧を保つ為に、意図的に忘れさせたのだ。
 そんなシンに、メイリンは静かに――唾棄すべきものを見るかの様に言った。

 「教えてあげるわ、貴方が心底の塵だって事を。メサイア攻防戦終結後、貴方は姉さんと共にインパルスのコクピットに居た。デスティニーが大破した貴方は、インパルスで脱出しようとしていたのよ。その時よ、姉さんが死んだのは」
 「ああ……覚えてる。あの時ルナが俺を助けて……」

 駄目だ、思い出すな。体の全細胞が、警鐘を上げる。だが、シンはそれを捻じ伏せた。もはや、逃げてはいけない事柄なのだから。

 「その後、貴方達はドム=トルーパーに鹵獲されたのよ。そして、パイロットだけ出てくるように命じられた。姉さんは、貴方を守ろうとしたのよ。貴方に『コクピットから出るな』なんて言う位。初めからドム=トルーパーの連中は貴方達の存在を知っていた。そして、貴方だけが見逃された……何故か解る?」

 ああ、そうだ。覚えている。
 あの時、自らの無力さに打ち震えていたシンに、ルナはこう言ったのだ。『アイツ等、私達が1人だって思ってるみたい。だから、私が捕まれば、貴方は大丈夫。ここで待ってて、シン。貴方はもう傷付かなくていいのよ。貴方はもう、充分に苦しんだんだから』と。
 そして、そしてどうなった?
  
 「そう、貴方は見捨てたのよ。インパルスのコクピットの中で震えながら。姉さんが殺される一部始終を見ながら、何一つ出来ずにただ怯え竦むだけ――そんな人間、殺す必要もないじゃない! 貴方が生き延びた理由はそれだけよ。この塵!」

 誰よりも守りたかったはずの人に守られ、その上彼女を……。
 シンは倒れ伏し、慟哭した。瞳から止めどなく涙が溢れてくるのを感じる。だが、それは何一つ彼の心を潤さない。
 そんなもので、心の痛みの万に一つでも癒せそうもなかった。




 「……まずいな、こりゃ。うちの上司は、クルセイダーズと刺し違える気だよ」

 オスカーは他人事の様に呟く。どさくさ紛れに隣室を借りている辺り、抜け目がない。苦虫を噛み潰すようなオスカーに、エルスティンが追い討ちを掛ける。

 「今更裏切っても遅いみたいですよ、オスカー。叔父様にクルセイダーズの任務内容をメールしてもらいました」
 「……なんという身内贔屓。で、内容は?」
 「『本日』0:00を持ってドム=クルセイダーズによるアリー浄化作戦を開始する、だそうです」

 オスカーは慌てて時計を見た。現在夜の10時、後2時間しかない。死を覚悟するには充分な時間で、準備をするには足りなすぎる時間である。
 
 「天を仰いで嘆息でもしますかね、こりゃ」

 不意に、エルスティンが振り向く。

 「対策ありますけど、聞きますか?」
 「聞くだけなら何でも。どうぞ」
 「シン=アスカをイグダストに載せるんです。『カテゴリーS』が本物ならば、ですが」 
 



 12機のモノアイが、動き出す。

 《ハッチ開放。ドム=クルセイダーズ発進準備》
 「さぁて、お仕事の時間だよ」
 「皆殺しタイム、ってか?」
 「やだやだ、政治ってな怖いねぇ」
 「「ハハハハハッ!」」

 12人のクルセイダーズには既に『良心』などという言葉は存在しない。ただ任務を遂行するだけの人形であり、モノ。平和を守る為の、最も歪な集団。それが彼らなのである。

 「全機搭乗! いくよ、野郎共!」

 ヒルダが吼える。12人が唱和し、動き出す。一糸乱れぬその動きは、確かにこの時代最強のチームであると証明していた。
 
  

   

  
1-9
»»  2011.08.15.

遠い昔、人は手を伸ばす。
何かを欲して、何かを得る為。
夢を、希望を、欲望をその手に掴む為に。
思い、焦がれ、或いは絶望して。
それが決して届かぬ高みであったとしても。
それが決して掴めぬ存在であったとしても。
人はただ、手を伸ばす。それしか人には出来ないから。



 腰に重りが付いているかの様に、全身から力が抜けて沈んでいく。
 力無く両腕はだらりと、しかし水圧や浮力の関係で天に差し上げられる。両足も膝が曲がっているが、やはりふわりと浮かぶ様に。
 それは人型の巨像の様だった。

 《水圧上昇中。現在水深50メートル》

 その巨像の中で声が響く。
 周囲を見ると、オーブ近海に見られる美しいサンゴ礁や色彩豊かな魚の群れが見えた。しかしそれらはあっという間にはるか高みにいってしまう。巨像は、どんどん沈んでいるからだ。

 《現在水深100メートル》

 夢のような世界は過ぎ去り、だんだんと世界は暗黒に包まれていく。異形の魚が住まうエリアに、そしてその先の深遠の世界に。
 何時の間にか巨像の周囲は光の射さない無明の世界になっていった。
 そこから更に堕ちていく。それは、『彼女』にとって感慨深い事だった。

 (私は今、暗闇の世界に堕ちても仕方の無いことをしている。でも、駄目。もう駄目なの。もう耐え切れない……)

 想いのままに生きていけるのなら。願いのままに生きれるのなら、どんなに幸せなのだろう。けれど現実は違う。そんな事が出来るものが、果たしてどれ位いるのだろうか。
 夢と現実の狭間を行き来する事が、どれ程辛い事か。

 巨像は、遂に目指す水底へと辿り着いていた。泥が巨像を包み込む様に拡散し、それはささやかに巨像の上に降り注ぐ。まるで、そこが安住の地であるかの様に。

 (想いは、何時だって1つじゃない。夢も、希望も。あれもこれもっていうのは、子供の悩みだってわかってる。それでも……)

 ――堪え切れない想いが、あるから。
 だから人は願い焦がれて、生きていくのだろうか。

 《海底に到着。この場所なら、存分に駆動実験が出来るぞ。メインバッテリー残量確認、クリア。DPS(デュートリオン=フェイズ=シフト)スタンバイ》

 巨像の瞳に光が点る。身長18メートルはある、モビルスーツという名の機動兵器――その兵器のコクピットで、1人の女性が何かと決別しようとしていた。

 (アスラン、貴方を愛してる。それは嘘じゃない。でも、私は……許す事が出来ない)

 設定を変更、省電力モードから駆動モードへと移行。機体が唸りを上げ、いよいよそれは目覚めようとしている。

 (あの女。私の姉を殺したあの女だけは!)

 女性、メイリン=ザラの瞳が決然と見開かれる。その瞳には迷いは無く、後悔も無く。

 「DPS始動。イグダスト駆動開始!」
 《DPS始動クリア。イグダスト駆動します》

 イグダストと呼ばれた巨像が咆哮を上げる。体表に光が宿り、それは色となった。力強く脚部が泥を踏みしめ、両手が上体を支える。次の瞬間には、イグダストは立ち上がっていた。
 無明の闇の中、数奇な運命を生きた巨像は静かに歩き出す。再び、戦う為に。



コーカサスの大自然は、とても美しいものでした。
遥かに続く山脈、そして大平原。荒ぶる砂塵、そして満天の星空。
けれど、それに夢を感じてはいけないのだ、とも思いました。
人は、それを奪い合う様に生きて行かなければならなかったからです。
『当然の幸せ』――そんな、私には当たり前の事でさえ。




 ソラが独房から出され、スレイプニール中央に位置する居住ブロックに移されたのはその日の事だった。

 「独房よりこっちの方が安全だからね」

 以前からソラの独房に何度となく尋問――というよりは限りなく『遊びに訪問』――に来ていた仮面の男はそう言って、さっさとソラを独房から連れ出した。警備に当たっていた兵士が一応止めたが、「まあまあ、いいから」という素振りでそれを抑える。
 その時、ソラは始めて知った。目の前にいる仮面の男がリヴァイブのリーダーにしてこの戦艦の最高権力者、ロマ=ギリアムであるという事が。
 長々とした挨拶の後、ソラはロマに連れられて居住ブロックに足を踏み入れる。そこで、ソラは戦闘艦に不釣合いな光景を目撃した。見渡す限り子供、子供、少しの老人――それは映画の中に登場する戦闘艦には決してない光景であり、オーブであれば、オロファトの老人ホーム兼保育園でならよく見かける光景だった。

 「はい、血圧は正常値です。これからも落ち着いた呼吸に努めてください」
 「ありがとうよ、センセイ。あんたのお陰でこの老体もまだまだ現役じゃて」
 「センセイ、おくすりちゃんとのんだよ!」
 「はい、いい子ね。あら? リーダー、またブリッジをサボって……あらあら?」

 子供と老人に囲まれる様に仕事をしていた医者らしき女性がリーダーを見、次いでソラを見て、眼を真ん丸にした。
 リーダー、ロマは溜息と共にぽりぽりと頭を掻くと、ばつが悪そうにこう言った。

 「……人聞きの悪い事を言わないでくれたまえ。たとえ、本当の事でも」
 「あら、あらあらあら。まー、まだこんなに可愛い子を隠してらっしゃったんですか?」

 すすす、と人垣をすり抜けて『センセイ』と呼ばれた翠髪の女性はソラの顔数センチのところまでやって来て、覗き込む様にソラをまじまじと見つめる。
 慌てて(?)、ソラはロマの後ろに隠れる様に逃げ込んだ。ロマは更に溜息を付く。

 「更に人聞きの悪い事を。いいかねセンセイ、彼女は……」
 「ソラ=ヒダカ。オーブからシン君が奪ってきた『薄幸のヒロイン』ちゃんですわね」

 ロマを遮る様に、センセイ。三度ロマは溜息を付いた。

 「……知ってるじゃないか」
 「それはもう。貴方が寝言で彼女の名前を繰り返していましたから」
 「センセイッ!」

 顔を真っ赤にして――仮面のせいでわかり辛いが――怒鳴るロマ、その様子を見て、朗らかに笑うセンセイ。それはどう見ても男女の関係が数ヶ月は続いた様子だった。付け加えるなら、完全に女性側が主導権を握っている状態である。

 「ありゃりゃ、こらロマ坊は浮気は出来んわな」
 「リーダーがセンセイを泣かしてるー」

 外野は好き勝手に囃し立てる。「泣きたいのはこっちだよ」と呟くロマ。ソラは身の置き所が見つからず、ただ呆気に取られて状況の推移を見守るだけだ。その様子を見て取ったのか、ロマはおほん、とわざとらしく咳払いをして。

 「えーとセンセイ、つまりだね……」
 「『独房が後部甲板に近いから、被弾する可能性がある。それで被弾しても生存率の高い居住区に連れて来たんだよ』――でしょう?」

 ロマはぱくぱくと口を開くだけで、しばしの後「そうだよ」と認めた。ばつが悪そうにロマは頭を掻く。それを見て満足そうにセンセイは微笑み、しかしすぐに振り返ると「ターニャ、来て頂戴!」と声を上げた。



忘れられない出会い。
初めて会った同い年の彼女。
炎の様に赤い髪、そして瞳。顔に大きく刻まれた十字傷。
――ターニャ。彼女の事を、私は決して忘れない。




 『働かざるもの、食うべからず』という言葉は真実なんだろう、そうソラは思う。居住区に居る人間で動ける者は例外無く仕事を持っていた――もちろん、出来る範囲内で。

 「つーわけで、あたし達の仕事は厨房だから。頑張ろうね」
 「はあ」

 配膳されたカートを押しながら、ソラはターニャの後を付いて行く。食堂を出て、士官室を回り、そしてモビルスーツ整備ブロックへ。
 ふと廊下の窓を見やると、今正にシグナスがカタパルトに据え付けられ、射出される所だった。

 「大尉機だわ。哨戒かな?」

 ドォンッという肺腑に響く重低音。カタパルトが動き、モビルスーツが押し出されて行く。独房でも見た光景だが、こんな近くで見たのは初めてだ。

 「やっぱり戦闘、するんですか?」

 ソラがぽつりと呟く。ターニャは振り向くと、あっけらかんと肩を竦めて言う。

 「まあそりゃあね。そうしないと食っていけないし」
 「……そうなんでしょうけど」

 ソラには、やはり馴染めない。しかしそんなソラの思いを打ち消すかの様に、シグナス達は次々と出撃していく。
 空はあくまで青く、美しい。それすらもソラを居た堪れなくさせていた。




 とはいえ、そんなソラの思いは次の瞬間にあっさりと霧散した。

 「え? 違うよ。大尉達は『コーカサスの夜明け』と交渉に行ったんだよ」
 「「交渉?」」

 声を揃えて、ソラとターニャ。目の前に座るスレイプニールモビルスーツ班メインメカニック、サイ=アーガイルは配膳されたおにぎりをぺろりと平らげながら言う。

 「タイムリミットだよ。スレイプニールがアリーに近付いてるっていうのは、東ユーラシア政府にも察知されてる。で、政府軍は『コーカサスの夜明け』と『リヴァイブ』の区別なんて付けないって事さ」
 「……それで交渉の余地が生まれるって事ね」

 或いはスレイプニール側が東ユーラシア政府にわざと情報を流していたのかも知れない。これでスレイプニールが政府軍と交戦すれば、『コーカサスの夜明け』に対しての東ユーラシア政府からの庇護は無くなる。リヴァイブは別の組織だと言い張っても「自分の縄張りも守れないのか」で終わりだ。

 「元々『コーカサスの夜明け』は反政府側だからね。大尉達の説得に乗る可能性は高いよ」

 お茶を啜りながら、サイ。ターニャが呆れた様に言う。

 「ややこしいわね。男ってどうしてそう陰謀が好きなの?」
 「そりゃ、家を守らなきゃいけないからね。必死にもなるよ」
 「……ありがたい話だわ」

 そんなサイとターニャのやり取りを聞きながら、しかしソラは嬉しかった。なんだか戦争をしなくてすむ、と聞いただけで心が浮き立つ。自分でも何故なんだろうと思いながら。

 「まあしかし、安心は出来ないよ。大尉達三人が居ない間に襲われたらシンとコニールしかいないわけだし……そういえばターニャ、お子さん元気?」
 「元気よ。こないだ1歳になったばっかり」
 「そうか、もうそんなになるのか。後でシゲトにお祝いを持って行かせるよ」

 ふと、ソラは違和感を覚えた。それは別に悪いものではない。しかし、引っかかるものだ。そしてターニャの次の台詞で、お茶を飲んでいたソラは吹きだした。

 「もう出産して1年か、早いわね。でも14歳で出産するのって早くない?」
 「まあ昔は結構あったらしいけどね……どうしたの、君?」

 げほごほと気管に入ったお茶でむせながら、しかし次の瞬間叫んでいた。 

 「じゅ、14で出産って!? ど、どういうことですか!?」
 「どう、と言われても……」

 困った様にターニャ。ソラとて困ってはいる――どうしたらいいかわからない、という風に。何しろ、今ソラは15歳で、ターニャと同い年なのだ。なのに片方は一児の母なんて事があるのか。
 とはいえ。

 「あ、そうか。オーブじゃこんな事は考えられないよな。でも、こっちじゃままある事なんだよ」

 というサイの言い分にカルチャーショックを受けつつも、ソラは納得しなければならなかった。




 もちろん、ソラとて完全に納得した訳ではなかった。その日の仕事を終え、ターニャの実子を見るまでは。

 「紹介するわ、あたしの娘ナージャよ」

 ソラとターニャに割り当てられた部屋。その真ん中ですやすやと眠る赤ん坊を嬉しそうに抱っこしながらターニャが言う。それで目が覚めたのか、ナージャはくしゃくしゃと笑いながら、母親の頬を叩いたり顔をこすり付けたりする。
 ソラは何か言おうと思った。質問を投げかけたいとも思ったし、気の利いた事を言おうともした。けれど、上手く言葉に出来ない。もごもごと言いかけて、ようやく言葉に出来たのはこれだった。

 「……怖くなかった?」

 ソラは真っ赤になった。うまく聞く事すら出来ない気恥ずかしさもあって。
 俯いたソラの頬を、しかし小さな手がそっと触れてきた。

 「怖かったよ。でも、それ以上に……嬉しかったわ」

 何時の間にか、ターニャが傍に来ていた。そして小さな手を伸ばして、ソラに触れようとするナージャが居る。好奇心を瞳に湛えて、命の輝きを全身で表しながら。
 その手を自分の手で包み込む様に触れ、ソラはようやく言う事が出来た。

 「よろしく、ナージャ」




 満月の夜だった。雲1つない、月明かりが全てを照らし出す様な。その中を1機のモビルスーツが疾駆していた。『コーカサスの夜明け』の実質上の大将が駆る真紅のシグナス、レグルス=ガルの機体である。

 「耄碌した老人に、右往左往しか出来ない馬鹿者共が……」

 レグルスは『コーカサスの夜明け』の中でも古株で、最も長く政府軍と戦ってきた古強者だ。その彼が、何故東ユーラシア政府の懐柔策を呑んだのか。それは彼自身の体感でわかっていたのだ――『この戦力では、奴等に勝てない』と。
 勝てない戦はしてはならない。それがレグルスの信仰であり、信条だ。彼にしてみれば、リヴァイブの言い様は『特攻精神』に他ならない。それでは駄目なのだ。

 「勝てぬ勝負をして何になる。守るべきものを守らなければ、生きる意味もない!」

 『コーカサスの夜明け』も揺らいでいる。おそらくはリヴァイブの強硬路線に同調するだろう。もはやレグルスの取るべき道は1つだった。
 シグナスに装備されていた索敵用のサーチウィザードが獲物を発見する。半ば賭けだったが、レグルスは勝利した様だった。
 大尉達に気付かれず、再度『コーカサスの夜明け』を掌握する為に――レグルスはスレイプニールに向かってただ1機、移動を開始した。




 《敵機接近、敵機接近、パイロットは至急ハンガーへ。繰り返します。パイロットは至急ハンガーへ……》
 「ったく、こんな時に!」

 ベッドから飛び起きると、その場に放り出していたズボンと上着をひったくる様に着て、シンは部屋から飛び出す。

 《こんな時だから来たんだろう。相手は1機、という事は突撃してくるぞ》
 「何もわざわざ、帰る場所を失くさなくたって……!」
 《主義主張、というのはそういうものだ。いいか、今この艦を守れるのはお前1人だ、シン》
 「わかってる!」

 シンは最短ルートを駆け抜け、シグナスのコクピットに飛び込む。既にアイドリングは済まされていたらしく、すぐに起動できた。

 《コニール=アルメタ、先行して迎撃に当たります。さっさと来なさい、シン!》
 
 言うが早いか、フォース=スプレンダーが飛び出す。それを追うようにシグナスも射出された。

 「シン=アスカ。シグナス出るぞ!」




 望遠モニタに、紅いシグナスが移る。ホバーで最大戦速をキープしながら、シンはビームカービンを構え、撃つ。紅いシグナスも回避しながら、こちらにビームカービンを撃ち始めた。
 もはや、話す舌などない。お互いに最大戦速で回避しつつ、攻撃を続ける。

 「腐ってもエースか。射撃が厳しい!」
 《シグナス=レッドは鬼神の証、か。さすがは『コーカサスの夜明け』で一時代を築いただけはある》
 「褒めてる場合か!」
 《ちょっと、漫才なら後でしなさいよ!》

 フォース=スプレンダーからも火線が伸びる。とはいえ元々対地戦闘機ではないので、アクセント程度にしかならないので、これも易々と回避される。シンは決断した。

 「切り込んで止める。援護頼む!」

 シンはビームカービンを捨て、ビームサーベルを構える。それを見て紅いシグナスもビームサーベルを構えた。

 「おおおっ!」

 腰溜めにサーベルを構え、シンが突撃する!
 紅いシグナスのサーベルが振り下ろされ、二つのサーベルが激しく交錯した。

 《邪魔をするな、若造!》
 「年を食っただけの奴が、偉そうに!」
 《ほざくなッ!》

 肩と肩がぶつかり、2機のシグナスが離れる。が、シンは手応えを感じていた。

 「いける!」

 これなら勝てる、そうシンの経験が確信していた。白兵戦なら、シンに一日の長があると。
 低くサーベルを構え、再びシンは突撃する。紅いシグナスは再び振り下ろしてきた。しかし、それはシンの思う壺だった。急激にバランスを変えスラスターで無理やり推力を作り、サーベルの軌跡を変える。

