機動戦士GUNDAM SEED Revival-Ver.ARIS-

 SEED Revival-Ver.ARIS-    第二部「人を超えし者達」

「機動戦士GUNDAM SEED DESTINY」のその後を描いた二次創作サイトです。オリジナル成分多め。戦闘成分多め。更新頻度は……キカナイデクダサイorz コメントか拍手で感想とかいただけると管理人が嬉しがります。

Index ~作品もくじ~


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紅き鳥、忘れ形見を求め。
黄金の獅子、紅き鳥を見送り。
――自由の翼が舞い降りなければ、
黄金の牙が獅子に迫り来るであろう……。




 「……何、してたの?」
 「イタズラ電話」

 楽しそうに、金髪の男が返答する。その男に黒髪の女性、シノ=タカヤが刺々しく言い放つ。

 「馬鹿みたい。そんな事、受け付けてくれる訳ないじゃない」

 ぷい、とシノ。その様子はとても愛する男にする仕草とは思えない。毛嫌いしている、生理的に受け付けない男への仕草だった。

 「貴方がカシム=マリディアだっていう事はよく解ったわ。解り過ぎるほど。だから、さっさと戻って頂戴――セシルに。セシルの言う事を聞いて貴方に会って見たけれど、お生憎様。貴方よりセシルの方がよほど良い男だわ」
 「冷たいねぇ。姿形、声までみんな一緒なのに」
 「だ・か・ら・よ!」

 そう。その流れるような腰まで届く金髪、精悍な眼差し、そして紡がれる音楽的な声――それは確かにセシル=マリディアの、シノが愛した男の姿。だが、一点だけ。一点だけ、大きく違う点があった。
 イタズラっ子の様な、にたりとした笑顔。それだけで、カシムという人間性が解りそうな笑顔。それは、セシルの優しい笑顔とは掛け離れたものだった。
 二重人格、そう言っていいのか。それは変身といっていいほど唐突に、大幅に変わる。セシルがシノに「会って欲しい」と懇願したカシム=マリディア――スーパーコーディネイターとセシルは呼んでいた――が、今シノの眼前に居る。だが、シノの反応は上記の様なものだった。
 溜息と共に、シノが言う。

 「……なんだって、アンタみたいなのにセシルは心酔しているのよ」
 「そりゃだって。俺がアイツの上位人格みたいなもんだから。アイツが出来ない事を、俺なら出来る。それだけの事なんだよ」
 「人間を出来る、出来ないで判断しないでよ! 気持ち悪い!」

 それは、セシルという『人』を愛した少女の清廉な気持ち。セシルという人格を大事にしたい、という気持ち。
 だからだろう。カシムがセシルの上位人格として説明された時、シノはカシムに強烈な嫌悪を抱いたのだ。

 「あー、どうやら嫌われちゃったかな。仕方ないか……」
 「解って戴いた様で、大変光栄だわ」

 ぽりぽりと頭を掻くカシム。「色々大変なんだぜ、これでも」とぶつぶつ呟くが、一方のシノは聞く気もない。

 「まあもう少し付き合ってくれる? そうしたら、俺はしばらく眠りに付くからさ」
 「……出来れば一生、寝てて欲しいわ」

 強い口調でシノ。その言葉に何故か満足げに頷くカシム。

 「そうさ。その為に――その為に俺は今、動いているのさ。俺みたいなのが、ゆっくりと眠る為に。俺達みたいなのを『臭い物』扱いにして、蓋をして見なかったフリを決め込んでいる連中に、『罪』を刻み込んでやる為に。今が誰の犠牲で平和になっているのか、知ろうともしない馬鹿供の為に。それが終わったら、俺はゆっくりと寝るさ――俺だって、『セシル』で居た時は幸せだったんだからさ」
 「…………」

 にやりと笑い、しかし瞳は獣の様に。それは、シノに恐怖を覚えさせるには充分なもの。
 セシルには無かった、強固な意志がそこにある。それはシノにしてもカシムが上位であると認識させるに充分なものだった。




 オーブはアカツキ島、『歌姫の館』。
 館の主であるラクス=クラインは鼻歌交じりでテラスに繋がる渡り廊下を歩いていた。降り注ぐ木漏れ日が幻想的に視界を演出し、それもラクスの機嫌を良くしていた。
 ラクスは何となしに手に持っていたパンフレットに目をやる。そこには実験も無事終了し、来週にはロールアウトが決定した新型モビルスーツ、エアリアルフリーダムのスペックが事細かに記載されていた。

 「キラの新しい翼――完成ですわ」

 その様は、夫に新しいスーツを仕立てた妻の様子に酷似しているだろうか。今までのフリーダム系設計思想を大幅にリファインし、最新・最強のスペックを誇るエアリアルフリーダムは、天使の輪を掲げるそのフォルムとも相まって正に『天空の大天使』といって差し支えないものに仕上がっていた。
 ロールアウト直前の実験で予想外の実力を発揮してしまい、その経過鑑査の為にしばらくの間、月面にある実験施設で調整を余儀なくされたが――それも無事終了。後は、納品を待つだけである。

 「キラがこの機体に乗る……」

 我知らず、微笑みが漏れる。今までとは違う、戦いに行く為の機体ではない。平和な世の中を維持する為の、象徴となるべき機体。争いに溢れる世の中を、統率するべき機体。統一地球圏連合の、『歌姫の騎士団』の技術を全てつぎ込んで建造された機体である。キラが搭乗した場合、どんな場合でも敗北する可能性はないとコンピュータに断言されたスペックを持つ機体――それはラクスにとっても安堵できる事なのだ。
 それになにより、ルックスが良い。ラクスにも妙な拘りはあったのである。

 「キラ。エアリアルフリーダムがロールアウト決定され……あら?」

 テラスの端にあるベビーベッド。そこにはナージャが寝かされていて、その脇に夫であるキラ=ヤマトが居る――筈だった。
 そこに居たのはナージャだけ。キラがナージャの傍を離れるのは最近そうは無かった事だし、ましてそこに誰も居ない――ナージャだけが居るなんて事はあり得ない筈だ。メイドは呼べばすぐに現れる。それすらキラはしなかったのだろうか?

 「……キラ? どちらに?」

 我知らず、ラクスはナージャを抱きかかえる。重さと温かみが、現実のものである事を教えてくれる。

 「あー」

 ナージャの無邪気な微笑み、そして伸ばされた可愛らしい手。しかしそれが頬に触れても、いつもの様にラクスは微笑む事が出来ないでいた。



久しぶりに見たシンさんの顔。それは『惑い』と表現すればいいでしょうか。
揺れる紅い瞳、行き場無く震える肩。確かなものを探そうと開かれたままの掌。
――そう、確かにシンさんは迷っていました。
けれどそれは余人には推し量れることの出来ない絶望からの迷いだったのです。



 
 「……今更、何だよ」

 やっと、その一言を搾り出す。静まり返ったスレイプニールのブリッジで、静かにこちらを見据えるカガリの瞳を見返して。力無く――だが次の瞬間、激情と共に。

 「今更、何だってんだ! アンタがした事は、今更取り返せるもんじゃないだろう! オーブも、ZAFTも……二度も、俺の故郷を焼き滅ぼしておいて、今更何だってんだよ!」

 言ってから、シンは気付いていた。「ああ、そうか」と。
 自分が何故カガリがここまで嫌いなのか、自分が何故カガリ暗殺を請け負ったのか。自分の守りたかったものをことごとく潰したと、思えるからだったのだと。
 吐息と共に、シンは俯く。床を見て、今が現実なのだと割り切りたかった。
 一呼吸置いて、時が流れる。ややあって、カガリが口を開いた。

 《……批判は受け入れよう。私の決断によりそうなった事は、事実なのだから。しかし、それを踏まえて質問したい。
シン=アスカ。君は今でも平和な世の中を望んでいるのか?》
 「…………!」

 シンは、改めてカガリを見据える。違う――今までの、あの頼りない小娘じゃない。
 静かにこちらを見据える瞳。動揺の見えない様に、抑えられた唇。統一地球圏連合の盟主としての貫禄、それが今のカガリにはある。

 《君のガルナハンでの活躍は聞き及んでいる。そして、それの意味するところも、だ。君は広く人々の為、平和の為、仲間の為に戦った。それこそどんな劣勢でも、苦境でも、凄まじいばかりの勢いと勇気を持って。だが、何故だ? 何故、今君は人々から称えられ、賞賛されていない?》
 「それは……!」

 痛いところだ。ブリッジの皆も、一様に顔を伏せる。

 《平和とは、人のエゴでもある。私は主席などという役職で、それをよく知り、そして対策を学んだ。
 ――過去の事は忘れてくれ、等とは言わない。私を恨んでくれて構わない。だがもし、それでも『平和』を望んでくれるのならば……ほんの少しでいい、私を助けて欲しい》

 殺し文句、である。シンは自身が動揺しているのを実感していた。
 自分はどうすればいいのか。
 自分はこの先、何処に行けばいいのか。
 それより遥か以前に、自分は何故戦っていたのか。
 それすら解らぬままに進んでいた人間に、対抗できる言葉の羅列ではない。
 ――だが、シンは抗い続ける。

 「だからって……!」

 けれど、その先の言葉が出てこない。言葉にしようとしても、まとめる事すら出来そうもない。
 あの時も、あの時も、あの時も――そんな風に思い出から気持ちを引き出そうとしても。
 結局、シンに出来たのは、

 「……肝心な時に逃げたアンタの、説教なんか聞けるかよ!」

 その場から、逃げる事だけだった。

 「シンっ!?」

 コニールの声が、足音が追ってくる。それだけが聞こえていた。




 「『彼らは自然に生まれた者達より、多くの力を持てる肉体と、多くの知識を得られる頭脳を持っている。
 そしてその創造者の意図は、我々人には、まだまだ可能性がある。それを最大限に引き出すことができれば、我等の行く道は、果てしなく広がるだろう』――誰の言葉か、知ってる?」
 「ジョージ=グレンでしょ。C.E15年の時の言葉ね。教科書のトップに載ってる言葉よ。それが?」
 「……誰かが『夢と希望』を提唱しなきゃ、ならなかったのさ。それが当時の最大の問題だったわけ」

 カシムの呟くような物言いに、シノが頷く。
 二人はベルリン郊外は野外カフェの一角に陣取り、先の様な会話を続けていた。理由は「喋るだけ喋ったら引っ込むから」という、カシムの懇願を受け入れての事だ。どうやらカシムとしてもシノに嫌われたくないようで、それを察したシノは付き合う事にしたのだ。

 「人が増えすぎて、行き場も無い。貧富の差は拡大するばかりで、解決の目処は立たず。既得利権を保持した人々はそれを手放そうとせず、結果として『産まれ』の運命はどうする事も出来ず――コーディネイト技術はそうした時に開発されたんだ。『夢と希望』をかなえる為に、ね」
 「そうね。そして、人々は宇宙移民に新天地を求め始めた――成功を収めるため、かぁ」

 オレンジジュースを飲みながら、シノ。口にストローを加えたまま空を見やる。そこにはただ、蒼穹の空が広がっているだけだ。

 「でも、人の願い――エゴに際限は無い。コーディネイト技術は、パンドラの箱だったんだよ。どこまで強化が出来るのか、人の限界はどこなのか。コーディネイトが『進化』だとするのなら、人は当然その先を求め始める」
 「C.E55年の『コーディネイター出生禁止』を定めたトリノ議定書ね。事実上、コーディネイターはこれ以降増やしてはいけなくなった。それで?」
 「実際、闇ルートでコーディネイターは作り続けられているんだけどね。まあ、要点は『人の可能性』ってところなんだ」

 コーヒーを一口すするカシム。どうやら猫舌らしく、本当にちびちびと飲んでいる。辛党で熱い物が得意なセシルとこうも違うものかしら、とはシノの弁。

 「人はどこまで強くなるのか。人はどこまで広がる事が出来るのか。それを突き詰めるだけ突き詰めたのがユーレン=ヒビキの提唱した『スーパーコーディネイター』――すなわち俺、さ」
 「……少なくとも熱いコーヒーには負けてるけどね」

 呆れつつ、シノ。カシムは頭をぽりぽりと掻きながら、ばつが悪そうに俯いた。そんな様子を見ながら、シノが切り出す。今までの話で考えれば、当然その『疑問』に行き着くからだ――カシムの望み通りに。

 「でも、何故スーパーコーディネイターはそれ程規制されたの? 基礎理念はそれこそ昔から有ったんでしょう? 貴方の言う通りだとするなら、もっと挑戦する人だって多かったでしょうに」
 「挑戦する人事態は居たよ。けれど、駄目だった。人の持つ『イデア』を破壊しなければ、スーパーコーディネイトは出来ない。そして、それをすれば確立は100分の1まで落ち込む」
 「……どういう事?」

 カシムが哂う。にやりと、感情を見せずに。

 「スーパーコーディネイターを1人作る為には、100人程度の子供を犠牲にしなきゃいけないって事さ」

 その時、カシムの手がシノに触れた。そして――。



意志とは、自らの気持ちによって決定されるものです。
けれど時として、その決定に自らの気持ちが介在しない場合もあります。
嫌も、応も無く。
――それが常なる者が居るとするのなら、『その人の気持ち』とは一体何なのでしょう?




 敵機来襲の報を受けた時、シンはどこかで「しめた」と思っていた。

 《……お前、まさか『考えなくて済む』なんて思ってないだろうな?》

 Aiレイの問いを、シンは黙殺する。出来そうもないが。イグダストの計器をチェックしながら、シン。

 「大体、リーダーとかが考える事だろ、こんな事」
 《何故リーダーや大尉が黙っているのか、考えないのか、シン。『自分で決めろ』という事なんだぞ》
 「襲ってきている時点で統一連合の意志は決まってるようなもんだろ!?」
 《意志決定が数日経っても発生していない時点で、言い訳のしようもない。むしろ、よく待ってくれていると言うべきか》

 シンとてただ漫然と構えていた訳ではない。部屋に篭ったり、海をじっくりとみたりして考えた。考え続けた――そして結果、『何も決まっていない』という今に至る。

 「襲ってくるなら、戦う。それは俺の意志だ!」
 《……意志、と言っていいのかどうか。まぁ、好きにしろ。付き合ってやる》

 イグダストを立ち上がらせる。眼下に広がる海面――飛び込もうとした時。

 《シン、あのさ……あたしと一緒に逃げない? どこだって生きてく自信くらいはあるからさ》

 コニールの控えめな声が、通信機越しに伝わる。フォース=スプレンダーなら……そう一瞬は思うが。

 「駄目だ。リーダーや皆を置いていく訳にいくかよ」

 シンはそう言い捨てると、イグダストを海中に飛び込ませていた。近付いてきているのは、ディープブルー。あのモビルアーマー相手では、スレイプニールは容易く海の藻屑となるだろう。それはシンにとっても、嫌な事だった。




 「ふむ。臨戦態勢か……どうやら投降や、ましてや主席の提案に乗るという訳でもない、か」

 エイガー=グレゴリーは歴戦の古強者だ。それ故にシンが何に反発し、そして動揺しているのか解る事もある。

 「戦いの歯車――そう教育されてきた者に、いきなり『お前が決めろ』という質問は酷かも知れぬ。だが、カテゴリーSの青年よ。それがお前の選択なのか?」

 エイガーは、或いは哀れんでいたのかも知れない。エイガーの様な年配者が戦場に出て、自らの意志で人殺しを買って出る。それは納得してやっている事で、誰から恨まれても、誰かに祝福されても特に気に病む事は無い。ただ、「そういう人間が必要な時もある」と理解してやっているだけの事だ。
 だが――シン=アスカという人間はどうも、そうではない様だ。

 「奇妙な事だ。今の今まで迷い続けて、しかし……だからこそ生き延びてきた、か」

 不思議だと思う。同時に、エイガーはシンにある種の憧れも抱いていた。誰もが『諦める』のだ――己の力量や技量、出来る事の限界に。そうしなければ、何も成す事は出来ないだろう。己の力を知る事が、己を高める早道に間違いは無いのだから。
 だが、シンはそうではない。諦めないから、拘り続けるから、強くなり、そして迷い続ける。そんな人間を、エイガーは今まで見た事が無かった。それは或いは『憧れ』や『夢』を捨てず、歩み続ける『子供』の姿にも見えた。
 ならば――

 「ふふん。先日の戦いで、儂は死を覚悟した。その思いは決して忘れぬ……そう、今でもだ。命令など、もはやどうでもいい。ただ男として、戦士として――カテゴリーS、シン=アスカよ。お前をねじ伏せて見せよう!」

 ディープブルーが動き出す。呼応するかの様にイグダストの方も対艦刀を構えた。
 争う必要は無い――だが、当人同士にはある。
 だから戦う――愚かと言われても。
 それを戦士の性と言うのならば。

 「逝くぞ、イグダスト!」

 ディープブルーが――加速する!




 背後から発射されてくる高出力ビーム砲『スキュラ』が何度と無く機体を掠めていく。これだけ海中が濁っているのに、イグダストはかなりのスピードで海中を移動しているのに――さすが、と言うべきか。

 《言うまでも無いが、これだけ高いビーム出力ではこちらのパルマでは防御し切れん。下手をすれば掌でパルマが爆発する事態となるだろう――防御は出来ん、抜かるな》
 「わかってる!」
 《更に、前回と同じ戦い方は出来そうもない。相手は距離を取っている――こちらの攻撃レンジを理解し、そして移動距離を理解すれば付かず離れずの攻勢が可能となる。つまり、このままではエネルギー切れ敗北となるだけだ》
 「お前、どっちの味方だよ」
 《事実を言ったまでだ。お前が政略レベルでの勝利を目指さず、あくまでも戦術レベルでの勝利を求めるのならば、それは常に最大級の難易度となる。そういう道を、お前は自ら選んでいるんだぞ》
 「…………」

 それは、そうなのだろう。ただあの時「はい」と言えば、この戦いだって回避出来たはずだ。
 だが――何かが引っかかるのだ。心の奥底にある何かが。
 それが何なのか、解らないから。

 (ルナ……俺は一体、どうすればいい?)

 『生き延びる為の剣』、あの時ルナマリアはそう言った。なるほど、イグダストは確かにその通りの性能を備えたモビルスーツであり、シンによくフィットしている。だが――その後、どうすればいい?

 (生きるだけ。生き延びるだけ……それが悪いなんて思えない。けどさ、なんか……しなきゃならないのか?)

 復讐する相手は既に無く、守るべき国ももはや無く。愛する人にも、もう会えない。
 果たしてその様な人生に『生きる価値』はあるのだろうか?
 ――自問。それだけが続く。それが嫌で堪らなくて。

 「あああっ! もうヤケだ!」

 シンは瞬間的にイグダストを反転させ、突撃する――ディープブルーに向かって。

 《勝算は?》
 「ないっ!」
 《良かろう。ドンと行け》

 このAIが居てくれてよかったと、シンは思う。この状況でただ、納得して励ましてくれる。そんな思考が出来る者が傍に居てくれた事に感謝しながら。
 ディープブルーの顎と思える巨大クローアームが見る見る近付く。口中に光、スキュラも充填されている。いつでも発射出来る様になっていたのだ。
 シンは唾を飲む。瞬間的に対策が浮かんだ――出来る、出来ないではない。やるしかないのだ。

 「パルマじゃ防げないって言ったよな!」

 シンは右手に対艦刀を保持させ、左掌に装備されているパルマフィオキーナを起動させる。

 《言ったとも。記憶力の悪い生徒だ》
 「なら――こうするさ!」
 光が爆発する。ディープブルーのスキュラが発射され、その奔流が真っ直ぐにイグダストに伸びる。掠っただけで容易く死が運ばれてくる、ピンク色の光の奔流だった。
 イグダストは対艦刀を突きの体勢で保持、パルマフィオキーナを腰溜めに構え――




 「……死を覚悟していた割には呆気なかったな」

 ディープブルーのコクピットで、エイガーが呟く。イグダストがこちらを向いて突撃してきた時に、エイガーは淡々と思っていた。「それは、悪手だ」と。
 辺りは障害物の少ない海中、見通しが悪いとは言え、どこかに高速移動する動きにはもう慣れているので見逃さない自信はある。そして、パルマフィオキーナによるビーム防衛手段はこちらの攻撃を防ぎきれるものではない。
 ならば。

 「消し飛んだか……残念だ。立場が違えば、飲み明かしてみたかった」

 エイガーにしてみても、不思議な相手だった。主義や主張ではない、ただ「戦うために、戦う」――そんなスタンスの相手が存在する事にある種の感動を抱きつつ。
 だが次の瞬間、そんなエイガーの感慨は吹き飛んでいた。

 「生きているだと!?」

 そう。イグダストは変わらず、先ほどのポイントに漂っていた――力なく、だらりと浮かぶ様に。
 左腕が肩の辺りから消失している。完全には防ぎきれなかった様だが……そんな程度で防ぎきれる出力では無かった筈だ。

 「……気絶しておるのか?」

 イグダストはぴくりとも動かない。むしろ、自重で沈んでいく様にも見える。それでエイガーはディープブルーに備え付けられた演算コンピュータで先程のイグダストの行動を分析させてみた。
 結果――エイガーはあんぐりと口を開け、呆れていた。
 パルマフィオキーナでまず防御する。パルマはエネルギーを吸収し、出力を増すが、それにも限界は来る。段々と大きくなる球体。そこでイグダストは――あろう事か、そのエネルギー球を対艦刀で突き刺し、自爆させたのである。ビームを受けている側、イグダストから一番遠い箇所に対艦刀を触れさせる事によって。後は簡単、ビーム爆発の余波で残ったスキュラエネルギーを相殺したのである。もっとも、その衝撃を全て受け流せた訳でも無かったようだが……。

 「あの瞬間だけで、生き残る術を選択したというのか……」

 一体なんなのだ、この男は。
 生きる為に戦いながら、死の淵をこそ目指す様にも見える。
 安楽の生を望む事もなく、しかし生に絶望している訳でもなく。
 ――そう、ただ『生き延びる』為ではない。
 もっと違う、何かを求めて。人が、神を求めるかの様に。

 「シン=アスカ。お前は一体……何者だ?」

 エイガーの心に、不思議な感情が浮かんでいた。
 もっと知りたい、この男の事を。この男が何を求め、何を成し遂げるのかを。
 或いは『人』が、何物に成り得るのか、と。
 ……慌ててエイガーは首を振り、思惟を振り払う。

 「儂は軍人だ。感情に流される、その様な事があってはならんのだ!」

 ディープブルーのクローアームを操作する。それはイグダストに触れれば、瞬時に引き裂く事が出来る程度の威力を備えている。もはや戦術も必要ない。ただボタンを押すだけ、簡単な作業で――イグダストは、シンは死ぬ。
 我知らず、唾を飲み込む。これ程緊張した事は、初陣の時以来だろうか?
 初めて人を殺した、あの時の感触。ただ、あっさりと終わった『はしか』の時。
 夢も希望も、理想も主義も。ただのお題目だったと思い知ったあの時の感情。
 そう。捨て去ったはずの、あの感情が。

 「……済まぬ。過去には、もう戻れんのだ」

 淡々と、エイガーはクローアームを操作する。それは迷い無くイグダストに近付き、そして――
 その時、光が生まれた。

 「!?」

 上――海上からの高出力ビーム。それが、クローアームに牽制射撃を浴びせる。

 「新手か? しかし……海上からこれ程精密な射撃を!?」

 海の上からの射撃は、視界が海面の動きによって屈折する。よって、射撃はピンポイントでなく、エリアで行わなければならない。しかしこの射撃はクローアームの指先を狙って攻撃してきている。エイガーの常識では『神技』と断言できる技量だった。
 そして、次の瞬間『それ』が飛び込んできた。
 紅い。真紅の鳥。そう表現すれば良いのだろうか。エイガーはそれを見た瞬間瞠目する。それは次の瞬間、人形に変形。エイガーに確信を与えていた。

 「まさか!? セイクリッドジャスティスだと!?」

 セイクリッドジャスティス――最新鋭のジャスティス系モビルスーツ。それを駆る者はこの世にただ1人、『四英雄』の1人にしてカガリ=ユラ=アスハの腹心中の腹心。元ZAFT最強のトップエース、アスラン=ザラである。

 《これ以上の戦線拡大は、主席の求める所ではない。引いて貰おう――引かないならば、俺が相手をする》
 「……承知」

 何故このような場所にこの男までが現れたのか――エイガーはすぐに思い至った。
 本気なのだ。カガリ=ユラ=アスハの意志は。それは取りも直さず、カガリの真意をも現していた。

 「主席は本気でこの男、シン=アスカに恐れを抱き始めている……そういう事か」

 カテゴリーS。それは、世界を変革しうる力を持つ者の称号。
 その戦闘力は異常の一言で、単機で一軍に匹敵する実力を持つ者達。
 そう――為政者ならば、必ずや脅威を感じる者達なのだ。
 エイガーはディープブルーを反転させると、すばやくその場所を退散する事にした。何をするにしても、今この場所にいては不味いと判断したのだ。だが……湧き上がる笑みを掻き消す事だけは出来なかった。

 「ふふふ……面白くなってきおったぞ。大戦も終わり、もはや戦働きなぞ不要かと思っておったが、中々どうして。まだこの老骨、役立てる機会も増えそうだ!」

 ディープブルーは海中に消えていく。それは脅威が去った事を現しているのではない。
 新たな脅威が、再び押し寄せる――そういう事なのだ。



……思い出せるのは、『事実』だけ。『光景』はもう、思い出せない。
思い出したくない。
わかってる。自分にはもう、直視が出来ないって事は。
わかってる。あの時、自分が一度『壊れた』って事が。
壊れる時って、不思議なの。『音』がするのよ。自分が壊れた『音』が。
――そう。だから、私は『選ばれた』んだと思う。
キラ=ヤマト。あの人に……。