 《なんとっ!》

 シンのサーベルが紅いシグナスの片腕を切り飛ばす。保持されていたサーベルが動力を失い、虚空に消えた。
 勝った、とシンは思った。しかし次の瞬間ぞくっとしたものが来る。
 紅いシグナスの右足が輝いた――そう思った瞬間、シンのシグナスの片足が切り飛ばされていた。




 「シンッ!」

 離れた上空から見ていたコニールには何が行なわれたかよく判った。紅いシグナスは足にサーベルを装備できるように改造されていたのだ。そして、その必殺兵器を攻撃を食らった瞬間のカウンター、即ちシンが目視出来づらい位置で振り切ってきたのだ。むしろあの状況下で片足で済んだシンを褒めるべきだろう。

 「このっ!」

 コニールはビーム砲を乱射するが、紅いシグナスは後退してそれを避ける。お陰で、シン機に止めが刺されるのだけは防げた。だが――。

 「……まさか、フライトシールド?」

 紅いシグナスが来た道に放置していたもの。その中にあったのだ、高速移動用バーニアを持つ巨大なシールド状ユニットが。
 ――そう、紅いシグナスの狙いはこれだったのだ。

 「ふん、俺の狙いは一つ。ロマ=ギリアム、貴様の首だ!」

 コニールが旋回する間も、シンが身を起こす間も無かった。次の瞬間、紅いシグナスがフライトシールドで闇夜に飛び上がっていた。真っ直ぐに、スレイプニールに向かって。




 「防衛ライン、突破! 敵モビルスーツ、来ます!」
 「防空戦用意、迎撃ミサイル『ディスパール』発射準備! 各砲座は個別射撃を許可する!」
 「了解! ディスパール発射準備まで後5秒。対空砲座担当は各自持ち場に着け!」

 スレイプニール副長、ヨアヒム=ラドルが矢継ぎ早に指示を出す。ラドルはやおら振り返ると、そこに居るスレイプニール艦長にしてリヴァイブのリーダー、ロマ=ギリアムに言った。

 「敵モビルスーツは間違いなく艦橋を狙ってきます。万一の事もあります、居住ブロックへお戻り下さい」

 居住ブロックは基本的に、そう狙われない位置だ。反対に艦橋は敵モビルスーツにとっては最も狙いたい位置だろう。まして、今回最も狙われているのはロマ個人だからだ。しかし、ロマは首を振って断固たる口調で言った。

 「いや、駄目だ。レグルスが単機で来たという事は、僕を討ち取るのが目的だ。ならば、僕が引くわけには行かない。居住区の人達を巻き添えにしては、僕等の目的すら失われてしまう」
 「……わかりました」

 一歩も引かない姿勢のロマに、しかしラドルは帽子を被りなおすと決然とこう言った。

 「ならば尚の事、敵機の蹂躙を許す訳にはいかん! 総員、気合を入れろ! 我等のリーダーを守るのは我等であると見せ付けるのだ!」

 スレイプニール中に警報が鳴り響く。ディスパールの射出音に負ける事無く。
 そして、紅いシグナスからの火線が夜空を彩り始めた。
 


何度も思い出す。「この子をお願いね」と言って、走っていったターニャの姿を。
対空砲の担当も兼ねていた彼女の運命を。
……何度も、何度も。どうしていいかわからない位。
その時の私は、ナージャをあやす事しか出来なくて……。




 ビームカービンの斉射がスレイプニールに命中し、爆発を起こす。

 「くそっ、煩わしい対空砲め!」

 ここまで近付いたが、さりとてスレイプニールも必死である。近付かせない様に対空砲のリズムを組み立て、懸命に紅いシグナスの足を止める。だが、それだけで何時までも止められるものでもない。

 「これでも食らえっ!」

 レグルスはフライトシールドにもう一度火を点すと、それを手近な対空砲に向かって突っ込ませる。それは見事命中し、黒煙が上がる。それで対空弾幕の密度が弱まった。

 「よしっ。道化師め、引導を渡してくれるわ!」

 レグルスはシグナスをジャンプさせて、スレイプニールの艦橋目指して弾幕の中に飛び込む。眼前にミサイルが撃ち出させてくるが、ビームカービンでそれを撃ち落しつつ、突き進む。そして目指す艦橋に取り付いた時、目指す者がそこに居る事に気が付いた。
 ロマは動じる事無く艦橋の窓から紅いシグナスを見据える。それを見て、レグルスはほくそ笑んだ。ビームカービンを捨て、ビームサーベルを引き抜く。

 「俺の勝ちだ、道化師め!」

 ビームサーベルを振り抜こうと――その瞬間、レグルスは信じられないものを見た。ロマがこちらから目を逸らし、驚いた顔をしたのだ。レグルスは釣られてそちらを見てしまい――見てしまった。ロマの最後の賭けに、レグルスは負けてしまった。
 ロマの振り向いた間逆の方向、そこからフォース=スプレンダーに捕まって、そのままの勢いでシンのシグナスが突撃してきていた。

 「何!?」
 「うおおおおおおおっ!」
 
 避ける間は無かった。そしてシンは全てを賭けてレグルスのシグナスを潰す、という意地があった。対してレグルスは『勝った』という安堵があった。勝敗はその時点で決していたと言っていいだろう。
 ビームサーベルは打ち合わされた。だが、勢いを乗せたシグナスの肘が紅いシグナスのコクピットに突き刺さる。一瞬の内に金属の壁に潰され、レグルスは断末魔すらなく絶命していた。




――私が全てを知ったのは、次の日の事でした。

「近付いちゃいかん。あんな……むごい姿を、娘に見せちゃいかんのだ」

私を止めたおじいさんは、そう言いました。
黒く焼け焦げた廊下。鉄とゴムが焼けた様な臭い。
そして、ぐしゃぐしゃになった砲台の様なもの。
私は――私は。

「まんまー、まんまー」

小さな手が、虚空に伸びる。そこに居るはずの、居たはずの人を探して。
私に出来る事は、ありませんでした。
ただ悔しくて、辛くて、哀しくて。
ナージャの温もりが私を救ってくれました。


1-8
»»  2011.08.15.
 ――運命というものは必ず『爪痕』を残していく。
 何かを得れば、必ず何かを失う。それは正であれ逆であれ、同じ事だ。

 「ソラが……?」
 「……そんな、嘘やろ?」

 必ず時間までに帰ってきていた親友の姿が見えなければ、心配もする。まして夜が更けても帰ってこなければ「何かあったのだ」と動揺もする。
 夜が明けて、心労の余り一睡もせずに親友の帰りを待ちわびていた彼女達に届けられた一報は、以下のようなものだった。

 「事実です。ソラ=ヒダカさんは昨夜の市外団地火災に巻き込まれ、行方不明となりました」

 その感情を表さない物言いは彼女達にとって救いであったのかもしれない。
 しかし、その事実は彼女達をうちのめすに充分なものだった。
 力なくその場に崩れ落ちたシノの身体を、ハナは支えるように――だが、共に崩れ落ちた。
 彼女達に出来た事は、それだけだった。




 「こんなものを密輸とはいえ輸入出来た……あの混乱も起こるべくして起きたって事ね」

 メイリン=ザラは呆れていた。よりにもよって首都オロファト、オーブ港にここまで堂々と侵入していたとは。九月十一日のあの晩、燃え上がった倉庫から押収されたモビルスーツの残骸――『
ZGMF―X56S/α フォースインパルス』――をまじまじと見上げながら、メイリンはつくづくと嘆息した。

 「面目次第もございません。この度の失態、このエイガー=グレゴリーの不明にあります」

 エイガーは大きな身体を折り曲げるように平伏する。ぎりぎりと音がするのは、筋肉の軋みだけではないだろう。怒りによって握り締められた拳が、震えていた。
 そんなエイガーに振り向き、諭すようにメイリンは言う。

 「オーブ港の警備体制は現地警察が指揮していたそうね。この『シキタリ』だらけのオロファトで、貴方はよくやったわエイガー。少なくとも私は貴方を責める気にはなれない。オーブは『平和』になり過ぎたのよ……かつての混乱など忘れ去れる程に。下がって休みなさいエイガー。私は貴方を査問する気は無いわ」
 「はっ。では失礼します」

 びしりと敬礼し、エイガーは退出する。その声には悔しげな響きがあったが、メイリンは考えない事にした。今更何を言っても仕方ないからだ。
 それよりも、眼前のモビルスーツだ。

 (姉さんが最後に搭乗したモビルスーツ、インパルス。貴方はその瞳で一体何を見て、そして何を成してきたと言うの……?)

 これだけの戦火を潜り抜けてなお、インパルスの頭部は健在だった。
 誰も居なくなった押収品の倉庫で、メイリンはインパルスの瞳を飽きもせず、ただじっと見据えていた。




弾道飛行。そうした手段を使って、私達を乗せたフォース=スプレンダーは、
オーブから遠く離れた大地『コーカサス』へとやってきました。
ここで起こった全ての出来事を、私は一生忘れる事は無いでしょう。
険しく、厳しい大地。それを知り、共に歩み続ける人々を。
――そして、初めての『別れ』を。




 閉じた瞳の奥で、何を思うのか。
 否、何も思わない様にしているのだとシンは考える。

 (俺は、雑念が多すぎる。戦場にそんなものを持ち込む訳にはいかない……)

 せり上がっていく大型エレベータ、そこに直立するモビルスーツ『シグナス』。そのコクピットでシンはただ、心を落ち着かせていた。

 (戦場――そこでは、何もいらない。憂いも、迷いも、悲しみも。ただ、人が人を殺す場所……『守るべきもの』を守るために、任務を遂行する場所)

 シグナスを乗せたエレベータは更に上がる。陸上戦艦スレイプニールには甲板上にモビルスーツ射出用カタパルトが設置されており、エレベータ上のモビルスーツはそのままカタパルトに連結、射出される事になる。スレイプニールは単独で動く事を元々考慮されていたらしく、少しでも艦内スペースを使える様に設計されていた。
 シンのシグナスは白を基調に青く塗装されていた。これから冬を向かえ、乾いた大地にも少ないながら雪が降る。白は充分な迷彩色なのだ。とはいえ、それに青を混ぜては効果の程は少なくなるのだが、シンはそれで良いと考えていた。

 (俺は目立ってもいい。その方が、なんというか気楽だ。それにこの色は……)

 かつて命を預けた機体達。インパルス、デスティニー……それらを思わせる色。それはシン自身をして『守って貰える』と感じさせていた。
 自信。
 それはシンをかつての大戦を終結まで生き残らせたという運命がそう思わせるのか。
 ガシン、という金属音がしてエレベータが止まる。シンはゆっくりと瞳を開くと、外の光景に一瞬心を奪われた。降り始めた雪が、少しづつ積もり始めていたのだ。

 《シン、射出体制完了。どう?》
 「いつでもいい」

 感情を感じさせないオペレーターの言い様に、ぶっきらぼうにシンも答える。昨日今日の付き合いではないが、どこか壁を作る様な言い方だ。
 人の死を見過ぎてきたから、だろうか。シンとて今更、感傷に浸りたいとは思わない。
 機体状態、進路、カタパルト作動――全てクリア。モニターの点灯を受けて、シンは気合を入れる様に言った。

 「シン=アスカ。シグナス出る!」

 降りしきる雪の中、シンの乗るシグナスが中空に躍り出る。スラスターを響かせて空を駆けながら、シンはコーカサスの大地を見下ろしていた。
 何処までも続いていく地平は、シンに何かを諦めさせていた。




 シンの駆るシグナスが発進していく様は、ソラにも見えた。
 ソラがいる場所はスレイプニール内の営倉。一応のテーブルとベッドのみがある、事実上の独房だ。とはいえこれは仕方の無い処置だった。リヴァイブとて軍隊――体制サイドからは”テロリスト”と呼ばれる集団であるのだから。
 艦内アナウンスはもちろん営倉には入らない様にはなっている。とはいえ、カタパルト射出は騒がしく、ソラにもよく聞こえていた。
 
 (戦争、するんだ……)

 この様な発進は、ソラがこのスレイプニールに着艦してからほぼ毎日の事だった。日々、どこかに出撃して行っては、帰ってくる。無傷な時もあれば、どこか壊れて帰ってくる事もある。
 その、繰り返し。

 (私は、日常って繰り返していくものだと思ってた。ううん、そういうものだって。ここだってそれは変わらない、けど……)

 誰かは『繰り返されない』。
 その事はソラを思いの他、打ちのめしていた。
 雪原に消えていったシグナスの姿を、ソラはいつまでも追いかけていた。



コーカサス州ガルナハンを巡る情勢は混迷の一途を辿っていました。
東ユーラシア共和国政府の所有する大規模施設『ゴランボイ地熱プラント』、
それは東西ユーラシア間の火種となり得るには充分過ぎるものでした。
そこから溢れ出るエネルギー資源は膨大なもので、
エネルギー危機に瀕していた世界の数少ないオアシスだったのです。
そして当時、東ユーラシア政府は思い切った施策を打ち出しました。
国内向けエネルギー供給を最低限にし、余剰エネルギーを国外輸出し始めたのです。
当時の国際情勢、また東ユーラシア共和国の軍閥化が招いたこの事態に、
東ユーラシア国内は猛反発。国内は完全な内乱状態となりました。
この事態に東ユーラシア共和国政府は一計を案じます。
それは『自らに従うものにのみ、エネルギーを供給する』というものでした。
東ユーラシア共和国内の勢力はこの時点で大きく二つに分かれる事になりました。
一つ目は『政府に反旗を翻し、ゴランボイ地熱プラントを奪還する者達』。
もう一つは『政府軍に結託し、周囲に武威を行う事によりエネルギー供給の恩恵に与る者達』。
誰もが、戦う事を余儀なくされた――東ユーラシア、ひいてはガルナハンの置かれた状況とは、
その様なものだったのです。
私が行動を共にしたレジスタンス組織『リヴァイブ』は、
ゴランボイ地熱プラントを奪回せんと結成された新しい軍事組織でした。
 コーカサス州ガルナハンを中心に活動していたレジスタンス組織『コーカサスの夜明け』。
 その組織が大きく二分し、大勢が東ユーラシア共和国政府側に組したのがつい最近。
 残存勢力となった者達を纏め上げ、リヴァイブとして再結成した仮面の紳士ロマ=ギリアムが、
最初に提唱した、最後の命令はこれでした。

「我々リヴァイブはガルナハン人民のため、ゴランボイ地熱プラントを奪回する!」



 《シン、熱源感知3、方位1-3-5だ。接触まで後600メートル》

 AIレイが事務的にレーダーを読み取り、シンに伝える。ぼんやりしていた訳ではないが、シンは思惟を振り払い、切り替える。

 「了解。山岳超えとは大変な斥候だな」

 シンはシグナスを駆りながら言う。スレイプニールは他の組織――概ねコーカサスの夜明けの面々とだが――との接触を極力避けるために山岳超えルートで当面の目的地アリーに向かっていた。
 アリーには同じくゴランボイ地熱プラントを奪回せんとするローゼンクロイツが合流しつつある。まずは彼らに合流する事がリヴァイブの急務だった。

 《シン、解っているな。まずは相手側に一発は殴られろよ》

 これはAIレイではない、他機からの通信だった。
 リヴァイブが所有するモビルスーツはシグナス4機、それぞれに《大尉》《中尉》《少尉》というコードが付けられている。それはそのままパイロット達のコードネームだ。
 今の通信は大尉からのもので、彼はシン達モビルスーツパイロットを束ねている。年長という事もあるが、大尉はガルナハンで最も戦ってきた戦士だったからだ。彼らの中ではシンは一番の新参者、という事になる。

 「面倒っすね。撃たれて穏便にっていうスタンスも」
 《仕方ねぇ、弱小が生きていくにゃそういう苦労があるって事さ》

 リヴァイブの戦力は陸上戦艦1隻、モビルスーツ4機とそれなりにはある。しかし元となったコーカサスの夜明けをあまり刺激したくないというのも、補給に事欠く組織の実情だった。リヴァイブの様な反対勢力が堂々と存在できているのも、ガルナハンで大手を振っていたコーカサスの夜明け自体の混乱を象徴しているとも言えるが。
 ともあれ、敵を増やすのは得策ではない――それは、大尉の進言だった。
 今後味方になる可能性もあるし、何より昨日の友を撃ちたくない心理も無い訳ではないだろう。
 だが。

 《ま、一発撃たせりゃ義理は果たした。後は即ぶちのめせ。別に生かしてやる筋もねぇしな》

 割り切りというものは、戦場では大事である。
 かっかっか、と豪快に笑う大尉の声を聞きながら、シンは呆れていた。

 《そりゃそうだ、殴られ損にゃなりたくねーしな》
 《世間様ではよく言われるじゃないですか、正当防衛ってね》

 他のパイロットである少尉、中尉も通信に参加してくる。どれも声が弾んでいるのがさすが、というべきか。
 戦争大好き不良中年軍団とはよく言ったものである。

 「はいはい、わかりましたよ」

 シンは苦笑しながら、しかし肩の力が抜けるのを感じていた。
 適度のリラックスこそ戦場において必要なものだ。それを彼らは事も無げに作り出す。
 その事に感謝しながら、シンはZAFT時代には味わえなかった感触だと考えていた。

 (戦争慣れ、か……。あの男なら、何て言うかな)

 思い起こすは『正義』の二文字。
 赤い機体を駆り、シンの前に立ち塞がる者。
 シンは軽く頭を振り、その思惟を振り払う。思いに捉われている場合ではないからだ。

 《中尉、シンの援護に入れ。シンは数瞬引きつけりゃいいぞ》

 シンが前面に出て、退散。攻撃されたら即座に中尉が狙撃を行い、大尉と少尉、そしてシンが殲滅する。いつものパターンだ。
 シンとしては別に、一人で殲滅する事が出来ない訳でもないのだが。

 「チームワークは大事にしないとな、なあレイ?」

 そのシンの軽口に、レイはぽつりと言った。

 《明日は大雨かも知れんな》




 会敵は、思ったより早かった。
 シンはシグナスを沈み込ませ、更に加速を掛ける。速度を上げて相手の射撃を避ける為だ。
 視認――機体はザクウォーリア改修型3機。1機がオルトロス高エネルギー超射程砲を備えていた。
 敵機もこちらを目視、ジグザグに動きながら射撃を開始する。

 「攻撃開始確認、ザクウォーリア3機だ。1機ガナータイプ」
 《対戦艦用と考えて間違いないだろう、ソイツは確実に屠るぞ》
 《狙撃体制完了、じゃあちゃっちゃと始めますか》
 《んじゃ、俺様特攻~!》

 大尉、中尉、少尉がそれぞれに言う。相変わらずの軽口に呆れながら、意外に正確な射撃をシンは避け、或いはシールドで防ぐ。

 (腕っこき、か。しかし数はこちらが上、勝たせて貰えそうだ)

 シンは無理をせず、ビームカービンで集団付近を狙い打つ。当てる射撃ではない、散開させるための射撃だ。
 狙い通り、ザクウォーリア隊は散開する。後は各個撃破するだけだ。
 中尉の狙撃が始まり、1機が火線に貫かれる。次いで大尉の支援射撃が、少尉の突撃が始まる。シンも支援射撃を行なおうとして、

 《シン、防御!》

 レイの鋭い叱咤で、シンは気が付いた――オルトロスがこちらに照準を向けている!

 (……俺は!)