 「……なんでアンタが、こんな所にいるんだよ」
 「お前がいつまでもグズグズしているからだ。通信は一方的に打ち切り、返信もせず。しかも多少は大人になったのかと思えば、変わらぬ癇癪だ。これで心配にならない方がどうかしている」

 スレイプニール艦内、モビルスーツデッキから艦橋に繋がる通路を歩きながら。何故かアスランが前を歩き、シンが後に付いて行く形になっている。

 「大体、主席とやらの護衛はどうしたんだよ。また狙われているんじゃないか?」
 「護衛が1人抜けた程度で、守りきれない様にはしていない。それに直接の脅威が俺の目の前に居る。つまり、
俺はきっちり『護衛』を勤めているという事だ」
 「……詭弁じゃないか」
 「お前が言葉遊びを選択しているだけだ」

 アスランは、シンの心情をよく理解していた。シンは――意外な事ではあるが、生身の人間を殺した事が極端に少ない。だから、シンの敵意を霧散させるためには、武器を捨ててさっさと降りてきた方が良いのだ、と。
 それが何となくわかるから、シンは更にイライラするのである。

 「こんな所に来たって、俺の気持ちは変わらない。さっさと帰れよ。俺に殺されない内に」
 「だから、お前の前に立って歩いてやってるだろ。気に食わないならさっさと殺せば良い。俺はそれだけの事はしたと自覚している」
 「いけしゃあしゃあと……!」

 だんっと壁を叩く。視線で人が殺せるのなら――そういう気持ちでシンはアスランを睨み付ける。振り返り、そんな視線を涼しい顔で受け流すアスラン。

 「……恨んで、殺すならそれもいい。だがせめて――せめて、そこからは立ち直ってくれ。お前にはもう、戦う理由なんかない。もう、無いんだ。それだけはわかって欲しい」

 もう一度、シンは壁をだんっと叩く。

 「アンタがあの時裏切らなければ、俺はこんな事に、こんな場所に居なかった! アンタが全部悪いんじゃないか!」
 「なら何故、さっさと殺さない! 何を躊躇っている! シン、お前は一体どこに向かおうとしているのか、自分で解っているのか!?」

 シンとアスラン、視線の火花が散る。先に逸らしたのはシンだった。
 そして、やっと理解していた――自分がアスランに何を求めていたのか、を。

 (馬鹿みたいだ、俺……『支えて欲しかった』なんて)

 俯くシン。そんなシンを一瞥すると、アスランはまた身を翻し、言う。

 「お前に見せたいものがある。付いて来い」

 そう言ってアスランはスレイプニールの艦橋に向かって、再び歩き出す。どこかでシンはその背中を懐かしみながら、しかしそれを認めることも出来ず――しかし付いて行く事しか出来ないのも理解しながら。
 のろのろと、スレイプニールの艦橋に向かう事しか出来なかった。




 《シンさん!》
 「……ソラ?」

 レーザー通信が既に結ばれていたらしい。艦橋に入った瞬間、明るい声が聞こえてきた。

 《へぇ、この人がソラの思い人かいな。見せたかったでぇ、アンタが死んだってニュースを聞いた瞬間のソラの顔》
 《ちょっ、ちょっとハーちゃん!?》
 《あのな、一応これ公用通信なんだが……ま、いいか》

 画面に所狭しと三人娘が映る。ソラ=ヒダカ、ハナ=ミシマ、カガリ=ユラ=アスハ。屈託無く笑う、いい笑顔で。
 シンにしても緊張が解けるのがよくわかった。

 「何してるんだよ、そんな所で。オーブに帰ったんじゃなかったのか?」
 《まあ、色々ありまして。あ、そうだアスランさん。シーちゃんが見つかったんですよ!》
 「随分あっさり見つかったな。何処に居たって?」
 《ベルリン市内です。警察の人が見つけてくれて……》

 アスランは一瞬、考え込む。だが、せっかく見つかったものを不安にさせる事もないと判断したのか、努めて笑って見せる。

 「良かった。これで問題の大半は片付いたな。残るはシン、お前位だ」
 「おい、一緒にするなよ」
 「似たようなものだ」

 ふふん、とアスラン。そんな様子を見届けたのか、それまで黙っていたロマ=ギリアムが立ち上がる。

 「どうやら結果は出たようだね、シン」
 「リーダー……」

 シンはどこか、捨てられる犬のような寂しそうな顔だ。しかし、ロマは強く、努めて微笑んで頷く。

 「君が誰より自分に厳しく、そして――誰よりも人々の為に戦ったのか、私は良く知っている。ならばそろそろ、君自身が幸せになって良い頃だ。そしてこれは私と、他のクルー皆の総意でもある……今までよくやってくれた、シン」

 ロマが右手を出し、シンの右手を掴む。シンは成す術もなく、その力強さを感じる。
 ロマが本気で自分の事を思ってくれている、それはとても嬉しい事だった。だが、シンはどうしていいか解らず。

 「俺は……」

 ぱくぱくと周囲を確認しながら。何か言葉を紡ごうとして、それに気が付いた。
 モニタの向こうで、一番後ろに控えていた少女。黒髪の少女――シノ=タカヤという名前だとシンは知らない――が懐から拳銃を取り出し、こちら側に構えた事を。
 今、誰もがシンに集中していて、その事を誰も理解出来ていない事を。
 誰を狙っている? カガリか? それとも――

 「振り向くな! 伏せろっ!」

 考える暇は無かった。シンが絶叫し、ようやく皆がその光景を目にして。
 ――鮮血が、画面に飛び散った。




2-7
»»  2011.11.20.
 ……自分で変わった所は何か。カガリ=ユラ=アスハは自問する時がある。
 はっきりと変わったのは楽観的になったという事だろうか。『なるようになるさ』という魔法の言葉が脳裏でささやく時、すうっと気分が楽になる。
 いや、違う。楽観的にはなっていない。そこに至るまでに自分に出来る事は全てやってやろうという気概。それが、カガリの心を楽にさせてくれているのだろうか。

 「せめて後悔ではなく、反省にしたいからな」

 自分は、以前より弱くなったと思う。昔の自分であれば『自ら行動し、気概を示す』と考え、実行に移した筈だ。
 それが今は座し、周囲を良く見て推察し、意見をまとめ、行動を開始しようとしている。
 自分だけでは、どうせ大した事も出来ないのだから。

 「私個人の意見はこの際どうでもいい。世界を平和にする為に、力を貸して欲しい」

 カガリ自身は優秀な為政者だとは思っていない。ましてや政治家だとも。ただ、自らが出来そうな程度の『カガリ=ユラ=アスハ』には成れそうだから。
 そう、優秀な部下達が用意した『統一連合三周年記念式典』用の原稿を朗々と読む程度は――

 「……めんどくさ」

 溜息と共にカガリ。今居る場所はベルリンに幾つか用意したセーフハウスの一つで、先だってソラとハナに貸し与えたホテルの一室だ。早い話、パニックになったソラをそのままにもしておけず、食事もキャンセルしてルームサービスで代用、そのまま別の一室を用意させて転がり込んだのである。数フロアはまるまるキープしてあるので、その辺に何らの問題もなかった。
 時刻は既に深夜、ソラとハナも何とか落ち着きを取り戻したのでカガリも自室に戻り、『宿題』に勤しんでいるという訳である。ベッドに横たわり、用意された原稿用紙をうんざりと眺めながら、カガリは嘆息する。

 「私しか演じれない『カガリ=ユラ=アスハ』か……」

 そこに、自己はあるのか。そこに、意味はあるのか。そこに、生きた足跡は残るのか。
 言葉だけが独り歩きをして、思惟がまとまらなくなる。これは己の姿なのかと。
 だからなのだろう。ソラとハナが助けを求めてきた時、すぐに『助ける』行動を取り始めたのは。
 己が己である証明――それが欲しくて。
 そんな事を考えていたからだろうか。部屋に設置された電話が急に鳴り出した時、ベッドから転がり落ちたのは。

 「あ痛……どうした?」
 《済まないな、まだ寝ては居ないと思ったが。カガリ、バルトフェルドさんから通信が入っているぞ。『調べが付いた』そうだ》

 統一地球圏連合主席のカガリにこんな言葉遣いが許されている存在など、数人しか居ない。そして、この場には一人しか居ない――アスラン=ザラしか。

 「わかった。すぐにそちらに行く」

 バルトフェルドに調べさせていた事、それはシン=アスカの現状についてだ。ソラの状況を抜きにしても、シンの事を全く知らない訳でもない。カガリはすばやく用意を済ませると、アスランの待つ部屋に向かって歩き出した。



己とは、何か。
それを己に、魂に問い続けた人達を、私は知っている。
辛くても、悲しくても。ただ前を向き、問い続ける――その果てを知りたくて。
或いはそれが、己の証明であるかのように……。



 モニタに映るバルトフェルドからの報告を聞き終えると、カガリは半ば呆れ、アスランは嘆息していた。

 「何と言うか、『凄まじい』という形容しか出てこないな。現実の出来事として捉えていいのかどうか……」
 「……あの馬鹿。戦争は玩具じゃないんだぞ……」

 そんな二人の様子を軽く頷いて、バルトフェルド。

 《主席、残念ながら厳然とした事実です。シン=アスカ――イグダストの活躍により、東ユーラシアは政府軍及びテロリストグループ、中でも『ローゼンクロイツ』の勢力は格段に下落しました。活躍と言って良いかはともかくとして、我々にとっては上々な結果になったと言えます》
 「どこの勢力も大きく力を削がれ、戦線が維持できなくなった、か。我々の目指す『平和』とは対極の事象だが、戦争のない状態を平和と呼ぶのであれば、そうだろうな」

 軽く顎を組んだ手の甲にのせ、カガリ。そんなカガリにアスランは少し興奮気味に言う。

 「そういう事じゃない。これじゃ、アイツは――シンはただの道化だ。理想も理念もなくただ東奔西走しただけだ。アイツは……何も解ってない!」
 
 だん、と壁を叩くアスラン。そんなアスランにバルトフェルドが諭す様に言う。

 《シン君の行動理念は非常に明確だよ。仲間を助ける為に戦う、これのみだ。問題はその仲間が、周囲の人間全てに裏切られたに過ぎない。ならば、これは明確な『ガルナハン人民の意志による結果』だよ》
 「わかっています! わかりますが、これではアイツが報われない……!」

 カガリもバルトフェルドもわかっている、アスランが何に怒っているのか。シンを救ってやれない自身に対してなのだと。
 その事は誰よりも知っている。
 そう、世界の誰よりも理解できると自負している。
 だからカガリが次にこう言い出したのは、カガリにとっては自然の事であり、周囲からは瞠目される事だった。

 「なあバルトフェルド。先程の報告では『シン=アスカとその一党は海上に脱出した後行方が掴めない』という事だったが、何とか連絡だけでも取る事は出来ないだろうか?」
 《……時間は掛かるかも知れませんが、不可能とは申し上げません。『砂漠の虎』の意地に賭けて》
 「カガリ? 何を……」

 アスランの問いに、微笑みながらカガリはこう言った。アスランを上目遣いに眺めながら。

 「聞いてくれ。私はシン=アスカを私の幕僚に迎え入れたいと考えている」
 「なっ……!?」
 《正気ですか主席!? 彼は貴女様の暗殺未遂容疑で……!》

 今度はバルトフェルドに向き直り、カガリ。

 「だが私は今、ピンピンしているぞ。バルトフェルド」
 《ですが……》

 未だ納得しない――というより唐突過ぎて対応できないバルトフェルド。それはアスランもまた同じだった。

 「カガリ、考え直せ。一時の気の迷いに流されていては統一連合主席として……」

 そんなアスランを軽く手で制し、カガリは努めて静かに言う。
 
 「私は冷静だ、アスラン。私の職責が『世界を平和に導く事』であるのなら、私の判断は価値のあるものだと思える。迷える子羊に過去の諍いを水に流し、手を差し伸べる――それは、私の役目であるべきだ」

 もう一度アスランに向き直り、カガリ。表情は落ち着き、声音も動揺はない。至極冷静にカガリは判断しているという事が、アスランにも良く解る程に。そんなカガリを見ながら、今度はバルトフェルドが呟く。

 《理に適いますな。バックボーンを失っている今の状況であれば、こちらに恭順する可能性はゼロではありません。そしてその効果たるや……》
 「バルトフェルドさんまで。いいかカガリ、俺は君を危険な目に遭わせる訳には……」

 なおもアスランは食い下がる。そんなアスランにカガリは静かに首を振る。

 「私も、アスランを危険に晒したくはない。このまま彼、シン=アスカを放置していれば、いずれアスランと戦う事になるかも知れない。私にはそれは、耐えられない」

 きゅっと、アスランの手が握られる。それ程強い力では無かったが、カガリの意志は痛い程伝わって来た。平静さの裏にある激情――それを見せまいと、そして知らせようとするカガリの思惟を。
 ややあってアスランは嘆息しつつ、頷いた。

 《わかりました、主席。この上は『砂漠の虎』の名に賭けて交渉を成立に導きましょう》
 「頼むぞ、バルトフェルド」

 モニタが消える。しばらくノイズがあったが、それも直ぐに消えた。二人だけの静寂の中、アスランはカガリの手を握りつつ、ただ前を見据えていた。そこには居ないはずの残滓を追い求めるかの様に。




 一方、オーブはライヒの館。

 「厄介な事になりましたな」
 「全くだ。主席がこういう判断をするとは……女は厄介、という事かな」

 ハインツ=ドーベルとゲルハルト=ライヒがワインを愉しみながら、言う。先程のカガリとバルトフェルドの通信を当然のように傍受していたのだ。もっともそれはバルトフェルド当人も知っている。知らないのはカガリ位のものだ。よって、通信で済ませる類の相談とは、治安警察に知られてもさして問題の無い、実際問題として『対した内容では無い事』というのがわかる。しかして今回の話は、特にライヒにとって結構大変な話題であった。

 「カテゴリーSが同じ陣営に集結するという事態。それは、手が付けられないという事だ」
 「困りましたな」
 「困ったものだ」

 口調にも、表情にも焦っている節は無い。しかして、ライヒはそれなりに焦っていた。何しろ実験も兼ねてイグダストを放置していたのに、壮絶な横槍が飛んできてしまったのだ。しかも、形式上とはいえライヒの上司から。

 「カテゴリーSは、人類には必要ない。人が人である以上の力など、本来は不要なのだ」
 「ましてやそれが、或いは当人にすら御し得ない代物であれば尚更ですな」

 ライヒが杯を煽る。真紅の赤ワインが、ライヒに一息で飲み干される。ワインを愉しむより、酔いが欲しい。そういう飲み方だった。
 ややあって、ライヒが口を開く。

 「楔を打ち込むしかあるまいな。シン=アスカに我らが敵であると認識させる楔をな」
 「シン=アスカは単純な人間です。それだけに効果は有るでしょう……そうだ、一人適任がおります」

 おそらくはドーベルも同じ結論に辿り着いていたのだろう、話が早い。ライヒが促す。

 「エイガー=グレゴリーです。あれは私と同期で、かつては水中戦のエースでした。名前は熊なのに、実は蛸だったのか。ま、それは冗談ですが」
 「ふむ。件の首都防衛任務に失敗したという事で、自身から謹慎を買って出た男だったな」

 ドーベルが頷く。ライヒにワインを注ぎながら、にやりと笑ってみせる。

 「如何でしょう、賭けませんか? エイガーと『ディープブルー』で、イグダストを倒せるかどうか」
 「『ディープブルー』か。面白い勝負にはなりそうだ。だが、私の気持ちは変わらんよ」

 満足そうに、ドーベルが頷く。そして杯を掲げると、一息に飲み干し、高らかに宣言した。

 「見せましょうぞ――『人』の経験と意地の強さを。そして我が盟友、エイガーの真骨頂を」

 ライヒはふと、窓の外に目をやる。遠く離れた海が見える訳ではない。が、そこに確かに大荒れの海を見据えていた。



様々な騒動、騒乱により疲弊した東ユーラシア共和国政府は、
国内の不穏な動きを緩和する為に融和路線へと転換しました。
時を同じくしてレジスタンス連合もローゼンクロイツ指導者ミハエル=ベッテンコーファーを失い、
急速にその勢力を縮小していきました。
それぞれの陣営はお互いに次の戦いへの準備期間だと認識しながらも、
とりあえずはその矛を収めたのです。
これによってリヴァイブのリーダー、ロマ=ギリアムが目指していた
『とりあえずの平和』は達成されたのでした。




 「……と言っても、仕方なしの平和は望むところじゃなかったんだけどねぇ」

 地上戦艦スレイプニールのブリッジで寝そべりながら、ロマ。そんなロマを甲斐甲斐しく世話しながらセンセイ――エリーゼが呟く。

 「仕方ありませんわ。贅沢を言っていられる情勢ではありませんし。そもそも『平和的な話し合い』が行われたのも、相互の戦力が疲弊しきったからに他なりませんし。諸外国の圧力を受けるよりは内政問題の方がマシ、と普通の人なら考えるでしょうしね」

 スレイプニールのブリッジにあるモニタには東ユーラシア政府の国営放送が受信されていた。映し出される美辞麗句、平和への憧憬と情熱――1週間前には決してあり得なかった放送が臆面も無く映し出されている。「いやはや、政治家とメディアっていうのは面の皮が厚くなきゃやってけないね」とはロマの談。
 ブリッジにはロマとセンセイの二人きり。気を遣ってくれているのか――単にその他の面々も疲れ切っているというべきか。
 何とかスレイプニールまで逃げてきたロマ、大尉、少尉はその後シン、コニール、シホとカナードを収容し東ユーラシアの外洋まで逃げ出していた。どちらかと言えば流されているのだが、この際贅沢は言えない。何しろ他に収容できたリヴァイブメンバーはサイ=アーガイルとシゲト=ナラの両メカニックだけ。壊滅状態と言ってもいい惨状だった。

 「生きていれば何かが出来る、か。中尉が聞いたらなんて言うだろうね」
 「……そうですわね」

 大尉から中尉の生い立ちを聞かされ、ロマは唸った。「もう帰ってはこないだろう」という大尉の変わらずうっそりとした、しかし押し殺した言い様。何とも言えない無念――やるせなさだけが胸中に染みる。

 「生きる理由がなければ、生きていけないのかな……それは違うと思うんだけどね」

 生きる為の誇り、生きた証。そんなモノの為に生きているのか――違うと口で喚き、胸中で噛み締める。そんな歯がゆさだけが寂寥感として残っていく。誰しもがその答えを求めている……そう思えるから。
 不意に、ロマは考えていた。そんな中尉が心配していた事を思い出して。中尉よりもある意味純粋で、その問いを身体に刻み付けて生き続けている青年の顔を思い出して。

 「シン……君は一体、何を求めているんだい?」

 改めてその問いをする時が来た、とロマは感じていた。




 その頃、当のシン=アスカはどうしていたかというと――ひたすらぼんやりと海を眺めていた。

 《見事なまでの大海原、だな。他の形容が無いと言えばそうなんだが》
 「……ああ」

 大げさなAIレイの言い様に、しかしまるで気の無い返事のシン。シン自身、海原に目をやっているのではないという事は解り切っていた。ただ思惟をまとめたくて、そこに視点を固定しているだけで。
 先だって死力を尽くして戦った、イザーク=ジュールの言葉が胸に突き刺さる。

 『お前は何のために戦っている? お前は誰の為に強くあろうとする? お前の意志は、どこに向かおうとしている?
 ――戦えばわかる、お前には何も無い。なのに何故、そこまで強くなれた?』

 イザークを、シンは殺さなかった。殺せなかった。殺す必要もない――いや、そういう思考すら浮かばなかった。そもそもあの勝負に勝った事も、シンの理解出来ない事象が加担してくれたとしか思えなかった。

 (ルナ……お前が勝たせてくれた。だから、この勝負は俺の負けでも別にいいんだ)

 イザークにも素直に、そう言った。イザークはしばし面食らった後、何とも言えない表情をして――そしてこう言った。

 『なるほど、理解できん。だから負けた、か……勉強になった』

 そう言い捨てると、イザークとストライクブレードは去っていった。どこか満足げな微笑を残して。
 ――そして、シンとは言えば。

 (俺は……俺は、何処へ行けば良いんだ?)

 今更。
 今頃。
 今に至るまで。
 そう。今日の今日まで走り続けて、戦い続けて。
 ようやく――シンは、自己を省みる余裕に恵まれたのだった。それは同時に、己に『戦いに向かう理由が実は、そんなになかった』という致命的な弱点をはっきりと認識させるに充分な余裕でもあった。
 友の為。
 知っている人達の為。
 或いは、属した組織の理想の為に。
 一番大事なはずの、自身の戦う理由を見出す事すらせずに。

 (『他にする事がなかった』から戦っていた……っておい、それはいくらなんでも最低過ぎる戦いの動機じゃないのか?)

 シンは悩んでいた。悩む事すらせず、ただ眼前の戦いに身を投じていた――戦いに身を浸して居たかった、己の意志の在り様に。
 自分があるいは哀れんだかもしれないイザークよりも更に、どうしようも無い存在であった事に。

 《風が吹いて来たな。そろそろ船倉に入れ、シン。身体に障る》
 「ああ……」

 力なくシンは頷く。その様子はカテゴリーSと呼ばれた超人でも、あるいはコーディネイターのエースと呼ばれた男の姿でも、あるいはガルナハンで無類の強さを誇ったイグダストのパイロットの姿でもなかった。
 ただの、その辺に居る気弱な青年の姿だった。




 夜も更けて。
 潮騒だけが、夜の帳に響き渡る。
 さほど強くも無い波に揺られ、スレイプニールは広大な海で当ても無く漂う。航路を大きく外れ、ただ漂う様に動く――それを探す事は、非常に難しい。ニュートロンジャマーにより電子レーダー系は全て不可、ならば探し当てるのは目視か聴き当てる他無いのだ。オーブを襲撃した水中用モビルスーツ群が未だ発見されず、逃走中なのは正にそういった理由なのである。
 しかし、物事には例外がある。動物が環境に適応し、その形態を変える様に人もまた変わる事が出来れば。人の外見やシステムを変えることは出来なくても、戦う武器を大きく変えてみれば。それもまた、一つの進化と言えるのかも知れない。
 エイガー=グレゴリーとディープブルーは、急造の組み合わせでありながら、期せずしてそれを目指したモノ同士の融合でもあった。

 「ふふふ……深海とは、暗黒ではない。母上の胎内の様に、命に満ち溢れている。文明を得た人類が恐れる様な場所ではなく、むしろ訪れ、或いは新たに住まう場所なのだ」

 それは、エイガーの持論である。モニタには光一筋すら刺さぬ暗黒の世界が広がっていた――しかしエイガーはそれを悠然と眺め、電子計器の多少の補助だけで悠然と機体を進ませていく。それは普通に考えれば、すぐに障害物にぶつかってもおかしくない状態だった。しかし、エイガーは。

 「海流――それを見定める。目で見るだけではなく、身体で感じる。それはモビルスーツだろうがモビルアーマーだろうが、変わりはせん。流れがあるのなら、そこには何も無い」

 ディープブルー。それは統一地球圏連合軍が最近ロールアウトさせたばかりの新型モビルアーマー。オーブ襲撃の反省を踏まえ、水中で無類の強さを発揮するべく作り上げられた長大なモビルアーマーである。その様相は海蛇のようにも、或いは大きさも相まって東洋の龍神の様にも見えた。
 エイガーの言葉通り、ディープブルーは何らの障害にも当たる事無く暗黒の世界を動いていく。そしてディープブルーにはもう一つ、強力な探査システムが搭載されていた。人には到底聞こえない筈の音ですら探知し、増幅して搭乗者に伝えるソナーシステム。パイロットに骨伝導で伝えられるその音紋は、戦闘時の爆発音等は分別して伝えない様に調整、メンテナンスを繰り返され、エイガーにとって必要な音だけが選り分けられ届けられるシステムとなっている。
 それらのシステムを駆使し、とうとうエイガーは波間に揺られる船――スレイプニールを発見していた。

 「……いたな。では、リヴァイアサンに襲われるギリシャの勇者達の様に、勇猛に戦ってもらおうか!」

 エイガーが静かに吠える。そしてディープブルーは一直線に水面のスレイプニールに向かっていった。




 「『戦えない』ですって!? どういう事よ!?」
 《その通りの意味だ。俺はヤツとは戦えない――統一地球圏連合軍とは、な》

 機体のあるパイロットを除いた全員が集まった戦闘ブリッジ上で激すコニールに、冷淡にカナードが返す。
 スレイプニールがその機体を発見する事はそれ程難しい事ではなかった。何しろ巨大だし、堂々と真っ直ぐに向かってくるのだから。ところが機体識別コードに統一地球圏連合軍のものが使われていると全員に伝えられた時、上記の様な会話が行われたのである。

 「ミハシラは表立って統一軍とは構えたくないってか?」

 せせら笑う様に、大尉。しかしそんな挑発に顔色一つ変えずカナード。

 《仕方あるまい。まだ刺激する訳にはいかないと、ミナから厳命されているんでな。先の戦いの様に、テロリストが相手ならば『通りすがり』という事で何とかなるが》
 「……人権って何でしょうね、全く」

 シホが呆れた様に呟く。カナードは黙殺する。

 「でも、そうするとだ。シホさんの機体はメンテが完全じゃない、コニールのモビルアーマーは水中には入れない。大尉達の機体は回収すら出来なかった――動けるのは、シンのイグダストだけです」

 メカニック担当サイ=アーガイルが呟く。実際、現在稼動出来るのはイグダストとギャン=ウージェント=ボルトスのみだ。そして、戦えるのは。

 《別にいいさ。一人で戦う事には慣れてる》
 「シン!」

 パイロットスーツを調整しながら、シン。その淡々とした物言いにコニールは激すが、次が続けられなかった。

 《仕方が無いんだろう? なら、行って来るさ》

 コニールは気が付いていた。リヴァイブの、組織の目標すら無くしてしまったシンが己の所在を持て余している事を。
 そしてその事をシンが誰にも話そうとはしないであろう、という事も。

 「この、朴念仁! さっさと行っちゃえ!」

 コニールが搾り出せた言葉は、それだけだった。




 荒れた波間に飛び込むと、そこは意外な程静かな世界。泡沫と海流、そして差し込む光――シンにとっても慣れぬ水中の世界である。
 しかし、シンは落ち着いていた。何と無しに、落ち着いていた。別に勝ち目があるだろうとか、どういう風に戦おうとか、そういう事を考えていた訳ではない。本当に何となく――独りになりたかったから、だろうか。

 《まあ、思惟に惑う時でもなかろう。何処から襲い掛かってくるかわからん、監視を怠るなよ》
 「……そういや、お前がいたっけか」

 腕時計に内蔵されたAIレイに現実に引き戻され、シンは毒付く。とはいえAIレイの言い様は至極真っ当なものだったので、シンはモニタに集中する。程なくしてそれは視界に映った――その巨体は海中とは言え隠しようもない巨大なものだったのだ。
 体長は百メートル程もあるだろうか。モビルスーツのサイズでは到底ありえない大きさと長さだ。そんなものを内包できる海の大きさに改めて感心しながら、シン。

 「堂々としたもんだ」
 《隠し立てする気は無いという事だな――ならば、来るぞ!》

 水底まではまだ距離がある。身動きの取り辛い水中で襲うのは利に叶う。そしてその通り、その巨大なモビルアーマーは堂々とその武器を展開した。巨大な龍にも思える意匠、その顎が開く。巨大なクローアームで構成された顎の中央に装備された大型ビーム砲『スキュラ』――掴んで破壊する。単純明快、余りにも自然な殺意だ。
 そして――突進が来る!