 シンは自身を怒鳴りつける。戦場で何故、油断をするのか。戦場で何故、思いに捉われてしまうのか。
 いや、考えようとしているのか。何度も何度も振り払っても消えないその『思い』を。



 ――手を伸ばそうとして。



 回避は無理、ならばシールドで防ぐしかない。紅い光が煌き、シンの視界がオルトロスの放つ光の奔流に包まれる。眼前のシールドだけが命綱だった。

 「このっ!」

 スロットル出力を上げ、シグナスを奔流に負けじと押し出すシン。甲斐あって、シグナスは弾き飛ばされずにオルトロスの奔流を駆け抜けた。
 その時だ――また見えた、あの映像が。
 手をこちらに差し伸べている、あの光景が。



 『……大丈夫、シン。私が……』



 シンは知らず、吼えていた。

 「うおおおおおっ!」

 自分は何故、ここに居るのだろう。自分は何故、戦い続けているのだろう。
 思いも心もわからず、ただ『何か』に突き動かされる様に。
 ただ、これだけは言える――今、見たいものは『この先』にあるのだと。
 戦いの先に、殺し合いの先に、命のやり取りの先に。

 《シン!?》

 急に突撃を開始したシンのシグナスの動きに、少尉が警鐘を鳴らす。だが、シンは止まらなかった。
 止まれなかった。

 「そんなに戦争がしたいのか!」

 1機のザクウォーリアがシンに向かってビームカービンを連射しつつ突っ込んでくる。オルトロスを射出した機はその間に長距離砲を捨て、ビームトマホークを抜いた。
 中尉も大尉も動揺した一瞬、全ての敵意がシンに向かう。しかしシンは構わなかった。
 そんなものが、自分を止められると思っているのか。
 そんなもので自分を止められるのならば、むしろ止めてくれと――そう、慟哭していたのかもしれない。
 シンのシグナスはビームサーベルを抜き放つ。そしてそのまま、ビームカービンを乱射するザクウォーリアに突撃していく。

 「それなら、俺は……」

 何発目かのビームは、シン機の頭部を破壊する射線だった。シンはそれをビームサーベルで打ち落としつつ、更に突き進む。
 シグナスのショルダーチャージがザクウォーリアを捉える。シンはそのまま抱え上げる様にザクウォーリアを投げ捨て、最初に砲撃してきたビームトマホークを構える機体に突っ込んでいく。

 「戦い続けてやる!」

 それは、嘘だと。
 それは、本心じゃないと叫んでいる自分がいる。
 けれど、それは限りなく本心なのだと慟哭している自分もいる。
 ただ、シンは手を伸ばしていくだけで――何も握ることなく。

 「邪魔をするなァァッ!」

 振り下ろされたビームトマホークと、ビームサーベルがかち合う。だが、シンの動きは止まらなかった。
 左足が跳ね上がる――サマーソルトキックだ。
 顎を打ち上げられたザクウォーリアは後ろに仰け反る。

 《俺の出番取るんじゃねぇ、シン!》

 更にその機体に少尉機のショルダータックルがお見舞いされる。
 地響きを立てて、ザクウォーリアが大地に伏した。
 その瞬間、この遭遇戦の勝敗は決していた。大破1機、鹵獲2機、損害なし……文句無い大勝利であった。




 「……ええ、そうです。出来ますか?」

 カラン、という音がグラスから響く。ピンク色のカクテルが注がれたワイングラスの中で、澄んだ透明の氷がグラスが傾けられる度に心地良い音色を奏でる。
 ナイトガウン姿のメイリンは、しかしそれに心を奪われる事無く、ただ電話とモニタに映る映像に集中していた。

 《わしを誰だと思ってる、やるからには完璧に仕上げるさ。解せない命令ではあるが、な》
 「よろしく、博士。貴方の研究が認められる最後のチャンスだと思ってくださいね――では」

 メイリンは通話を一方的に切る。メイリンにとっては苦手な、出来れば話したくないタイプだったからだろうか。
 否、後ろめたさからだろうか。

 (でもね、もしも……だったのなら)

 メイリンは大きく伸びをする。その時、玄関のチャイムが鳴った。先程連絡があったのだ、久々に夫であるアスランが自宅に帰ってくると。
 ノートパソコンのデータを削除し、電源を切るとメイリンは玄関へ向かった。その時にはメイリンは、今の作業の事をおくびにも出さず、笑顔で主人を出迎えていた。




 コクピットを降りるなり、シンは大尉から思い切り殴られた。

 「殴られた理由は解るな?」
 「……まあ、何となく」

 ふてぶてしく、シン。
 自分が悪いのはシンにもわかる。だからといって素直にも謝れない。
 だから当然、シンはもう1発殴られた。歯軋りをしながら、しかしシンは起き上がる。決然と大尉を見据え、両手を後ろに組んで。

 「いい度胸だ。コイツで最後だ!」

 最後のアッパーは、効いた。シンはしばらく自力で立ち上がる事が出来なかった。
 宙に浮くのが、自分でも良く解った。
 そして、自分が『何かが駄目なのだ』と、改めて思っていた。




 「……少し、やりすぎではないですか?」

 中尉が大尉に話しかける。後ろではコニールと少尉が慌ててシンに駆け寄っていた。

 「どこがだ。大体殴られたがったのはアイツだぜ……迷いがどうにも吹っ切れないって面しやがって」
 「それは、解ります」

 シンの悩みなど、大人達には容易く察する事が出来ていた。
 しかし、だからこそ解るのだ――それはシン当人が自力で超えなければならないものなのだ、と。
 大尉はタバコを取り出すと、上手そうに吸う。それは大尉なりの切り替えなのだと中尉は察した。

 「あー、リーダーに伝えてくれ。鹵獲は2機、捕虜は1人だってな」
 「……了解しました。付き合いますが?」

 捕虜2人――それは出撃した者なら誰でも解る。
 大尉が言っているのは『これから1人居なくなる』という事なのだ。つまり、大尉は1人を拷問に掛ける気なのである。

 「いや、いい。1人の方が気楽だからな」

 誰も、気が進む事ではない。けれど、少しでもこの艦が存続できるのなら。
 生きて、死ぬ。それだけが何と難しい事か。
 大人には大人のやる事がある――大尉の背中は、そう語っていた。




 「星が、綺麗……」

 ソラは、美しい星空に心奪われていた。
 オーブの星空は、これほど美しくは無い。空気が澄んでいるから、とか自然が豊かだから、だとかそんな瑣末な理由だけではない。もっと大事な何かが、この空からは感じられる。
 それゆえの満天の星空。
 小さな小窓から見上げるのが勿体無い、素直にそう思える様な。

 (シーちゃん、ハーちゃん……私、何をやってるんだろう……)

 あの人に、この大地に連れてこられて。
 そして、ここで何日も過ごして。
 けれど、不思議な事にソラは落ち込む様な気分にはなれなかった。驚きの連続で、そうした感覚が麻痺してしまっていたのかもしれない。

 「あ、流星群」

 この地方では、よく見られる光景だった。
 空気が綺麗な事と、たくさんの戦争があった事――それらは美しい風景を作り出す土壌となっていた。
 ソラは当初、『オーブに帰りたい』と願っていた。
 しかし、今は。

 「あの人が帰ってきます様に……」

 出撃していくシグナスの背中が、打ち出されるカタパルトの衝撃が。
 はたまた、傷だらけで帰ってくるシグナスがそうさせたのか。
 自然、ソラはそう思うようになっていた。



 
 
 
 
 
 
 
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»»  2011.08.15.

「今度は戦闘機が出現しただと!?」

治安警察オロファト本部における治安部隊隊長、エイガー=グレゴリーは朝からずっと怒鳴り詰めだった。
そして予感していた――明日になるまで怒鳴り続けなければならないのか、と。
一向に事態が収拾するメドも立たず、現場どころか官邸ですら浮き足立っているこの有様では無理もないが。
しかし、怒鳴るだけで事態が進展するわけでもない。エイガーは報告を持ってきた部下に指示を出す。

「とにかく、モビルスーツ隊に伝達。動けるピースアストレイを放出、捕獲に当たれ。オーブ海軍のマサムネにも出撃依頼を伝達せよ!」
「拝命します。しかし、オーブ海軍は既に近海に出撃しており、呼び戻すまでに時間が掛かりますが……」

エイガーはげんなりする。しかし、それで諦める訳にもいかない。

「止むを得んだろう。ピースアストレイで戦闘機に追い付ける訳もないが、威嚇にはなる。
防衛用配備部隊はそのまま。予備部隊で捕獲に当たる。
全機捕獲用ネットワイヤーを装備させろ。市街地での火器使用は厳禁だ。徹底させろ!」
「拝命します!」

敬礼すると、忙しなく部下は退出する。
それを見届けてからエイガーは一息つくと、葉巻に火を点けた。
動けない立場というものがもどかしく、煩わしかった。





武装もない。味方もいない。あるのは追い付かれない『最高速』だけ。
フォース=スプレンダーの現在の状況を表すのならば、そういう事になる。
それでもコニールは落ち着いていた。

「下手糞な連中よね、本当」

コニールは生粋のゲリラだ。
生まれた時からゲリラである事を余儀なくされ、日々生きるために覚えた事は『戦い方』だった。
そんなコニールだからこそ戦場の空気は肌で解る――相手の腰が引けている事も。
市街地を低空飛行で駆け抜けるコニールに対して、ピースアストレイ達はネットワイヤー以外の戦闘オプションを取れないでいた。
出撃した後、コニールは真っ直ぐにシンのいる場所へは向かわなかった。
そんな事をすればどんな馬鹿でも防衛線を張る。
だからコニールはまずは霍乱のために市街地を飛び回っていた。
スピードを殺さずビルとビルの間すら駆け抜けるコニールの操縦テクニックは屈指だ。
モビルスーツの操縦こそ出来ないが、大概の戦闘機であれば満遍なく動かせる。
何度か旋回して、ピースアストレイが集まってくるのを確認するとコニールは再び旋回した。
官邸方向――最も防備が厚い方向だ。

「少し付き合ってもらうわよ」

薄く笑い、コニール。
表情は悪戯っ子のそれである。
いきなり速度を上げて、後続を引き離しにかかる。後続のピースアストレイが射出したネットワイヤーが空しく宙に撒き散らされていく。
前方に展開したピースアストレイは動かず、ネットワイヤーを射出して来るが。

「そんなのに捕まるほど、コニール様は安くないわよ!」

コニールは機体を振り回した。文字通り、無理やり百八十度ターンさせたのだ。
スラスター方向に自由度のあるフォースユニットならではの荒業だ。
当然パイロットにも負担が掛かるが、歯を食いしばりコニールは耐える。

「いっけぇぇ!」

フォースユニットのスラスター出力が全てに勝った。重力もネットワイヤーも全て吹き飛ばし、  フォース=スプレンダーは中空に躍り出る。
ピースアストレイを後方に置き去り、コニールは改めて旋回した。シンの待つ方向に向けて。




あっという間に室内は煙で満たされた。室内の温度も上昇し続け、呼吸する事すら辛くなってきていく。
シンは部屋から脱出するため、何とか扉を開こうと悪戦苦闘していた。

「畜生、メイリンの奴!」

ロックが解除できない。
壁を殴りつけるが、びくともしない。
通常こうした際に行なわれるはずのオートロック解除も、先回りされてシステムを丸ごと変更されているらしく、操作そのものを受け付けてくれない。

《無駄だ、っていってるのに。まあ聞くような性格じゃないでしょうけど》

周囲の熱さとは裏腹に、涼しい声でメイリン。

《それにこの部屋から脱出できた所でどうするの? 
ここは地上二十二階、地表まで約百メートルってところかしら。凄いわね、飛び降りて生きてられるの? 
さすがはザフトレッドのトップエース様って事かしら?》

「うるさいっ!」

《……そうね、今のペースで扉を開けて行ったとして。五分後にこの部屋を脱出する。
その後、地表までの扉の数がざっと四十枚。最短で三時間半って所かしら? 
もっとも、その遥か前に酸素は尽きるでしょうけどね》

《シン、挑発に乗るな。お前の動揺を誘い、注意を逸らす作戦だ》

レイが諭す。シンとしてもそれは解っているのだが。

《私は冷静に状況を分析してあげているだけ、よ。感謝されてもいい位。
……そうね、貴方はいいわ。殺しても死にそうもないから。
でも、そっちの女の子はどうかしら?》

「…………!」

シンはきびすを返す。そこに蹲ったままのソラが居た。
煙をまともに吸い込み、動く事すらままならなくなっている。
今は何とか床付近の空気を吸って呼吸を取り戻しつつあるが、それだっていつまで持つか。

《ソラ、そうだ。そのまま呼吸を……そうだ、それでいい》

レイがソラの傍に居てくれてよかった――そうシンは思うが、しかしこのままにしておく訳にいかない。
バスルームに少しだけ残っていた水に上着を浸すと、それをソラに被せさせる。
こんな事で熱を遮断できる訳もないが、無いよりマシだ。
シンはソラの顔を覗き込む。
生気のない瞳――それは今までシンが何度も見てきた『死に恐怖する者の瞳』。
ソラの口がぱくぱくと動いた。
息も絶え絶えの、助けを求める事すら出来ない声で、しかしソラは確かにこう言った。

――助けて。

ドクン、と鼓動が聞こえる。
何かがシンの奥底で蠢くのが解る。さっきまでの絶望感が嘘の様に、心がクリアになっていく。
それがトリガーになったかのように、シンにある種の覚悟が生まれていた。

(何を恐れる事がある。お前はその為に……てたんだぞ)

シンの中で、誰かが囁く。しかし敢えてそれを無視し、シンはソラの肩を持つと抱き寄せ、こう言った。

「安心しろ。必ず助けてやる」

今更、歩みを止める事は出来ない。
今更、生き方を変える事なんか出来やしない。
もう、自分の心を裏切るのはイヤだ。

怯えた視線がそこにあった。しかし、どこか恍惚とした色を湛えて。
シンはもうメイリンのアナウンスを聞かず、動き出した。
解ったのだ――本能的に、生きる方法が。

シンは爆発物を取り出した。信管によって作動させるタイプで、熱程度では反応しない。
非常時用に少量だけ持っていたものだが、この程度の役には立つ。シンはそれを……。




……そうだと思う。私はこの時、心を決めたんだ。
この人の行く末を見届けたいと、思ったんだ。
心まで透けそうな紅い、澄んだ瞳を見た時から。
きっと、それは……。




「……どうやら、死体を確認するだけの任務になりそうですね」

治安警察のジープの運転席で、燃え上がる団地をぼんやりと見ながらオスカー=サザーランドはいかにも退屈そうに大欠伸をする。
部下達はいつでも突入できるように装甲服を着用していたが、どうにも出番は無さそうだった。
燃え上がる炎は何者をも焼き焦がす。
それはコーディネイターだとて例外ではないのだ。

「いくらなんでもこれじゃ、どうにも出来ないでしょう」

それはオスカーの私見だが、この場にいる総意でもあったろう。ただ一人を除いては。
助手席に座る『異論者』は端末に向かいずっと何事か打ち込み続けている。
どうやら何事かをシミュレートしているようだが……。
しばらくしてエルスティン=ライヒはオスカーの方を見やると言う。

「結論出ました。戦闘機のランディングギアを団地屋上の手すりに引っ掛ければ、おそらく止まれます。その手なら脱出は可能です」
「……さいで。それが出来るならモビルスーツは素手で撃退できますね」
「ライブラリには『行なわれたらしい記録』がありますが?」
「ギネスブックに興味はないですよ。やるとやらない、出来ると出来ないは意味合いが全くちがいますから」

仮にも現場監督であるこの二人がここまでだらけているのは問題といえば問題なのだが、かといって事態がどうこうなるとも思えない展開である。
まして、逮捕対象であるシン=アスカは今だ自室から移動できていないのだ。
蒸し焼きを逃れているとしても、屋上までだって防火扉は何枚もある。
脱出できる可能性は限りなくゼロに近いのだ。

不意に、通信機が鳴り出す。すぐにエルスティンが応答した。

「対象戦闘機、ピースアストレイを引き離してこちらに向かってきます」
「やれやれ、エイガーのおやっさんもヤキが回ったかな。ピースアストレイじゃしょうがないけどね」

幾分投げやりにオスカー。
という事は、相手方はまだ逃走を諦めてはいない。

「ライフル一丁で戦闘機相手にどれ程の事が出来るか、試してみますか」
「『豆鉄砲』という事ですね、わかります。存分にどうぞ」

エルスティンがさっさと助手席を降りて、運転席のドアを開ける。どうやら運転してくれるらしい。オスカーはいよいよ溜息を吐きたくなってきていた。




――シン達のいる部屋の窓が吹き飛んだのは、そんな時だった。




《……はぁ!? アンタ何するですって!?》

ようやくコニールと通信が繋がって、二言目はこれだった。
開いた窓から強風と、下に展開した治安警察部隊からの銃撃にめげず身を乗り出しつつ、シンが叫ぶ。
隣のソラは更なる展開に困惑するばかりだ。

「だから、飛び降りるって言ったんだよ!」
《どこに!》
「フォース=スプレンダーの上だ!」
《アンタ馬鹿ぁ!? どこの世界に飛んでる戦闘機に飛び乗る奴がいるのよ!》
「ホバリング出来ないのかよ!」
《出来ないって言われてるでしょ!》

シンは数瞬考え込む。が、すぐに思いなおすとソラの顔を見、決然とした様に言った。

「今更他の手段なんかあるか! 出来るだけスピードを落としてくれ、後はこっちで何とかする!」
《もう、どうなっても知らないわよ!》

シンはソラに再び向き直ると言う。

「安心しろ、飛び降りろなんて言わない。ホバリングできなくても垂直にすればいいんだ。なに、やればなんとかなるもんだ」
「はぁ……」

一体どういう自信だろうか。歴戦の自負から来るものか、はたまた単なる自信過剰か。
とはいえソラはシンの表情を見て、信じられると思っていた。

(……そう、あの時の表情。この人は……)




一方その頃、オロファト市外道路をひた走る一台のバイクがあった。
真紅のバイク、アスラン=ザラである。
カウルは半分ほど割れて吹き飛んでいたが、アスランは全く構わずに走り続けていた。
どうしても、ジッとしていられなかったのだ。

(シン、どこにいる。もうお前が戦う理由なんかどこにも無いはずだぞ)

その思いだけが、アスランをを駆り立てる。官邸の警護は腹心の部下達に任せ、自分はこうしてツーリングに勤しむのは護衛部隊指揮官としてどうかとも思うが、かといって自分の思いに蓋を出来るような人間でもない。それで少しでも痕跡があればと、シンを見失った地点を重点的に走り回っていたのである。
とはいえ、もう燃料も少ない。諦めて帰ろうと思った時に、それが聞こえた。

「モビルアーマー……未確認戦闘機だと!?」

音を聞けば、アスランには解る。味方機か、そうでないか。
間違いなく聞いた事のないスラスター音だった。飛来音の方角を確かめると、アスランはそちらにバイクを向けた。
それは全く直感的な行動だったが、アスランには予感めいたものがあった。その先にシンがいると。
燃え上がる団地が見えてきた時、予感は確信に変わり、いよいよアスランはスロットルを絞っていった。




――その時が近付く。

《スピード、これ以上落ちないわよ》
「上等だ。……レイ、ソラを頼むぞ」
《わかった、出来る限り何とかしてやる。無茶をするなよ、シン》

視界の端に戦闘機――フォース=スプレンダーが映る。
シンが意を決して飛び降りようとして、その瞬間。

《そうそうやらせる訳にいかないでしょう!》

まだ生きている館内アナウンスが大音声で叫んだ。
同時に窓の外にいた治安部隊が何かを撃ち上げる。シンはそれが何なのか瞬時に気付き、コニールに向かって叫んでいた。

「コニール、フラッシュグレネードだ!」

真っ直ぐにこっちに向かっていたコニールに避ける手段があるはずも無い。
それが解っていても、シンには叫ぶ以外の手段はなかった。




――光が、団地から発散される。




「キャアッ!」

コニールは咄嗟に目を閉じて防御はしたが、しかし。

(モニターに焼き付きが! これじゃ、操縦できない!)

低空飛行、ましてや障害物の多々ある場所である。続行は自殺行為に近い。
コニールは上昇しようとして――シンの大声が飛んでくる。

《そのまま来い! 俺の言う通りに飛べばいい!》
「アホかーーっ!」

いくらなんでも、という意見である。さすがのコニールも怒鳴り返す。しかしシンは引かなかった。

《いいか、俺が飛び乗ったら上昇してエンジンを切るんだぞ!》

言うだけ言って、コニールの反撃にも構わずに――シンは飛んだ。
二十二階の窓から、である。
コンマという秒間の中でそれを認識したコニールは腹を括っていた。
何が何でもシンを死なせたくない、それはコニールの本心だった。




懐かしい機体だな、とシンは思った。
目に映るその機影が段々と大きくなり、そして――機体上部に身体を打ち付けられる。
余りの衝撃に身体が跳ね、意識が飛び掛けるが、シンは耐えた。
懸命に腕を伸ばし、尾翼近くでようやく身体を固定する。

(何とかコクピットまで行け……るか!?)