 「チィッ!」

 シンは右腕のアームバルカンで牽制射撃を開始する。その時、シンは突進してくるディープブルーとかなり距離が離れている事を認識していた。そして、ディープブルーの突進速度が異常に早い事も。

 「図体の割りに、速い!」

 その大きさで、水中での距離感を見誤っていた事もある。だがそれ以上にディープブルーの速度は巨体に見合わぬ、圧倒的な速度で距離を詰めてくる!
 堂々としている訳だ――初撃でこちらを破壊する自信があったのだから。

 《食われたら終わりだぞ、シン!》
 「解ってる!」

 アームバルカンで落せる装甲ではない。だがシンにとって、アームバルカンであった事は僥倖だった――混ぜられていた曳光弾が、突進の速度と方向を教えてくれる。ビームではとっさにそこまで判断できなかった。

 「スクランブルバースト!」

 バーストモードをゼロモーションで起動、思い切り水を蹴飛ばさせ、瞬間的に水底にイグダストを泳がせる。頭を下に向け、スラスターも全開にし、持てるスペックを最大限利用した最大速度で潜行する――その速度は流石のエイガーでも想定できなかった速度ではあった。もちろん、シンにとっても。

 「……って水底!?」

 瞬間的に水底に突き刺さるイグダスト。正に勢い余って、というところだろうか。かなり間抜けな話だが、シンはここでも救われていた。ディープブルーが踵を返して再度の突撃を掛けて来ており、水底に入っていなければ攻撃は避けようも無かった。イグダストの激突で発生していた土石流が結果としてイグダストを隠す役目も果たした事もあり、ディープブルーの第二次攻撃は空しく水中を掻き混ぜたのみに終わった。
 とは言え。

 《今解析した情報だと、非常に分が悪い事が解った。どうする?》
 「そりゃどーも……」

 憮然とシン。当人としてもディープブルーの攻撃を避けられたのは、単に幸運に恵まれただけだと解っていた。
 単純かつ明快な攻撃オプション――そういうコンセプトは、局地専用モビルアーマーで最大限発揮される。ディープブルーの攻撃は正にそうしたもので、シンは仕官学校時代からそうした攻撃の恐ろしさをよく理解していた。

 「参った。イグダストは絡め手なんか使えないしな」
 《流石に正面対決は分が悪すぎるな。まともな飛び道具も無いし、水中で勝ち目は無いぞ》

 アームバルカンやビームブーメランでモビルアーマーが落ちるとは、どうしても思えない。ならば対艦刀で捌くか、或いは密着してパルマフィオキーナで破壊するか。問題はどちらも密着しなければならないという事で、先程の速度で海中を移動された場合イグダストで追い付ける確率は殆ど無い。結論から言えば、イグダストの取り得る攻撃オプションでは、ディープブルーを破壊できる確率はかなり低い、という事だ。
 ――そして、味方も居ない。

 (独り、か……慣れてるって思ってたんだけどな)

 今は水底に潜めている――だが、それはそう長くは続けられない。発見されるのはそう遠くは無いだろうし、何よりイグダストは燃費が悪い。長期戦には元々向いている機体ではないのだ。いつかはこちらから動かなければならない、だが速度は相手の方が上。見事に詰んでいる状態なのだ。

 「死ぬのか……俺?」

 口に出してみる。それで、ようやく体がそれを理解する。震えが湧き上がり、恐怖が背筋から這い上がってくる。いつもの戦場の感覚が、全身を支配しだす――余計な考えが、どんどん流れ落ちていく感触。

 (そうだ、これだ。これが欲しかった――俺が俺で居られる時。生きる理由とか、生きなきゃならない理由とか、そんなのはどうでもいい。ただただ『生きたい』っていう渇望、絶望にも似た願い。ただ平和に、ただ安寧になんて生きたくない――苦しんで、戦って、でも生き延びなきゃならないんだ。俺は、俺ってヤツは……!)

 シンは、或いは慟哭したかったかもしれない。けれど、もう涙は流れなかった。流すべき涙は、流れるべき涙は、もうとうの昔に流れ切っていたから。
 その思いが、その願いがシンを『最強』にしているのだと、シン当人は気が付いて居なかった。




 「むぅ……水底に潜んでいれば安全と踏むか」

 ディープブルーのコクピットは複数人での運用も前提にあり、かなり広い。コーヒーメーカーまで据え付けてあるので、エイガーは戦闘中にも関わらず一服していた。それは余裕の裏返しとも言えるが。

 「水中でこのディープブルーが負ける道理は無い。海上に出れば話は変わるが、それは有り得ぬ事。長期戦なら、尚の事よ……だが、少々飽きてきた。燻り出すとしよう」

 紙コップを握りつぶし、ダストシュートに放り込む。その様はまるで、ディープブルーのクローアームがイグダストを握りつぶし、破壊するジェスチャーの様にも見えた。

 「何故水中戦において、空中戦や宇宙戦でのエースが活躍できないのか。それは海流というものを理解しておらんからだ――海は海水で満たされている。それを理解せねば、水中での戦いには勝利できん」

 エイガーはディープブルーに不思議な動きをさせた。それは海底近くをまるで円を描くようにくるくると回る、それだけの行動だった。その行動は少しづつ場所を変えて行われる。それはまるで獲物を探す鮫の行動にも似ていた。そしてある場所においてエイガーは円を描く速度を速めていく。速く、速く――そして、水中にも変化が起きる。巨大なディープブルーが動けば水流が発生し、周囲の水が掻き回されていく。エイガーが探していたのはイグダストではない、海流――ここで動けば海流に邪魔されずに水流が作れるという場所である。そしてエイガーの望み通り、その場所に巨大な渦が出来つつあった。

 「これが水中での戦い方よ! 何人も水の流れは避けられん――水中に居る限りな!」

 巨大な渦は水面にも水底にも干渉し始め、水中はさながら竜巻の渦の如く。土石も、そしてイグダストも海底から巻き上げられ、渦に引っ張られて流される。それをエイガーは待っていたのだ。

 「今度は避けられまい!」

 莫大な水の流れは圧倒的なパワーを伴って。そしてその流れを突っ切って進めるディープブルー、万に一つもイグダストに勝ち目のない状況であった。
 再びディープブルーのクローアームが展開し、突進を開始。イグダストはそれを避けられず――いや。

 「何っ!?」

 イグダストが――消えた。いや、消えたと思えるほど凄まじい移動速度だった。水中戦に精通したエイガーだから理解できる。こんな、水流も海流も無視した速度は出しえない、と。ましてこんな、全てが巻き込まれている渦の中で。
 だが実際に、イグダストはエイガーの予想を超えて、ディープブルー並み、或いはそれ以上の速度で水中を進んでいる!
 程なくしてエイガーはその理由を理解した。イグダストが海面に向かって逃げている、だから気が付けたのだが。

 「対艦刀を横にして……オールの様に水を掻いて、だと!?」

 そう。水中を動く方法は二つ。スラスターやスクリューで自力で動くか、或いはオールや手で水を掻いて、その反動で動くか。実はこの両方を同時に行っているのがディープブルーであり、今のイグダストであった。
 そしてイグダストのパワーを持ってすれば、水中での移動速度は――。

 「なんという適応能力! しかし、だからこそ倒しがいがある!」

 エイガーは確信した。油断して倒せる相手ではない、死ぬ気で掛からなければ、と。
 状況は互角になったに過ぎない。ならば後は意地の張り合い、死闘の開始である。すばやくエイガーはディープブルーに積載されていた四門の魚雷を発射する。当たらなくてもいい、爆圧で相手の動きを制限するためだ。それは予想通り避けられたが、イグダストの動きが若干鈍る。そこへ――突進!

 「死ねぃ、シン=アスカ!」

 必殺の突進だった。如何に高速移動されても食い付き、破壊できる。そう確信できる突撃。だが、それを――それを、シンは待っていたのだ。
 余裕のある突進では駄目なのだ。相手も必死になり、無理をした突進でなければ。
 エイガーは気が付いていなかった。魚雷の爆圧に紛れ、イグダストが右腕に装備するワイヤーアンカーを伸ばしていた事を。それはまるで釣り針の様に。
 ワイヤーが引っかかる。瞬間、イグダストはその持てるパワー全てでディープブルーを引っ張っていた。エイガーの予想を超えて、更に速い速度でディープブルーに突進するために。

 「なっ……!?」

 衝撃には滅法強いフェイズシフト装甲、まさしく弾丸の如きショルダーチャージ!

 ゴガァッ!

 イグダストは一瞬の内に海面に、中空に吹き飛ばされていた。そして、ディープブルーは海底へ。半ば意識を失いながらも、シンは何とかスレイプニールへの着艦を完了させていた。




 ……とはいえ、一旦そこでイグダストとディープブルーの戦いは水入りとなりました。


 《スレイプニールの皆々様、お初にお目に掛かる方もいらっしゃると思う。私、カガリ=ユラ=アスハは統一地球圏連合、ひいてはオーブの主席などという肩書きを頂戴している。この度、皆々様に衛星レーザー通信などという手段で強引に通信をさせていただいたのは他でもない、そちらにいらっしゃるシン=アスカという青年に関することだ。そう、君の事だ、シン……久しいな。私は君を私の幕僚に迎え入れたいと考えている。今までの事は全て過去の事、これからの未来を君にも創ってもらいたいと考えている。どうだろうか、シン=アスカ?》

 コニールからの悲鳴の様な呼び出しを受けて、スレイプニールのブリッジに戻ったシンに投げかけられた状況は、その様なものだった。



 

 

 
 
 
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»»  2011.11.04.




 ……もう、どの位の時間が経ったのだろう。
 窓から差し込む明かりだけが、過ぎ行く時を教えてくれる。
 冷たい床、無機質な壁、無骨な鉄格子。それだけが世界の構成。
 
 (痛い――どこが? もう全身が悲鳴を上げている。強いるなら、どこが痛い?)

 自問。虚しい問い。諦めから始まる虚無。
 得られると思っていた平和、そして笑顔。今となっては虚しい栄光の姿。
 守りたかった。信じたかった。だが、裏切られた――自嘲が浮かぶ。

 「ミハエル……義兄さん……」

 遠くで聞こえてくる処刑の音。ヒステリックな観客の悲鳴。去来するのは悔しさか、憤怒か。

 (生まれてきて、ただ死ぬ事だけが俺達の『意味』なのか……そう言ったのは義兄でしたよね……)

 大尉や少尉は無事なのだろうか。そしてロマ=ギリアムは。
 しかし我が身の安全ですら保てぬこの状況で、果たして何が出来るのだろうか。

 (シン君。コニールさん、センセイ……逃げ延びてください……)

 中尉は暗闇の中、願い続けていた。辛うじて動く右手を懸命に動かして、己が生きている事を必死に確認しながら。

  

ベルリン。
かつてデストロイという大型モビルアーマーに、完膚なきまで破壊された都市でした。
焼け野原になった市街地、瓦礫の山になった高層ビル街。
そして打ち砕かれ、踏み拉かれ……それでも絶望しなかった人達。
その人達によって復興された巨大都市。それは統一地球圏連合にとっても、
ヨーロッパ方面のシンボルに相応しい都市でした。
その場所で、執り行われる統一地球圏連合三周年記念式典。
「恒久の平和」と「安寧の未来」を世界に宣言する舞台に、
当時の私は居たのです。



 「……ふう」

 ソラはどさ、とベッドに体ごと飛び込む。ふかふかのクッション――今夜はいい夢が見れそう、と素直に思える柔らかな感触だった。隣のベッドに同じ様にハナも飛び込む。やはり同じ様に恍惚の表情だった。

 「さっすが超高級ホテルのスイートルームやなぁ。横になっただけで旅の疲れが吹っ飛ぶわ」
 「だよね~。これはちょっと、体験してみないとわからないよ」

 枕に顔を埋めながら、ソラ。そのままぐるりと今度は仰向けになり、天井を見上げる。高級品らしき調度品、シャンデリアが見え、ソラは改めて自分がどこに居るのか考えていた。

 (オーブから8時間の距離。ベルリン――ヨーロッパの要衝。そして、今世界中から要人の集まる都市。改めて凄いところにきちゃったんだなぁ……)

 当初ソラ達は宿の手配ぐらい自分達で行なおうとした。しかし、その計画は三秒で頓挫した。

 「ホテルを予約? 今からじゃ無理だよ。空き部屋なんかある訳が無い」

 にべも無く、『紅の騎士』アスラン=ザラ。
 考えれば当たり前の事だった。統一地球圏連合三周年記念式典。統一連合の威風を世界に発信するまたとない機会。凄まじい額の予算が計上され、当然人の出入りも凄まじい事になる。そんな状態で「今日の宿、ありますか?」と聞いて回る事は砂漠で水を探す様なものであった。
 結局、ソラ達はカガリの好意に甘える事にした。カガリは統一地球圏連合の盟主――警護規模は最大のものとなる。その為、普段停泊する領事館だけでなく、幾つものセーフハウスが用意されていた。状況と場合によってそれらを使い分け、対応出来る様にである。今ソラ達が居るのはその中の1つで、市街地に最も近い位置のホテルであった。

 「使うかどうかわからないから使ってくれて構わない……なぁんて、さっすがカガリ様やな。太っ腹やわぁ」
 「ハーちゃん、ケチとかそーゆーレベルの話じゃないよ」
 「わかっとる。感謝しとるわ、シーちゃんを少しでも探しやすい様にしてくれたんやからな」

 実際の問題として、シノ=タカヤを探す事はかなり難しい。犯罪者でもないから非常線を張る訳にはいかないし、まして指名手配をする訳にもいかない。まして、この人だかりである。ベルリンはオーブ本国並みのバイオメタリクス認証が普及しているので、ベルリンに入ってくれれば探し出せるのだが――結局、それを待つしかないのが現状だった。
 ただ、大人しくなんていられない。その気持ちをカガリは汲んでくれたのである。
 ソラはもう一度寝返りをして、テレビのリモコンを拾う。何かニュースを見ようかな、と思い立ったのだ。スイッチを入れ、モニタが反応し――その時、インターホンが鳴った。ハナが「誰やろ?」と対応に出る。

 《居るか、二人とも》
 「……カ、カガリ様!?」
 《なんだ。来ては不味かったのか?》
 「いやいやいやいや、そんなん違うて……えええ!? こっちに来られて大丈夫なんですか!?」
 《勿論、大丈夫な訳がない。だがまあ、この程度なら……な》

 ハナの悲鳴にも似た問いに答えたのは、カガリの傍に立っていた人物、アスランだった。困ったような、仕方の無いような、そんな顔をしている。カガリはそんなアスランに悪戯っぽく微笑んでいた。

 「と、とにかく今開けますよって!」

 ハナが慌ててドアに飛んでいく。ソラは半ば呆気に取られながら、成り行きを見守っていた。しかしはっと気が付くとリモコンを放り出し、ハナの後を追う。

 「これから忙しくなるので、今日の食事くらい楽しんで食べたいからな。一緒にどうだ?」
 「……まあ、味の保障はするよ。一流のレストランだしね」

 楽しそうにカガリとアスラン。ハナとソラは顔を見合わせた。

 「な、なぁ。うちら、お邪魔とちゃう?」
 「で、でもさ。誘ってもらってお断りするのも……」

 気付かれない様に、2人。とはいえ断るだけの理由も意志もないので「あ、じゃあよろしければご一緒させてください」と言うのがやっとだった。
 そうと決まれば、部屋着の身なりでは不味い。着替えにクローゼットに取って返し――その時、ソラは見た。テレビに映っていた映像、そして字幕。悲鳴を上げる、その内容。

 《今回処刑されたシン=アスカは、あの緑のモビルスーツ『イグダスト』のパイロットと目されている男です。彼の所属していたリヴァイブという組織はサムクァイエット基地陥落の混乱に乗じてゴランボイ地熱プラントも破壊しようと目論んでいた集団でした。今回ローゼンクロイツの盟主、ミハエル=ベッテンコーファーが先んじて彼等を全員捕らえたので、事無きを得ましたが……》

 そして絞首台に吊られていた、見覚えのある黒いコートの男。真紅の瞳が印象的な――シン=アスカ。その体は力なく、命の輝きが全て失われていて――。

 「……いやあああぁぁっ!」

 ――ソラは絶叫していた。




 統一地球圏連合軍治安警察ベルリン支部。そこに就任したばかりのメイリン=ホークは、早速カンヅメになっていた。別に仕事に没頭したいとか、そういう事ではない。単純に山積する仕事を片付ける為には徹夜を避けてはいられなかったのである。

 「……真面目で勤勉、という事は時として罪悪ね。何だってのよ、この文書主義集団は……」

 ベルリンに住まう人々の人となりは、誤解を恐れずに表記すれば『病的な勤勉さ』である。主力戦車を造れば「この流線形を出す為には鋳造だけでは駄目だ。ハンマーで叩いて伸ばさなければ!」と戦時下にも関わらず力説。必然的に主力戦車の量産を遅れに遅れさせたという前科もある。もっとも、だからこそ「世界最強戦車」と成った訳だろうが。
 そんな祖先を持つベルリンの人々は、先祖に習い勤勉であった。具体的には職員全員が1日何杯のコーヒーを飲んだのか、或いは空調を何時何分まで使用していたのか――諸々の領収書がきちんと整理されて保存されていたのである。さて、その様な集団のトップになってしまったメイリンの苦労はどんなものだったろうか。
 秘書代わりに整理を手伝っていたエルスティン=ライヒが呟く。

 「記録は日常、整理は美徳。夢と希望はケント紙に書けなければ意味が無い――父がよく呟いていました」
 「……とても夢のある話だわ。ドアを開けて飛び出す選択肢は無かったのかしらね」
 「さあ? どうでしょう、雨が降ったらケント紙が濡れてしまいますね」

 頬杖を付いて、メイリンは溜め息を付く。つくづくゲルハルト=ライヒは恐ろしい。まさか、こんな懲罰を用意していたとは。考えすぎだとは思いながらも、その程度の陰謀はあり得ると思えてしまう。人徳の賜物、というべきか。
 そんな事を考えていたからかも知れない。電話が鳴り出した――ゲルハルト=ライヒからだ。

 「噂をすれば何とやら、かしら」
 「オスカーがよく言っていました。『長官に所用がある時は悪口を話してみなさい』と」
 「……苦笑も出来ない冗談だわ、それ」

 手元のコンソールを操作し、モニタを呼び出す。映像が現れ、次の瞬間――心底メイリンはうんざりした。上司の陰湿さと陰険さと、性格の悪さに。おそらくはその映像をしっかりとメイリンに見せる為に、だろう。ライヒは映像に姿を現さず、音声のみで言う。

 「ふむ。その様子だと既に情報は仕入れている、という事かな?」
 「……お陰様で」

 うんざりとした口調を隠さずに、メイリン。その映像が気分の良いものでないという事は明らかだった。シン=アスカが首吊りで公開処刑された映像――に、見せかけられたもの。シンではない。その事は知っていたが、さりとて気持ち良く見れる映像でもない。辟易してメイリンが言う。

 「造り主は、ローゼンクロイツです。ローゼンクロイツは東ユーラシア政府と独自に交渉を行い、リヴァイブを突き出す事を交換条件にゴランボイ地熱プラントの一部権利を取得しました。政治屋としては一流かもしれませんね、ミハエル=ベッテンコーファーは」
 「ふむ、強すぎる力を恐れる政治屋か。恐怖政治が好みだろうな」

 吐き捨てる様にメイリン、対照的に面白そうなライヒ。しかし、次のライヒの言は凄まじい毒を含んでいた。

 「だが、政治屋としても無能だ。詐欺師にしか成れぬ者に、成功は無い。嘘を付くのならば、墓穴まで持ち込める算段を踏まねばならん――彼は猟師の前で妻子を差し出す狐でしかない」
 「…………」

 ミハエルとしては、何としてもゴランボイ地熱プラントの営業権が欲しかったのだろう。その一部だけでも――それだけでも財産としてはこれ以上ないもので、沢山の人々が救われ、潤う事だろう。しかしそれは、あくまでも一部。ミハエルが救おうとする人々のみに限られる。これは政治の本質であり、政治家に求められる事だ。その意味でミハエルを責める気持ちは、ライヒにもメイリンにも無い。
 しかし、である。ミハエルは愚かだ――これは、両者の共通認識だった。

 「死んだはずの男が再び現れた時、どうなることやら。既に手は打っているのだろうが……私はのんびりと君の采配を見物させてもらおう。期待しているよ、メイリン部長」
 「ご期待に沿える様、努力してみますわ。ライヒ長官」

 モニタから映像が消えた後、メイリンは大きく伸びをする。息が詰まる――だが同時に。

 「好きにやれって事よね。いいわ、見てなさい。最高の喜劇を演出してやるわ」

 メイリンは知らず、微笑んでいた。悪戯っ子の様な、狩人の様な微笑み。『治安警察の魔女』と呼ばれる女の姿がそこにあった。



私も後で知った事ですが、この時リヴァイブのメンバーは過酷な状況に陥っていました。
ヨアヒム=ラドルさんの勇敢な突撃によってサムクァイエット基地攻略は成功したのですが、
辛くも脱出した他のメンバーは保護されたローゼンクロイツに拘束される事態になってしまったのです。

「お前達はやり過ぎた。英雄は我々でなければならんのだよ」

サムクァイエット基地攻略で全軍出撃したにも関わらず、
ローゼンクロイツは殆ど存在感を示す事が出来ませんでした。
そして、イグダストの存在――それは為政者にとっては恐怖以外の何者でもありません。
ただの1機。なのに、戦場そのものを圧倒した存在感。
それはローゼンクロイツ、ひいてはミハエルの勢力を脅かすに充分なものでした。
そして東ユーラシア政府にとっても――両者の利害は一致し、交渉のテーブルが出来上がったのです。
リヴァイブの主要メンバーは全て捕らえられ、一部のメンバーは苛烈な拷問に晒されたそうです。

このローゼンクロイツの許せない行動により、今まで動いてなかった陣営までが
意外な理由により参戦する事となりました。

アメノミハシラ。

統一地球圏連合に属しながら、統一地球圏連合の枠に当てはまらない。
空中庭園の住人達が動き出したのです。 




 バードクーペ空港都市。
 ガルナハンの空の玄関口であり、交易の中心地であり、そしてローゼンクロイツの本拠地でもある。巨大な滑走路とマスドライバーに挟まれる形で存在するこの街は、街というより要塞の様な堅牢さも兼ね備えていた。そうした様相は、ガルナハンの大地においてバードクーペが大きな役割を果たしている事の証明であり、ローゼンクロイツがただのテロリストグループとは違うという証左でもあった。
 既に時刻は夜。しかし街からは明かりは消えず、街の役目は眠らない。
 さて、その様な消えぬ明かりの一つ。そこでモニタ越しに、ある密談が行なわれていた。

 「感謝しますわ――あの時の約束を守ってくれた事に」
 《約束が守られぬと疑われるのは、不本意だな。私はどの様な情勢であれ、約束は守る。誰を敵に廻しても、だ》

 くす、と緑色の髪をした女性が微笑む。「本当に変わらないわ、貴女」と呟いて。

 《貴女も変わらぬよ。エリーゼ。アマルフィ家で初めて会った時からな》
 「……懐かしい名前だわ。もう、忘れかけていた。御免なさいね、こんな時に頼れるのは結局『続柄』なんて」
 《誤解されては困るが、私は盟友アマルフィ家だから助けている訳ではない》

 張り付いた様な微笑み、社交的な態度。だがその奥に隠された、ぶっきらぼうな誠実さ。あの時好きになった親友の姿が変わらずそこに在る。それがエリーゼ――センセイには嬉しかった。モニタの向こうで長い黒髪を指で弄びながら、アメノミハシラ最高権力者ロンド=ミナ=サハクが続ける。

 《とにかく、この情勢は既に外交ルートだけでは解決出来かねる。ならば、石を投じればよい――強力な一石を、な。それは明日には用意出来よう。それまで無茶はしてくれるな、エリーゼ》
 「ありがとう、ミナ……貴女から連絡をくれるなんて思わなかったわ」

 少しだけミナはきょとんとする。しかし数瞬の後にくす、と笑った。

 《あの暴れ姫が大人しくなったものよ。長生きはするものさ》

 そう言って通話は切れた。ミナの姿が消えた後も、センセイはモニタを凝視していた。いや、見ていたのはモニタではない。

 「ロマ。お願い、生きていて……」

 見ていたのは飄々とした男の顔。似合わぬ仮面で顔を隠した、リヴァイブのリーダー。けれど、大きな荷を背負ってもなお歩みを止めなかった男の顔。ロマ=ギリアム――ユウナ=ロマ=セイランの顔だった。




 ――言い争う声が聞こえてくる。

 「……どうして貴方はずっと、そうなんですか!? あの時から何も変わらない!」
 「何度も言わせるな。もはや変える気はないと言っているだろう」
 「意固地になったって、何も変えられないし変わらない。そう教えてくれたのは貴方だったでしょうに!」
 「おーい、一応病人の前だから静かにならない?」
 「本当よ。少しは静かにして欲しいわ」

 怒鳴る女性の声、そして受ける男性のつっけんどんな声。そして飄々とした声に、憮然とした声。1人を除いて知った声だった。

 (コニールとシホ=ハーネンフースと……そうだ。ストライクブレードのイザーク……イザーク!?)

 重い目蓋を無理やりこじ開け、飛び起きる。自分はまだ、戦っていた最中ではなかったか。寝ている暇は一欠けらもない筈だから。しかしそこは既にイグダストのコクピットではなかった。どこか見覚えのある医務室――ミネルバなど戦闘艦に設置されている医務室に良く似ている。そこのベッドにシンは横たえられていたらしい。
 すぐに視界一杯に、コニールが飛び込んできた。

 「シン、大丈夫なの!?」
 《起きたか、シン》
 「おお。起きた起きた、良かったよ。ずっとこの口論を聞かなきゃならんのかと思っていた所でね」

 Aiレイの声、そして黒い肌をした金髪の男。見た事がある――ZAFTに居た時に。そう、確か……屈指の名スナイパー、ディアッカ=エルスマン。ヤキン=ドゥーエの英雄達の1人。他に居るのは、シホと白髪の男――イザーク=ジュール。こちらもヤキン=ドゥーエの英雄だ。
 しばらく辺りを見回した後、シンはコニールに泣き言を漏らした。「何がどうなっているのか、説明してくれないか?」と。




 「おら、入っていろ!」

 ロマの背中が、したたかに蹴飛ばされる。ロマは抵抗も出来ず、牢獄の床へ胴体着陸を余儀なくされた。

 「痛っ……!」

 与えられているのは簡素な囚人服だけ。それは裂けた肌から流れる血でどす黒く変色していた。

 「……ははは。鞭って痛いものだったんだなぁ……」

 ロマがぼんやりと呟く。体に走り続ける痛みから、少しでも気を紛らわしたかった。痛む体を無理に起こし、壁に背を委ねる。痛かったが、気持ちの上では多少マシになった。その時ロマはようやく気が付いた――この牢に先客が居た事が。

 「やあ、中尉。手酷くやられたね」
 「……この暗がりで良くわかりますね」

 唯一の明かりは窓から差し込む月明かりだけ。輪郭は見えても、すぐに誰か判別できるものでもない。しかしロマはあっけらかんと言う。

 「カンだよ。中尉かなって」
 「貴方らしい、といえばそうですが……」

 お互い、傷だらけだった。ロマは中尉の様子をみて、致命傷ではない事を確認する。どの道治療器具も無いが、もしも最後ならば、少しでも楽にしてやりたいという気持ちは湧くものだ。ロマはしばらく黙り込んだが、意を決したように中尉に語り始める。

 「そのまま聞いてくれ。僕らが同室になったのは、恐らくシンの行方が全くわからなくなっているからだよ」
 「……仲間内で油断した所で、情報を話させる。よくある手口ですね」

 ロマは頷くと、続ける。

 「正直に言うと、僕らだってシンとコニールの行方はわからない。ラドルの勇敢な行動で、あの辺り一帯が吹き飛んでしまった――僕らが拷問までされているのは、シンの生死が不明だからだろう。状況から考えて、シンの死亡が確認されているならば、僕らを生かしておく必要はないからね。恐れているのはイグダスト、だろう。だとすれば、ミハエルが次にどうするか、僕には大よその予測が付く」

 ここで一呼吸、ロマは置いた。少しだけ迷った様子だったが、中尉が促す。
 
 「今更悪い予想程度で驚きませんよ。どうなります?」
 「……すまない。おそらく僕らは明日、公開処刑されるだろう。時間を掛けて、ゆっくりとね。イグダストのバッテリーはどんなに節電しても、明日には切れるだろう。シンに対して最大限のプレッシャーを掛け、いぶり出す気だ」
 「我々が残酷に殺されれば殺されるほど、シン君は耐え切れなくなる。それを狙うという訳ですね……」

 俯くロマ――それきり、ロマは黙り込んだ。中尉は牢獄の一点を見つめ続け、胸の内にある決意を固めつつあった。明日、それを完遂する為にはどうするか、それを考え続けた。




 次の日は、春の訪れを感じさせる快晴だった。
 木々の新芽が次々に生まれ、花々が咲き誇る。梢を駆け抜ける風は優しく、心地良い。
 だがそんな自然の美しい営みは、そこに住まう人々には見向きもされない――バードクーペ市民の興味は正午の鐘を合図に始まる、リヴァイブのメンバーと猛獣の戦いに集約されていた。

 「今回の猛獣はライオンか? それともグリズリーか? さあ賭けた賭けた!」

 それは、バードクーペ市民にとっては娯楽の一種だった。死刑囚を猛獣と戦わせ、生き延びれば罪を不問とする――ローマのコロッセオを髣髴とさせるそのイベントは、何時しか市民の賭博対象となり、常に圧政に喘ぐ人々の捌け口として市民には受け入れられていた。
 集まった四人は、それぞれのボロボロの姿を確認して言い合う。

 「なんだ大尉、やたら元気そうじゃないですか」
 「仕方ねぇだろ。拷問ってな慣れよ、慣れ。あんなもん数をこなせばちょろいぜ」
 「……出来ればこなしたくなかったんですけどね」
 「まあ、みんな無事で何よりだよ。僕らのイベントが行なわれるって事は、シンとコニールは逃げおおせたって事だからね。後は僕らが自分の見の振りを決めればいいって事さ」

 少尉が茶化し、大尉がうっそりと言い、中尉が微笑みながら言う。いつものトリオを嬉しそうに眺めながら、ロマは皆に問いかけた。

 「さて、どうする? 生きるか、死ぬか――どっちに賭けようか?」

 応えたのは大尉だった。

 「なる様になる、さ。今までも、これからもな」

 四人は歩き出す。己の死刑執行場所へ。だが、不思議と恐れは無かった――ただ、1つだけ皆の心に共通の願いがあった。『来るなよ、シン』と。




 《エネルギーライン確認。デュートリオンフェイズシフトシステム、オールグリーン。バッテリーもフル充電だ。どうやらメンテナンスに手抜きは無さそうだ。存分に性能を発揮できるぞ、シン》
 「……統一連合にも居るもんだな。掛け値無しの馬鹿って」

 イザーク=ジュールの事である。全ての説明が行なわれた後、全ての事象を無視してイザークはこう言い放ったのだ――「俺と戦え。全ての準備は整えてやる」と。
 統一地球圏連合軍強襲揚陸艦ミネルバ改級ジークフリードのモビルスーツデッキから、シンはイグダストを歩いて出撃させる。流石にこの状況で合体出撃はしたくなかった。同じ様に隣のモビルスーツデッキからイザークのストライクブレードが出てくる。件の対艦刀レーヴァティンを携えて、だ。
 ジークフリードのブリッジではコニールとシホ、ディアッカがこちらを見ている。ふと、シンは気が付いた。

 「なあレイ。なんでコニールとシホがこの艦に載ってるんだ?」
 《お前を探しに来たら拿捕されたそうだ。まあ良く撃ち落されなかった、という所だろう》
 「ふぅん……」

 しばしシンはシホを眺めていたが、次の瞬間視界をストライクブレードに切り替えた。シホに何か言ってやるにしても、こちらが先だからだ。

 《今までの勝敗は一勝一敗だ。ならば今日、全ての決着を付ける!》

 厳かに、イザーク。シンも返す。

 「ああ。異論はない。ストーカーもこれっきりにして欲しいもんでね」
 《言うわ。ならば……初めようか》

 ストライクブレードがゆらり、と動こうとして――シンが制した。

 「1つだけ確認しておきたいんだが、何をしても『構わない』んだよな?」
 《構わんぞ。貴様が俺に勝てる術があると思えるのなら、な》
 「ああ、あるぜ――飛びきりのヤツがね。レイ、バーストモードスタンバイ」
 《よし。バーストモードスタンバイ、VR》

 三度、ガルナハンで相対する兄弟機。立ち上る、紅と蒼のエネルギー残滓。機体が軋みを上げ始め、そして。

 《バーストモード、テイクオフ! 行け、シン!》
 「ああ!」

 イグダストが動く。しかし向かったのはストライクブレードではなかった。向かったのは。

 「――勝てないのなら、逃げれば良いんだよっ!」

 言うが早いかイグダストはきっかりと反転し、逃げ出したのである!



正午の鐘が鳴り響く時、多くの事が一気に起こりました。
一つ目は、リヴァイブメンバーの公開処刑が始まった事。
二つ目は、地味な事ですがバードクーべ中の有線通話がシステムトラブルにより使えなくなった事。
三つ目は、緑のモビルスーツがバードクーペ目指して走り出した事。
更にもう一つ。それは天空より舞い降りし――




 最初に気が付いたのは、バードクーペ空港監視塔で働くオペレーターだった。

 「……隕石?」

 それは急にモニタに現れた。大気圏上空、地上に降りるための進入角度を最終決定する高度に、だ。言い換えれば、その時点で地上のどこに下りて来るか決定される――防衛の観点で言うならば阻止臨界点。
 オペレーターはマニュアル通り、それの予想突入地点、そして大きさをチェック。次の瞬間、悲鳴を上げた。

 「こちら管制塔! 所属不明のモビルスーツがバードクーペに降下してきます!」

 金属、熱源、質量――それらがモビルスーツである事を余す事無く伝えてくる。そして、それの予想落下ポイントは正にここ、バードクーペだった。

 「何故今の今まで発見できなかった、職務怠慢だぞ!」
 「違います、本当に今、突然現れたんです! だとすれば……」

 他の同僚がオペレーターを怒鳴りつけるが、オペレーターも必死で返す。同時に、オペレーターはある思考に瞬間的に辿り着いていた。

 「……ミラージュコロイド?」

 ステルス機であるならば、それも可能だ。で、あるのならば目的は――バードクーペへの明確な侵攻。

 「防空警報! 本部にも連絡しろ!」

 未だ戦火の耐えぬガルナハンはバードクーペのスタッフである。そこは切り替えも早く、対応を開始した。しかし。

 「……有線通話が遮断されています! レーザー通信にて通信を開始します!」
 「何だと!? 既にシステムハックされているというのか!?」

 オペレーターと同僚は青ざめていた。だとすれば、次に来るのは。
 ふと、窓を見やる。まだ空は蒼いのに、雪が降り始めていた……否、雪ではない。

 「広域散布型チャフ・グレネード……レーザー通信も封じる気だ」

 誰が、一体、何の為に。今こそ平和になったガルナハンに攻め入るというのか――それは管制官の考えであり、バードクーペ市民の共通認識でもあった。
 平和になる者、平和になった者。そして、踏み台にされる者。それぞれが正義を持ち、信念を持ちえるのなら、こうした事も起こりえる。何が真の正義であるのか、誰もが解らぬ故に。




 ――天空に、一筋の流れ星。それを度の濃いサングラスで確認しながら、センセイは呟く。

 「来たわね……」

 載っているジープのエンジンを掛け、待機する。始まるのは、大混乱。行なうのは、ロマ=ギリアムの救出。旧スレイプニールはバードクーペ郊外に放置されているはず。後は混乱に乗じてそこまで逃げればいい。
 気になるのは混乱の規模だが。

 (あのミナの言い様だと、派手にやる気みたいだけど。どの程度にするのかしら?)

 その疑問は、数分も経たずに明らかとなった。チャフが街中に降り注ぎ始め、そして、モビルスーツが凄まじい勢いで降下してくる。その外観は見た事も無い――いや。

 「……呆れた。最高機密の最新鋭機を……」

 凄まじい地響きを立てて、さしたる抵抗も無くバードクーペにモビルスーツが着地する。赤銅色のボディに、鋭角的なライン。アメノミハシラ機密兵器にして、『三銃騎』の1つ――ギャン=ヴューテント=ボルトス。ならばパイロットはカナード=パルスの筈だ。

 「感謝するわ、ミナ。最高の友達を持った事に」

 ギャン=ヴューテントが動き出す。後に起こる大戦でミハシラの中核を為すモビルスーツの一翼が、遂に公の場に姿を現した瞬間であった。




 カナード=パルス。
 スーパーコーディネイター計画に生まれながらに翻弄されるキラ=ヤマト――そのクローンとして産まれ出でた者。
 幸か不幸かスーパーコーディネイターという存在には成り得なかったが、代わりにコーディネイターとしても傑出した戦闘能力を得る事となった。様々な出会いと別れを経て、人としてもコーディネイターとしても大きく成長し……

 「全て、破壊するッ!」

 ……て、なかった。
 赤銅色の機体、ギャン=ヴューテントが優雅さの欠片もなく強引に跳躍した。機体のパワーにモノを言わせた、強引な操縦だった。

 「ミナめ! 俺に露払いなぞさせおって!」

 カナードが激す。どちらかと言えば華奢なボディのギャンが、不釣合いな程豪快に左手に装備したラウンドシールドを振り回した。するとそれが左手から外れ、高速回転をしながら敵――事態を収拾しようと起動しだしたモビルスーツにぶち当たった。起動したばかりのダークダガーが何もできずひしゃげ、爆散する。

 「大体、俺がなぜこんな事をせねばならんのだ! この様な雑魚なぞ、物の数でもないと言うのに!」

 今度は右腕に構えられたビームライフル――むりやり先端に対艦刀を取り付けたような銃剣――を振り回し、近くにいたダークダガーを二機、立て続けに屠る。それは洗練とか優雅という言葉からは懸け離れた豪快かつ豪壮、有り体に言えば『暴力』を体現する様な動きであった。
 次々にローゼンクロイツのモビルスーツが起動を開始する。さすがに本拠、その数は無尽蔵と言ってもいい。だが、カナードはこう叫ぶと、その群れに突っ込んでいった。

 「余計な仕事を――増やすな!」




 「一体何事だ! 現れたのはイグダストでは無いというのか!?」
 《違います! あんな機体、見た事もありません。しかし、ハッキリしているのは敵だ、という事です!》

 ミハエル=ベッテンコーファーの執務室。ミハエルの怒声に、オペレーターが懸命に説明する。
 ぎり、と歯軋りをする。何故こうも上手くいかないのか、と。苛立ちを隠さず、ミハエルは怒鳴りつける。

 「とにかく、取り押さえろ! モビルスーツ1機なぞ、どうとでもなるだろう。取り押さえて背後関係を調べ上げろ!」
 《了解!》

 乱暴に通信を打ち切る。ミハエルは落ち着こうと深呼吸をして――出来そうもなかったのでデスクの引き出しから常備薬を取り出し、一息に飲み込む。それから大金を叩いて買い付けさせたスイス製の高級椅子に身を投げ出し、束の間の安息を得ようとして――やはり、出来なかった。
 ズゥン、ズゥン、ズゥン……絶え間の無い爆発音に似た音が腹に響く。その音はだんだんと大きくなってくる、近付いてきているのだ。

 「……何の音だ?」

 心当たりは無い。無いはずだ――だが、落ち着かない。湧き上がる不安が、ミハエルの情動をひたすらに刺激する。その音は、或いはミハエルにしか聞こえなかったのかもしれない。距離や位置から考えれば、伝わる方がおかしい音だったからだ。その音は明確な意志と殺気を伴って、ミハエルの下へ向かってきている――直感という名の本能が、それをミハエルに伝えていたのかも知れない。ややあって、その音の主が発見されたという一報がミハエルに伝えられた。それは幾分のヒステリックな悲鳴と、

 《で、出ました! イグダストです! 奴がこの街に!》
 ゴガァッ!

 足音がやって来る。衝撃、そして爆発。イグダスト――シン=アスカの破壊の意志と殺意を伴って。




 処刑場は、処刑どころでは無くなっていた。この様な情勢で悠然と食事の出来る猛獣も居なければ、悠然と出来る観客、そして処刑人も居ないのだから。

 「……とはいえ、放り出されても困るんだけどねぇ」
 「リーダー、ドサクサ紛れに逃げるぜ。少尉、中尉は?」
 「さあ? なんか『用事がある』って行っちゃいましたけど」
 「そうか……」

 珍しく大尉が渋面になる。だがすぐにロマに向き直ると、こう言った。

 「とにかく、千載一遇のチャンスだ。生き延びるぞ――付いて来い!」




 イグダストがバーストモードを発動して全力で走る――その速度はなんと、スラスター全開での飛行よりも早くなってしまう。その事を知っているのはシンとAiレイのみで、イザークとしては知りえない情報だった。

 「なんという、なんという奴だ!」

 踵を返して突っ走るイグダストに、さすがのストライクブレードも追い付けない。イグダストの踏み締めるパワーで大地が連続して爆ぜ、それらもまたイグダストを追うのに壁になっていた。そしてあっという間にイグダストはバードクーペの街に辿り着くと、大暴れを開始した。そしてそれを追いかけてバードクーペに入ったイザークのストライクブレードもまた。

 《と、統一軍機だ! 統一軍まで来たぞ!》
 《怯むな! 迎え撃て!》
 「貴様らァァァッ!」

 ローゼンクロイツにとり、統一地球圏連合軍は紛れも無い『敵軍』である。イザークはそこに飛び込んでしまった形になってしまった――シンの狙い通りに。

 「何処だ、イグダスト! 姑息な手を使いおって! 貴様等も貴様等だ! 何故しっかりと防衛活動をしなかった!」

 言いながらレーヴァティンを振るうストライクブレード。先に大規模な通信妨害を受け、更に宇宙からも侵攻されているバードクーペ守備隊が浮き足立つのは、止むを得ないところはあるだろう。
 何機かのダークダガーを数瞬で血祭りに上げると、イザークは前方にイグダストを発見した――そして、自分に向かって投げ飛ばされ、唸りを上げて飛んでくるダーグダガーも。

 《言っておくが、周りはお互い全部敵――互角の決闘だぜ!》
 「抜かせっ!」

 激し、イザーク。しかし脳裏では冷静に分析も行っていた。

 (……直接的にレーヴァティンの間合いに入れば、イグダストでは防げない。ならば、乱戦に持ち込めばいい――戦場の真っ只中の方が安全だと考えたのか!?)

 加えて、ここで大暴れをすれば捕まっているはずのリヴァイブメンバーが脱出できるチャンスも作れる。そこまで考えての行動だとすれば。
 ふん、とイザークは鼻を鳴らす。

 「いいだろう――戦場での決闘こそ、華々しいというものよ!」

 この男は、シン=アスカは本気でイザークに立ち向かう気で居る。それがイザークには嬉しかった。




 ミハエルは先程から怒鳴り続けだった。喉がカラカラになりながらも、ひたすら怒鳴る。

 「何とかしろ! 相手はたった3機なんだぞ!」
 《む、無理です! 通信妨害で組織だった動きが出来ない上に、散発的な動きではイグダストに武器にされてしまいます! モビルスーツを1機づつ片手で振り回す様な奴を、一体どうやって!?》
 「それがお前等の仕事だろう! 弱音を吐くな! ……おい、どうした!?」

 爆音、そして悲鳴と怒号。人が走り去る音――全てを悟り、ミハエルは通信を切る。

 「どいつもこいつも! もうすぐ皆が平和に暮らせる世の中が来るというのに!」

 いらいらしながら、ミハエルはデスクから拳銃を取り出す。弾が入っているのを確認して立ち上がる。と、執務室のドアが開いて、誰かが入ってきた。その人物、中尉はミハエルに拳銃を向けていた。

 「どこかへお出掛けですか? 義兄さん」
 「……お前か。闖入者を私自ら、退治しようと思ってな。だが、何故私に銃を向ける? 平和な世の中を作る――その為に命を張る。そう言ったのは他ならぬお前だぞ?」
 「ならば何故、私を裏切ったのか!」

 中尉が一歩、前に出る。壁に沿ってミハエルも下がる。次第に部屋の端にミハエルは追い込まれていった。

 「平和には痛みが伴う。誰かを犠牲にしなければならん。誰かが犠牲にならなければならんのだ」
 「それをしない――させないのが『平和』ではないのですか!?」
 「『平和』の為の犠牲は、必要なのだ! その様な青い考えでは、政治は出来ん!」
 「詭弁を言わないで下さい。貴方もまた、同じだ。今までの為政者達と、結局……同じだった」

 中尉が目を伏せる。その隙をミハエルは逃さなかった。

 「……だから、何だ!?」

 懐から拳銃を取り出し、迷い無く中尉を撃つ。それは中尉の腹部に命中し、ごぼ、と中尉が吐血した。

 「今までの為政者と同じ? だから何だ?」

 更に二発、無造作に肩と足を撃つ。あっという間に執務室に血が広がり始めた。中尉の拳銃を蹴り飛ばし、部屋の隅に追いやると中尉の頭に拳銃を向け――そして、躊躇い無く引き金を引いた。

 「人間の幸せとは、所詮誰かの幸せを奪う作業に他ならん。政治とは、それを美辞麗句で塗り固め、見栄えを良くしたに過ぎん。それが解らなかったから、私はお前を切り捨てたのだ」

 中尉の体がごとりと床に落ちる。流れた血が更に広がり、部屋全体が血に染まったかのようだった。ミハエルは襟元を正し、部屋を出ようとして――ふと、窓の外を見た。影が急に広がった様に感じたのだ。
 そして、それはその通りだった。カナードのギャン=ヴューテントがこの近くまでやって来ていたのだ――ダークダーガーを蹴散らしながら。部屋を覆った影が現れたのは、破壊されたダークダガーの頭部が正にこの部屋目掛けて飛んでくる瞬間だった。
 逃げる暇も、悲鳴を上げる余裕も無かった。一瞬の内にミハエルは機械と建材に押し潰され、この世から轢殺されていた。その様はミハエルが常々考えていた『奪われる者』そのものの様でもあった。




 何時の間にか、本当に何時の間にか。もう動くモビルスーツは周囲に居なくなっていた。
 いや、1機だけ――イザークのストライクブレードが。

 「なあレイ、リーダーや大尉達は逃げおおせたかな」
 《解らん。確認のしようもないが、あの連中の事だ。まあ大丈夫だろう》
 「……そっか。なら、いいかな」

 ふう、と溜息をついてシン。もう一度深呼吸をして、決然と対艦刀を構える――ストライクブレードに向かって。

 《小細工は仕舞いか?》
 「ああ。とりあえずやりたい事は出来た――付き合ってくれた礼だよ」
 《フン……どうする? お前は、俺を倒せるのか?》

 イザークらしい言い様である。この男はおそらく、ずっとそれを追い求めてここまで来てしまったのだ。
 そう――『最強の戦士』という称号を求めて。
 シンは、ちろと唇を舐めた。勝つ自信なぞ、更々無い。或いは生き残る自信すら。しかし体が発したのは、次の言葉だった。

 「倒せるさ。俺とイグダストなら、な」

 言ってから、総毛立った。殺気が段違いで増えたのだ。冷や汗が全身を伝う、それが詳細に解って、シンはもう一度唇を舐めた。

 (怖い……な。でも、俺も引けない。ルナマリアが俺を信じて、最強と言ってくれたこの機体。俺が引く訳にはいかないんだ)

 イザークが、背負ったものがある。ならば、シンにも背負ったものが在る。
 それの比べ合いならば、引く訳にはいかない。
 じり、と間合いが詰まる。空気が重い。まるで水中の様な重苦しさの中――ストライクブレードが動いた!