風圧で身体が引きちぎられそうだ。
速度を限界まで落としているとはいえ、物は戦闘機である。
並みの人間では耐え切れない風圧に耐え切っているのは鍛え上げた身体の賜物だろうか。
何とか身体を引き寄せ、風圧に対峙する。
ふと、フォース=スプレンダーが上昇を開始した。
シンの言う通りに、コニールが動かしてくれているのだ。感謝しつつ暴風から渾身の力で、身体を支えるシン。
歯軋りの音が頭に響く位、シンは全身の力を総動員していた。
何秒位だろうか。シンの視界はあっという間に大空になっていた。
遠くにはオロファトの街並みも見える。こちらに飛来してくるモビルスーツの機影も。風圧が段々と弱まっていって、シンはフォース=スプレンダーのエンジンが停止していっているのだと理解できた。
キャノピーが開き、コニールが身を乗り出して何か叫んだ時、シンは走り出していた。
一瞬だけ停止した機体を駆け上がる様に、すぐ次に来る重力に逆らう様に。
暴風が復活する。背中に風圧を受けて、シンは飛んでいた。

「シーン!」
「手を伸ばせっ!」

永遠の様な一瞬――そう言えばいいのだろうか。コーディネイターならではの境地をシンは最大限に使って、コニールの手にしっかりとしがみ付いた。
次の瞬間、フォース=スプレンダーごと地面に引っ張られている感触が来る。
コニールの苦悶の顔、そして手の温かみを感じてシンは再び体中の力を総動員させた。ここで諦める訳には、いかないのだ。

「うおおおおっ!」

キャノピーの端に手の平が触れる。次の瞬間には上半身をコクピットの中に放り込む事が出来た。その体勢のまま、シンは機体を再起動させる。スラスターに火が点り、推力が発生し始めるが、シンは経験で『このままでは墜落する』と理解していた。
ならば、やる事は一つだ。機体の向きを変え、前向きに落ちる様にする。その勢いを借りてシンはフォース=スプレンダーの後部座席に何とか入り込む事が出来た。
錐揉み状態で降下するフォース=スプレンダー。
コニールの悲鳴が聞こえるが、シンは構わなかった。そのままスラスターの出力を上げ続け、少しでも推力を得るため、速度を上げていく。

(間に合うか――いや、間に合わせてみせる!)

キャノピーを閉じる暇もない。
が、なぜか『出来る』と判断していた。風の勢いがそう、教えてくれるのだろうか。
パイロットの本能がそうさせたのだろうか。
目の前に大地が迫り、いよいよ墜落する瞬間、推力が『来た』とシンは感じた。

「あ……が、れぇぇぇぇっ!」

操縦桿も折れよと、思い切り引く。
機体はよく反応して、一気に方向を変えた。
木々をへし折りつつ、フォース=スプレンダーは地表ギリギリを駆け抜け始める。地面に引っ張られているのが解り、シンは吼えた。

「飛べよっ! やれば出来る子だろ、お前は!」

シンの熱意が、あるいはフォース=スプレンダーが応えたのか。しばらくの地上滑空の後、フォース=スプレンダーは再び飛び上がった。
下方尾翼が幾つか吹っ飛んだが、フォース=スプレンダーは今だ健在だった。




――さて、その頃ソラは。
通信機の役目も兼ねる腕時計、レイから漏れ聞こえる声でシンがしっかり戦闘機、フォース=スプレンダーに飛び乗った事は解った。
それはソラにも喜ばしかったが、次に続いた言葉にはヒステリックに否定せざるを得なかった。

《よし、次はソラだ! 飛び降りろ、後はこっちで面倒見る!》
「……絶対いや!」

無理もない話である。《さもありなん》とは腕時計の弁。

「さっき飛び降りなくて済むって言ってたじゃないですか!」
《コツは掴んだ、大丈夫だ!》
《『コツ』で済むものなのか?》
《……もう何が起こっても驚かないわよ、アタシは》

そんな喧々諤々のやり取りの中、フォース=スプレンダーは再度旋回する。
一直線にソラに向かうために、だ。
状況は危険だ。迫る猛炎、轟く銃声――彼等が自分を助けようとしている事はソラにだって解るのだが、ほんの少し下を向くだけで得られる恐怖感は言語を絶している。
飛び出していける人間の方がおかしいのだ。
しかし状況はソラを追い詰めていく。

《火勢が弱まらん。脱出もままならず、助けも来れない。唯一の突破口は飛び出すだけ。どうする?》

どうするも何もない。

「わ、私はイヤですからね! 絶対、イヤです!」

首を大きく振ってソラは抵抗する。当然だが。
その時――転機が訪れた。
運命の一押しとでも言おうか、それがソラを前に大きく押しやった。
背後で起こった爆風が、ソラを虚空に押し出していた。熱によってシャッターが溶け、それにより空気が流入、爆発が起こったのだ。
言葉もなく、悲鳴もなく、ソラは大地に向かって落ちていく。

(あ……私、死ぬのかな)

走馬灯だろうか。ソラには世界がひどくゆっくりに感じられた。
今頃シノとハナは自分を探しているのだろうか。『ロンデニウム』店長に貰ったお土産を、二人はちゃんと食べてくれているだろうか。孤児院の子供達は、元気でやっているだろうか。
そんな事を考えながら、ソラは落ちていく。
風が凄まじい勢いで流れ、奇妙にふわりとした感触が辺りを包んでいた。

(人は、地に足が着かないと生きていけない。そりゃ、そうだよね……)

ソラは不思議と落ち着いていた。余りにも全てが、現実的ではなかったからかも知れない。夢心地になりながらソラは瞳を閉じて――

《させるかっ!》

その声が、ソラの瞳をこじ開ける。

《無茶よ!》
《やる! 行くぞ!》

ふと、ソラの視界がそれを捉えていた。
地表すれすれ、低空飛行で飛んでくるフォース=スプレンダーの姿を。そして両手を広げて真っ直ぐに自分を見据え、抱き止めようとしているシンの姿を。
地上まで僅か数メートル。全てがギリギリのラインだった。

(……諦めないんだ、この人は)

微笑ましくなる位、真っ直ぐに。馬鹿だなんだと言われようと、愚直なほどに。
夢でもない、希望でもない。
それが、彼以外解らない境地であろうと。
真っ直ぐにフォース=スプレンダーが突っ込んでくる。それをソラは微笑ましく感じ始めていた。
――その時、割り込む者が居た。

「待っていた甲斐がありました」

高台でライフルを構え、シンを狙う者がソラに見えた。

(駄目っ!)

逃げて――そう、ソラは叫んでいたと思う。暴風の中で、かき消されたとしても。
この人を死なせたくない、そう思っていたから。
しかし、シンは逃げなかった。そんなもの見てもいなかった。
ソラを助ける事以外、考えてもいなかった。

「やめてぇっ!」

オスカーが引き金を引くのが感じられる。ソラは絶叫するしか出来なかった。

その時――更に割り込む者があった。
ソラの背後、フォース=スプレンダーに向かい合う様に突っ込んできた真紅のバイク。
それに乗る者が先にオスカーの持つライフルを撃ち、弾き飛ばしていた。

「シンッ!」

シンとアスランの視線が交錯したかどうか。
次の瞬間シンはソラを抱き抱え、フォース=スプレンダーごと上昇していく。
アスランはバイクを急停止させると、飛び去っていくフォース=スプレンダーの姿を見送る様に目で追っていた。

「あいつ……」

アスランは知らず、微笑んでいた。
フォース=スプレンダーはどんどん上昇し、そして見えなくなる。
しかしアスランはそのまま、彼方にいる人影を見据える様にしていた。




オスカーは地面に落ちたライフル拾い後部座席に放ると、忌々しそうにジープのシートに身を投げ出す。
エルスティンがオスカーを覗き込む様に言う。

「いいんですか?」
「上官の旦那じゃ報告しても、もみ消されるのがオチでしょう。そこまで考えてるかは知りませんけどね。それにしても……」

オスカーはちらりと戦闘機の消えた彼方を見る。そしてそれを見送る者を。にや、と笑ってオスカーは言った。

「……面白くなってきましたね」

今更ピースアストレイが到着し始める。オスカーは溜息をついて、肩を竦めた。




こうして、私の『激動の運命』は始まりました。
「誰か強引な人が、空の彼方まで引っ張っていかなきゃ無理だよ」
……いつだっけ、私の言った通りに。
私を乗せたフォース=スプレンダーはそのまま上昇を続け、成層圏に近い所を飛んでいったそうです。
その時の光景を、私は一生忘れません。




「見てみな。滅多に見れるもんじゃない、生の『地球』さ」




――これから始まる運命の行く末と共に。
1-6
»»  2011.08.15.

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アリー。それは私がスレイプニールに乗ってから始めて目指した目的地。
交易や商業が盛んな、美しい街。しかし同時に奇妙な街。
レジスタンスはおろか、東ユーラシア政府軍までも受け入れる。
結果として中立、戦闘不可地域へと変貌を遂げた不思議な街でした。
二週間の長旅の末、ようやく私達はそこへ辿り着いたのです……。




 降りしきる雪の中、一台の大型トラックが広大な台地を横断していく。街道は既に雪に埋もれてしまっているので『この辺が道だろう』と当たりをつけて走る。それはこの大型トラックに限った話ではなく、この辺りではごく普通の事だった。
 ハンドルを握るシンは薄手の手袋で寒さを凌ぎつつ、雪で出来た隆起を捌いていく。アイスバーンと化した元道路は、ほんの少しの油断も逃さない狩人だ。集中して、道路に意識を向け……

 「ひあ……ひああああんっ!」

 ……出来なかった。本日何度目かわからない、一行最年少のナージャの鳴き声がシンの心を逆撫でする。しかし何としても、怒鳴る訳にはいかなかった。何せ相手は、未だ一歳児なのだから。

 「ご、ごめんナージャ。おむつ? さっき変えたばっかりなのに~」
 「寒いからしょうがないわよ、ソラ。後でまとめて洗うから、こっちに頂戴」
 《タイムカウンターによるとミルクまでの時間は50分後だな。となれば確立としては……》
 「訳のわからない事ブツブツ言わないでよ、レイ」
 「さー、ナージャ綺麗になったよ。はい、あばば~」

 ソラとコニール、ものはついでにAIレイが賑やかに車内をまぜっかえす。何となくシンはその輪の中に入るタイミングを逸して、ますます意識を道路に向けようとして、イライラするのだ。見事な悪循環である。

 (……早い所、アリーに着いてくれ。俺の忍耐力の続くうちに……)

 大型トラックは、どこまでも続いていきそうな雪景色をひたすらに走り往く。一路、アリーへ。




 スレイプニールメカニック班、サイ=アーガイルは苦労症である。
 手抜きは一切せず、機械の本領が発揮できる為に全力を注ぐ。それは正に職人気質であり、悪くいえば馬鹿正直である。とはいえそうした気質は特にパイロット達に好評であり、全幅の信頼を置かれる所以でもあった。

 「……疲れた」

 そう言った瞬間、サイは膝から崩れ落ちて床に寝転がる。冷たい床だが、火照った身体には丁度いいと思えるのだ。
 大尉達が未だ帰らない状況において、シンのシグナスは最大戦力である。そのため、いつでも動ける様にしておかなければならなかった。

 「おつかれ、サイ兄」

 サイの事を兄と慕う、メカニック班助手シゲト=ナラがコーヒーを持ってきてくれる。湯気立つコーヒーの匂いがサイの嗅覚を刺激し、サイは上体をむっくりと起こした。

 「だるい……」

 コーヒーを一口啜りながら、サイ。シゲトが「そりゃそうだよ」と応じる。

 「サイ兄、ここ数日寝てないじゃん。死んじゃうよ」
 「……そうかといって、シグナスが動かなきゃ全滅だぞ」
 「そりゃ、そうだけどさ……」

 サイとて、休もうとした。しかし、駄目だった。自分が休んでいる間に敵が襲ってきたら…。その悪夢が繰り返し続いて、休むにも休めないのだ。それなら動いていた方がマシだ――サイはそう思う。

 「大尉達、いつ戻ってくるんだろうね」
 「元からアリーで合流予定だ。この雪で遅くなってはいるだろうが、じきに来るよ。まぁ、そうしたらこのモビルスーツデッキがシグナスで一杯になるな」
 「ホウセンカ隊のみんな、元気かな」
 「大丈夫だろうよ。女性ばっかりだけど、なかなかどうして腕っこき揃いだ。こっちの追撃に回されなくて幸運だったよ」

 記憶にあるのは腰まで届く黒髪の女性。シホ=ハーネンフースと言ったか。偽名だらけのレジスタンスで、堂々と本名を使うのは珍しい。最もサイも偽名など使ってはいないのだが。
 コーヒーを飲み終わったサイは、大きく伸びをする。そして両手で頬を張ると、立ち上がった。

 「よしっ。仕上げといくか。あと少しで終わるから、シゲト手伝ってくれ」
 「任せてよ! その代わり終わったら寝てよね」
 「こいつっ」

 朗らかに笑うシゲトが、サイを支える力の1つなのは間違いないだろう。サイは両の足に力が戻っている事に感謝しつつ、シグナスに向かった。次は破損したシグナスを立てる様にしなければならないな、と思いながら。




 ようやくアリー市街にある潜伏先のホテルに辿り着き、シンは安堵――出来なかった。

 「あー!」

 小さな暴君、とはこの事である。『泣く子と地頭には勝てぬ』でもいいかもしれない。1つしかないベッドに横になったシンの油断であった。

 「あいたた、引っかくな引っ張るな指を口に入れるな!」
 「あー」
 「あー、じゃないっ! コニール、ソラ! ちゃんと躾けろよ」
 「……普通、赤ちゃんがいればベッドに寝かすでしょ」
 「じゃれてるんですよ。凄いですよシンさん、こんなに短期間でナージャに懐かれるんだから」
 《いや、いい遊び道具だ。しっかり励めよ、シン》
 「お前等なぁ!」

 シンは今更ながら気が付いた。自分が孤立無援なのだという事を。
 
 「コニールさんはいつ買い物に出ます?」
 「ん、打ち合わせは夜8時だから……そうだね、この後ちょっと行く?」
 「はい。少しナージャの服も買ってあげたいし」
 「いいよ、リーダーから少し多めにふくんだって来てるから。ナージャはシンとレイが見てくれてるみたいだし」
 「……もう勝手にしてくれ」
 《任せろ、何かあったらシンを怒鳴り散らす》

 シンは嘆息した。髪を引っ張られるのは諦め、好きにさせる。とはいえそれ程嫌な訳でもなく、女二人が和気藹々と部屋を出て行くのをぼんやりと見送っていた。




 メイリンは嘆息した。

 (……まさか私が、もう一度ミネルバに乗るなんて、ね)

 正確にはミネルバ級の流れを受け継ぐオーブ連合首長国――統一地球圏連合国が建造したミネルバ級改修型、であるが。『レコンキスタ』と命名されたその戦艦はミネルバと違って、黒と銀で染め上げられている。禍々しいそのフォルムは、しかしそれ以上に禍々しい逸話に彩られていた。
 ドム=クルセイダーズ。統一地球圏連合軍の中で、最も暴力的且つ攻撃的で荒々しい部隊。ラクス=クラインの剣を自認し、統一軍に歯向かう者は女子供だろうが容赦なく蹂躙する――その旗艦が、このミネルバ改級レコンキスタなのである。
 今メイリンは1人、割り当てられた部屋で考え込んでいた。

 (ゲルハルト=ライヒ……空恐ろしい男。一体どこまで知っているというの?)

 偶然とは思えなかった。治安警察に在籍しているとはいえ、余りに急な辞令だったのだ。しかも後方での事務や支援が中心の情報部に在籍するメイリンに、最前線戦闘部隊クルセイダーズの支援を行なえ、等とは。
 メイリンと共に乗船したのは、オスカーとエルスティンの部下二人、その他メイリンの選んだスタッフ。更に護身用としてモビルスーツも載せて構わないとくれば。メイリンからすれば、腹の底まで見られている様な気分にすらなる。
 しかし、メイリンは命令に従った。千載一遇のチャンスには違いないのだ。

 (ヒルダ=ハーケン。ヘルベルト=フォン=ラインハルト。そして、マーズ=シメオン。この三人が、あの時ドム=トルーパーを操縦していた。そして、姉さんを殺したのはおそらく……)

 だんっと壁を殴りつけた。胃液が逆流する。嘔吐したい衝動を懸命に押し殺しながら、メイリンはしかし獰猛な瞳を隠しきれなかった。

 (許さない。あんな……あんな殺し方をしたあいつ等を。許す事なんか、できやしない!) 

 だが、慎重に動かなければとも思う。最悪の事態に突入した場合は自分だけでは済まない、夫であるアスラン=ザラの立場をも危うくしてしまう。事を起こすのならば、慎重には慎重を期さなければならないのだ。そして同時に、誰よりも大胆に立ち回らなければならない。
 どうすればいいのか。それは、すぐに解答が出せるものではない。
 窓に映る光景は遥かコーカサスの大地、レコンキスタが向かうはアリーの街。治安維持の名の下、これから起こるであろう戦乱にメイリンは一縷の望みを託そうとしていた。




 「……聞かなくてもわかるよ、ハインツ。あの女狐の目を見ればわかる。アレは『私を殺したくて堪らない』って目だからねぇ。馬鹿な女だよ、戦の臭いを嗅ぎ分ける事すら出来ないのに、こんな所までノコノコやってくるんだからねぇ」
 「違いない、な」
 「オーブでデータ入力だけやってりゃいいものを。これだから平和ボケって言われるんだよ」

 一方その頃『メイリンの仇敵』であるヒルダ、マーズ、ヘルベルトの三人は一室に集まり、オーブオロファトの治安警察オフィスと交信していた。モニタに映るのはハインツ=ドーベル。治安警察実行部隊司令官と揶揄される男である。

 『オーブに居れば、世界が未だ戦乱であるとなかなか気付けんものだ。まして我々の様な者達が、各国のパワーバランスを調整しなければならない脆弱な状態だとはな』
 「それにしても、解せませんな。そこまで判っていながら、何故メイリン=ザラを自由にさせるのです? さっさと拘束して……」
 「お前は馬鹿か。相手はあの4英雄の1人の妻だぞ。ヘタな疑いなんぞ掛けたら、俺等全員その場で縛り首だ」

 ヘルベルトとマーズが口々に言う。それを横目で見ながら、ヒルダが口を開いた。

 「……テスト、ということかい? ハインツ」
 『察しがいいな』

 短くドーベル。しかし、それはお互いにとって『満点』の回答だった。

 「ライヒ閣下は、我々では軍神に敵わないと?」
 『それはわからん。それ故のテストだと理解してもらおう』
 「……用心深いことだね」

 ヒルダは半ば呆れていた。ドーベルやライヒの偏執的なまでの完全主義に。

 (この男達は、本気で……キラ=ヤマトに頼らない『平和』を作ろうとしている)

 否、それ程恐ろしいのか。スーパーコーディネイターと呼ばれる人間ですらないモノの、圧倒的なまでの可能性を。
 ヒルダは頭を振って、思惟を追い払う。考えても仕方の無い事だと判断したのだ。

 「ま、いい。とりあえずこっちは任務を遂行するだけだ。女狐が正体を現したら、そっからはあたしの判断に任せてもらうよ。いいね?」
 『解答する必要すらないな。戦場で判断するのは『現場』のみだ。『司令部』ではない』

 ヒルダはちろりと舌舐めずりをした。それは獰猛な肉食獣が獲物を見つけた時の仕草だった。
 当面の指令文書をもう一度引っ張り出して確認する。それにはこう書いてあった。

 『来る12月25日、アリーの街を封鎖、制圧せよ。その際、集結している戦力があれば所属に関わらず破壊せよ』

 眼下にはアリーの街が既に目視できる位置にある。作戦行動時まで後数日、彼女は湧き上がる高揚を沈められそうもなかった。



全てを知る事が出来るのなら、私は言うでしょう。
「ああ、また巻き込まれたのか」と。
もう、そういう運命なのかなって。
私も、シンさんも、コニールさんも、ナージャも。
そうとう運命の神様には見込まれていたみたいです。
私、『薄幸の美少女』ってタイプじゃないのになぁ。




 ――12月24日。その日は澄み切った青空の日だった。

 「明日は雪か。路面の状態が悪くなるな」
 「……ホワイトクリスマスっていう一大イベントに容赦ないわね、あんたは」
 「こっちの方でも、クリスマスってあるんですか?」
 「あるわよー。何せ楽しみが少ない地域だもん、派手にやるわよ」
 「うーあー」
 「へぇ。そう、ナージャも楽しみ?」
 「いいわよ、打ち合わせも無事済んだし楽しんでいきましょう」
 「……だから、路面の状態がだな」
 《シン、無理だ。お前の意見は自動的に却下される様になっている》