それは、必勝の一撃でした。小細工の一切無い、必殺の一撃。
余人であればどうしようもない、イザーク=ジュールの武人としての意地が詰まった最速最高の一撃でした。
或いはストライクブレードとイグダストだけの比べ合いであれば、勝負は決まっていたのです。
しかし、この戦いはイザーク=ジュールとシン=アスカの戦いでもありました。
――カテゴリーSという、人に在らざる者の矜持を掛けた戦いだったのです。



 シンは、不思議な感覚に襲われていた。
 それは何度か味わったあの感覚。己の命も、鼓動も、感情も。何もかもがどうでも良くなる感覚。
 家族を失った時、味わったあの虚無。それを必死に忘れようとして、辿り着いた――のかも知れない。
 それが、イザークの斬撃の凄さを伝えていた。速過ぎる。強すぎる――防ぎようが無い。

 (凄いな。こりゃ、死ぬな)

 避けられないスピード、そして威力。対艦刀で受ける事すら不可能だろう。だが、シンは諦めなかった。

 (手を伸ばす事すらしないで、死ねないよな。ルナ……)

 出来るかどうか、わからなかった。だが、シンは手を伸ばしていた。




 その瞬間、イザークは瞠目した。

 「何だと!?」

 避け辛い、上段切り下ろしの斬撃だった。だが――剣先が在り得ない動きをしたのだ。イグダストに命中する瞬間、まるで弾かれた様に横に動いたのだ。いや、弾かれたのだ。イグダストの手の甲で、優しく叩く様に。

 (最小の動きで、最大の効果を!? 速度にエネルギーを使う為に、パワーには割り振っていない――気が付くか、それを!)

 そう。ストライクブレードは速度を最大限にする為に関節部に掛かるパワーを最小限にしている。その為、ほんの少しの力で容易くバランスを崩してしまうのだ。そう――ほんの少しで。
 イグダストが動く。とんでもないパワーを秘めた横薙ぎの斬撃。ストライクブレードはすばやくバックステップして距離を取った。確実に避けられる距離だった。
 だが、イザークはまたも瞠目した。
 イグダストの対艦刀、スワッシュバックラーは『ただの幅広な、頑丈な対艦刀』でしかない。特別な機能など無いのだ。だが、バーストモードを展開したイグダストが使えば。

 「剣を横にして!?」

 そう。刃先を立てず、ただの板の様に振るうなら――爆風、それがストライクブレードに襲い掛かった。
 通常、風に煽られて倒れるモビルスーツなど存在しない。しかしパワー無双のイグダストが、極限までパワーを削ったストライクブレードに試せばどうなるか。
 なんとストライクブレードは煽られ、倒れてしまったのである。直前にバックステップしていたのも仇となり、前に踏ん張る事も出来なかった。
 ――こうなると、スピードなど何の意味も無い。

 「くそっ!」

 イザークは毒付く。慌てて起き上がろうとして――動きを止めた。眼前に、イグダストのスワッシュバックラーが付き付けられていたのである。
 イザークはまたしても、己が敗北した事を認めなければならなかった。
2-5
»»  2011.08.19.



――スキャニング。




 統一地球圏連合の盟主国であるオーブは、四つの群島から成り立っている。
 群島はCE.79現在、ヤラファス島を起点に三つの大陸橋で結ばれている。オーブ市民は大陸橋を使う事によって、陸路での島間移動が出来るようになっているのだ。
 『歌姫の館』を後にしたソラ=ヒダカとハナ=ミシマは、一旦ヤラファス島はオロファト市内にある自分達の寄宿舎に戻り荷物をまとめると、カグヤ島にあるカグヤ国際空港に向かった。カグヤ国際空港は現在、ニ基のマスドライバー及び三基の滑走路を保持する、盟主国に相応しい規模の玄関口となっている。ここから世界のどこにでも行く事が出来る――それはオーブ市民にとって自慢の種であった。
 さて、ヤラファス~カグヤ間を繋ぐリニアバスに揺られながらソラ=ヒダカはしげしげと自分の右手を握ったり開いたりしていた。時折ぼんやりと中空を眺めたり、車窓からの景色を眺めたり。そんなソラを怪訝に思ったのだろう、ハナが問いかける。

 「なんや、ソラ。そんなに光栄だったんか? あの軍神キラさまと握手したっていうんが」
 「うーん。まあ、そうなんだけど……」

 隣に座るハナ=ミシマが茶化す。ソラは誤魔化すように微笑みながら返す。が、どうにも歯切れが悪い。
 それはハナがソラの幼馴染でなくても気が付きそうな不自然な様子だった。

 「どしたん? べっつに握手してもらっただけやん。光栄に思うんはいいけど、手ェ洗わないっていうのは勘弁やで」
 「そんな事しないよ。ただ……なんだろう」

 なんだろう、この違和感は。ただ、握手をしただけなのに――何故なんだろう。
 こんなにもキラ=ヤマトの存在を大きく感じてしまうのは。

 (好意――じゃない。好きとか嫌いとか、そういう感情じゃない。そうじゃなくて、もっとこう、なんていうか……)

 握手をして温もりを感じて、人柄を感じる。それは昔から人類が行なってきた作法の一つ。
 たったそれだけの事。たったそれだけの事ををしただけなのに、この『違和感』は一体何なのか。まるで心の奥底まで見透かされた様な、体の隅々まで調べられた様な――
 そんなソラの様子に飽きたのか、ハナが話題を変える。

 「しっかしまあ、ナージャも現金やな。あんなにソラに懐いとったんに、あないにニコニコ笑って『バイバイ』はないやろ」
 「仕方ないよ。私とラクスさまじゃ包容力が違うもん」

 ヨーロッパに旅立つにあたって、ナージャの保護は大事な問題だった。まさかヨーロッパに連れて行く訳にもいかない――そう考えた矢先に、ラクスが「では、私がお預かりいたしましょうか?」と言い出したのだ。
 世界に冠たる勢力となっているオーブ連合首長国率いる統一地球圏連合。その中に在籍してこそいるが、実際は完全に独立した最強の戦闘集団『歌姫の騎士団(ピースガーディアン)』。その盟主となるキラ=ヤマトとラクス=クラインの夫婦――この二人がナージャの身元を引き受けてくれたのである。正直に言って、これ以上の里親を探す事は不可能に近い。ソラとしても、まさか自分一人でナージャを育てられるとは思ってはいなかった。
 ……とはいえ、寂しくないと言えば嘘になる。

 「ナージャ。今度はシーちゃんと、ハーちゃんと三人で会いに行くからね」

 右手をぎゅっと握って、ソラは誓う。
 リニアバスはそろそろカグヤ島にある空港施設に到着しようとしていた。巨大なニ基のマスドライバーが天空に繋がる橋に見えて、ソラは我知らず気持ちが高揚していくのを感じていた。



 
 コーカサス地方、サムクァイエット基地。
 東ユーラシア政府軍の重要な拠点ですが、この基地は軍事基地以上に大きな意味を持っていました。
東西ユーラシア全域に供給されているエネルギー施設の中では最大規模のゴランボイ地熱プラント。

『サムクァイエット基地を占拠した陣営がゴランボイ地熱プラント経営権を取得する』

 この様な条文が出来た背景としては、世界的なエネルギー危機が表面化した結果と言ってもいいでしょう。
争いをしようとも、失ってはいけないもの。未来に世界を残していかなければならない。
それは人々の、というより種族の願い。
そうした願いに、応えた奇跡の条文――それは人の業故かも知れません。
 ゴランボイ地熱プラントを守るべく存在するサムクァイエット基地は東ユーラシア政府軍によって、
正に難攻不落の要害と成り果てていきました。
モビルスーツや戦艦の補給基地という側面はほぼ無く、むしろ地上に動かない巨大な戦艦が存在する。
それがサムクァイエット基地を見た時の率直な感想でしょう。

 かつてガルナハンの大地を守る為に設置された陽電子破城砲「ローエングリン」――それが2門。
全周囲をフォロー出来る様に構築されたその2門の砲台『アンフィスバエナ(眠らない双頭の蛇)』。

対空施設等は考えられうる限り設置され、駐留モビルスーツは裕に一個師団クラス。
正にそれは東ユーラシア政府軍の威信を賭けたその陣容でした。
 もっとも、サムクァイエット基地の本当の防御手段は『戦力』そのものではありません。

『これだけ揃えているのだから攻め込めば痛い目を見るぞ。
そして取り合えず生き延びるだけのエネルギーは供給してやるのだから欲張って攻めてくるんじゃない』

単純な抑止ですが、有効な威圧でした。
それ故に同基地への大規模な反乱は行なわれた事がなかったのです。
 ……既存の常識を覆す『代物』が現れるまでは。



 

 最初は、小さな川だった。
 しかしそれは次々と合流し、大きな川となり――そして大河となる。
 サムクァイエット基地に向かって進撃する巨人の群れは、上空から見るとその様にも見えた。

 「凄いわね、こんな大軍勢見た事も無いわよ。ホントにガルナハン中のグループが集まってきてるみたいね」

 上空で斥候に当たっているフォーススプレンダー、コニール=アルメタが言う。通信先であるスレイプニールⅡ艦橋に居るロマ=ギリアムが苦笑しながら返してきた。

 《まあ、全部が全部戦力になる訳じゃなさそうだけどね》
 「……まーね。ポンコツを通り越してクズ鉄みたいなのまであるわよ。げ、手が五つ付いてるのまで。何考えてんのかなぁ」
 《参加したいって気持ちは評価しなきゃいけないかな》
 「この壊滅覚悟の『15分間に全てを賭けた全方位突撃』作戦? 正気の沙汰じゃないわ」
 《これが一番合理的、と判断されたんだよ……不本意ながらね》

 サムクァイエット基地攻略策。それは『全軍をもって東西南北の四方向から攻め込み、二門のローエングリン砲の初撃を掻い潜り、第二弾チャージタイム15分以内にサムクァイエット基地に取り付き、占拠せよ』――見事なまでに『考えるな。突撃して何とかしろ』と読み代える事が出来る作戦内容である。

 「シンとイグダストが居るからって、どうにかなるもんなの?」
 《どちらかと言えば、破れかぶれなんだよ。確かにガルナハンの疲弊状況を考えると、大規模戦術に出ざるを得ない。何としてでも東ユーラシア政府にこっちを見てもらわなきゃならない。そういう事なんだ》
 「最悪、外交交渉で何とかするって? あのミハエルが?」
 《演説は上手いんじゃないかな。宗教家には向いてるよ》
 「胡散臭いわよ。口が上手い奴にロクな奴は居ないわ」
 《そう切り捨てないでくれよ……ん? 大尉かな?}

 モニタに大尉が映る。大尉は《準備は済んだ。いつでもいいぜ》とうっそりと言った。それを聞き、ロマは頷いた。

 《全軍に通達だ。『全軍突撃。夕食は400グラムのステーキ』とね》
 《……緊張感の欠片もありませんな。ま、ウチらしい。『全軍突撃。夕食は400グラムのステーキ』だ》
 
 ロマの号令を副官ヨアヒム=ラドルが復唱。リヴァイブが動き出す――相変らずの緊張感で、死地へ。

 「死ぬんじゃないわよ、シン」

 コニールは誰にも気付かれない様、小さく呟いた。




 リヴァイブが担当した西部エリアは、すぐに剣林弾雨の様相となった。未だ冬の積雪が残る大地に、サムクァイエット基地から直接射出される対空砲火、榴弾が降り注ぐ。そして統一軍新鋭量産モビルスーツ、ルタンドを主力とする防衛師団が展開すれば、それらからも制圧射撃が開始される。視界はあっという間に火花散らぬ場所が見当たらない、大混戦と化した。

 《すげぇなオイ。どこを向いても敵ばっかりだ!》

 少尉がうそぶく。大尉以下リヴァイブの主力モビルスーツ群は高機動、一撃離脱が売りのシグナスだ。スラスター移動を駆使して敵の制圧射撃を避けつつ攻撃を敢行する――が、多勢に無勢すぎる。兵力は少なく見積もっても三倍強の差があった。

 《まともに撃ち合い出来る戦力差じゃねぇ、泥仕合に持ち込むぞ。ホウセンカ隊はスモーク射出、その後はスレイプニールⅡの護衛を頼む。少尉とシンは突っ込め、俺と中尉が支援する。こうなったら接近した方がなんぼかマシだ》
 《へいへい、了解》
 「了解。やればいいんでしょ」

 無茶な命令ではある。しかし少尉とシンは頷いた。他にやりようがある訳でもない、やるしかないのだ。

 「飛び道具はアームバルカンだけか。ビームライフルぐらい欲しいんだけどな」
 《仕方あるまい。バーストモード起動した途端、握り潰してしまうんだからな。手加減が出来ればいいんだが》
 「そんなに器用な機体じゃないしな、コイツ」

 ぶつぶつと呟くシンに、Aiレイが応じる。誰が言う訳でもなく、両肩にバインダーシールドを装備した少尉機が突撃していく。シンのイグダストは相手にとっては兜首だから狙われやすい。それを考慮してくれているのだ――ありがたいと思う反面。

 「戦争大好きだよなぁ、本当!」

 シンもスロットルを押し込む。同時に、アドレナリンが全身を駆け巡る。研ぎ澄まされた感覚が空を切り裂き乱れ飛ぶ火線を脳に伝え、反射的に機体を動かしていく。視界を目まぐるしく動かし、生きる術を模索する――生存本能を強く刺激する、戦闘衝動。それはパイロットにとって、否定し切れない高揚の瞬間でもある。
 機体のパワーを上げる度、機動はますます過酷に、激しくなる。弾幕を避けるか、或いは転倒して自滅するか。その一瞬の判断は全て自分に委ねられる。シンは我知らず、にやりと笑う。

 「バーストモードを使うまでも無い!」

 シンはイグダストをまるで体操選手の様に動かした。伸身宙返り――ムーンサルトと呼ばれる動き。あまりにも派手で堂々とした、それ故に意表を付いた機動だった。少尉機を飛び越え、空中で敵機を捉える。上下が反転したままアームバルカンで敵のビームガンを狙撃――当たる!

 「今だっ!」
 《よっしゃあ!》

 少尉機が突撃した。ビームガンを手元で破壊されたルタンドは、まだ立ち直っていなかった。少尉の対艦刀が閃き、ルタンドの胴体が切断される。数瞬遅れて、それは爆散した。
 爆発音。それを耳で聞きながら、駆け抜けていく。
 しかし、それはこの戦場におけるほんの一瞬の勝利に過ぎない。リヴァイブのモビルスーツ群は走り続ける――止まれば、死ぬ。それを知っているが故に。
 次の敵影がすぐに見えた。数十機――シンは即決する。

 「イグダスト、バーストモードスタンバイ!」




 「敵全軍、侵攻。こちらの防衛部隊と交戦開始しました」

 オペレーターの報告にうむ、とゴル=ダルクス中将は頷く。その傍らにはダニエル=ハスキル少将。叩き上げの無骨な男と、政略、計略が専門の男――水と油の様な間柄かと思われたが、中々どうして。

 「よろしい。敵は大軍だが、所詮は寄せ集めだ。威風堂々と殲滅せよ!」
 「……それはワシの台詞だ、ハスキル!」

 ウマは合う様である。互いに『ここが落ちたら東ユーラシア政府の覇権が揺らぐ。イコール、自分の立場が危うくなる』という事がわかっているからだろうか。

 「いいか、ここまで良い様にしてやられているのだ。そんな事が許せるか――我々は勝利せねばならぬ。しかも、圧勝という二文字で表さねばならぬ!」
 「だからワシの言うべき事をだな……まあ、いい」

 いや、違う。負けっぱなしは性に合わないからだろう。
 ふんとダルクスは鼻を鳴らすが、それ以上は言わなかった。別にハスキルが間違った事を言った訳でもない。戦場全域が俯瞰できるモニタに目をやり、事態を把握する。

 「ふむ。士気は高いが、何時まで持つかだな。東と北はこのままでも問題なかろう。残るは南と西、か」
 「南はローゼンクロイツの本隊ですからな。まあ、多少の増派で何とかなりましょう。問題は……」
 「……これだな」

 モニタを変える。西部エリア前線に備え付けられた監視用モニタだ。それに映った緑のモビルスーツが――いや、ぶん投げられたモビルスーツが砲台に激突し、爆散する光景が見えてダルクスは嘆息した。

 「これでは士気が上がりませんな」
 「猛獣の檻に裸で飛び込ませる様なものだ。士気が上がろうはずも無い、か」

 深緑のモビルスーツ、イグダスト。その戦闘能力は先のグリスベル攻略戦で証明済みである。まして今回は完全武装状態――相対する兵士にとってみれば、その心境はどの様なものだろうか。「許されるなら逃げ出したい」がおそらく偽らざる本音だろう。

 「やむを得んか。ミハエルの子倅に15分間、好機をくれてやろう。アンフィスバエナ両砲門を西部エリアに向けろ。目標――イグダストだ」
 「大盤振る舞いですな、ダルクス中将」
 「戦力の逐次投入ほど愚かな事もあるまい。やるからには徹底的にやる。あちらにはミネルバ級改戦闘艦もある、一度は相殺されるかも知れんからな」
 「なるほど。ではアンフィスバエナを西部に集中せよ。目標、イグダストだ!」

 2門のローエングリン砲、アンフィスバエナが動き出す。ただ一機のモビルスーツを狙って――だが、それを愚かと咎める者は少なくとも東ユーラシア政府には居なかった。それ程、イグダストは問題であった。戦闘能力そのものではない。『ひょっとしたら、何とかなってしまうかも』という、可能性を与えてしまうが故に。




 戦っているのは勿論、シン達だけではない。リヴァイブ旗艦スレイプニールⅡも、スレイプニール防衛の為に残ったホウセンカ隊――シホ=ハーネンフースのシグナスが率いる、シグナスとバビ砲撃戦型で構成された部隊――が決死の行動を続けていた。
 シホの視界には敵、敵、敵。部下も精鋭揃いとはいえ、これだけの弾雨を何時までも捌ききれる訳が無い。この戦艦が最新鋭でよかったな、とは思う。
 ふと、撃ち漏らされたミサイルがシホ機の頬を掠める様に飛んでいき、甲板に命中、爆発する。

 「……ラッキー、かな」

 ぽつりとシホ。自分でも胆が据わっていると思う。いや、どこかで『どうでもいい』と思っているからだろうか。
 リヴァイブで戦っている理由は何か、と問われると実を言うと特に無い。昔の知り合いに請われ、ここに居るだけだからだ。ただ、統一連合軍だけは嫌だった。過去にオーブが敵だったからとか、そういう理由もあったかも知れない。
 いや、考えたくないのだ。心の中にいつも居る――居てしまう、白髪の男の姿を認めたく無いから。

 (イザーク隊長、相変らずだった。いつまでも戦う事ばかり……いい加減にしてよね!)

 ビームカービンを正確に連射、ミサイルが爆発していく。そのまま稜線に隠れている敵影に威嚇射撃を行なう――爆発もあった。上手く当たってくれたらしい。

 (それは私も、同じかもしれないけどね)

 味方を守る。敵を倒す。どんな美辞麗句を付けようとも、それは人殺しに他ならない。誰にも誇れぬ、誰からも唾棄される修羅の道。なにをどう間違えてその道を選んでしまったのやら。

 (他にしたい事、無かったからなぁ……)

 シホは、正直だった。したい事はするし、言いたい事は言う。ただ、心残りは1つだけ――白髪の男、イザーク=ジュールだった。
 自分を認めて欲しかった。
 一度でも、彼を振り向かせたかった。
 自分をはっきり見て、話をして欲しかった。
 ……そんな事の為に、だったのだろうか。いまここに居る理由は。
 すう、と息を吸い込んで――

 「ああああああっ! くだらないっ!!」

 唐突に切れた。とはいえホウセンカ隊では日常茶飯事であるので、戦闘中の部下達は誰も気に止めなかった。シホはコンソールを操作し、ヘッジホッグウィザードに装備させていた大量のミサイルを残らず射出する。
 見事なまでの八つ当たりであった。しかし彼女はこうしたところで、とことん幸運であったのだろう。ここは敵軍の真っ只中で、たまたま射線上に敵の部隊が集結していたところだった。

 《おお、お見事ですぞシホ殿! 周囲の敵が一掃出来ました、これで更に前進できます!》
 「……あ、そうですか。良かったです」

 ラドルの祝電に、どうでも良さそうにシホ。というより、今は誰にも話しかけて欲しくは無かった。流石に気恥ずかしい。話を逸らす様に周囲をぐるりと見渡し、周囲の様子を伝えようとして――硬直した。モニタに映った光景に「どこまでも不幸なのかなぁ、私」と嘆息する。
 アンフィスバエナが2門ともこちらを向いている――それは2門のローエングリン砲がこちらに射出されるという事。一撃でリヴァイブが吹っ飛ぶ攻撃力が2回も。
 シホはもう一度、嘆息した。




 敵機が急に引き始める――嫌な予感。それは上空で支援してくれていたコニール機の通信で確信に変わった。

 「ローエングリン砲が2門とも? おいおい……」
 《オーバーキルも甚だしいな。確実に我々を屠る段取りか》

 シンが呟き、Aiレイが突っ込む。
 ローエングリン砲は、かつてアークエンジェル級に搭載されていた対艦・対要塞用の大型エネルギー砲で、C.E79現在においてもその攻撃力は圧倒的だ。防ぐには陽電子リフレクター等の専用装備が必要で、それは今のリヴァイブには無い。スレイプニールⅡのタンホイザーで無理やり相殺して初撃は凌げるかもしれないが。

 《完全にエリア攻撃になるしな。回避しようにも。取り合えず散開しておくか?》
 《でもそうすると、避けた後に各個撃破されますね》
 《戦艦を狙われても、こっちを狙われても駄目って事っスよね。どーするべよ……》

 大尉、中尉、少尉がぶつぶつと言い合う。それを聞いていたコニールが怒鳴りつけた。

 《あんた達、何をちんたらしてるのよ! 少しは緊張感を持って、早く逃げなよ!》
 《嬢ちゃん落ち着け。エリアごと吹き飛ばす相手に、多少避けたって結果は変わらん》

 うっそりと大尉。筋は通っている。

 《でも!》
 《しかし、だ。取り合えず嬢ちゃんとシンは退避しろ。俺達は分散するとヤバイが、お前等は別だ》
 《……え?》

 思わずシンが「おいおい」と呟く。しかし、中尉と少尉はあっさりと同意した。

 《そうですね。コニールさんとシン君は退避させましょう》
 《よし、そうと決まればお前等さっさと行け。俺らはここで待機する》

 シンは思わず怒鳴ろうとした。ここまで一緒に来ておいて……しかし、大尉が先にシンを怒鳴りつけた。

 《二手に分かれれば、それだけ生存率が上がるんだよ! 行け!》

 ドスの聞いた声だった。シンは言い返そうとして――Aiレイに窘められる。

 《大尉達の気持ちを無駄にするな、シン。お前に出来る事をしろ。それがお前の『役目』のはずだ》

 シンは改めて、このAiは本当に大した出来だと思う。こんなにもずしりとした物言いが出来るのだから。シンはイグダストをジャンプさせ、コニールのフォーススプレンダーに騎乗させる。

 《いくわよ、シン!》
 「みんな、無事で……!」

 最後は言葉にならなかった。フォーススプレンダーの爆音がシンの思考を吹き飛ばす。次の瞬間、一気にフォーススプレンダーは上昇していた。




 「アンフィスバエナ初弾、放てぇぇぇぇ!」
 「タンホイザー、撃て!」

 それぞれの陣営から、光状が伸びる。それは爆発的な光の奔流。全てを破壊する威力を持つ、宇宙空間での使用を前提とした陽電子砲。それは両陣営の思惑通り、空中で相殺する。凄まじい光と爆圧が空間を駆け巡る。
 だが、その中でもう一匹の蛇がしっかりと狙いを定めていた――今や上空高い位置にいた、緑のモビルスーツ、イグダストに向けて。

 「これで終りだ、悪魔よ。アンフィスバエナの真髄を受けろ!」

 もう一匹の陽電子の奔流――それがイグダストに向かって射出される!




 光の奔流がこっちに流れてくる――それはすぐにわかった。シンの思惟はほんの一瞬で駆け巡り、整理される。

 (陽電子砲はコンピューターで軌道調整が行なわれる。戦闘機の機動位、予測済みだ。当たって見せなきゃ、コニールは救えない!)

 陽電子砲は同時に、ガイドビームというものを射出している。それはちゃんと目標に当たっているかどうかを判断し、砲の威力をきちんと命中させ続けるというものだ。逆に言うと、それにさえ当たっていればコニールは救える。

 シンには生き延びる意思がある。しかし、それは『誰かを踏み台にして』達成するものではなかった。
 もう二度と、それだけは嫌だった。
 イグダストが瞬間的にフォーススプレンダーから飛び降りる。スラスターを全開にして、陽電子の奔流に向かって。

 《シン!?》

 コニールの悲痛な声。それだけが聞こえた。シンは意を決し、吼える。

 「バーストモード、スクランブル!」

 左手に光が集まり始め――そして、光が全ての視界を包んでいた。




 陽電子の奔流――それは目標を捕らえたようだった。イザーク=ジュールの駆るストライクブレードのコクピットに、サムクァイエット基地管制塔からの歓声が伝わってくる。

 《やった、命中だ!》
 《大きな犠牲であったが、これでもう悪魔に悩まされる事もない!》
 「…………」

 イザークは通信を全て切ると、静まり返ったコクピットで腕を組み、嘆息した。

 (あいつも違った、か……やはり軍神に抗し得るは、軍神のみという事か)

 イザークのストライクブレードは、今回サムクァイエット基地防衛に半ば無理やり押しかけて来ていた。とはいえ戦場で出るのは流石に止められたので、仕方なく基地管制塔のすぐ傍に待機していたのだ。ある期待――もう一度イグダストと戦いたいという希望を胸にして。
 しかし、それは結局叶わなかった。流石にこの状況下で、生き延びているとは思えない。陽電子砲の直撃を受けて生き延びているものは居ないのだ。

 (いや、居たか。1人だけ……もっとも、戦闘出来る状態ではないだろうし、もはや無理な話か)

 ムゥ=ラ=フラガ――統一地球圏連合軍宇宙艦隊総司令官。エンデュミオンの鷹という二つ名を持ち、かつてアークエンジェルを襲った陽電子砲をあろう事か通常のシールドで防ぎきった男。それでも機体は大破していたし、当人は記憶を失っていた。イザークの希望する『戦い』など、出来るはずも無い。
 そう思っていた時、防空警報が鳴り響いた。基地の上空に、敵機が突っ込んできていたのだ。日の光を浴びて、シルエットだけが――それを見て、イザークは戦慄した。

 「生きていたか!」
 
 しかも五体のある、戦える状態で!
 イグダストが動いた。左肩にあるアーケインエッジを1つ掴み、投げる。バーストモードのパワーも手伝って、それは要塞の対空砲を次々に破砕していく。

 「ハハハッ!」

 イザークは哄笑した。己の求めていた者が、こうして現れた事に感謝しながら。ストライクブレードは対艦刀を抜き払うと跳躍し、イグダストに切りかかる。イグダストも一瞬で対艦刀を装備し、抗する。

 《また、あんたか!》

 接触回線で聞こえたその一言。イザークも応ずる。

 「ああ、そうだ。シン=アスカ! 待っていたぞ!」

 アーケインエッジが戻ってくる。それを翻って叩き落し、ストライクブレードは着地した。イグダストも後方に着地する。

 「誰にも手出しはさせん。シン=アスカ。今、この場にて一騎打ちを申し込む!」

 朗々と、イザーク。その声は熱と意志と、そして狂気を感じさせる。だが、シンは怯まず応じた。

 《俺の前に立ち塞がるなら、切り払うだけだ!》

 両雄、再び戦場にて並び立つ。赤と青の光が再び立ち上り――そして、激突する!