 アリーの街のメインストリート、ひたすら買い物三昧の女二人の護衛兼荷物持ち――間違いなく後者が主任務――をしながら、シンは言う。

 「それにしても、政府軍の連中が増えてきたな」
 《あちらさんも情報収集というところだろう。もちろん、こちら側としてもアリー集結組が本体ではないのだがな》
 「結局囮半分だもんね、あたし達。大概あのおじさん舐めてるわよ」

 おじさんとはミハイル=ベッテンコーファーの事である。

 「騙しあい、ですよね。あんまりいいことじゃないですけど……」
 「あー」
 「……そうね。ナージャが大きくなる頃には、こんな事しなくてもいい様にしないとね」
 「…………」

 それは、希望だろう。現実問題としては、事態はむしろ悪化しているのだから。しかし何とか場を明るくしようとしているコニールの努力を無にする事もないと、朴念仁のシンでも思う。

 (いつか、明るい世界がくるのなら――俺は)

 報われる、と思える日も来るのだろうか。
 とてもそうは思えないな、とシンは自嘲気味に苦笑する。
 ふと――突然、シンの瞳が見開かれた。その視線は虚空を泳ぐでもなく、ただ一点を見つめていた。

 「シン? どうしたの?」
 「シンさん?」

 コニールとソラがシンの異変に気が付き、振り返る。しかし次の瞬間コニールの視界はシンが抱えていた荷物で一杯になった。

 「ちょ!? こ、こらぁ!」
 「悪い、先に戻っててくれ!」
 「この馬鹿シンー!」

 コニールの声が背中に突き刺さる。しかしシンは構わず、雑踏の中を走り出していた。
 目の前に、傍に居たはずの人を探して。愛し、愛された人を探して。
 懸命に手を伸ばし、喉まで出かかった叫びを封じながら。
 見てしまったのだ――探し続けた虚空の幻影を。


 

 何となく、一人になりたかった。作戦行動の詳細すら教えてもらえない――何となしにピリピリしたものを感じて、レコンキスタでのんびりするという選択肢は無かった。そのため、メイリンはアリーの街に散策に行くことにした。アリーから数キロの位置に停泊しているレコンキスタから車で移動して、今彼女はアリーのメインストリートに居る。
 軍服ではない、プライベートな服装は久しぶりだ――メイリンは思う。
 気分を変える為に髪を結い上げ、ちょっとしたポニーテールを楽しむ。露わになったうなじが外気に当たるようになって、ちょっとした清涼感が得られる。少々寒いが、照りつける陽光が皮膚に温かみを与えてくれるので気にはならない。
 そう、わかっていてやった訳ではない。だが、今の姿はびっくりする程自分の姉、ルナマリアに良く似ていた。ショーウィンドウに映る姿に、メイリンは何となく見入ってしまう。

 (姉さん。私……何してるんだろうね)

 幸せになりたい、と。ただ、幸せになりたいと願って生きてきた。好きな人が出来て、愛し合い、子供を作り――そんな、当たり前の幸せが欲しくて。
 それなのに、今自分は何をしているのだろうか。

 (治安警察に入ったのは、少しでも夫の役に立ちたかったから。ほんの少しでも、夫の苦悩を癒して上げたかったから……馬鹿みたい。多分今一番の悩みの種は私なのに)

 それは自惚れかもしれない、と自嘲しながら。
 ぼんやりとメインストリートをふらふらしながら、メイリンは思惟を巡らす。

 (何時までもこうしてる訳にはいかない。でも、休みたい……よしっ、少し休もう)

 どの道レコンキスタでは落ち着いて考え事も出来ない。外泊申請は明日まで出してあるから、問題もない。メイリンはその足でメインストリート沿いにある大手ホテルに入って行った。




 「えーと……うちの上司は一体何を考えてるんですかねぇ」
 「さあ? 推測要因が多過ぎです。断定は出来ません」
 「それだと困るんですけどね。我々にも立ち位置ってもんがありますから」

 メイリンがホテルに入っていくのを路地から確認していたオスカー=サザーランドは嘆息する。隣で同僚のエルスティン=ライヒがこきこき、と首を鳴らす。

 「レコンキスタ内じゃあからさまにお荷物扱いだし、どーしろと」
 「クルセイダーズの任務、調べておきますか?」
 「教えてくれませんからねぇ。勝手に調べますか……ま、それよりうちの上司の意志を確認したい所ですがね」
 「知ってどうします?」
 「知らなきゃ、判断のしようもないでしょう」
 「真理ですね、わかります」

 エルスティンはさっさとノートパソコンを取り出すと、何事か入力し出す。そんなものでさすがにレコンキスタ内のシステムにハッキングできるはずもないのだが。オスカーはかぶりを振って、ホテルに視線を移し――

 「静かに。あいつは……」

 エルスティンを手で制し、オスカーはメインストリートの方を凝視する。そこに、1人の男が居た。全身黒ずくめ、一度見たら忘れられそうもない紅い瞳。オーブの燃え上がる団地から、離れ業で脱出した男が。

 「……面白くなってきましたね、これは」

 シンがホテルに入っていくのを確認して、オスカーはニヤリとほくそ笑んだ。




 レイを置いてきたのはまずかったかな、とシンは思う。アイツなら何だかんだで、俺を止めてくれていたかも知れない、と。自分でも無茶苦茶をしているなと思うからだ。
 辺りはすっかり暗くなっている。現在、シンはメイリンの泊まっているホテルの屋上に侵入していた。持ってきたロープを手すりに結びつけると、それを窓枠に当たらないように垂らす。『コーカサスの夜明け』出入りの情報屋がこのホテルにも顔が利くのは、僥倖だった。メイリンの部屋は、613号室――いける。

 「よっ、と」

 腰に命綱を付け、壁を蹴って降りていく。程なく、目的の部屋に辿り着いた。用意してきた潜入キットを使おうとして――

 「……開いてる。無用心だな」

 窓は何らの障害も無く開いた。シンはむしろ、メイリンの防犯意識に不安になる。
 部屋を見渡す――居ない。シンはそろそろと、室内に降り立つ。

 (俺は知りたい。ルナ、お前がどこに居るのか……)

 メイリンなら、知っているのかもしれない。自分は何ら冷静な判断が出来ていないと理解できていても、止められない。腰から拳銃を取り出し、メイリンの姿を探し求める。程なく、メイリンがどこに居るのかわかった。

 「シャワーの音……入浴中!?」

 ラッキースケベの本領発揮である。バスルームに移動すると、そこに無造作に放り出されていた下着に目が行った。何故か唾を飲み込むシン。何となくそれを拾い上げて――その瞬間。
 バスルームの扉が開いた。

 「……え?」
 「いや、これはその、あの……」

 数秒の無為な時間が経過した。シャワーから垂れた水滴の音が響く――その瞬間、金縛りから解けたかの様にメイリンが動いた。顔が紅潮し、一糸纏わぬ裸体がしなやかに動く。

 「この変態スケベーっ!」
 「ごふっ!?」

 メイリンの前蹴りが綺麗に水月に入る。女とは思えないキックの威力に、シンはベッドまで一撃で吹っ飛ばされた。慌ててシンは身を起こす。片手に持っていた拳銃が部屋の端に吹っ飛ばされているのを見て――それがメイリンに先に取られた事も確認した。

 「……どういうことか、説明してもらいましょうか」

 何時の間にかバスローブを羽織り、メイリンは今拾ったばかりの拳銃を構える。シンは慌てて両手を上げた。

 「メ、メイリン誤解だ。俺は別に覗きに来たわけじゃ……」

 メイリンが安全装置を外したのがわかった。シンはどっと冷や汗が出るのを感じる。

 「アスハ代表狙撃未遂犯人がよく言うわ。そして、よくもおめおめと私の前に顔を出したわね、シン。姉さんを守れなかった貴方が!」

 トリガーに指が掛けられる。シンは慌てて弁明した。

 「メイリン聞け。俺はだから、もう一度ルナに会いたいんだ。会って、許して欲しいんだ!」

 そうだ。俺はそれがしたかったんだ。ただ追いかけて、追い続けて。
 あの時離してしまった手を、もう一度手繰り寄せる為に。
 メイリンの動きが止まる。瞳が揺らぎ、銃口が震えた。彼女の視線が、シンの瞳を射抜く。

 「馬鹿な事言わないで! 貴方が知らない訳ないでしょ!?」

 トリガーが引かれ、衝撃が来た。耳を掠めた銃弾が壁に穿たれる。

 「目の前で、目の前で姉さんが殺される光景を見ているはずの貴方が何を言っているのよ! 詭弁はいい加減にして頂戴!」

 シンの側頭部から、どろりと血が流れる。激痛が走る――だが、彼はメイリンを見据え続ける。彼女が呼吸を整えるまで待って、シンはメイリンに話しかけた。
 自分が真実に、己が封じた真実に近付く激痛を感じながら。

 「……どういうことだ、メイリン。俺が見たあの光景は、本当だっていうのか!? ルナは、アイツ等に殺されたって言うのか!?」
 
 あんな――おぞましい殺され方で。
 不意に、肺腑から嘔吐感が襲ってきた。シンは抵抗する事すら出来ず、その場に倒れ、嘔吐する。その光景を冷然と見据えながら、メイリンはシンに語りかけた。

 「そうよ。その通り。姉さんは、あのドム=トルーパーの三人組に、生きながら引き裂かれたのよ。モビルスーツのマニピュレーターで、人形の手足や首を引っこ抜くみたいにね!」

 彼の脳裏に、その光景がフラッシュバックする。嘔吐が止まらない。

 「そうだ、俺は……その光景を知っている。何故だ、何故思い出さなかった? 何故、思い出せなかった!?」

 その答えは、シンには思い出せない。何故か? それは、シンの心がプロテクトを掛けたのだ。自身の心の安寧を保つ為に、意図的に忘れさせたのだ。
 そんなシンに、メイリンは静かに――唾棄すべきものを見るかの様に言った。

 「教えてあげるわ、貴方が心底の塵だって事を。メサイア攻防戦終結後、貴方は姉さんと共にインパルスのコクピットに居た。デスティニーが大破した貴方は、インパルスで脱出しようとしていたのよ。その時よ、姉さんが死んだのは」
 「ああ……覚えてる。あの時ルナが俺を助けて……」

 駄目だ、思い出すな。体の全細胞が、警鐘を上げる。だが、シンはそれを捻じ伏せた。もはや、逃げてはいけない事柄なのだから。

 「その後、貴方達はドム=トルーパーに鹵獲されたのよ。そして、パイロットだけ出てくるように命じられた。姉さんは、貴方を守ろうとしたのよ。貴方に『コクピットから出るな』なんて言う位。初めからドム=トルーパーの連中は貴方達の存在を知っていた。そして、貴方だけが見逃された……何故か解る?」

 ああ、そうだ。覚えている。
 あの時、自らの無力さに打ち震えていたシンに、ルナはこう言ったのだ。『アイツ等、私達が1人だって思ってるみたい。だから、私が捕まれば、貴方は大丈夫。ここで待ってて、シン。貴方はもう傷付かなくていいのよ。貴方はもう、充分に苦しんだんだから』と。
 そして、そしてどうなった?
  
 「そう、貴方は見捨てたのよ。インパルスのコクピットの中で震えながら。姉さんが殺される一部始終を見ながら、何一つ出来ずにただ怯え竦むだけ――そんな人間、殺す必要もないじゃない! 貴方が生き延びた理由はそれだけよ。この塵!」

 誰よりも守りたかったはずの人に守られ、その上彼女を……。
 シンは倒れ伏し、慟哭した。瞳から止めどなく涙が溢れてくるのを感じる。だが、それは何一つ彼の心を潤さない。
 そんなもので、心の痛みの万に一つでも癒せそうもなかった。




 「……まずいな、こりゃ。うちの上司は、クルセイダーズと刺し違える気だよ」

 オスカーは他人事の様に呟く。どさくさ紛れに隣室を借りている辺り、抜け目がない。苦虫を噛み潰すようなオスカーに、エルスティンが追い討ちを掛ける。

 「今更裏切っても遅いみたいですよ、オスカー。叔父様にクルセイダーズの任務内容をメールしてもらいました」
 「……なんという身内贔屓。で、内容は?」
 「『本日』0:00を持ってドム=クルセイダーズによるアリー浄化作戦を開始する、だそうです」

 オスカーは慌てて時計を見た。現在夜の10時、後2時間しかない。死を覚悟するには充分な時間で、準備をするには足りなすぎる時間である。
 
 「天を仰いで嘆息でもしますかね、こりゃ」

 不意に、エルスティンが振り向く。

 「対策ありますけど、聞きますか?」
 「聞くだけなら何でも。どうぞ」
 「シン=アスカをイグダストに載せるんです。『カテゴリーS』が本物ならば、ですが」 
 



 12機のモノアイが、動き出す。

 《ハッチ開放。ドム=クルセイダーズ発進準備》
 「さぁて、お仕事の時間だよ」
 「皆殺しタイム、ってか?」
 「やだやだ、政治ってな怖いねぇ」
 「「ハハハハハッ!」」

 12人のクルセイダーズには既に『良心』などという言葉は存在しない。ただ任務を遂行するだけの人形であり、モノ。平和を守る為の、最も歪な集団。それが彼らなのである。

 「全機搭乗! いくよ、野郎共!」

 ヒルダが吼える。12人が唱和し、動き出す。一糸乱れぬその動きは、確かにこの時代最強のチームであると証明していた。
 
  

   

  

1-9

2011.08.15.[Edit]
アリー。それは私がスレイプニールに乗ってから始めて目指した目的地。交易や商業が盛んな、美しい街。しかし同時に奇妙な街。レジスタンスはおろか、東ユーラシア政府軍までも受け入れる。結果として中立、戦闘不可地域へと変貌を遂げた不思議な街でした。二週間の長旅の末、ようやく私達はそこへ辿り着いたのです……。 降りしきる雪の中、一台の大型トラックが広大な台地を横断していく。街道は既に雪に埋もれてしまっているので...

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遠い昔、人は手を伸ばす。
何かを欲して、何かを得る為。
夢を、希望を、欲望をその手に掴む為に。
思い、焦がれ、或いは絶望して。
それが決して届かぬ高みであったとしても。
それが決して掴めぬ存在であったとしても。
人はただ、手を伸ばす。それしか人には出来ないから。



 腰に重りが付いているかの様に、全身から力が抜けて沈んでいく。
 力無く両腕はだらりと、しかし水圧や浮力の関係で天に差し上げられる。両足も膝が曲がっているが、やはりふわりと浮かぶ様に。
 それは人型の巨像の様だった。

 《水圧上昇中。現在水深50メートル》

 その巨像の中で声が響く。
 周囲を見ると、オーブ近海に見られる美しいサンゴ礁や色彩豊かな魚の群れが見えた。しかしそれらはあっという間にはるか高みにいってしまう。巨像は、どんどん沈んでいるからだ。

 《現在水深100メートル》

 夢のような世界は過ぎ去り、だんだんと世界は暗黒に包まれていく。異形の魚が住まうエリアに、そしてその先の深遠の世界に。
 何時の間にか巨像の周囲は光の射さない無明の世界になっていった。
 そこから更に堕ちていく。それは、『彼女』にとって感慨深い事だった。

 (私は今、暗闇の世界に堕ちても仕方の無いことをしている。でも、駄目。もう駄目なの。もう耐え切れない……)

 想いのままに生きていけるのなら。願いのままに生きれるのなら、どんなに幸せなのだろう。けれど現実は違う。そんな事が出来るものが、果たしてどれ位いるのだろうか。
 夢と現実の狭間を行き来する事が、どれ程辛い事か。

 巨像は、遂に目指す水底へと辿り着いていた。泥が巨像を包み込む様に拡散し、それはささやかに巨像の上に降り注ぐ。まるで、そこが安住の地であるかの様に。

 (想いは、何時だって1つじゃない。夢も、希望も。あれもこれもっていうのは、子供の悩みだってわかってる。それでも……)

 ――堪え切れない想いが、あるから。
 だから人は願い焦がれて、生きていくのだろうか。

 《海底に到着。この場所なら、存分に駆動実験が出来るぞ。メインバッテリー残量確認、クリア。DPS(デュートリオン=フェイズ=シフト)スタンバイ》

 巨像の瞳に光が点る。身長18メートルはある、モビルスーツという名の機動兵器――その兵器のコクピットで、1人の女性が何かと決別しようとしていた。

 (アスラン、貴方を愛してる。それは嘘じゃない。でも、私は……許す事が出来ない)

 設定を変更、省電力モードから駆動モードへと移行。機体が唸りを上げ、いよいよそれは目覚めようとしている。

 (あの女。私の姉を殺したあの女だけは!)

 女性、メイリン=ザラの瞳が決然と見開かれる。その瞳には迷いは無く、後悔も無く。

 「DPS始動。イグダスト駆動開始!」
 《DPS始動クリア。イグダスト駆動します》

 イグダストと呼ばれた巨像が咆哮を上げる。体表に光が宿り、それは色となった。力強く脚部が泥を踏みしめ、両手が上体を支える。次の瞬間には、イグダストは立ち上がっていた。
 無明の闇の中、数奇な運命を生きた巨像は静かに歩き出す。再び、戦う為に。



コーカサスの大自然は、とても美しいものでした。
遥かに続く山脈、そして大平原。荒ぶる砂塵、そして満天の星空。
けれど、それに夢を感じてはいけないのだ、とも思いました。
人は、それを奪い合う様に生きて行かなければならなかったからです。
『当然の幸せ』――そんな、私には当たり前の事でさえ。




 ソラが独房から出され、スレイプニール中央に位置する居住ブロックに移されたのはその日の事だった。

 「独房よりこっちの方が安全だからね」

 以前からソラの独房に何度となく尋問――というよりは限りなく『遊びに訪問』――に来ていた仮面の男はそう言って、さっさとソラを独房から連れ出した。警備に当たっていた兵士が一応止めたが、「まあまあ、いいから」という素振りでそれを抑える。
 その時、ソラは始めて知った。目の前にいる仮面の男がリヴァイブのリーダーにしてこの戦艦の最高権力者、ロマ=ギリアムであるという事が。
 長々とした挨拶の後、ソラはロマに連れられて居住ブロックに足を踏み入れる。そこで、ソラは戦闘艦に不釣合いな光景を目撃した。見渡す限り子供、子供、少しの老人――それは映画の中に登場する戦闘艦には決してない光景であり、オーブであれば、オロファトの老人ホーム兼保育園でならよく見かける光景だった。

 「はい、血圧は正常値です。これからも落ち着いた呼吸に努めてください」
 「ありがとうよ、センセイ。あんたのお陰でこの老体もまだまだ現役じゃて」
 「センセイ、おくすりちゃんとのんだよ!」
 「はい、いい子ね。あら? リーダー、またブリッジをサボって……あらあら?」

 子供と老人に囲まれる様に仕事をしていた医者らしき女性がリーダーを見、次いでソラを見て、眼を真ん丸にした。
 リーダー、ロマは溜息と共にぽりぽりと頭を掻くと、ばつが悪そうにこう言った。

 「……人聞きの悪い事を言わないでくれたまえ。たとえ、本当の事でも」
 「あら、あらあらあら。まー、まだこんなに可愛い子を隠してらっしゃったんですか?」

 すすす、と人垣をすり抜けて『センセイ』と呼ばれた翠髪の女性はソラの顔数センチのところまでやって来て、覗き込む様にソラをまじまじと見つめる。
 慌てて(?)、ソラはロマの後ろに隠れる様に逃げ込んだ。ロマは更に溜息を付く。

 「更に人聞きの悪い事を。いいかねセンセイ、彼女は……」
 「ソラ=ヒダカ。オーブからシン君が奪ってきた『薄幸のヒロイン』ちゃんですわね」

 ロマを遮る様に、センセイ。三度ロマは溜息を付いた。

 「……知ってるじゃないか」
 「それはもう。貴方が寝言で彼女の名前を繰り返していましたから」
 「センセイッ!」

 顔を真っ赤にして――仮面のせいでわかり辛いが――怒鳴るロマ、その様子を見て、朗らかに笑うセンセイ。それはどう見ても男女の関係が数ヶ月は続いた様子だった。付け加えるなら、完全に女性側が主導権を握っている状態である。

 「ありゃりゃ、こらロマ坊は浮気は出来んわな」
 「リーダーがセンセイを泣かしてるー」

 外野は好き勝手に囃し立てる。「泣きたいのはこっちだよ」と呟くロマ。ソラは身の置き所が見つからず、ただ呆気に取られて状況の推移を見守るだけだ。その様子を見て取ったのか、ロマはおほん、とわざとらしく咳払いをして。

 「えーとセンセイ、つまりだね……」
 「『独房が後部甲板に近いから、被弾する可能性がある。それで被弾しても生存率の高い居住区に連れて来たんだよ』――でしょう?」

 ロマはぱくぱくと口を開くだけで、しばしの後「そうだよ」と認めた。ばつが悪そうにロマは頭を掻く。それを見て満足そうにセンセイは微笑み、しかしすぐに振り返ると「ターニャ、来て頂戴!」と声を上げた。



忘れられない出会い。
初めて会った同い年の彼女。
炎の様に赤い髪、そして瞳。顔に大きく刻まれた十字傷。
――ターニャ。彼女の事を、私は決して忘れない。




 『働かざるもの、食うべからず』という言葉は真実なんだろう、そうソラは思う。居住区に居る人間で動ける者は例外無く仕事を持っていた――もちろん、出来る範囲内で。

 「つーわけで、あたし達の仕事は厨房だから。頑張ろうね」
 「はあ」

 配膳されたカートを押しながら、ソラはターニャの後を付いて行く。食堂を出て、士官室を回り、そしてモビルスーツ整備ブロックへ。
 ふと廊下の窓を見やると、今正にシグナスがカタパルトに据え付けられ、射出される所だった。

 「大尉機だわ。哨戒かな?」

 ドォンッという肺腑に響く重低音。カタパルトが動き、モビルスーツが押し出されて行く。独房でも見た光景だが、こんな近くで見たのは初めてだ。

 「やっぱり戦闘、するんですか?」

 ソラがぽつりと呟く。ターニャは振り向くと、あっけらかんと肩を竦めて言う。

 「まあそりゃあね。そうしないと食っていけないし」
 「……そうなんでしょうけど」

 ソラには、やはり馴染めない。しかしそんなソラの思いを打ち消すかの様に、シグナス達は次々と出撃していく。
 空はあくまで青く、美しい。それすらもソラを居た堪れなくさせていた。




 とはいえ、そんなソラの思いは次の瞬間にあっさりと霧散した。

 「え? 違うよ。大尉達は『コーカサスの夜明け』と交渉に行ったんだよ」
 「「交渉?」」

 声を揃えて、ソラとターニャ。目の前に座るスレイプニールモビルスーツ班メインメカニック、サイ=アーガイルは配膳されたおにぎりをぺろりと平らげながら言う。

 「タイムリミットだよ。スレイプニールがアリーに近付いてるっていうのは、東ユーラシア政府にも察知されてる。で、政府軍は『コーカサスの夜明け』と『リヴァイブ』の区別なんて付けないって事さ」
 「……それで交渉の余地が生まれるって事ね」

 或いはスレイプニール側が東ユーラシア政府にわざと情報を流していたのかも知れない。これでスレイプニールが政府軍と交戦すれば、『コーカサスの夜明け』に対しての東ユーラシア政府からの庇護は無くなる。リヴァイブは別の組織だと言い張っても「自分の縄張りも守れないのか」で終わりだ。

 「元々『コーカサスの夜明け』は反政府側だからね。大尉達の説得に乗る可能性は高いよ」

 お茶を啜りながら、サイ。ターニャが呆れた様に言う。

 「ややこしいわね。男ってどうしてそう陰謀が好きなの?」
 「そりゃ、家を守らなきゃいけないからね。必死にもなるよ」
 「……ありがたい話だわ」

 そんなサイとターニャのやり取りを聞きながら、しかしソラは嬉しかった。なんだか戦争をしなくてすむ、と聞いただけで心が浮き立つ。自分でも何故なんだろうと思いながら。

 「まあしかし、安心は出来ないよ。大尉達三人が居ない間に襲われたらシンとコニールしかいないわけだし……そういえばターニャ、お子さん元気?」
 「元気よ。こないだ1歳になったばっかり」
 「そうか、もうそんなになるのか。後でシゲトにお祝いを持って行かせるよ」

 ふと、ソラは違和感を覚えた。それは別に悪いものではない。しかし、引っかかるものだ。そしてターニャの次の台詞で、お茶を飲んでいたソラは吹きだした。

 「もう出産して1年か、早いわね。でも14歳で出産するのって早くない?」
 「まあ昔は結構あったらしいけどね……どうしたの、君?」

 げほごほと気管に入ったお茶でむせながら、しかし次の瞬間叫んでいた。 

 「じゅ、14で出産って!? ど、どういうことですか!?」
 「どう、と言われても……」

 困った様にターニャ。ソラとて困ってはいる――どうしたらいいかわからない、という風に。何しろ、今ソラは15歳で、ターニャと同い年なのだ。なのに片方は一児の母なんて事があるのか。
 とはいえ。

 「あ、そうか。オーブじゃこんな事は考えられないよな。でも、こっちじゃままある事なんだよ」

 というサイの言い分にカルチャーショックを受けつつも、ソラは納得しなければならなかった。




 もちろん、ソラとて完全に納得した訳ではなかった。その日の仕事を終え、ターニャの実子を見るまでは。

 「紹介するわ、あたしの娘ナージャよ」

 ソラとターニャに割り当てられた部屋。その真ん中ですやすやと眠る赤ん坊を嬉しそうに抱っこしながらターニャが言う。それで目が覚めたのか、ナージャはくしゃくしゃと笑いながら、母親の頬を叩いたり顔をこすり付けたりする。
 ソラは何か言おうと思った。質問を投げかけたいとも思ったし、気の利いた事を言おうともした。けれど、上手く言葉に出来ない。もごもごと言いかけて、ようやく言葉に出来たのはこれだった。

 「……怖くなかった?」

 ソラは真っ赤になった。うまく聞く事すら出来ない気恥ずかしさもあって。
 俯いたソラの頬を、しかし小さな手がそっと触れてきた。

 「怖かったよ。でも、それ以上に……嬉しかったわ」

 何時の間にか、ターニャが傍に来ていた。そして小さな手を伸ばして、ソラに触れようとするナージャが居る。好奇心を瞳に湛えて、命の輝きを全身で表しながら。
 その手を自分の手で包み込む様に触れ、ソラはようやく言う事が出来た。

 「よろしく、ナージャ」




 満月の夜だった。雲1つない、月明かりが全てを照らし出す様な。その中を1機のモビルスーツが疾駆していた。『コーカサスの夜明け』の実質上の大将が駆る真紅のシグナス、レグルス=ガルの機体である。

 「耄碌した老人に、右往左往しか出来ない馬鹿者共が……」

 レグルスは『コーカサスの夜明け』の中でも古株で、最も長く政府軍と戦ってきた古強者だ。その彼が、何故東ユーラシア政府の懐柔策を呑んだのか。それは彼自身の体感でわかっていたのだ――『この戦力では、奴等に勝てない』と。
 勝てない戦はしてはならない。それがレグルスの信仰であり、信条だ。彼にしてみれば、リヴァイブの言い様は『特攻精神』に他ならない。それでは駄目なのだ。

 「勝てぬ勝負をして何になる。守るべきものを守らなければ、生きる意味もない!」

 『コーカサスの夜明け』も揺らいでいる。おそらくはリヴァイブの強硬路線に同調するだろう。もはやレグルスの取るべき道は1つだった。
 シグナスに装備されていた索敵用のサーチウィザードが獲物を発見する。半ば賭けだったが、レグルスは勝利した様だった。
 大尉達に気付かれず、再度『コーカサスの夜明け』を掌握する為に――レグルスはスレイプニールに向かってただ1機、移動を開始した。




 《敵機接近、敵機接近、パイロットは至急ハンガーへ。繰り返します。パイロットは至急ハンガーへ……》
 「ったく、こんな時に!」

 ベッドから飛び起きると、その場に放り出していたズボンと上着をひったくる様に着て、シンは部屋から飛び出す。

 《こんな時だから来たんだろう。相手は1機、という事は突撃してくるぞ》
 「何もわざわざ、帰る場所を失くさなくたって……!」
 《主義主張、というのはそういうものだ。いいか、今この艦を守れるのはお前1人だ、シン》
 「わかってる!」

 シンは最短ルートを駆け抜け、シグナスのコクピットに飛び込む。既にアイドリングは済まされていたらしく、すぐに起動できた。

 《コニール=アルメタ、先行して迎撃に当たります。さっさと来なさい、シン!》
 
 言うが早いか、フォース=スプレンダーが飛び出す。それを追うようにシグナスも射出された。

 「シン=アスカ。シグナス出るぞ!」




 望遠モニタに、紅いシグナスが移る。ホバーで最大戦速をキープしながら、シンはビームカービンを構え、撃つ。紅いシグナスも回避しながら、こちらにビームカービンを撃ち始めた。
 もはや、話す舌などない。お互いに最大戦速で回避しつつ、攻撃を続ける。

 「腐ってもエースか。射撃が厳しい!」
 《シグナス=レッドは鬼神の証、か。さすがは『コーカサスの夜明け』で一時代を築いただけはある》
 「褒めてる場合か!」
 《ちょっと、漫才なら後でしなさいよ!》

 フォース=スプレンダーからも火線が伸びる。とはいえ元々対地戦闘機ではないので、アクセント程度にしかならないので、これも易々と回避される。シンは決断した。

 「切り込んで止める。援護頼む!」

 シンはビームカービンを捨て、ビームサーベルを構える。それを見て紅いシグナスもビームサーベルを構えた。

 「おおおっ!」

 腰溜めにサーベルを構え、シンが突撃する!
 紅いシグナスのサーベルが振り下ろされ、二つのサーベルが激しく交錯した。

 《邪魔をするな、若造!》
 「年を食っただけの奴が、偉そうに!」
 《ほざくなッ!》

 肩と肩がぶつかり、2機のシグナスが離れる。が、シンは手応えを感じていた。

 「いける!」

 これなら勝てる、そうシンの経験が確信していた。白兵戦なら、シンに一日の長があると。
 低くサーベルを構え、再びシンは突撃する。紅いシグナスは再び振り下ろしてきた。しかし、それはシンの思う壺だった。急激にバランスを変えスラスターで無理やり推力を作り、サーベルの軌跡を変える。

 《なんとっ!》

 シンのサーベルが紅いシグナスの片腕を切り飛ばす。保持されていたサーベルが動力を失い、虚空に消えた。
 勝った、とシンは思った。しかし次の瞬間ぞくっとしたものが来る。
 紅いシグナスの右足が輝いた――そう思った瞬間、シンのシグナスの片足が切り飛ばされていた。




 「シンッ!」

 離れた上空から見ていたコニールには何が行なわれたかよく判った。紅いシグナスは足にサーベルを装備できるように改造されていたのだ。そして、その必殺兵器を攻撃を食らった瞬間のカウンター、即ちシンが目視出来づらい位置で振り切ってきたのだ。むしろあの状況下で片足で済んだシンを褒めるべきだろう。

 「このっ!」

 コニールはビーム砲を乱射するが、紅いシグナスは後退してそれを避ける。お陰で、シン機に止めが刺されるのだけは防げた。だが――。

 「……まさか、フライトシールド?」

 紅いシグナスが来た道に放置していたもの。その中にあったのだ、高速移動用バーニアを持つ巨大なシールド状ユニットが。
 ――そう、紅いシグナスの狙いはこれだったのだ。

 「ふん、俺の狙いは一つ。ロマ=ギリアム、貴様の首だ!」

 コニールが旋回する間も、シンが身を起こす間も無かった。次の瞬間、紅いシグナスがフライトシールドで闇夜に飛び上がっていた。真っ直ぐに、スレイプニールに向かって。




 「防衛ライン、突破! 敵モビルスーツ、来ます!」
 「防空戦用意、迎撃ミサイル『ディスパール』発射準備! 各砲座は個別射撃を許可する!」
 「了解! ディスパール発射準備まで後5秒。対空砲座担当は各自持ち場に着け!」

 スレイプニール副長、ヨアヒム=ラドルが矢継ぎ早に指示を出す。ラドルはやおら振り返ると、そこに居るスレイプニール艦長にしてリヴァイブのリーダー、ロマ=ギリアムに言った。

 「敵モビルスーツは間違いなく艦橋を狙ってきます。万一の事もあります、居住ブロックへお戻り下さい」

 居住ブロックは基本的に、そう狙われない位置だ。反対に艦橋は敵モビルスーツにとっては最も狙いたい位置だろう。まして、今回最も狙われているのはロマ個人だからだ。しかし、ロマは首を振って断固たる口調で言った。

 「いや、駄目だ。レグルスが単機で来たという事は、僕を討ち取るのが目的だ。ならば、僕が引くわけには行かない。居住区の人達を巻き添えにしては、僕等の目的すら失われてしまう」
 「……わかりました」

 一歩も引かない姿勢のロマに、しかしラドルは帽子を被りなおすと決然とこう言った。

 「ならば尚の事、敵機の蹂躙を許す訳にはいかん! 総員、気合を入れろ! 我等のリーダーを守るのは我等であると見せ付けるのだ!」

 スレイプニール中に警報が鳴り響く。ディスパールの射出音に負ける事無く。
 そして、紅いシグナスからの火線が夜空を彩り始めた。
 


何度も思い出す。「この子をお願いね」と言って、走っていったターニャの姿を。
対空砲の担当も兼ねていた彼女の運命を。
……何度も、何度も。どうしていいかわからない位。
その時の私は、ナージャをあやす事しか出来なくて……。




 ビームカービンの斉射がスレイプニールに命中し、爆発を起こす。

 「くそっ、煩わしい対空砲め!」

 ここまで近付いたが、さりとてスレイプニールも必死である。近付かせない様に対空砲のリズムを組み立て、懸命に紅いシグナスの足を止める。だが、それだけで何時までも止められるものでもない。

 「これでも食らえっ!」

 レグルスはフライトシールドにもう一度火を点すと、それを手近な対空砲に向かって突っ込ませる。それは見事命中し、黒煙が上がる。それで対空弾幕の密度が弱まった。

 「よしっ。道化師め、引導を渡してくれるわ!」

 レグルスはシグナスをジャンプさせて、スレイプニールの艦橋目指して弾幕の中に飛び込む。眼前にミサイルが撃ち出させてくるが、ビームカービンでそれを撃ち落しつつ、突き進む。そして目指す艦橋に取り付いた時、目指す者がそこに居る事に気が付いた。
 ロマは動じる事無く艦橋の窓から紅いシグナスを見据える。それを見て、レグルスはほくそ笑んだ。ビームカービンを捨て、ビームサーベルを引き抜く。

 「俺の勝ちだ、道化師め!」

 ビームサーベルを振り抜こうと――その瞬間、レグルスは信じられないものを見た。ロマがこちらから目を逸らし、驚いた顔をしたのだ。レグルスは釣られてそちらを見てしまい――見てしまった。ロマの最後の賭けに、レグルスは負けてしまった。
 ロマの振り向いた間逆の方向、そこからフォース=スプレンダーに捕まって、そのままの勢いでシンのシグナスが突撃してきていた。

 「何!?」
 「うおおおおおおおっ!」
 
 避ける間は無かった。そしてシンは全てを賭けてレグルスのシグナスを潰す、という意地があった。対してレグルスは『勝った』という安堵があった。勝敗はその時点で決していたと言っていいだろう。
 ビームサーベルは打ち合わされた。だが、勢いを乗せたシグナスの肘が紅いシグナスのコクピットに突き刺さる。一瞬の内に金属の壁に潰され、レグルスは断末魔すらなく絶命していた。




――私が全てを知ったのは、次の日の事でした。

「近付いちゃいかん。あんな……むごい姿を、娘に見せちゃいかんのだ」

私を止めたおじいさんは、そう言いました。
黒く焼け焦げた廊下。鉄とゴムが焼けた様な臭い。
そして、ぐしゃぐしゃになった砲台の様なもの。
私は――私は。

「まんまー、まんまー」

小さな手が、虚空に伸びる。そこに居るはずの、居たはずの人を探して。
私に出来る事は、ありませんでした。
ただ悔しくて、辛くて、哀しくて。
ナージャの温もりが私を救ってくれました。


1-8

2011.08.15.[Edit]
遠い昔、人は手を伸ばす。何かを欲して、何かを得る為。夢を、希望を、欲望をその手に掴む為に。思い、焦がれ、或いは絶望して。それが決して届かぬ高みであったとしても。それが決して掴めぬ存在であったとしても。人はただ、手を伸ばす。それしか人には出来ないから。 腰に重りが付いているかの様に、全身から力が抜けて沈んでいく。 力無く両腕はだらりと、しかし水圧や浮力の関係で天に差し上げられる。両足も膝が曲がってい...

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 ――運命というものは必ず『爪痕』を残していく。
 何かを得れば、必ず何かを失う。それは正であれ逆であれ、同じ事だ。

 「ソラが……?」
 「……そんな、嘘やろ?」

 必ず時間までに帰ってきていた親友の姿が見えなければ、心配もする。まして夜が更けても帰ってこなければ「何かあったのだ」と動揺もする。
 夜が明けて、心労の余り一睡もせずに親友の帰りを待ちわびていた彼女達に届けられた一報は、以下のようなものだった。

 「事実です。ソラ=ヒダカさんは昨夜の市外団地火災に巻き込まれ、行方不明となりました」

 その感情を表さない物言いは彼女達にとって救いであったのかもしれない。
 しかし、その事実は彼女達をうちのめすに充分なものだった。
 力なくその場に崩れ落ちたシノの身体を、ハナは支えるように――だが、共に崩れ落ちた。
 彼女達に出来た事は、それだけだった。




 「こんなものを密輸とはいえ輸入出来た……あの混乱も起こるべくして起きたって事ね」

 メイリン=ザラは呆れていた。よりにもよって首都オロファト、オーブ港にここまで堂々と侵入していたとは。九月十一日のあの晩、燃え上がった倉庫から押収されたモビルスーツの残骸――『
ZGMF―X56S/α フォースインパルス』――をまじまじと見上げながら、メイリンはつくづくと嘆息した。

 「面目次第もございません。この度の失態、このエイガー=グレゴリーの不明にあります」

 エイガーは大きな身体を折り曲げるように平伏する。ぎりぎりと音がするのは、筋肉の軋みだけではないだろう。怒りによって握り締められた拳が、震えていた。
 そんなエイガーに振り向き、諭すようにメイリンは言う。

 「オーブ港の警備体制は現地警察が指揮していたそうね。この『シキタリ』だらけのオロファトで、貴方はよくやったわエイガー。少なくとも私は貴方を責める気にはなれない。オーブは『平和』になり過ぎたのよ……かつての混乱など忘れ去れる程に。下がって休みなさいエイガー。私は貴方を査問する気は無いわ」
 「はっ。では失礼します」

 びしりと敬礼し、エイガーは退出する。その声には悔しげな響きがあったが、メイリンは考えない事にした。今更何を言っても仕方ないからだ。
 それよりも、眼前のモビルスーツだ。

 (姉さんが最後に搭乗したモビルスーツ、インパルス。貴方はその瞳で一体何を見て、そして何を成してきたと言うの……?)