 「……信じられん。一体どうやって……」

 ダルクスは呆然としていた。それはそうだろう、誰もが必勝の一撃だと認めていたはずだ。例え避けたとしてもコンピューターにより補正し、必中出来たはずだし、ましてやガイドビームからの『命中信号』は出ていたはずなのだ。空中で他の物に当たったという事も無かったし、その辺は確認していた。
 ましてや何故、一気にこの基地に到達しているのか――訳がわからない。少なくとも当初イグダストが居た位置は、基地からかなり離れたところだったのだ。
 ハスキルもまたしばらく呆然としていたが、ややあってコンピューターのデータチェックを始めた。どうやっても落ち着かなかったのだろう――そして、知りたかったのだろう。シンが、イグダストが何をしたのか。
 程無くしてシンが何をしたのかわかり、管制塔に居た全員が唖然とした。

 「映像、出します」

 それはこの様な映像だった――ローエングリン陽電子砲の上を、まるで滑る様にイグダストが動いている。そして、陽電子砲に触れているのは左掌――パルマフィオキーナの光球だった。それを見て、ハスキルは納得した様に嘆息した。

 「……そうか。パルマでガイドビームに接触し、命中信号を誤作動させていたのか。それだけではない。『ビームを弾く』特性を活かし、反発を発生させていたのだ。その上でスラスターでビームの上を移動する――恐らく、誰の目にも触れまい。あの光の中で、恐らくは己の視界すら塞がれていた状態で……」
 「なんという……なんという敵なのだ。イグダスト……シン=アスカ!」

 ダルクスはだん、とコンソールに拳を叩き付ける。その様子を見ながら、もう一度ハスキルは嘆息した。管制塔の窓から対峙するストライクブレードとイグダストを見やる。

 「イザーク殿。思った通りになったと言う事か……ならば、しっかりと決着を付けてもらおう」

 ストライクブレードとイグダストの対艦刀がせめぎ合う――互いの命と、意地を賭けて。



 
 《何故だと思う!? 何故『天敵』なのだと思う!? 俺と貴様の機体の相性が、何故そう言われると思う!?》
 「知るかっ!」

 イザークの挑発を、シンは怒声で返す。シンは焦っていた――違うのだ、地下坑道で戦った時と、動きが全く。
 ストライクブレードは両の腕を肩からだらりと下げ、少しだけ曲げられた肘と膝、そして腰。前屈みの、上目遣い。はっきりとわかる事は、関節が最小限の力しか出していないという事だ。
 ――それなのに、斬撃はイグダスト並に速く、重い。

 《簡単な事さ。貴様のデュートリオンフェイズシフトは駆動部分から信じられない出力を生み出す――それ故に武装は単純なものしか使いこなせない。しかしこのストライクブレードならば!》

 炎の対艦刀、そう表現するのがいいだろうか。剣の峰にあたる部分、それが全てスラスターになっている。斬撃の勢いは、それが生み出していた。ストライクブレードの関節は勢いを殺さず、或いは上手く逸らし。そのために機体はまるで力の無い、バランスの切れた動きをしていた。しかし――それをイザークは神技といっていいテクニックで操縦し続ける。ほんの少し力の入れ所を間違えれば、自身の斬撃で自身の体を壊してしまうだろう。

 《これが! 俺とストライクブレードの達した境地『レーヴァティン』だ!》

 レーヴァティン――炎の魔法剣。確かに魔法の様な斬撃だ。速く、強く、重く、読めず――そして、止まらない!

 《シン! このままでは防ぎきれん!》
 「わかってる!」

 イグダストの対艦刀スワッシュバックラーは、威力はある。しかしあくまで普通の対艦刀だ。こんなデタラメな剣に抗しえる手段は無い。下手に踏み込めば変幻自在のレーヴァティン、防ぐのは至難の業だ。と、なれば。

 (叩き落とす!)

 とはいえ、シンとても不安はあった。その回答は誰もが到達するものだとわかっていたからだ。イザークが、その様な見落としをするかどうか。しかし、やるしかない!

 「はぁっ!」

 ストライクブレードの切り上げに反応し、気合を込めて上段からの斬撃を放つ。見え見えのモーション――だが、イグダストのパワーでフェイントを掛ければ、機体が悲鳴を上げてしまう。バーストモードの弱点がそこにあった。
 爆風を上げるイグダストの対艦刀。対するストライクブレードの対艦刀は、まるで風になびく布の様に動いた。剣の向きを一瞬で返し、イグダストのパワーを円運動で受け流す。そして――

 《既に見切った!》

 真円を描く軌道で、対艦刀が振り下ろされる。それを避けるために、イグダストは剣を離さねばならなかった。バックステップで難を逃れたが、イグダストのスワッシュバックラーは破壊されていた。

 「畜生っ……!」

 シンは歯軋りしていた。勝つ方法、それが見当たらない。奇襲は、どう考えても通じそうも無い。破れかぶれの突撃をしても、まず無理だろう。残っていたアーケインエッジを構えるのがやっとだった。

 《では、引導をくれてやろう》
 「くっ……!」

 ストライクブレードが一歩、一歩近付いてくる。シンはそれを……。




 ――その時、絶叫が聞こえてきた。

 《うおおおおおっ!》

 振り返った時、シンは見た――スレイプニールⅡが特攻を賭けて来ていた様を。
 それは酷い有り様で、あちこちが爆発し、船の原型はもはや見る影も無かった。シンは呆然とその様を見つめ――そして、それは基地の手前で派手に自爆した!

 「なっ……!」
 (誰が――載っていたんだ!?)

 爆発の中、吹き飛ばされながらシンは思惟を巡らせていた。何度目かの衝撃の後、シンの意識は遠退いていった……光差さぬ、暗闇の中へ。




 歌姫の館には、備え付けの教会がある。月に一度、そこで厳かに瞑想をする。それがラクス=クラインの表向きの日課だった。
 今日も1人、教会に向かう道を歩く。その表情は夫であるキラ=ヤマトには出来る限り見せようとしない能面の様な顔――コーディネイターとしての顔。集積・分析が最も得意なコーディネイターであるラクス本来の表情だった。
 教会に入り、懺悔室に入る。そこに目的の『彼』が待っていた。
 ある時は孤児院の院長、またある時は流浪の伝道師。そして今、この時の顔は――ラクスの私設情報組織ターミナルの重鎮、マルキオ導師である。
 挨拶も無く、先触れも無く。会話は始まった。

 「カシム=マリディアの行方はヨーロッパ、というところまでしか掴めません。セシルという男が同行している、という噂程度の情報でしたら掴めましたが。しかし、シノ=タカヤという女性が居たかどうか、というのはやはり不明です。何しろ映像メディアは全て書き換えられていましたから、目撃証言などを照らし合わせるしかありません」
 「……そうですか。貴方の考えは?」
 「はい。セシルがカシムの兄であるという情報は信頼に足ります。そして一時期とはいえセシルがオーブの学校に在籍出来て、何らの疑わしい痕跡が残っていない――カシムに取り、セシルは守るべき存在の証左と言ってしかるべき。カシム、無いし近しい者がスーパーコーディネイターである可能性は極めて高いと申し上げましょう」

 スーパーコーディネイター。その言葉を聞いた時、ラクスは少しだけ眉根を寄せた。それはコーディネイターであってコーディネイターですらない、異形の生命体――彼女の夫であるキラ=ヤマトもまた。
厳かに、マルキオは続ける。

 「もう1人、居たという事です。スーパーコーディネイターという存在が」
 「……そうですか」

 ずっと心に引っかかっていた楔。それがようやく形を成した――最も悪い形で。

 「理想とは、神話です。希望とは、夢物語です。けれど、もしもそれを『現実』と繋げる者が居るとすれば……」
 「無限の『可能性』を持つ者――スーパーコーディネイターでしょう」

 ラクスの朗々とした言葉に、マルキオが続く。その意味を、彼等は良くわかっていた。

 「こうなるとカガリさんにソラさんとハナさんを同行させた事、多少なりと吉に出た訳ですわね」
 「御意に」

 相手が感情で動いている。その要素がある以上、感情に訴える事はある程度効果的である。セシルを守る為に動いているのだとすれば、そのセシルが愛した者の家族に等しい者を手に掛ける――それは躊躇うはずだからだ。

 とにかく、動く事だ。ラクスは断じる。

 「すぐにカシム=マリディアを確保、或いは処分しなさい。手段は問いません」
 「御意。既に我々の同胞を派遣しております」
 「期待していますよ。私は『キラを守る』――そのために居るのですから」
 「御心のままに。『平和の歌姫』ラクス=クライン様」

 ラクスは立ち上がり、教会を後にする。歩む足は、迷う事無く着実に。
 ――そう、世界全てを敵に廻しても、夫だけは、キラだけは守り通す。その気持ちには少しの衰えも無いのだから。



理想とは、神話。希望とは、夢物語。
けれど、それを現実にしてしまう『可能性』。
それは恐怖であり、畏怖であり――奇跡。
万人がそれを求め、万人がそれを恐れ。
それ故に、その存在は超然を期待され。
……そこに『人』である意味を期待されずに。




 「ナージャ、持って来たよ」
 「あーう」
 「何時も飲んでるミルクが良いよね。ちゃんと取り寄せられたから」
 「うー」
 「……そうだよね。不安だよね。でも……」

 ナージャの小さな手、その手をしっかりとキラは掌で包み込む。するとナージャから不安そうな様子が消え、安堵した笑顔が浮かんだ。

 「大丈夫。僕が居るよ――こう見えて強いんだよ。僕は」
 「ううー……あはっ」

 嬉しそうにはしゃぐナージャ、それを見て微笑むキラ。それは歌姫の館において日常の光景であったので、誰も不信には思わなかった。
 そう――誰も彼の本質を理解しては居なかったのだ。この館の住人でさえ。

  
2-4
»»  2011.08.19.


スペック、コンセプト、ニーズ……、
完成と共に運命を分けたイグダストとストライクブレード。
開発段階から互いに比較され、試されてきた2機。
時代が選ぶのはどちらなのか。
証明するには戦って勝利者となるしかありません。




 関節が、指が軋む。湧き上がる震えは、恐怖によるものか。
 ――否。そうではない。

 (遂に戦う……『ヤキン=ドゥーエを生き延びた者達』と!)

 シンは乾いた唇をちろりと舐める。そうだ、判っていた事だ。この男、イザーク=ジュールも統一地球圏連合軍に居るという事も。
 ザフトレッド内で語り継がれた『伝説の三人』の内の一人。
 かつて、地球に落下していくユニウスセブン上で見せた圧倒的なまでの技量は今でもはっきりと覚えている。
 当時のシンをして『勝ち目がない』と思わせた男。
 だが、今のシンは――むしろ。

 「シン=アスカ。イグダストだ!」

 血流が早まる。紅い鼓動が、全身を駆け巡る。咆哮が、咽の内に蓄えられていく。
 戦いたい。闘志が、湧き上がってくる。
 その先に居るアイツ――アイツ等に追い付き、越える為に。

 《シン=アスカ……知っている名前だ。ならば、もはや語るまい》

 ほんの少しだけ、イザークの声に悲しみが含まれた。だが、次の瞬間。 

 《ザフトレッドを背負った者の矜持、見せてもらおう!》

 もはや引く道も、帰る場所もなく。ザフトという光をなくした敗残の餓狼達。
 イグダストが紅く輝き、そしてストライクブレードが蒼く輝き――

 《「いざ、勝負だァァァァ!!」》

 シンとイザークの掛け声が、坑道内に木霊した!




 《どういう事だ、これは!》

 強襲揚陸艦ミネルバ改級、ジークフリードのマストブリッジ。
 モニタに大写しになった老人、統一地球圏連合軍西ユーラシア方面軍司令官レギン=グレイブのヒステリックな叫びをディアッカ=エルスマンは聞き流す。毎度の事だが「これが仕事だ、しゃーないな」と呟きながら、だが。

 「どういう事だ、と言われましても。イザーク=ジュール准将が盟友国の危機に、スクランブル出撃しただけの事ですよ」
 《見れば判るわ! 何故私に一言の相談も無く動いた、と聞いているんだ!》
 「はい、通信機器の故障で報告が遅れました。とはいえこれは現場の判断で、最悪のケースを想定して動いたという事でもあります。中継基地グリスベルを守る事は国益に利する事かと」

 しれっとディアッカ。当然レギンの怒りは収まる様子は無い。
 レギンは大きく、わざとらしく深呼吸をしてからディアッカを睨みつける。

 《よくよく、貴様等コーディネイターというのは鼻つまみ者だ。言う事は聞かず、プライドだけは人一倍。出世街道から落伍し、東ユーラシア常勤という閑職に回されているのも頷けるわ。私から報告はさせて貰う、覚悟しておれ!》
 「はっ。お待ちしております」

 ディアッカの言葉を最後まで聞く事無く、レギンは言いたい事だけ言って、通信を打ち切った。
 溜め息と共に、ディアッカは周囲のクルーに軽口を叩く。

 「ここより僻地の赴任先っていうのも聞いてみたいもんだねえ、どう思う?」

 周囲から苦笑が漏れる。それを確認してディアッカは微笑んでいた。最低限のモチベーションは確保しておかなければならない、それはディアッカの命題でもある。
 ナチュラルとコーディネイターが平等であるという思想は、ラクス=クラインが率先して民衆に浸透させていた。その結果、両人種の能力的格差の問題を抱えたまま同じラインで比較されるという事態が起きてしまった。当然ナチュラル達は面白く無く、裏工作や談合を最大限活用する事により、コーディネイター達を締め出したのだ。
 世渡りの出来る者達はまだマシ――まして、イザークの様な石頭とくれば。

 (しかしまあ、最前線が僻地っていうのは、平和だって事さ。本来は俺達の様なエースが、最前線に居なきゃいけないってのに……やだねぇ、腐敗っていうのは)

 実力は評価されているのだ。新型モビルスーツ、ストライクブレードを任される程には。他の連中が使いこなせるかどうか、という事もあるだろう。
 他人を蹴落とし、富を得ようとする。それは人類がどんな時でも変わらず行なってきた伝統ともいえる。そして、綻びはそこから生まれてくるのだ。誰もが大事だと思っているはずの、ゴランボイ地熱プラントにさえも。

 「イザーク、こんな所で死ぬなよ。俺達が生きた理由は、ここに無いはずだろう?」

 もっとも『それ』はどこにあるのだろう。モニタに映る、今まさに交錯せんとするイグダストとストライクブレードの姿を見ながら、ディアッカは嘆息した。




 「うおおおおおおっ!!」
 《はああああああっ!!》

 イグダストが、ストライクブレードが――大地を蹴る。
 脚部が上体を押し出し、上体が捻りを加え、肩が拳を打ち出す。互いに打ち出した拳――それらが同時にヒットし。
 信じ難いほどの火花が散る!

 「ぐあっ!!」
 《ぬうっ!?》

 イグダストが押し勝った。ストライクブレードの方が吹き飛ばされる。ストライクブレードは天井に打ち上げられ、その後地面に叩き付けられた。バーストモード時のパワーなら充分に有り得る事だ。
 だがシンはそのまま、イグダストをストライクブレードの方に油断無く構えさせる。頬を汗が伝う――手応えが違うと、本能が告げていた。
 ……そして、それはその通りだった。
 土埃の中、ゆっくりと影が蠢く。それはぎりぎりと立ち上がり、砂塵を流れるに任せて、だらりと両の手を下げたままこちらに歩いてくる。
 特にダメージが有る様子はない。ということは。

 《さすがに兄弟機、当然の様にフェイズシフト装甲か》
 「ああ」
 
 Aiレイが断言し、シンも頷く。物理攻撃を相転移しダメージを無効化するシステム、フェイズシフト。そうでなければイグダストのパワーには耐え切れない。

 《いいパンチだ。フェイズシフト装甲で無ければ、勝負は着いていたろうな。もっとも、エネルギーの三分の一は吹き飛んだがな》

 イザークの声に動揺はない。淡々と、でもない。むしろ褒め称えるかの様に――昂揚するかのように。

 「いいのかい、そんな事ペラペラと喋ってさ」

 シンが挑発する。しかしイザークの声音は変わらない。

 《構わんさ。一度、貴様の機体には殴られてみたかった。デュートリオンフェイズシフトシステムがどれ程の物か、確かめておきたかったからな》
 「……随分な余裕だな。後パンチ2発しか耐え切れないって事だぞ?」

 シンは不味いな、と自分でも思っていた。イザークが余りに余裕を持っていたからだ。
 まるで「お前には何時でも勝てる」と言われている――そんな気分だ。

 《貴様こそ、大した余裕さ。この俺に『後2発も』パンチが当てられる――そう思えるんだからな!》

 言うが早いか、ストライクブレードが動いた。両の手はだらりと下げたまま、一気に踏み込んでくる!

 「舐めるなっ!」

 シンはイグダストをコンパクトに動かした。左右のワンツーパンチで迎撃する。が、それはするするとストライクブレードに避けられ、一気に眼前まで飛び込まれた。

 《甘いな》

 触れ合う様な距離――そこからストライクブレードの上体が斜めに沈む。直後、上から裏拳が振り下ろされてきた。超接近戦から飛び込む様に倒れ込み、スラスターで制御しながら真横回転でのバックブロー。生身の人間ではあり得ない、モビルスーツならではの格闘戦術だ。イグダストは距離を取ろうとして重心を後ろに傾けていた瞬間だったので、避ける事すら出来ず。右腕でガードするのが精一杯だった。

 「くっ……のおっ!」

 シンもスラスターを制御し、イグダストを回転させる。パワーで踏ん張ろうにも重心がずれていてはそれも無理。ならば慣性制御で立て直すしかない。
 しかしイザークが――ストライクブレードがそんな隙を逃す訳がない!

 《パワーなら貴様の方が上だ。ならば俺は――》

 やっとの事でイグダストは四つん這いの様な姿勢を経由し、立て直す。しかし既に体制を立て直していたストライクブレードが距離を詰めてきていた。

 《――十数発、まとめてくれてやればいい!》

 ストライクブレードの猛攻、腹部への蹴りからスタートの――連続攻撃!
 イグダストの左腹部、右肩、右足、そして顔面へ。見事なまでの対角線への打撃だ。シンは辛くもこれをガードしていくが。
 打撃の雨が――止まらない、止められない!

 「馬鹿なっ!? いくらなんでも早すぎるだろ!?」

 打撃速度が更に上がる。シンとイグダストは防ぐので精一杯だ。こんなにも実力差があったのかと、シンは唸る。だが、そんな訳は無い――そんな訳は無いのだ。

 《シン、落ち着け! おそらく奴の機体は……!》

 Aiレイの叱咤が飛ぶ。しかしシンの焦りが、右拳と共に打ち出された時――防御は限界に来ていた。
 右拳の流れを助長するようにイグダストの左肩が押され、右腕が予想よりも打ち出される。そこをストライクブレードが掴んでいた。

 (背負い投げ!?)

 正確には一本背負いである。イグダストはストライクブレードの腰に跳ね上げられ、見事に宙を舞った。刹那の判断で、シンはスラスターを全開にする。腕を決められたまま叩き付けられ、押さえ込まれれば勝機は無くなるからだ。
 何とか振り解く――が、地面への激突は避けられなかった。イグダストが大地に叩き付けられ、土煙が舞う。
 したたかに打ち付けられるが、シンは歯を食いしばって耐えていた。次の連撃に備え、立ち上がった時――しかし、ストライクブレードは動いていなかった。
 故障だろうか? いや、そんなはずはない。つい先程まであれだけ動いていた機体が、そうそう故障するとは思えない。

 《シン。おそらく奴の機体はイグダストと同じシステムだ。そして――速度を上げる様に調整されている》
 「……そんな事、出来るのか?」

 Aiレイが断言する。シンは半信半疑だが。

 《気が付いた様だな。フェアでないから、教えてやろう。俺のストライクブレードは貴様と同じ様なフェイズシフトシステムの改良型を搭載している。しかし、貴様の機体の様に無茶なパワーを具現化できる様な馬鹿なシステムではない。俺の機体は『関節の負荷を限りなくゼロに近づける事で得られる』スピードを得るために調整されている。こと白兵・格闘に関して言えば、俺のストライクブレードは最速だ!》
 
 高らかに宣言するイザーク。どうやら動かなかったのはわざわざ説明するためだったらしい。
 舐められたもんだ、とは思う。しかし嘘を言っているとも思えない。シンとしても、察せざるを得なかった。

 「……厄介だな、こりゃ。『天敵』な訳だ」

 イグダストの最大の売りは、その有り余るパワーだ。しかしそのパワーも、発動出来なければ――当てられなければ、意味はない。もしもイグダストの攻撃を無効化、もしくは発動前に倒しきる様な相手が居るのなら、それはイグダストにとって最大級の『天敵』という事になる。
 シンは生唾を飲み込んでいた。絶望は出来ない――したくない。この機体を信じ、託してくれたアイツの為にも。

 (ルナ、教えてくれ。俺はどうすればいい?)

 再びストライクブレードがゆら、と動き出す。瞬間、シンもフットペダルを踏み込んでいた。
 押し負ける訳にはいかないのだ。その気持ちがシンを動かしていた。




 イグダストとストライクブレードの戦闘映像――それを見据えながら、ダニエル=ハスキル少将は呟く。

 「どうやら奴のグリスベル到達は防げそうですな。しかし……」

 苦々しげにハスキルは首を振る。会議室に座る軍部の幹部達も一様に厳しい表情だ。

 「統一地球圏連合、西ユーラシアに大きな借りを作ってしまった。おそらく奴等の事だ、ゴランボイ地熱プラントの経営に関して、大幅な譲歩を要求してくるに違いない」
 「それだけならまだいい。今はまだ少数の『統一地球圏連合東ユーラシア派遣軍』、これの大規模増派の理由にされればたまったものではない。『防衛』という大義名分を与えてしまった事になる」

 幹部達は一様に項垂れる。現状維持は不可能、となれば『被害を最小にするか』を論じなければならない。身売りや切り売りをして生きなければならない悲しさが、東ユーラシアでは日常の風景だったのだ。
 そして幹部達が項垂れる理由は、もう一つある。

 「コーディネイター、『人を越えし者』か。なるほど、奴等は人ではない。もっと凶悪な何者か、だ。我が軍の精鋭が束で掛かっても、果たして勝てるかどうか……」

 ゴル=ダルクス中将が吐き捨てる様に言う。現場叩き上げのダルクスは粗暴な振る舞いの目立つ男だが、馬鹿ではない。殊に相手の強さを見定める事に関しては英明な男だ。
 そんなダルクスの言い様――それはその場に居る幹部達にとって、認めなければならない事実に違いない。

 「こうなるとイザーク准将が居てくれた事、そして我々に友好的であった事に感謝しなければなりませんな」

 しれっとハスキル。別にイザークが友好的であったとは、ハスキルは思っていない。彼が誰に対しても懐疑的であるとは思っているが。
 ただ、ハスキルはイザークの本質の一つを見抜いていた。戦いに餓えている――死に場所を探しているという、イザークの魂の叫びを。
 同時にハスキルはコーディネイターを哀れだと思っていた。自分達ナチュラルには為し得ぬ力と技を得るための代償として失った「モノ」。人を越えたが為に、どんな責苦を負わされたのか、と。

 (『人を超えてしまった者』は、もはや『人』には戻れない。彼等の不幸は、生まれながらにそれを背負わされてしまった事にある。イザーク=ジュール。君の居場所は既に無く、そして誰も君を必要としない。それを認められないからこその強さ、か。愚かで――哀れな、超越者よ……)

 モニタの向こうでは、激戦が続く。ハスキルはそれを見ながら、イザークの行く末を案じていた。




 拳を一体何度、放っただろう。蹴りを何回、お見舞いしただろう。
 しかし――イザークは感嘆する。

 「いいぞ! いいぞ、貴様! それでこそ潰しがいがある!」

 何度死角から拳を放っても、何度対角線から蹴りを見舞っても。イグダストは恐るべき回避性能を見せ付けていた。いや、性能ではない。パイロットの実力――というより、執念だろうか。

 《言ってろ、ロートル! アンタの時代はとっくに終わってるんだよ!》
 「ほざけっ!」

 拳を交えていれば相手の挙動が怪しくなり、疲弊している事位わかる。だが、イグダスト――シンは恐るべき食い下がり様を見せていた。スピードで一枚落ちる以上、全てが後手に回るという圧倒的不利な状況にも関わらず、だ。
 確かにイグダストのパワーは圧倒的だ。ストライクブレードとて攻撃を食らえば、耐え切れないだろう。しかしその事がシンを、イグダストを支えているのではない――イザークはそう感じている。

 (コイツ……『何が何でも俺には負けない』という意地がある。どんな事をしても、隙あらば俺の喉笛を食いちぎろうとしている。面白い、面白いぞ貴様!)