 これだけの戦火を潜り抜けてなお、インパルスの頭部は健在だった。
 誰も居なくなった押収品の倉庫で、メイリンはインパルスの瞳を飽きもせず、ただじっと見据えていた。




弾道飛行。そうした手段を使って、私達を乗せたフォース=スプレンダーは、
オーブから遠く離れた大地『コーカサス』へとやってきました。
ここで起こった全ての出来事を、私は一生忘れる事は無いでしょう。
険しく、厳しい大地。それを知り、共に歩み続ける人々を。
――そして、初めての『別れ』を。




 閉じた瞳の奥で、何を思うのか。
 否、何も思わない様にしているのだとシンは考える。

 (俺は、雑念が多すぎる。戦場にそんなものを持ち込む訳にはいかない……)

 せり上がっていく大型エレベータ、そこに直立するモビルスーツ『シグナス』。そのコクピットでシンはただ、心を落ち着かせていた。

 (戦場――そこでは、何もいらない。憂いも、迷いも、悲しみも。ただ、人が人を殺す場所……『守るべきもの』を守るために、任務を遂行する場所)

 シグナスを乗せたエレベータは更に上がる。陸上戦艦スレイプニールには甲板上にモビルスーツ射出用カタパルトが設置されており、エレベータ上のモビルスーツはそのままカタパルトに連結、射出される事になる。スレイプニールは単独で動く事を元々考慮されていたらしく、少しでも艦内スペースを使える様に設計されていた。
 シンのシグナスは白を基調に青く塗装されていた。これから冬を向かえ、乾いた大地にも少ないながら雪が降る。白は充分な迷彩色なのだ。とはいえ、それに青を混ぜては効果の程は少なくなるのだが、シンはそれで良いと考えていた。

 (俺は目立ってもいい。その方が、なんというか気楽だ。それにこの色は……)

 かつて命を預けた機体達。インパルス、デスティニー……それらを思わせる色。それはシン自身をして『守って貰える』と感じさせていた。
 自信。
 それはシンをかつての大戦を終結まで生き残らせたという運命がそう思わせるのか。
 ガシン、という金属音がしてエレベータが止まる。シンはゆっくりと瞳を開くと、外の光景に一瞬心を奪われた。降り始めた雪が、少しづつ積もり始めていたのだ。

 《シン、射出体制完了。どう?》
 「いつでもいい」

 感情を感じさせないオペレーターの言い様に、ぶっきらぼうにシンも答える。昨日今日の付き合いではないが、どこか壁を作る様な言い方だ。
 人の死を見過ぎてきたから、だろうか。シンとて今更、感傷に浸りたいとは思わない。
 機体状態、進路、カタパルト作動――全てクリア。モニターの点灯を受けて、シンは気合を入れる様に言った。

 「シン=アスカ。シグナス出る!」

 降りしきる雪の中、シンの乗るシグナスが中空に躍り出る。スラスターを響かせて空を駆けながら、シンはコーカサスの大地を見下ろしていた。
 何処までも続いていく地平は、シンに何かを諦めさせていた。




 シンの駆るシグナスが発進していく様は、ソラにも見えた。
 ソラがいる場所はスレイプニール内の営倉。一応のテーブルとベッドのみがある、事実上の独房だ。とはいえこれは仕方の無い処置だった。リヴァイブとて軍隊――体制サイドからは”テロリスト”と呼ばれる集団であるのだから。
 艦内アナウンスはもちろん営倉には入らない様にはなっている。とはいえ、カタパルト射出は騒がしく、ソラにもよく聞こえていた。
 
 (戦争、するんだ……)

 この様な発進は、ソラがこのスレイプニールに着艦してからほぼ毎日の事だった。日々、どこかに出撃して行っては、帰ってくる。無傷な時もあれば、どこか壊れて帰ってくる事もある。
 その、繰り返し。

 (私は、日常って繰り返していくものだと思ってた。ううん、そういうものだって。ここだってそれは変わらない、けど……)

 誰かは『繰り返されない』。
 その事はソラを思いの他、打ちのめしていた。
 雪原に消えていったシグナスの姿を、ソラはいつまでも追いかけていた。



コーカサス州ガルナハンを巡る情勢は混迷の一途を辿っていました。
東ユーラシア共和国政府の所有する大規模施設『ゴランボイ地熱プラント』、
それは東西ユーラシア間の火種となり得るには充分過ぎるものでした。
そこから溢れ出るエネルギー資源は膨大なもので、
エネルギー危機に瀕していた世界の数少ないオアシスだったのです。
そして当時、東ユーラシア政府は思い切った施策を打ち出しました。
国内向けエネルギー供給を最低限にし、余剰エネルギーを国外輸出し始めたのです。
当時の国際情勢、また東ユーラシア共和国の軍閥化が招いたこの事態に、
東ユーラシア国内は猛反発。国内は完全な内乱状態となりました。
この事態に東ユーラシア共和国政府は一計を案じます。
それは『自らに従うものにのみ、エネルギーを供給する』というものでした。
東ユーラシア共和国内の勢力はこの時点で大きく二つに分かれる事になりました。
一つ目は『政府に反旗を翻し、ゴランボイ地熱プラントを奪還する者達』。
もう一つは『政府軍に結託し、周囲に武威を行う事によりエネルギー供給の恩恵に与る者達』。
誰もが、戦う事を余儀なくされた――東ユーラシア、ひいてはガルナハンの置かれた状況とは、
その様なものだったのです。
私が行動を共にしたレジスタンス組織『リヴァイブ』は、
ゴランボイ地熱プラントを奪回せんと結成された新しい軍事組織でした。
 コーカサス州ガルナハンを中心に活動していたレジスタンス組織『コーカサスの夜明け』。
 その組織が大きく二分し、大勢が東ユーラシア共和国政府側に組したのがつい最近。
 残存勢力となった者達を纏め上げ、リヴァイブとして再結成した仮面の紳士ロマ=ギリアムが、
最初に提唱した、最後の命令はこれでした。

「我々リヴァイブはガルナハン人民のため、ゴランボイ地熱プラントを奪回する!」



 《シン、熱源感知3、方位1-3-5だ。接触まで後600メートル》

 AIレイが事務的にレーダーを読み取り、シンに伝える。ぼんやりしていた訳ではないが、シンは思惟を振り払い、切り替える。

 「了解。山岳超えとは大変な斥候だな」

 シンはシグナスを駆りながら言う。スレイプニールは他の組織――概ねコーカサスの夜明けの面々とだが――との接触を極力避けるために山岳超えルートで当面の目的地アリーに向かっていた。
 アリーには同じくゴランボイ地熱プラントを奪回せんとするローゼンクロイツが合流しつつある。まずは彼らに合流する事がリヴァイブの急務だった。

 《シン、解っているな。まずは相手側に一発は殴られろよ》

 これはAIレイではない、他機からの通信だった。
 リヴァイブが所有するモビルスーツはシグナス4機、それぞれに《大尉》《中尉》《少尉》というコードが付けられている。それはそのままパイロット達のコードネームだ。
 今の通信は大尉からのもので、彼はシン達モビルスーツパイロットを束ねている。年長という事もあるが、大尉はガルナハンで最も戦ってきた戦士だったからだ。彼らの中ではシンは一番の新参者、という事になる。

 「面倒っすね。撃たれて穏便にっていうスタンスも」
 《仕方ねぇ、弱小が生きていくにゃそういう苦労があるって事さ》

 リヴァイブの戦力は陸上戦艦1隻、モビルスーツ4機とそれなりにはある。しかし元となったコーカサスの夜明けをあまり刺激したくないというのも、補給に事欠く組織の実情だった。リヴァイブの様な反対勢力が堂々と存在できているのも、ガルナハンで大手を振っていたコーカサスの夜明け自体の混乱を象徴しているとも言えるが。
 ともあれ、敵を増やすのは得策ではない――それは、大尉の進言だった。
 今後味方になる可能性もあるし、何より昨日の友を撃ちたくない心理も無い訳ではないだろう。
 だが。

 《ま、一発撃たせりゃ義理は果たした。後は即ぶちのめせ。別に生かしてやる筋もねぇしな》

 割り切りというものは、戦場では大事である。
 かっかっか、と豪快に笑う大尉の声を聞きながら、シンは呆れていた。

 《そりゃそうだ、殴られ損にゃなりたくねーしな》
 《世間様ではよく言われるじゃないですか、正当防衛ってね》

 他のパイロットである少尉、中尉も通信に参加してくる。どれも声が弾んでいるのがさすが、というべきか。
 戦争大好き不良中年軍団とはよく言ったものである。

 「はいはい、わかりましたよ」

 シンは苦笑しながら、しかし肩の力が抜けるのを感じていた。
 適度のリラックスこそ戦場において必要なものだ。それを彼らは事も無げに作り出す。
 その事に感謝しながら、シンはZAFT時代には味わえなかった感触だと考えていた。

 (戦争慣れ、か……。あの男なら、何て言うかな)

 思い起こすは『正義』の二文字。
 赤い機体を駆り、シンの前に立ち塞がる者。
 シンは軽く頭を振り、その思惟を振り払う。思いに捉われている場合ではないからだ。

 《中尉、シンの援護に入れ。シンは数瞬引きつけりゃいいぞ》

 シンが前面に出て、退散。攻撃されたら即座に中尉が狙撃を行い、大尉と少尉、そしてシンが殲滅する。いつものパターンだ。
 シンとしては別に、一人で殲滅する事が出来ない訳でもないのだが。

 「チームワークは大事にしないとな、なあレイ?」

 そのシンの軽口に、レイはぽつりと言った。

 《明日は大雨かも知れんな》




 会敵は、思ったより早かった。
 シンはシグナスを沈み込ませ、更に加速を掛ける。速度を上げて相手の射撃を避ける為だ。
 視認――機体はザクウォーリア改修型3機。1機がオルトロス高エネルギー超射程砲を備えていた。
 敵機もこちらを目視、ジグザグに動きながら射撃を開始する。

 「攻撃開始確認、ザクウォーリア3機だ。1機ガナータイプ」
 《対戦艦用と考えて間違いないだろう、ソイツは確実に屠るぞ》
 《狙撃体制完了、じゃあちゃっちゃと始めますか》
 《んじゃ、俺様特攻~!》

 大尉、中尉、少尉がそれぞれに言う。相変わらずの軽口に呆れながら、意外に正確な射撃をシンは避け、或いはシールドで防ぐ。

 (腕っこき、か。しかし数はこちらが上、勝たせて貰えそうだ)

 シンは無理をせず、ビームカービンで集団付近を狙い打つ。当てる射撃ではない、散開させるための射撃だ。
 狙い通り、ザクウォーリア隊は散開する。後は各個撃破するだけだ。
 中尉の狙撃が始まり、1機が火線に貫かれる。次いで大尉の支援射撃が、少尉の突撃が始まる。シンも支援射撃を行なおうとして、

 《シン、防御!》

 レイの鋭い叱咤で、シンは気が付いた――オルトロスがこちらに照準を向けている!

 (……俺は!)

 シンは自身を怒鳴りつける。戦場で何故、油断をするのか。戦場で何故、思いに捉われてしまうのか。
 いや、考えようとしているのか。何度も何度も振り払っても消えないその『思い』を。



 ――手を伸ばそうとして。



 回避は無理、ならばシールドで防ぐしかない。紅い光が煌き、シンの視界がオルトロスの放つ光の奔流に包まれる。眼前のシールドだけが命綱だった。

 「このっ!」

 スロットル出力を上げ、シグナスを奔流に負けじと押し出すシン。甲斐あって、シグナスは弾き飛ばされずにオルトロスの奔流を駆け抜けた。
 その時だ――また見えた、あの映像が。
 手をこちらに差し伸べている、あの光景が。



 『……大丈夫、シン。私が……』



 シンは知らず、吼えていた。

 「うおおおおおっ!」

 自分は何故、ここに居るのだろう。自分は何故、戦い続けているのだろう。
 思いも心もわからず、ただ『何か』に突き動かされる様に。
 ただ、これだけは言える――今、見たいものは『この先』にあるのだと。
 戦いの先に、殺し合いの先に、命のやり取りの先に。

 《シン!?》

 急に突撃を開始したシンのシグナスの動きに、少尉が警鐘を鳴らす。だが、シンは止まらなかった。
 止まれなかった。

 「そんなに戦争がしたいのか!」

 1機のザクウォーリアがシンに向かってビームカービンを連射しつつ突っ込んでくる。オルトロスを射出した機はその間に長距離砲を捨て、ビームトマホークを抜いた。
 中尉も大尉も動揺した一瞬、全ての敵意がシンに向かう。しかしシンは構わなかった。
 そんなものが、自分を止められると思っているのか。
 そんなもので自分を止められるのならば、むしろ止めてくれと――そう、慟哭していたのかもしれない。
 シンのシグナスはビームサーベルを抜き放つ。そしてそのまま、ビームカービンを乱射するザクウォーリアに突撃していく。

 「それなら、俺は……」

 何発目かのビームは、シン機の頭部を破壊する射線だった。シンはそれをビームサーベルで打ち落としつつ、更に突き進む。
 シグナスのショルダーチャージがザクウォーリアを捉える。シンはそのまま抱え上げる様にザクウォーリアを投げ捨て、最初に砲撃してきたビームトマホークを構える機体に突っ込んでいく。

 「戦い続けてやる!」

 それは、嘘だと。
 それは、本心じゃないと叫んでいる自分がいる。
 けれど、それは限りなく本心なのだと慟哭している自分もいる。
 ただ、シンは手を伸ばしていくだけで――何も握ることなく。

 「邪魔をするなァァッ!」

 振り下ろされたビームトマホークと、ビームサーベルがかち合う。だが、シンの動きは止まらなかった。
 左足が跳ね上がる――サマーソルトキックだ。
 顎を打ち上げられたザクウォーリアは後ろに仰け反る。

 《俺の出番取るんじゃねぇ、シン!》

 更にその機体に少尉機のショルダータックルがお見舞いされる。
 地響きを立てて、ザクウォーリアが大地に伏した。
 その瞬間、この遭遇戦の勝敗は決していた。大破1機、鹵獲2機、損害なし……文句無い大勝利であった。




 「……ええ、そうです。出来ますか?」

 カラン、という音がグラスから響く。ピンク色のカクテルが注がれたワイングラスの中で、澄んだ透明の氷がグラスが傾けられる度に心地良い音色を奏でる。
 ナイトガウン姿のメイリンは、しかしそれに心を奪われる事無く、ただ電話とモニタに映る映像に集中していた。

 《わしを誰だと思ってる、やるからには完璧に仕上げるさ。解せない命令ではあるが、な》
 「よろしく、博士。貴方の研究が認められる最後のチャンスだと思ってくださいね――では」

 メイリンは通話を一方的に切る。メイリンにとっては苦手な、出来れば話したくないタイプだったからだろうか。
 否、後ろめたさからだろうか。

 (でもね、もしも……だったのなら)

 メイリンは大きく伸びをする。その時、玄関のチャイムが鳴った。先程連絡があったのだ、久々に夫であるアスランが自宅に帰ってくると。
 ノートパソコンのデータを削除し、電源を切るとメイリンは玄関へ向かった。その時にはメイリンは、今の作業の事をおくびにも出さず、笑顔で主人を出迎えていた。




 コクピットを降りるなり、シンは大尉から思い切り殴られた。

 「殴られた理由は解るな?」
 「……まあ、何となく」

 ふてぶてしく、シン。
 自分が悪いのはシンにもわかる。だからといって素直にも謝れない。
 だから当然、シンはもう1発殴られた。歯軋りをしながら、しかしシンは起き上がる。決然と大尉を見据え、両手を後ろに組んで。

 「いい度胸だ。コイツで最後だ!」

 最後のアッパーは、効いた。シンはしばらく自力で立ち上がる事が出来なかった。
 宙に浮くのが、自分でも良く解った。
 そして、自分が『何かが駄目なのだ』と、改めて思っていた。




 「……少し、やりすぎではないですか?」

 中尉が大尉に話しかける。後ろではコニールと少尉が慌ててシンに駆け寄っていた。

 「どこがだ。大体殴られたがったのはアイツだぜ……迷いがどうにも吹っ切れないって面しやがって」
 「それは、解ります」

 シンの悩みなど、大人達には容易く察する事が出来ていた。
 しかし、だからこそ解るのだ――それはシン当人が自力で超えなければならないものなのだ、と。
 大尉はタバコを取り出すと、上手そうに吸う。それは大尉なりの切り替えなのだと中尉は察した。

 「あー、リーダーに伝えてくれ。鹵獲は2機、捕虜は1人だってな」
 「……了解しました。付き合いますが?」

 捕虜2人――それは出撃した者なら誰でも解る。
 大尉が言っているのは『これから1人居なくなる』という事なのだ。つまり、大尉は1人を拷問に掛ける気なのである。

 「いや、いい。1人の方が気楽だからな」

 誰も、気が進む事ではない。けれど、少しでもこの艦が存続できるのなら。
 生きて、死ぬ。それだけが何と難しい事か。
 大人には大人のやる事がある――大尉の背中は、そう語っていた。




 「星が、綺麗……」

 ソラは、美しい星空に心奪われていた。
 オーブの星空は、これほど美しくは無い。空気が澄んでいるから、とか自然が豊かだから、だとかそんな瑣末な理由だけではない。もっと大事な何かが、この空からは感じられる。
 それゆえの満天の星空。
 小さな小窓から見上げるのが勿体無い、素直にそう思える様な。

 (シーちゃん、ハーちゃん……私、何をやってるんだろう……)

 あの人に、この大地に連れてこられて。
 そして、ここで何日も過ごして。
 けれど、不思議な事にソラは落ち込む様な気分にはなれなかった。驚きの連続で、そうした感覚が麻痺してしまっていたのかもしれない。

 「あ、流星群」

 この地方では、よく見られる光景だった。
 空気が綺麗な事と、たくさんの戦争があった事――それらは美しい風景を作り出す土壌となっていた。
 ソラは当初、『オーブに帰りたい』と願っていた。
 しかし、今は。

 「あの人が帰ってきます様に……」

 出撃していくシグナスの背中が、打ち出されるカタパルトの衝撃が。
 はたまた、傷だらけで帰ってくるシグナスがそうさせたのか。
 自然、ソラはそう思うようになっていた。



 
 
 
 
 
 
 

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2011.08.15.[Edit]
 ――運命というものは必ず『爪痕』を残していく。 何かを得れば、必ず何かを失う。それは正であれ逆であれ、同じ事だ。 「ソラが……?」 「……そんな、嘘やろ?」 必ず時間までに帰ってきていた親友の姿が見えなければ、心配もする。まして夜が更けても帰ってこなければ「何かあったのだ」と動揺もする。 夜が明けて、心労の余り一睡もせずに親友の帰りを待ちわびていた彼女達に届けられた一報は、以下のようなものだった。 「...