 それは何なのか。そこまでして生きたい理由が、勝ちたい理由があるというのか。
 負けの見えている戦いで何故そこまで前進し、戦おうというのか。
 知りたい――それはイザークの無意識。イザークはその感情を『コイツと戦いたい』という気持ちに置き換え、自身を納得させる。
 プライドとコンプレックスの塊――それは自身でも感じている事だ。

 《シン、エネルギー残量あと僅かだ。全開稼動限界まで後二分》
 《んな事大声で言うな! 奴に聞かれるだろ!》
 「……不本意ながら聞こえている。が、安心しろ、俺は貴様の前から退きはせん。二分間、最後まで付き合ってやろう!」

 呆れつつ、イザーク。
 再び拳が交錯する。カウンター気味にストライクブレードは正拳を放ち、イグダストの拳を受け流しつつ顔面を狙う。
 イグダストも負けてはいない。顔を捻り拳を受け流し――その勢いで全身を回転させ、浴びせ蹴りを敢行する。

 《フライングニールキックだ!》
 「そんな大技、通すか!」

 素早くサイドステップし、蹴りの軌道から体を逸らすストライクブレード。しかし、シンの狙いはそれではない。

 《いくぞ! 俺にしかできない事だってあるんだ!》

 そんな気持ちは、イザークもかつて持っていたのだろうか?
 何者にも負けまいと。何者にも縛られないと。そして己の信念の為に、一命を賭す覚悟を。
 イグダストが分離する。回転中の不安定な体制からのパージアタック――攻撃する側もされる側もわからない方向に吹っ飛んで行きかねない破天荒な攻撃である。
 そして、それはその通りになった。
 分離された上半身とコアスプレンダーは揃って地面に向かって打ち出され、下半身は回転の余韻を残したまま上方向に吹っ飛んでいく。さすがのイザークも予想の付かない事態である。

 《こ・こ・だぁっ!》
 「何!?」

 失敗だろうと、イザークは思った。というよりこれで成功する方が不思議だろう。
 しかしこの状態の中で、ただ一人シンだけは『勝った』と思っていた。
 大地に叩きつけられるイグダストの上半身。その時、イグダストのパワーが最大限発動される。

 《腕でだって、飛ぶ事は出来る!》

 イグダストは逆立ちの要領で思い切り地面を両手で叩き――ストライクブレードに吹っ飛んでくる!
 イザークの予想を超えるスピードが、イグダストのパワーによって発現される!

 「何だと!?」

 イザークは最大限の反応をした。両の手でしっかりとその攻撃をガードし――そして。
 瞬間的にストライクブレードが吹き飛ばされる。

 「ぐああああっ!!」

 爆風で吹き飛ばされる様な、先程も体感した感触。ストライクブレードのエネルギーゲージが一気にデンジャーラインまで減少した。慌ててこれ以上のダメージを避けるべく姿勢制御に努めるイザーク。それがまたいけなかった。
 イザークは瞠目していた。この男は――シン=アスカという男は、何一つ諦めていなかったのだと。

 《避けられるもんなら!》

 再び、イグダストの滅茶苦茶なパワーが発動していた。それはまた、イザークが目を疑う光景。常識では測れない光景であった。
 イグダストが突っ込んでくる。上半身と下半身が分離したまま――足首をその手に持ち、ハンマーの様に振り回しながら!

 「自分のボディを武器にするだと!?」

 言いながらイザークは気付いていた。その事自体は間違いではないのだ、と。
 姿勢を立て直したばかりのストライクブレードは、避ける事は不可能だった。イザークの咄嗟の対応は最良のものなのだ。だが、それは残っていたエネルギーが消える事を意味していた。
 両腕を伸ばし、振り下ろされてきた下半身のハンマーを受け流すストライクブレード。しかし、さすがのフェイズシフト装甲も限界に達しようとしていた。
 イザークに出来た事。それは両腕を犠牲にして後方に跳躍する事だった。間一髪、エネルギーが切れて両腕が叩き潰される。が、ストライクブレードはハンマーの軌道から逃れる事が出来ていた。
 しかし――イザークは察せざるを得なかった。自分が「負けた」のだと。




 しかし「負けた」と思っていたのは、イザークだけではなかった。

 《バーストモード、カウントオーバー。もう身動きすら出来ん……目標も未達成。奴等の勝ちだ、シン》
 「……の、様だな。ちくしょう……」

 イグダストの外装から、色が消えていく。それはフェイズシフト装甲のパワーが尽きた合図。エネルギーが切れた証明であった。イグダストの両腕が上体を支えようとして――それすら出来なかった。大地に倒れ臥す、イグダスト。
 イグダストの存在が無い限り、どうやってもグリスベル中継基地までは到達は不可能。この瞬間シンの、リヴァイブの作戦目標は達成できない事が確定した。



勝利者の居ない戦い。
イグダストとストライクブレードの第一戦は、その様な幕引きとなりました。
試合に負けて、勝負に勝ったストライクブレード。試合に勝って、勝負に負けたイグダスト。
それはまるでトライアル試験の奇妙な焼き直しであったのかも知れません。
……しかし彼等の運命はそこで終わりませんでした。
彼等は再度、戦場で相対する事となります。後2回――己の存在を賭けて。



 「……勝ったのか、我々は?」
 
 場がしん、と静まり返る。誰もダルクスの問いに答えようとはしない。否――答え様が無いのだろうか。
 戦略レベルでは勝利、戦術レベルでは敗北。そして政略レベルでは敗北という惨状では。
 そして何より――東ユーラシア政府の軍幹部が揃って『何も出来なかった』現状では。

 「いいや。やはり『敗北』ですよ、我々の」

 離席していたハスキルの入室するなりの一言に、幹部達が色めき立つ。しかし次のハスキルの言に、全員の顔色が更に青白くなった。

 「既にこの状況を西ユーラシア、ひいては統一地球圏連合も知っています。イグダストとストライクブレードの戦闘映像――これが、インターネットの動画サイトにリアルタイムでアップロードされていたんですよ。これで我々は、各方面への政治的な折衝を取らざるを得なくなりました」
 「な、何だと!?」
 「非常に刺激的な映像です。特にこのイグダストという機体――信じ難い戦闘能力というのは、映像を見れば直ぐにわかります。先程正式な外交チャンネルで緊急電文が届きました。『ゴランボイ地熱プラントでの戦闘行為を停止するために、あらゆる手段を用いるべきだ』とのお達しですよ」

 ダルクスは青ざめていたが、また再び真っ赤になって怒鳴りつける。

 「おのれ、統一連合め! 内政干渉も大概にしろ!」
 「建前上ゴランボイ地熱プラントは『民間企業』ですので、それには当たりませんな」
 「言われんでもわかっとる!」

 ぬぬぬ、とダルクスは唸る。しかし暫くして深呼吸して気持ちを落ち着けるとこう指示を出した。

 「よしわかった。とにかく戦闘を終結させればいいのなら、リヴァイブとやらの申し出を受ければいい。コーカサス地域へのエネルギー供給は復旧してやる――ロマ=ギリアムか、覚えておれ!」
 「わかりました。イグダストはどうします?」
 「もちろん捕らえろ。散々調べつくした後、五寸刻みにしてやるわ」
 「わかりました。では直ちに」

 ようやく幹部達は席から立ち上がる。しかし彼等の顔は一様に暗く、とても勝利者の顔には見えなかった。




 《……現在の情勢推移は以上だ。とりあえず帰って来いよ、イザーク。俺達の勝ちだ》

 モニタに映るディアッカの顔は、笑っては居ない。親友が敗北感に打ちのめされているのを敏感に察知したのか。

 「ディアッカ、これが勝利と言えるのか! これでは俺はただの道化だ!」
 《そんな事はない。お前が居なかったらグリスベル中継基地は更なる混乱に……》
 「はっきり言え、ディアッカ! 『俺は負けた』と!」
 《……言える訳、ないだろ》

 だん、とモニタを拳で殴るイザーク。悔しさが体を、瞳をわなわなと震わせていた。

 「不本意だ! この様な不完全燃焼……!」

 相手のエネルギー切れという、無様な勝利。イザークのプライドに賭けて、そんなものが勝利である訳が無い。
 そんなイザークの視界の端に、ルタンドの姿が映る。イグダストに蹴散らされた連中がやっと辿り着いたのか。

 《イザーク=ジュール准将、お疲れ様でした。後のコイツの始末は我々に任せて下さい》
 「貴様等……!」

 イザークは苛々とした思いを隠そうともしない。ぎろりと睨まれ、思わずルタンド達は怯む。しかし、じりじりとルタンド達はイグダストを囲み始め――その時。

 《て、敵襲! モビルアーマーが……うわっ!》

 イグダストの歩んだ道、それを通って何かがこの場所に向かってくる。それは1機のモビルアーマーと1機のモビルスーツ。フォーススプレンダーという名の戦闘機と、紫色のシグナス――コニール=アルメタとシホ=ハーネンフースのコンビだ。
 それはあっという間にこの場所までやって来て――。

 《この人を帰してもらいます。断れば、ここで自爆します。戦禍を広げたい方は、その選択をなさって下さい》

 朗々と、シホ。そもそもこの二人がここまで来れたのも、これ以上戦闘行為をしたくない東ユーラシア政府の立場が大きく関与している。今の情勢で『その選択』が出来る者が居るはずが無い。

 「シホか。お前、まだ戦っていたのか……」
 《その台詞、貴方にだけは言われたくありません》

 にべも無くシホ。ストライクブレードを一瞥すると、直ぐにイグダストを担ぎ上げる。ふと、側面にある大型シャッターが開き始めた。どうやら東ユーラシア政府上層部の『さっさと出て行け』という意図らしい。
 紫のシグナスがイグダストの上半身と下半身を抱え、フォーススプレンダーに飛び乗る。狭い坑道内で何とか旋回したフォーススプレンダーは、一気に空に飛び出していた。
 外は満天の星空――既に夜だった。




 ヨーロッパに向かう民間旅客機。そのファーストクラスの一席に揺られながら、メイリン=ホークが呟く。

 「……まったくあの馬鹿は。少しは見ているこっちの身にもなりなさいよ」

 メイリンの手元にあるノートパソコンには、他でもないゴランボイ地熱プラント坑道内が映っていた。それも一箇所ではない、ほぼ全ての監視カメラの映像だ。
 そう。インターネットにイグダストの映像をアップロードしたのは他でもない、メイリンだった。
 目的は色々ある。今回の件を東ユーラシア政府に握り潰されない様に、そして統一地球圏連合が今後有利な立場で交渉に臨む為に。そして最大の理由は――。

 「こんな所で死んでもらったら、こっちが困るのよ。少しは踏ん張りなさいよ、シン」

 ふと目をやれば、遠くにヨーロッパの明かりが見えてくる。目指すドイツのベルリン空港までは後数時間、ノートパソコンを閉じるとメイリンは仮眠する事にした。地上に降りれば、やる事は山積みだ。少しでも今のうちに体力を回復させておきたかった。




 この男の腕に抱かれるのは、初めてではない。しかし、これ程まで安堵出来た事はなかったとシノ=タカヤは思うのだ。
 暗闇にうっすらと浮かぶ、白い腕。汗ばんだ胸板に頬を添える――自然に、笑みが漏れる。

 「やっと一緒になれたね、セシル」

 いつもはポニーテールだった黒髪を流れるに任せ、シノは愛しそうにセシル=マリディアの腕の中に埋もれる。セシルもまた、愛しそうにシノの髪を撫でていく。

 「ああ……シノ。愛してる」
 「私もよ」

 互いに一糸も纏わぬ姿を晒し、愛し合う。人類が何千年も前から行なってきた普遍の交わり。『巣穴』を作るために確かな愛情を感じたい、一つになりたいという気持ちは本能なのかもしれない。場所が例えヨーロッパの片田舎にある安宿だったとしても、シノにとっては愛しい時間であった。
 だから、なのだろう。セシルがその事を言い出した時、随分と突拍子も無いと感じたのは。

 「――シノ。僕の弟に会って欲しいんだ。僕の最後の家族、カシム=マリディアに。そして、君にも知ってもらいたいんだ。カシムが『スーパーコーディネイター』と呼ばれる『救世主』なんだって事を」
 「スーパーコーディネイター……?」

 怪訝な顔のシノ。しかしそんなシノに、セシルは優しく笑いかけるのみだった。



シノは、『スーパーコーディネイター』という存在が居る事を知りませんでした。
この世界で知っている人間の方が珍しいかもしれません。
カシム=マリディア。
もしも彼女が『彼』の噂話だけでも耳にしていれば――彼女だけではなく、私の運命も変わっていたかも知れません。
彼の存在が、全ての事象を変えていったのです。
そう、終局へ向かって――。
2-3
»»  2011.08.19.

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紅き鳥、忘れ形見を求め。
黄金の獅子、紅き鳥を見送り。
――自由の翼が舞い降りなければ、
黄金の牙が獅子に迫り来るであろう……。




 「……何、してたの?」
 「イタズラ電話」

 楽しそうに、金髪の男が返答する。その男に黒髪の女性、シノ=タカヤが刺々しく言い放つ。

 「馬鹿みたい。そんな事、受け付けてくれる訳ないじゃない」

 ぷい、とシノ。その様子はとても愛する男にする仕草とは思えない。毛嫌いしている、生理的に受け付けない男への仕草だった。

 「貴方がカシム=マリディアだっていう事はよく解ったわ。解り過ぎるほど。だから、さっさと戻って頂戴――セシルに。セシルの言う事を聞いて貴方に会って見たけれど、お生憎様。貴方よりセシルの方がよほど良い男だわ」
 「冷たいねぇ。姿形、声までみんな一緒なのに」
 「だ・か・ら・よ!」

 そう。その流れるような腰まで届く金髪、精悍な眼差し、そして紡がれる音楽的な声――それは確かにセシル=マリディアの、シノが愛した男の姿。だが、一点だけ。一点だけ、大きく違う点があった。
 イタズラっ子の様な、にたりとした笑顔。それだけで、カシムという人間性が解りそうな笑顔。それは、セシルの優しい笑顔とは掛け離れたものだった。
 二重人格、そう言っていいのか。それは変身といっていいほど唐突に、大幅に変わる。セシルがシノに「会って欲しい」と懇願したカシム=マリディア――スーパーコーディネイターとセシルは呼んでいた――が、今シノの眼前に居る。だが、シノの反応は上記の様なものだった。
 溜息と共に、シノが言う。

 「……なんだって、アンタみたいなのにセシルは心酔しているのよ」
 「そりゃだって。俺がアイツの上位人格みたいなもんだから。アイツが出来ない事を、俺なら出来る。それだけの事なんだよ」
 「人間を出来る、出来ないで判断しないでよ! 気持ち悪い!」

 それは、セシルという『人』を愛した少女の清廉な気持ち。セシルという人格を大事にしたい、という気持ち。
 だからだろう。カシムがセシルの上位人格として説明された時、シノはカシムに強烈な嫌悪を抱いたのだ。

 「あー、どうやら嫌われちゃったかな。仕方ないか……」
 「解って戴いた様で、大変光栄だわ」

 ぽりぽりと頭を掻くカシム。「色々大変なんだぜ、これでも」とぶつぶつ呟くが、一方のシノは聞く気もない。

 「まあもう少し付き合ってくれる? そうしたら、俺はしばらく眠りに付くからさ」
 「……出来れば一生、寝てて欲しいわ」

 強い口調でシノ。その言葉に何故か満足げに頷くカシム。

 「そうさ。その為に――その為に俺は今、動いているのさ。俺みたいなのが、ゆっくりと眠る為に。俺達みたいなのを『臭い物』扱いにして、蓋をして見なかったフリを決め込んでいる連中に、『罪』を刻み込んでやる為に。今が誰の犠牲で平和になっているのか、知ろうともしない馬鹿供の為に。それが終わったら、俺はゆっくりと寝るさ――俺だって、『セシル』で居た時は幸せだったんだからさ」
 「…………」

 にやりと笑い、しかし瞳は獣の様に。それは、シノに恐怖を覚えさせるには充分なもの。
 セシルには無かった、強固な意志がそこにある。それはシノにしてもカシムが上位であると認識させるに充分なものだった。




 オーブはアカツキ島、『歌姫の館』。
 館の主であるラクス=クラインは鼻歌交じりでテラスに繋がる渡り廊下を歩いていた。降り注ぐ木漏れ日が幻想的に視界を演出し、それもラクスの機嫌を良くしていた。
 ラクスは何となしに手に持っていたパンフレットに目をやる。そこには実験も無事終了し、来週にはロールアウトが決定した新型モビルスーツ、エアリアルフリーダムのスペックが事細かに記載されていた。

 「キラの新しい翼――完成ですわ」

 その様は、夫に新しいスーツを仕立てた妻の様子に酷似しているだろうか。今までのフリーダム系設計思想を大幅にリファインし、最新・最強のスペックを誇るエアリアルフリーダムは、天使の輪を掲げるそのフォルムとも相まって正に『天空の大天使』といって差し支えないものに仕上がっていた。
 ロールアウト直前の実験で予想外の実力を発揮してしまい、その経過鑑査の為にしばらくの間、月面にある実験施設で調整を余儀なくされたが――それも無事終了。後は、納品を待つだけである。

 「キラがこの機体に乗る……」

 我知らず、微笑みが漏れる。今までとは違う、戦いに行く為の機体ではない。平和な世の中を維持する為の、象徴となるべき機体。争いに溢れる世の中を、統率するべき機体。統一地球圏連合の、『歌姫の騎士団』の技術を全てつぎ込んで建造された機体である。キラが搭乗した場合、どんな場合でも敗北する可能性はないとコンピュータに断言されたスペックを持つ機体――それはラクスにとっても安堵できる事なのだ。
 それになにより、ルックスが良い。ラクスにも妙な拘りはあったのである。

 「キラ。エアリアルフリーダムがロールアウト決定され……あら?」

 テラスの端にあるベビーベッド。そこにはナージャが寝かされていて、その脇に夫であるキラ=ヤマトが居る――筈だった。
 そこに居たのはナージャだけ。キラがナージャの傍を離れるのは最近そうは無かった事だし、ましてそこに誰も居ない――ナージャだけが居るなんて事はあり得ない筈だ。メイドは呼べばすぐに現れる。それすらキラはしなかったのだろうか?

 「……キラ? どちらに?」

 我知らず、ラクスはナージャを抱きかかえる。重さと温かみが、現実のものである事を教えてくれる。

 「あー」

 ナージャの無邪気な微笑み、そして伸ばされた可愛らしい手。しかしそれが頬に触れても、いつもの様にラクスは微笑む事が出来ないでいた。



久しぶりに見たシンさんの顔。それは『惑い』と表現すればいいでしょうか。
揺れる紅い瞳、行き場無く震える肩。確かなものを探そうと開かれたままの掌。
――そう、確かにシンさんは迷っていました。
けれどそれは余人には推し量れることの出来ない絶望からの迷いだったのです。



 
 「……今更、何だよ」

 やっと、その一言を搾り出す。静まり返ったスレイプニールのブリッジで、静かにこちらを見据えるカガリの瞳を見返して。力無く――だが次の瞬間、激情と共に。

 「今更、何だってんだ! アンタがした事は、今更取り返せるもんじゃないだろう! オーブも、ZAFTも……二度も、俺の故郷を焼き滅ぼしておいて、今更何だってんだよ!」

 言ってから、シンは気付いていた。「ああ、そうか」と。
 自分が何故カガリがここまで嫌いなのか、自分が何故カガリ暗殺を請け負ったのか。自分の守りたかったものをことごとく潰したと、思えるからだったのだと。
 吐息と共に、シンは俯く。床を見て、今が現実なのだと割り切りたかった。
 一呼吸置いて、時が流れる。ややあって、カガリが口を開いた。

 《……批判は受け入れよう。私の決断によりそうなった事は、事実なのだから。しかし、それを踏まえて質問したい。
シン=アスカ。君は今でも平和な世の中を望んでいるのか?》
 「…………!」

 シンは、改めてカガリを見据える。違う――今までの、あの頼りない小娘じゃない。
 静かにこちらを見据える瞳。動揺の見えない様に、抑えられた唇。統一地球圏連合の盟主としての貫禄、それが今のカガリにはある。

 《君のガルナハンでの活躍は聞き及んでいる。そして、それの意味するところも、だ。君は広く人々の為、平和の為、仲間の為に戦った。それこそどんな劣勢でも、苦境でも、凄まじいばかりの勢いと勇気を持って。だが、何故だ? 何故、今君は人々から称えられ、賞賛されていない?》
 「それは……!」

 痛いところだ。ブリッジの皆も、一様に顔を伏せる。

 《平和とは、人のエゴでもある。私は主席などという役職で、それをよく知り、そして対策を学んだ。
 ――過去の事は忘れてくれ、等とは言わない。私を恨んでくれて構わない。だがもし、それでも『平和』を望んでくれるのならば……ほんの少しでいい、私を助けて欲しい》

 殺し文句、である。シンは自身が動揺しているのを実感していた。
 自分はどうすればいいのか。
 自分はこの先、何処に行けばいいのか。
 それより遥か以前に、自分は何故戦っていたのか。
 それすら解らぬままに進んでいた人間に、対抗できる言葉の羅列ではない。
 ――だが、シンは抗い続ける。

 「だからって……!」

 けれど、その先の言葉が出てこない。言葉にしようとしても、まとめる事すら出来そうもない。
 あの時も、あの時も、あの時も――そんな風に思い出から気持ちを引き出そうとしても。
 結局、シンに出来たのは、

 「……肝心な時に逃げたアンタの、説教なんか聞けるかよ!」

 その場から、逃げる事だけだった。

 「シンっ!?」

 コニールの声が、足音が追ってくる。それだけが聞こえていた。




 「『彼らは自然に生まれた者達より、多くの力を持てる肉体と、多くの知識を得られる頭脳を持っている。
 そしてその創造者の意図は、我々人には、まだまだ可能性がある。それを最大限に引き出すことができれば、我等の行く道は、果てしなく広がるだろう』――誰の言葉か、知ってる?」
 「ジョージ=グレンでしょ。C.E15年の時の言葉ね。教科書のトップに載ってる言葉よ。それが?」
 「……誰かが『夢と希望』を提唱しなきゃ、ならなかったのさ。それが当時の最大の問題だったわけ」

 カシムの呟くような物言いに、シノが頷く。
 二人はベルリン郊外は野外カフェの一角に陣取り、先の様な会話を続けていた。理由は「喋るだけ喋ったら引っ込むから」という、カシムの懇願を受け入れての事だ。どうやらカシムとしてもシノに嫌われたくないようで、それを察したシノは付き合う事にしたのだ。

 「人が増えすぎて、行き場も無い。貧富の差は拡大するばかりで、解決の目処は立たず。既得利権を保持した人々はそれを手放そうとせず、結果として『産まれ』の運命はどうする事も出来ず――コーディネイト技術はそうした時に開発されたんだ。『夢と希望』をかなえる為に、ね」
 「そうね。そして、人々は宇宙移民に新天地を求め始めた――成功を収めるため、かぁ」

 オレンジジュースを飲みながら、シノ。口にストローを加えたまま空を見やる。そこにはただ、蒼穹の空が広がっているだけだ。

 「でも、人の願い――エゴに際限は無い。コーディネイト技術は、パンドラの箱だったんだよ。どこまで強化が出来るのか、人の限界はどこなのか。コーディネイトが『進化』だとするのなら、人は当然その先を求め始める」
 「C.E55年の『コーディネイター出生禁止』を定めたトリノ議定書ね。事実上、コーディネイターはこれ以降増やしてはいけなくなった。それで?」
 「実際、闇ルートでコーディネイターは作り続けられているんだけどね。まあ、要点は『人の可能性』ってところなんだ」

 コーヒーを一口すするカシム。どうやら猫舌らしく、本当にちびちびと飲んでいる。辛党で熱い物が得意なセシルとこうも違うものかしら、とはシノの弁。

 「人はどこまで強くなるのか。人はどこまで広がる事が出来るのか。それを突き詰めるだけ突き詰めたのがユーレン=ヒビキの提唱した『スーパーコーディネイター』――すなわち俺、さ」
 「……少なくとも熱いコーヒーには負けてるけどね」

 呆れつつ、シノ。カシムは頭をぽりぽりと掻きながら、ばつが悪そうに俯いた。そんな様子を見ながら、シノが切り出す。今までの話で考えれば、当然その『疑問』に行き着くからだ――カシムの望み通りに。

 「でも、何故スーパーコーディネイターはそれ程規制されたの? 基礎理念はそれこそ昔から有ったんでしょう? 貴方の言う通りだとするなら、もっと挑戦する人だって多かったでしょうに」
 「挑戦する人事態は居たよ。けれど、駄目だった。人の持つ『イデア』を破壊しなければ、スーパーコーディネイトは出来ない。そして、それをすれば確立は100分の1まで落ち込む」
 「……どういう事?」

 カシムが哂う。にやりと、感情を見せずに。

 「スーパーコーディネイターを1人作る為には、100人程度の子供を犠牲にしなきゃいけないって事さ」

 その時、カシムの手がシノに触れた。そして――。



意志とは、自らの気持ちによって決定されるものです。
けれど時として、その決定に自らの気持ちが介在しない場合もあります。
嫌も、応も無く。
――それが常なる者が居るとするのなら、『その人の気持ち』とは一体何なのでしょう?