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「今度は戦闘機が出現しただと!?」

治安警察オロファト本部における治安部隊隊長、エイガー=グレゴリーは朝からずっと怒鳴り詰めだった。
そして予感していた――明日になるまで怒鳴り続けなければならないのか、と。
一向に事態が収拾するメドも立たず、現場どころか官邸ですら浮き足立っているこの有様では無理もないが。
しかし、怒鳴るだけで事態が進展するわけでもない。エイガーは報告を持ってきた部下に指示を出す。

「とにかく、モビルスーツ隊に伝達。動けるピースアストレイを放出、捕獲に当たれ。オーブ海軍のマサムネにも出撃依頼を伝達せよ!」
「拝命します。しかし、オーブ海軍は既に近海に出撃しており、呼び戻すまでに時間が掛かりますが……」

エイガーはげんなりする。しかし、それで諦める訳にもいかない。

「止むを得んだろう。ピースアストレイで戦闘機に追い付ける訳もないが、威嚇にはなる。
防衛用配備部隊はそのまま。予備部隊で捕獲に当たる。
全機捕獲用ネットワイヤーを装備させろ。市街地での火器使用は厳禁だ。徹底させろ!」
「拝命します!」

敬礼すると、忙しなく部下は退出する。
それを見届けてからエイガーは一息つくと、葉巻に火を点けた。
動けない立場というものがもどかしく、煩わしかった。





武装もない。味方もいない。あるのは追い付かれない『最高速』だけ。
フォース=スプレンダーの現在の状況を表すのならば、そういう事になる。
それでもコニールは落ち着いていた。

「下手糞な連中よね、本当」

コニールは生粋のゲリラだ。
生まれた時からゲリラである事を余儀なくされ、日々生きるために覚えた事は『戦い方』だった。
そんなコニールだからこそ戦場の空気は肌で解る――相手の腰が引けている事も。
市街地を低空飛行で駆け抜けるコニールに対して、ピースアストレイ達はネットワイヤー以外の戦闘オプションを取れないでいた。
出撃した後、コニールは真っ直ぐにシンのいる場所へは向かわなかった。
そんな事をすればどんな馬鹿でも防衛線を張る。
だからコニールはまずは霍乱のために市街地を飛び回っていた。
スピードを殺さずビルとビルの間すら駆け抜けるコニールの操縦テクニックは屈指だ。
モビルスーツの操縦こそ出来ないが、大概の戦闘機であれば満遍なく動かせる。
何度か旋回して、ピースアストレイが集まってくるのを確認するとコニールは再び旋回した。
官邸方向――最も防備が厚い方向だ。

「少し付き合ってもらうわよ」

薄く笑い、コニール。
表情は悪戯っ子のそれである。
いきなり速度を上げて、後続を引き離しにかかる。後続のピースアストレイが射出したネットワイヤーが空しく宙に撒き散らされていく。
前方に展開したピースアストレイは動かず、ネットワイヤーを射出して来るが。

「そんなのに捕まるほど、コニール様は安くないわよ!」

コニールは機体を振り回した。文字通り、無理やり百八十度ターンさせたのだ。
スラスター方向に自由度のあるフォースユニットならではの荒業だ。
当然パイロットにも負担が掛かるが、歯を食いしばりコニールは耐える。

「いっけぇぇ!」

フォースユニットのスラスター出力が全てに勝った。重力もネットワイヤーも全て吹き飛ばし、  フォース=スプレンダーは中空に躍り出る。
ピースアストレイを後方に置き去り、コニールは改めて旋回した。シンの待つ方向に向けて。




あっという間に室内は煙で満たされた。室内の温度も上昇し続け、呼吸する事すら辛くなってきていく。
シンは部屋から脱出するため、何とか扉を開こうと悪戦苦闘していた。

「畜生、メイリンの奴!」

ロックが解除できない。
壁を殴りつけるが、びくともしない。
通常こうした際に行なわれるはずのオートロック解除も、先回りされてシステムを丸ごと変更されているらしく、操作そのものを受け付けてくれない。

《無駄だ、っていってるのに。まあ聞くような性格じゃないでしょうけど》

周囲の熱さとは裏腹に、涼しい声でメイリン。

《それにこの部屋から脱出できた所でどうするの? 
ここは地上二十二階、地表まで約百メートルってところかしら。凄いわね、飛び降りて生きてられるの? 
さすがはザフトレッドのトップエース様って事かしら?》

「うるさいっ!」

《……そうね、今のペースで扉を開けて行ったとして。五分後にこの部屋を脱出する。
その後、地表までの扉の数がざっと四十枚。最短で三時間半って所かしら? 
もっとも、その遥か前に酸素は尽きるでしょうけどね》

《シン、挑発に乗るな。お前の動揺を誘い、注意を逸らす作戦だ》

レイが諭す。シンとしてもそれは解っているのだが。

《私は冷静に状況を分析してあげているだけ、よ。感謝されてもいい位。
……そうね、貴方はいいわ。殺しても死にそうもないから。
でも、そっちの女の子はどうかしら?》

「…………!」

シンはきびすを返す。そこに蹲ったままのソラが居た。
煙をまともに吸い込み、動く事すらままならなくなっている。
今は何とか床付近の空気を吸って呼吸を取り戻しつつあるが、それだっていつまで持つか。

《ソラ、そうだ。そのまま呼吸を……そうだ、それでいい》

レイがソラの傍に居てくれてよかった――そうシンは思うが、しかしこのままにしておく訳にいかない。
バスルームに少しだけ残っていた水に上着を浸すと、それをソラに被せさせる。
こんな事で熱を遮断できる訳もないが、無いよりマシだ。
シンはソラの顔を覗き込む。
生気のない瞳――それは今までシンが何度も見てきた『死に恐怖する者の瞳』。
ソラの口がぱくぱくと動いた。
息も絶え絶えの、助けを求める事すら出来ない声で、しかしソラは確かにこう言った。

――助けて。

ドクン、と鼓動が聞こえる。
何かがシンの奥底で蠢くのが解る。さっきまでの絶望感が嘘の様に、心がクリアになっていく。
それがトリガーになったかのように、シンにある種の覚悟が生まれていた。

(何を恐れる事がある。お前はその為に……てたんだぞ)

シンの中で、誰かが囁く。しかし敢えてそれを無視し、シンはソラの肩を持つと抱き寄せ、こう言った。

「安心しろ。必ず助けてやる」

今更、歩みを止める事は出来ない。
今更、生き方を変える事なんか出来やしない。
もう、自分の心を裏切るのはイヤだ。

怯えた視線がそこにあった。しかし、どこか恍惚とした色を湛えて。
シンはもうメイリンのアナウンスを聞かず、動き出した。
解ったのだ――本能的に、生きる方法が。

シンは爆発物を取り出した。信管によって作動させるタイプで、熱程度では反応しない。
非常時用に少量だけ持っていたものだが、この程度の役には立つ。シンはそれを……。




……そうだと思う。私はこの時、心を決めたんだ。
この人の行く末を見届けたいと、思ったんだ。
心まで透けそうな紅い、澄んだ瞳を見た時から。
きっと、それは……。




「……どうやら、死体を確認するだけの任務になりそうですね」

治安警察のジープの運転席で、燃え上がる団地をぼんやりと見ながらオスカー=サザーランドはいかにも退屈そうに大欠伸をする。
部下達はいつでも突入できるように装甲服を着用していたが、どうにも出番は無さそうだった。
燃え上がる炎は何者をも焼き焦がす。
それはコーディネイターだとて例外ではないのだ。

「いくらなんでもこれじゃ、どうにも出来ないでしょう」

それはオスカーの私見だが、この場にいる総意でもあったろう。ただ一人を除いては。
助手席に座る『異論者』は端末に向かいずっと何事か打ち込み続けている。
どうやら何事かをシミュレートしているようだが……。
しばらくしてエルスティン=ライヒはオスカーの方を見やると言う。

「結論出ました。戦闘機のランディングギアを団地屋上の手すりに引っ掛ければ、おそらく止まれます。その手なら脱出は可能です」
「……さいで。それが出来るならモビルスーツは素手で撃退できますね」
「ライブラリには『行なわれたらしい記録』がありますが?」
「ギネスブックに興味はないですよ。やるとやらない、出来ると出来ないは意味合いが全くちがいますから」

仮にも現場監督であるこの二人がここまでだらけているのは問題といえば問題なのだが、かといって事態がどうこうなるとも思えない展開である。
まして、逮捕対象であるシン=アスカは今だ自室から移動できていないのだ。
蒸し焼きを逃れているとしても、屋上までだって防火扉は何枚もある。
脱出できる可能性は限りなくゼロに近いのだ。

不意に、通信機が鳴り出す。すぐにエルスティンが応答した。

「対象戦闘機、ピースアストレイを引き離してこちらに向かってきます」
「やれやれ、エイガーのおやっさんもヤキが回ったかな。ピースアストレイじゃしょうがないけどね」

幾分投げやりにオスカー。
という事は、相手方はまだ逃走を諦めてはいない。

「ライフル一丁で戦闘機相手にどれ程の事が出来るか、試してみますか」
「『豆鉄砲』という事ですね、わかります。存分にどうぞ」

エルスティンがさっさと助手席を降りて、運転席のドアを開ける。どうやら運転してくれるらしい。オスカーはいよいよ溜息を吐きたくなってきていた。




――シン達のいる部屋の窓が吹き飛んだのは、そんな時だった。




《……はぁ!? アンタ何するですって!?》

ようやくコニールと通信が繋がって、二言目はこれだった。
開いた窓から強風と、下に展開した治安警察部隊からの銃撃にめげず身を乗り出しつつ、シンが叫ぶ。
隣のソラは更なる展開に困惑するばかりだ。

「だから、飛び降りるって言ったんだよ!」
《どこに!》
「フォース=スプレンダーの上だ!」
《アンタ馬鹿ぁ!? どこの世界に飛んでる戦闘機に飛び乗る奴がいるのよ!》
「ホバリング出来ないのかよ!」
《出来ないって言われてるでしょ!》

シンは数瞬考え込む。が、すぐに思いなおすとソラの顔を見、決然とした様に言った。

「今更他の手段なんかあるか! 出来るだけスピードを落としてくれ、後はこっちで何とかする!」
《もう、どうなっても知らないわよ!》

シンはソラに再び向き直ると言う。

「安心しろ、飛び降りろなんて言わない。ホバリングできなくても垂直にすればいいんだ。なに、やればなんとかなるもんだ」
「はぁ……」

一体どういう自信だろうか。歴戦の自負から来るものか、はたまた単なる自信過剰か。
とはいえソラはシンの表情を見て、信じられると思っていた。

(……そう、あの時の表情。この人は……)




一方その頃、オロファト市外道路をひた走る一台のバイクがあった。
真紅のバイク、アスラン=ザラである。
カウルは半分ほど割れて吹き飛んでいたが、アスランは全く構わずに走り続けていた。
どうしても、ジッとしていられなかったのだ。

(シン、どこにいる。もうお前が戦う理由なんかどこにも無いはずだぞ)

その思いだけが、アスランをを駆り立てる。官邸の警護は腹心の部下達に任せ、自分はこうしてツーリングに勤しむのは護衛部隊指揮官としてどうかとも思うが、かといって自分の思いに蓋を出来るような人間でもない。それで少しでも痕跡があればと、シンを見失った地点を重点的に走り回っていたのである。
とはいえ、もう燃料も少ない。諦めて帰ろうと思った時に、それが聞こえた。

「モビルアーマー……未確認戦闘機だと!?」

音を聞けば、アスランには解る。味方機か、そうでないか。
間違いなく聞いた事のないスラスター音だった。飛来音の方角を確かめると、アスランはそちらにバイクを向けた。
それは全く直感的な行動だったが、アスランには予感めいたものがあった。その先にシンがいると。
燃え上がる団地が見えてきた時、予感は確信に変わり、いよいよアスランはスロットルを絞っていった。




――その時が近付く。

《スピード、これ以上落ちないわよ》
「上等だ。……レイ、ソラを頼むぞ」
《わかった、出来る限り何とかしてやる。無茶をするなよ、シン》

視界の端に戦闘機――フォース=スプレンダーが映る。
シンが意を決して飛び降りようとして、その瞬間。

《そうそうやらせる訳にいかないでしょう!》

まだ生きている館内アナウンスが大音声で叫んだ。
同時に窓の外にいた治安部隊が何かを撃ち上げる。シンはそれが何なのか瞬時に気付き、コニールに向かって叫んでいた。

「コニール、フラッシュグレネードだ!」

真っ直ぐにこっちに向かっていたコニールに避ける手段があるはずも無い。
それが解っていても、シンには叫ぶ以外の手段はなかった。




――光が、団地から発散される。




「キャアッ!」

コニールは咄嗟に目を閉じて防御はしたが、しかし。

(モニターに焼き付きが! これじゃ、操縦できない!)

低空飛行、ましてや障害物の多々ある場所である。続行は自殺行為に近い。
コニールは上昇しようとして――シンの大声が飛んでくる。

《そのまま来い! 俺の言う通りに飛べばいい!》
「アホかーーっ!」

いくらなんでも、という意見である。さすがのコニールも怒鳴り返す。しかしシンは引かなかった。

《いいか、俺が飛び乗ったら上昇してエンジンを切るんだぞ!》

言うだけ言って、コニールの反撃にも構わずに――シンは飛んだ。
二十二階の窓から、である。
コンマという秒間の中でそれを認識したコニールは腹を括っていた。
何が何でもシンを死なせたくない、それはコニールの本心だった。




懐かしい機体だな、とシンは思った。
目に映るその機影が段々と大きくなり、そして――機体上部に身体を打ち付けられる。
余りの衝撃に身体が跳ね、意識が飛び掛けるが、シンは耐えた。
懸命に腕を伸ばし、尾翼近くでようやく身体を固定する。

(何とかコクピットまで行け……るか!?)

風圧で身体が引きちぎられそうだ。
速度を限界まで落としているとはいえ、物は戦闘機である。
並みの人間では耐え切れない風圧に耐え切っているのは鍛え上げた身体の賜物だろうか。
何とか身体を引き寄せ、風圧に対峙する。
ふと、フォース=スプレンダーが上昇を開始した。
シンの言う通りに、コニールが動かしてくれているのだ。感謝しつつ暴風から渾身の力で、身体を支えるシン。
歯軋りの音が頭に響く位、シンは全身の力を総動員していた。
何秒位だろうか。シンの視界はあっという間に大空になっていた。
遠くにはオロファトの街並みも見える。こちらに飛来してくるモビルスーツの機影も。風圧が段々と弱まっていって、シンはフォース=スプレンダーのエンジンが停止していっているのだと理解できた。
キャノピーが開き、コニールが身を乗り出して何か叫んだ時、シンは走り出していた。
一瞬だけ停止した機体を駆け上がる様に、すぐ次に来る重力に逆らう様に。
暴風が復活する。背中に風圧を受けて、シンは飛んでいた。

「シーン!」
「手を伸ばせっ!」

永遠の様な一瞬――そう言えばいいのだろうか。コーディネイターならではの境地をシンは最大限に使って、コニールの手にしっかりとしがみ付いた。
次の瞬間、フォース=スプレンダーごと地面に引っ張られている感触が来る。
コニールの苦悶の顔、そして手の温かみを感じてシンは再び体中の力を総動員させた。ここで諦める訳には、いかないのだ。

「うおおおおっ!」

キャノピーの端に手の平が触れる。次の瞬間には上半身をコクピットの中に放り込む事が出来た。その体勢のまま、シンは機体を再起動させる。スラスターに火が点り、推力が発生し始めるが、シンは経験で『このままでは墜落する』と理解していた。
ならば、やる事は一つだ。機体の向きを変え、前向きに落ちる様にする。その勢いを借りてシンはフォース=スプレンダーの後部座席に何とか入り込む事が出来た。
錐揉み状態で降下するフォース=スプレンダー。
コニールの悲鳴が聞こえるが、シンは構わなかった。そのままスラスターの出力を上げ続け、少しでも推力を得るため、速度を上げていく。

(間に合うか――いや、間に合わせてみせる!)

キャノピーを閉じる暇もない。
が、なぜか『出来る』と判断していた。風の勢いがそう、教えてくれるのだろうか。
パイロットの本能がそうさせたのだろうか。
目の前に大地が迫り、いよいよ墜落する瞬間、推力が『来た』とシンは感じた。

「あ……が、れぇぇぇぇっ!」

操縦桿も折れよと、思い切り引く。
機体はよく反応して、一気に方向を変えた。
木々をへし折りつつ、フォース=スプレンダーは地表ギリギリを駆け抜け始める。地面に引っ張られているのが解り、シンは吼えた。

「飛べよっ! やれば出来る子だろ、お前は!」

シンの熱意が、あるいはフォース=スプレンダーが応えたのか。しばらくの地上滑空の後、フォース=スプレンダーは再び飛び上がった。
下方尾翼が幾つか吹っ飛んだが、フォース=スプレンダーは今だ健在だった。




――さて、その頃ソラは。
通信機の役目も兼ねる腕時計、レイから漏れ聞こえる声でシンがしっかり戦闘機、フォース=スプレンダーに飛び乗った事は解った。
それはソラにも喜ばしかったが、次に続いた言葉にはヒステリックに否定せざるを得なかった。

《よし、次はソラだ! 飛び降りろ、後はこっちで面倒見る!》
「……絶対いや!」

無理もない話である。《さもありなん》とは腕時計の弁。

「さっき飛び降りなくて済むって言ってたじゃないですか!」
《コツは掴んだ、大丈夫だ!》
《『コツ』で済むものなのか?》
《……もう何が起こっても驚かないわよ、アタシは》

そんな喧々諤々のやり取りの中、フォース=スプレンダーは再度旋回する。
一直線にソラに向かうために、だ。
状況は危険だ。迫る猛炎、轟く銃声――彼等が自分を助けようとしている事はソラにだって解るのだが、ほんの少し下を向くだけで得られる恐怖感は言語を絶している。
飛び出していける人間の方がおかしいのだ。
しかし状況はソラを追い詰めていく。

《火勢が弱まらん。脱出もままならず、助けも来れない。唯一の突破口は飛び出すだけ。どうする?》

どうするも何もない。

「わ、私はイヤですからね! 絶対、イヤです!」

首を大きく振ってソラは抵抗する。当然だが。
その時――転機が訪れた。
運命の一押しとでも言おうか、それがソラを前に大きく押しやった。
背後で起こった爆風が、ソラを虚空に押し出していた。熱によってシャッターが溶け、それにより空気が流入、爆発が起こったのだ。
言葉もなく、悲鳴もなく、ソラは大地に向かって落ちていく。

(あ……私、死ぬのかな)

走馬灯だろうか。ソラには世界がひどくゆっくりに感じられた。
今頃シノとハナは自分を探しているのだろうか。『ロンデニウム』店長に貰ったお土産を、二人はちゃんと食べてくれているだろうか。孤児院の子供達は、元気でやっているだろうか。
そんな事を考えながら、ソラは落ちていく。
風が凄まじい勢いで流れ、奇妙にふわりとした感触が辺りを包んでいた。

(人は、地に足が着かないと生きていけない。そりゃ、そうだよね……)

ソラは不思議と落ち着いていた。余りにも全てが、現実的ではなかったからかも知れない。夢心地になりながらソラは瞳を閉じて――

《させるかっ!》

その声が、ソラの瞳をこじ開ける。

《無茶よ!》
《やる! 行くぞ!》

ふと、ソラの視界がそれを捉えていた。
地表すれすれ、低空飛行で飛んでくるフォース=スプレンダーの姿を。そして両手を広げて真っ直ぐに自分を見据え、抱き止めようとしているシンの姿を。
地上まで僅か数メートル。全てがギリギリのラインだった。

(……諦めないんだ、この人は)

微笑ましくなる位、真っ直ぐに。馬鹿だなんだと言われようと、愚直なほどに。
夢でもない、希望でもない。
それが、彼以外解らない境地であろうと。
真っ直ぐにフォース=スプレンダーが突っ込んでくる。それをソラは微笑ましく感じ始めていた。
――その時、割り込む者が居た。

「待っていた甲斐がありました」

高台でライフルを構え、シンを狙う者がソラに見えた。

(駄目っ!)

逃げて――そう、ソラは叫んでいたと思う。暴風の中で、かき消されたとしても。
この人を死なせたくない、そう思っていたから。
しかし、シンは逃げなかった。そんなもの見てもいなかった。
ソラを助ける事以外、考えてもいなかった。

「やめてぇっ!」

オスカーが引き金を引くのが感じられる。ソラは絶叫するしか出来なかった。

その時――更に割り込む者があった。
ソラの背後、フォース=スプレンダーに向かい合う様に突っ込んできた真紅のバイク。
それに乗る者が先にオスカーの持つライフルを撃ち、弾き飛ばしていた。

「シンッ!」

シンとアスランの視線が交錯したかどうか。
次の瞬間シンはソラを抱き抱え、フォース=スプレンダーごと上昇していく。
アスランはバイクを急停止させると、飛び去っていくフォース=スプレンダーの姿を見送る様に目で追っていた。

「あいつ……」

アスランは知らず、微笑んでいた。
フォース=スプレンダーはどんどん上昇し、そして見えなくなる。
しかしアスランはそのまま、彼方にいる人影を見据える様にしていた。




オスカーは地面に落ちたライフル拾い後部座席に放ると、忌々しそうにジープのシートに身を投げ出す。
エルスティンがオスカーを覗き込む様に言う。

「いいんですか?」
「上官の旦那じゃ報告しても、もみ消されるのがオチでしょう。そこまで考えてるかは知りませんけどね。それにしても……」

オスカーはちらりと戦闘機の消えた彼方を見る。そしてそれを見送る者を。にや、と笑ってオスカーは言った。

「……面白くなってきましたね」

今更ピースアストレイが到着し始める。オスカーは溜息をついて、肩を竦めた。




こうして、私の『激動の運命』は始まりました。
「誰か強引な人が、空の彼方まで引っ張っていかなきゃ無理だよ」
……いつだっけ、私の言った通りに。
私を乗せたフォース=スプレンダーはそのまま上昇を続け、成層圏に近い所を飛んでいったそうです。
その時の光景を、私は一生忘れません。




「見てみな。滅多に見れるもんじゃない、生の『地球』さ」




――これから始まる運命の行く末と共に。

1-6

2011.08.15.[Edit]
「今度は戦闘機が出現しただと!?」 治安警察オロファト本部における治安部隊隊長、エイガー=グレゴリーは朝からずっと怒鳴り詰めだった。 そして予感していた――明日になるまで怒鳴り続けなければならないのか、と。 一向に事態が収拾するメドも立たず、現場どころか官邸ですら浮き足立っているこの有様では無理もないが。 しかし、怒鳴るだけで事態が進展するわけでもない。エイガーは報告を持ってきた部下に指示を出す。 「...

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Material 「素材の小路

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