 敵機来襲の報を受けた時、シンはどこかで「しめた」と思っていた。

 《……お前、まさか『考えなくて済む』なんて思ってないだろうな?》

 Aiレイの問いを、シンは黙殺する。出来そうもないが。イグダストの計器をチェックしながら、シン。

 「大体、リーダーとかが考える事だろ、こんな事」
 《何故リーダーや大尉が黙っているのか、考えないのか、シン。『自分で決めろ』という事なんだぞ》
 「襲ってきている時点で統一連合の意志は決まってるようなもんだろ!?」
 《意志決定が数日経っても発生していない時点で、言い訳のしようもない。むしろ、よく待ってくれていると言うべきか》

 シンとてただ漫然と構えていた訳ではない。部屋に篭ったり、海をじっくりとみたりして考えた。考え続けた――そして結果、『何も決まっていない』という今に至る。

 「襲ってくるなら、戦う。それは俺の意志だ!」
 《……意志、と言っていいのかどうか。まぁ、好きにしろ。付き合ってやる》

 イグダストを立ち上がらせる。眼下に広がる海面――飛び込もうとした時。

 《シン、あのさ……あたしと一緒に逃げない? どこだって生きてく自信くらいはあるからさ》

 コニールの控えめな声が、通信機越しに伝わる。フォース=スプレンダーなら……そう一瞬は思うが。

 「駄目だ。リーダーや皆を置いていく訳にいくかよ」

 シンはそう言い捨てると、イグダストを海中に飛び込ませていた。近付いてきているのは、ディープブルー。あのモビルアーマー相手では、スレイプニールは容易く海の藻屑となるだろう。それはシンにとっても、嫌な事だった。




 「ふむ。臨戦態勢か……どうやら投降や、ましてや主席の提案に乗るという訳でもない、か」

 エイガー=グレゴリーは歴戦の古強者だ。それ故にシンが何に反発し、そして動揺しているのか解る事もある。

 「戦いの歯車――そう教育されてきた者に、いきなり『お前が決めろ』という質問は酷かも知れぬ。だが、カテゴリーSの青年よ。それがお前の選択なのか?」

 エイガーは、或いは哀れんでいたのかも知れない。エイガーの様な年配者が戦場に出て、自らの意志で人殺しを買って出る。それは納得してやっている事で、誰から恨まれても、誰かに祝福されても特に気に病む事は無い。ただ、「そういう人間が必要な時もある」と理解してやっているだけの事だ。
 だが――シン=アスカという人間はどうも、そうではない様だ。

 「奇妙な事だ。今の今まで迷い続けて、しかし……だからこそ生き延びてきた、か」

 不思議だと思う。同時に、エイガーはシンにある種の憧れも抱いていた。誰もが『諦める』のだ――己の力量や技量、出来る事の限界に。そうしなければ、何も成す事は出来ないだろう。己の力を知る事が、己を高める早道に間違いは無いのだから。
 だが、シンはそうではない。諦めないから、拘り続けるから、強くなり、そして迷い続ける。そんな人間を、エイガーは今まで見た事が無かった。それは或いは『憧れ』や『夢』を捨てず、歩み続ける『子供』の姿にも見えた。
 ならば――

 「ふふん。先日の戦いで、儂は死を覚悟した。その思いは決して忘れぬ……そう、今でもだ。命令など、もはやどうでもいい。ただ男として、戦士として――カテゴリーS、シン=アスカよ。お前をねじ伏せて見せよう!」

 ディープブルーが動き出す。呼応するかの様にイグダストの方も対艦刀を構えた。
 争う必要は無い――だが、当人同士にはある。
 だから戦う――愚かと言われても。
 それを戦士の性と言うのならば。

 「逝くぞ、イグダスト!」

 ディープブルーが――加速する!




 背後から発射されてくる高出力ビーム砲『スキュラ』が何度と無く機体を掠めていく。これだけ海中が濁っているのに、イグダストはかなりのスピードで海中を移動しているのに――さすが、と言うべきか。

 《言うまでも無いが、これだけ高いビーム出力ではこちらのパルマでは防御し切れん。下手をすれば掌でパルマが爆発する事態となるだろう――防御は出来ん、抜かるな》
 「わかってる!」
 《更に、前回と同じ戦い方は出来そうもない。相手は距離を取っている――こちらの攻撃レンジを理解し、そして移動距離を理解すれば付かず離れずの攻勢が可能となる。つまり、このままではエネルギー切れ敗北となるだけだ》
 「お前、どっちの味方だよ」
 《事実を言ったまでだ。お前が政略レベルでの勝利を目指さず、あくまでも戦術レベルでの勝利を求めるのならば、それは常に最大級の難易度となる。そういう道を、お前は自ら選んでいるんだぞ》
 「…………」

 それは、そうなのだろう。ただあの時「はい」と言えば、この戦いだって回避出来たはずだ。
 だが――何かが引っかかるのだ。心の奥底にある何かが。
 それが何なのか、解らないから。

 (ルナ……俺は一体、どうすればいい?)

 『生き延びる為の剣』、あの時ルナマリアはそう言った。なるほど、イグダストは確かにその通りの性能を備えたモビルスーツであり、シンによくフィットしている。だが――その後、どうすればいい?

 (生きるだけ。生き延びるだけ……それが悪いなんて思えない。けどさ、なんか……しなきゃならないのか?)

 復讐する相手は既に無く、守るべき国ももはや無く。愛する人にも、もう会えない。
 果たしてその様な人生に『生きる価値』はあるのだろうか?
 ――自問。それだけが続く。それが嫌で堪らなくて。

 「あああっ! もうヤケだ!」

 シンは瞬間的にイグダストを反転させ、突撃する――ディープブルーに向かって。

 《勝算は?》
 「ないっ!」
 《良かろう。ドンと行け》

 このAIが居てくれてよかったと、シンは思う。この状況でただ、納得して励ましてくれる。そんな思考が出来る者が傍に居てくれた事に感謝しながら。
 ディープブルーの顎と思える巨大クローアームが見る見る近付く。口中に光、スキュラも充填されている。いつでも発射出来る様になっていたのだ。
 シンは唾を飲む。瞬間的に対策が浮かんだ――出来る、出来ないではない。やるしかないのだ。

 「パルマじゃ防げないって言ったよな!」

 シンは右手に対艦刀を保持させ、左掌に装備されているパルマフィオキーナを起動させる。

 《言ったとも。記憶力の悪い生徒だ》
 「なら――こうするさ!」
 光が爆発する。ディープブルーのスキュラが発射され、その奔流が真っ直ぐにイグダストに伸びる。掠っただけで容易く死が運ばれてくる、ピンク色の光の奔流だった。
 イグダストは対艦刀を突きの体勢で保持、パルマフィオキーナを腰溜めに構え――




 「……死を覚悟していた割には呆気なかったな」

 ディープブルーのコクピットで、エイガーが呟く。イグダストがこちらを向いて突撃してきた時に、エイガーは淡々と思っていた。「それは、悪手だ」と。
 辺りは障害物の少ない海中、見通しが悪いとは言え、どこかに高速移動する動きにはもう慣れているので見逃さない自信はある。そして、パルマフィオキーナによるビーム防衛手段はこちらの攻撃を防ぎきれるものではない。
 ならば。

 「消し飛んだか……残念だ。立場が違えば、飲み明かしてみたかった」

 エイガーにしてみても、不思議な相手だった。主義や主張ではない、ただ「戦うために、戦う」――そんなスタンスの相手が存在する事にある種の感動を抱きつつ。
 だが次の瞬間、そんなエイガーの感慨は吹き飛んでいた。

 「生きているだと!?」

 そう。イグダストは変わらず、先ほどのポイントに漂っていた――力なく、だらりと浮かぶ様に。
 左腕が肩の辺りから消失している。完全には防ぎきれなかった様だが……そんな程度で防ぎきれる出力では無かった筈だ。

 「……気絶しておるのか?」

 イグダストはぴくりとも動かない。むしろ、自重で沈んでいく様にも見える。それでエイガーはディープブルーに備え付けられた演算コンピュータで先程のイグダストの行動を分析させてみた。
 結果――エイガーはあんぐりと口を開け、呆れていた。
 パルマフィオキーナでまず防御する。パルマはエネルギーを吸収し、出力を増すが、それにも限界は来る。段々と大きくなる球体。そこでイグダストは――あろう事か、そのエネルギー球を対艦刀で突き刺し、自爆させたのである。ビームを受けている側、イグダストから一番遠い箇所に対艦刀を触れさせる事によって。後は簡単、ビーム爆発の余波で残ったスキュラエネルギーを相殺したのである。もっとも、その衝撃を全て受け流せた訳でも無かったようだが……。

 「あの瞬間だけで、生き残る術を選択したというのか……」

 一体なんなのだ、この男は。
 生きる為に戦いながら、死の淵をこそ目指す様にも見える。
 安楽の生を望む事もなく、しかし生に絶望している訳でもなく。
 ――そう、ただ『生き延びる』為ではない。
 もっと違う、何かを求めて。人が、神を求めるかの様に。

 「シン=アスカ。お前は一体……何者だ?」

 エイガーの心に、不思議な感情が浮かんでいた。
 もっと知りたい、この男の事を。この男が何を求め、何を成し遂げるのかを。
 或いは『人』が、何物に成り得るのか、と。
 ……慌ててエイガーは首を振り、思惟を振り払う。

 「儂は軍人だ。感情に流される、その様な事があってはならんのだ!」

 ディープブルーのクローアームを操作する。それはイグダストに触れれば、瞬時に引き裂く事が出来る程度の威力を備えている。もはや戦術も必要ない。ただボタンを押すだけ、簡単な作業で――イグダストは、シンは死ぬ。
 我知らず、唾を飲み込む。これ程緊張した事は、初陣の時以来だろうか?
 初めて人を殺した、あの時の感触。ただ、あっさりと終わった『はしか』の時。
 夢も希望も、理想も主義も。ただのお題目だったと思い知ったあの時の感情。
 そう。捨て去ったはずの、あの感情が。

 「……済まぬ。過去には、もう戻れんのだ」

 淡々と、エイガーはクローアームを操作する。それは迷い無くイグダストに近付き、そして――
 その時、光が生まれた。

 「!?」

 上――海上からの高出力ビーム。それが、クローアームに牽制射撃を浴びせる。

 「新手か? しかし……海上からこれ程精密な射撃を!?」

 海の上からの射撃は、視界が海面の動きによって屈折する。よって、射撃はピンポイントでなく、エリアで行わなければならない。しかしこの射撃はクローアームの指先を狙って攻撃してきている。エイガーの常識では『神技』と断言できる技量だった。
 そして、次の瞬間『それ』が飛び込んできた。
 紅い。真紅の鳥。そう表現すれば良いのだろうか。エイガーはそれを見た瞬間瞠目する。それは次の瞬間、人形に変形。エイガーに確信を与えていた。

 「まさか!? セイクリッドジャスティスだと!?」

 セイクリッドジャスティス――最新鋭のジャスティス系モビルスーツ。それを駆る者はこの世にただ1人、『四英雄』の1人にしてカガリ=ユラ=アスハの腹心中の腹心。元ZAFT最強のトップエース、アスラン=ザラである。

 《これ以上の戦線拡大は、主席の求める所ではない。引いて貰おう――引かないならば、俺が相手をする》
 「……承知」

 何故このような場所にこの男までが現れたのか――エイガーはすぐに思い至った。
 本気なのだ。カガリ=ユラ=アスハの意志は。それは取りも直さず、カガリの真意をも現していた。

 「主席は本気でこの男、シン=アスカに恐れを抱き始めている……そういう事か」

 カテゴリーS。それは、世界を変革しうる力を持つ者の称号。
 その戦闘力は異常の一言で、単機で一軍に匹敵する実力を持つ者達。
 そう――為政者ならば、必ずや脅威を感じる者達なのだ。
 エイガーはディープブルーを反転させると、すばやくその場所を退散する事にした。何をするにしても、今この場所にいては不味いと判断したのだ。だが……湧き上がる笑みを掻き消す事だけは出来なかった。

 「ふふふ……面白くなってきおったぞ。大戦も終わり、もはや戦働きなぞ不要かと思っておったが、中々どうして。まだこの老骨、役立てる機会も増えそうだ!」

 ディープブルーは海中に消えていく。それは脅威が去った事を現しているのではない。
 新たな脅威が、再び押し寄せる――そういう事なのだ。



……思い出せるのは、『事実』だけ。『光景』はもう、思い出せない。
思い出したくない。
わかってる。自分にはもう、直視が出来ないって事は。
わかってる。あの時、自分が一度『壊れた』って事が。
壊れる時って、不思議なの。『音』がするのよ。自分が壊れた『音』が。
――そう。だから、私は『選ばれた』んだと思う。
キラ=ヤマト。あの人に……。




 「……なんでアンタが、こんな所にいるんだよ」
 「お前がいつまでもグズグズしているからだ。通信は一方的に打ち切り、返信もせず。しかも多少は大人になったのかと思えば、変わらぬ癇癪だ。これで心配にならない方がどうかしている」

 スレイプニール艦内、モビルスーツデッキから艦橋に繋がる通路を歩きながら。何故かアスランが前を歩き、シンが後に付いて行く形になっている。

 「大体、主席とやらの護衛はどうしたんだよ。また狙われているんじゃないか?」
 「護衛が1人抜けた程度で、守りきれない様にはしていない。それに直接の脅威が俺の目の前に居る。つまり、
俺はきっちり『護衛』を勤めているという事だ」
 「……詭弁じゃないか」
 「お前が言葉遊びを選択しているだけだ」

 アスランは、シンの心情をよく理解していた。シンは――意外な事ではあるが、生身の人間を殺した事が極端に少ない。だから、シンの敵意を霧散させるためには、武器を捨ててさっさと降りてきた方が良いのだ、と。
 それが何となくわかるから、シンは更にイライラするのである。

 「こんな所に来たって、俺の気持ちは変わらない。さっさと帰れよ。俺に殺されない内に」
 「だから、お前の前に立って歩いてやってるだろ。気に食わないならさっさと殺せば良い。俺はそれだけの事はしたと自覚している」
 「いけしゃあしゃあと……!」

 だんっと壁を叩く。視線で人が殺せるのなら――そういう気持ちでシンはアスランを睨み付ける。振り返り、そんな視線を涼しい顔で受け流すアスラン。

 「……恨んで、殺すならそれもいい。だがせめて――せめて、そこからは立ち直ってくれ。お前にはもう、戦う理由なんかない。もう、無いんだ。それだけはわかって欲しい」

 もう一度、シンは壁をだんっと叩く。

 「アンタがあの時裏切らなければ、俺はこんな事に、こんな場所に居なかった! アンタが全部悪いんじゃないか!」
 「なら何故、さっさと殺さない! 何を躊躇っている! シン、お前は一体どこに向かおうとしているのか、自分で解っているのか!?」

 シンとアスラン、視線の火花が散る。先に逸らしたのはシンだった。
 そして、やっと理解していた――自分がアスランに何を求めていたのか、を。

 (馬鹿みたいだ、俺……『支えて欲しかった』なんて)

 俯くシン。そんなシンを一瞥すると、アスランはまた身を翻し、言う。

 「お前に見せたいものがある。付いて来い」

 そう言ってアスランはスレイプニールの艦橋に向かって、再び歩き出す。どこかでシンはその背中を懐かしみながら、しかしそれを認めることも出来ず――しかし付いて行く事しか出来ないのも理解しながら。
 のろのろと、スレイプニールの艦橋に向かう事しか出来なかった。




 《シンさん!》
 「……ソラ?」

 レーザー通信が既に結ばれていたらしい。艦橋に入った瞬間、明るい声が聞こえてきた。

 《へぇ、この人がソラの思い人かいな。見せたかったでぇ、アンタが死んだってニュースを聞いた瞬間のソラの顔》
 《ちょっ、ちょっとハーちゃん!?》
 《あのな、一応これ公用通信なんだが……ま、いいか》

 画面に所狭しと三人娘が映る。ソラ=ヒダカ、ハナ=ミシマ、カガリ=ユラ=アスハ。屈託無く笑う、いい笑顔で。
 シンにしても緊張が解けるのがよくわかった。

 「何してるんだよ、そんな所で。オーブに帰ったんじゃなかったのか?」
 《まあ、色々ありまして。あ、そうだアスランさん。シーちゃんが見つかったんですよ!》
 「随分あっさり見つかったな。何処に居たって?」
 《ベルリン市内です。警察の人が見つけてくれて……》

 アスランは一瞬、考え込む。だが、せっかく見つかったものを不安にさせる事もないと判断したのか、努めて笑って見せる。

 「良かった。これで問題の大半は片付いたな。残るはシン、お前位だ」
 「おい、一緒にするなよ」
 「似たようなものだ」

 ふふん、とアスラン。そんな様子を見届けたのか、それまで黙っていたロマ=ギリアムが立ち上がる。

 「どうやら結果は出たようだね、シン」
 「リーダー……」

 シンはどこか、捨てられる犬のような寂しそうな顔だ。しかし、ロマは強く、努めて微笑んで頷く。

 「君が誰より自分に厳しく、そして――誰よりも人々の為に戦ったのか、私は良く知っている。ならばそろそろ、君自身が幸せになって良い頃だ。そしてこれは私と、他のクルー皆の総意でもある……今までよくやってくれた、シン」

 ロマが右手を出し、シンの右手を掴む。シンは成す術もなく、その力強さを感じる。
 ロマが本気で自分の事を思ってくれている、それはとても嬉しい事だった。だが、シンはどうしていいか解らず。

 「俺は……」

 ぱくぱくと周囲を確認しながら。何か言葉を紡ごうとして、それに気が付いた。
 モニタの向こうで、一番後ろに控えていた少女。黒髪の少女――シノ=タカヤという名前だとシンは知らない――が懐から拳銃を取り出し、こちら側に構えた事を。
 今、誰もがシンに集中していて、その事を誰も理解出来ていない事を。
 誰を狙っている? カガリか? それとも――

 「振り向くな! 伏せろっ!」

 考える暇は無かった。シンが絶叫し、ようやく皆がその光景を目にして。
 ――鮮血が、画面に飛び散った。




2-7

2011.11.20.[Edit]
紅き鳥、忘れ形見を求め。黄金の獅子、紅き鳥を見送り。――自由の翼が舞い降りなければ、黄金の牙が獅子に迫り来るであろう……。 「……何、してたの?」 「イタズラ電話」 楽しそうに、金髪の男が返答する。その男に黒髪の女性、シノ=タカヤが刺々しく言い放つ。 「馬鹿みたい。そんな事、受け付けてくれる訳ないじゃない」 ぷい、とシノ。その様子はとても愛する男にする仕草とは思えない。毛嫌いしている、生理的に受け付けな...

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 ……自分で変わった所は何か。カガリ=ユラ=アスハは自問する時がある。
 はっきりと変わったのは楽観的になったという事だろうか。『なるようになるさ』という魔法の言葉が脳裏でささやく時、すうっと気分が楽になる。
 いや、違う。楽観的にはなっていない。そこに至るまでに自分に出来る事は全てやってやろうという気概。それが、カガリの心を楽にさせてくれているのだろうか。

 「せめて後悔ではなく、反省にしたいからな」

 自分は、以前より弱くなったと思う。昔の自分であれば『自ら行動し、気概を示す』と考え、実行に移した筈だ。
 それが今は座し、周囲を良く見て推察し、意見をまとめ、行動を開始しようとしている。
 自分だけでは、どうせ大した事も出来ないのだから。

 「私個人の意見はこの際どうでもいい。世界を平和にする為に、力を貸して欲しい」

 カガリ自身は優秀な為政者だとは思っていない。ましてや政治家だとも。ただ、自らが出来そうな程度の『カガリ=ユラ=アスハ』には成れそうだから。
 そう、優秀な部下達が用意した『統一連合三周年記念式典』用の原稿を朗々と読む程度は――

 「……めんどくさ」

 溜息と共にカガリ。今居る場所はベルリンに幾つか用意したセーフハウスの一つで、先だってソラとハナに貸し与えたホテルの一室だ。早い話、パニックになったソラをそのままにもしておけず、食事もキャンセルしてルームサービスで代用、そのまま別の一室を用意させて転がり込んだのである。数フロアはまるまるキープしてあるので、その辺に何らの問題もなかった。
 時刻は既に深夜、ソラとハナも何とか落ち着きを取り戻したのでカガリも自室に戻り、『宿題』に勤しんでいるという訳である。ベッドに横たわり、用意された原稿用紙をうんざりと眺めながら、カガリは嘆息する。

 「私しか演じれない『カガリ=ユラ=アスハ』か……」

 そこに、自己はあるのか。そこに、意味はあるのか。そこに、生きた足跡は残るのか。
 言葉だけが独り歩きをして、思惟がまとまらなくなる。これは己の姿なのかと。
 だからなのだろう。ソラとハナが助けを求めてきた時、すぐに『助ける』行動を取り始めたのは。
 己が己である証明――それが欲しくて。
 そんな事を考えていたからだろうか。部屋に設置された電話が急に鳴り出した時、ベッドから転がり落ちたのは。

 「あ痛……どうした?」
 《済まないな、まだ寝ては居ないと思ったが。カガリ、バルトフェルドさんから通信が入っているぞ。『調べが付いた』そうだ》

 統一地球圏連合主席のカガリにこんな言葉遣いが許されている存在など、数人しか居ない。そして、この場には一人しか居ない――アスラン=ザラしか。

 「わかった。すぐにそちらに行く」

 バルトフェルドに調べさせていた事、それはシン=アスカの現状についてだ。ソラの状況を抜きにしても、シンの事を全く知らない訳でもない。カガリはすばやく用意を済ませると、アスランの待つ部屋に向かって歩き出した。



己とは、何か。
それを己に、魂に問い続けた人達を、私は知っている。
辛くても、悲しくても。ただ前を向き、問い続ける――その果てを知りたくて。
或いはそれが、己の証明であるかのように……。



 モニタに映るバルトフェルドからの報告を聞き終えると、カガリは半ば呆れ、アスランは嘆息していた。

 「何と言うか、『凄まじい』という形容しか出てこないな。現実の出来事として捉えていいのかどうか……」
 「……あの馬鹿。戦争は玩具じゃないんだぞ……」

 そんな二人の様子を軽く頷いて、バルトフェルド。

 《主席、残念ながら厳然とした事実です。シン=アスカ――イグダストの活躍により、東ユーラシアは政府軍及びテロリストグループ、中でも『ローゼンクロイツ』の勢力は格段に下落しました。活躍と言って良いかはともかくとして、我々にとっては上々な結果になったと言えます》
 「どこの勢力も大きく力を削がれ、戦線が維持できなくなった、か。我々の目指す『平和』とは対極の事象だが、戦争のない状態を平和と呼ぶのであれば、そうだろうな」

 軽く顎を組んだ手の甲にのせ、カガリ。そんなカガリにアスランは少し興奮気味に言う。

 「そういう事じゃない。これじゃ、アイツは――シンはただの道化だ。理想も理念もなくただ東奔西走しただけだ。アイツは……何も解ってない!」
 
 だん、と壁を叩くアスラン。そんなアスランにバルトフェルドが諭す様に言う。

 《シン君の行動理念は非常に明確だよ。仲間を助ける為に戦う、これのみだ。問題はその仲間が、周囲の人間全てに裏切られたに過ぎない。ならば、これは明確な『ガルナハン人民の意志による結果』だよ》
 「わかっています! わかりますが、これではアイツが報われない……!」

 カガリもバルトフェルドもわかっている、アスランが何に怒っているのか。シンを救ってやれない自身に対してなのだと。
 その事は誰よりも知っている。
 そう、世界の誰よりも理解できると自負している。
 だからカガリが次にこう言い出したのは、カガリにとっては自然の事であり、周囲からは瞠目される事だった。

 「なあバルトフェルド。先程の報告では『シン=アスカとその一党は海上に脱出した後行方が掴めない』という事だったが、何とか連絡だけでも取る事は出来ないだろうか?」
 《……時間は掛かるかも知れませんが、不可能とは申し上げません。『砂漠の虎』の意地に賭けて》
 「カガリ? 何を……」

 アスランの問いに、微笑みながらカガリはこう言った。アスランを上目遣いに眺めながら。

 「聞いてくれ。私はシン=アスカを私の幕僚に迎え入れたいと考えている」
 「なっ……!?」
 《正気ですか主席!? 彼は貴女様の暗殺未遂容疑で……!》

 今度はバルトフェルドに向き直り、カガリ。

 「だが私は今、ピンピンしているぞ。バルトフェルド」
 《ですが……》

 未だ納得しない――というより唐突過ぎて対応できないバルトフェルド。それはアスランもまた同じだった。

 「カガリ、考え直せ。一時の気の迷いに流されていては統一連合主席として……」

 そんなアスランを軽く手で制し、カガリは努めて静かに言う。
 
 「私は冷静だ、アスラン。私の職責が『世界を平和に導く事』であるのなら、私の判断は価値のあるものだと思える。迷える子羊に過去の諍いを水に流し、手を差し伸べる――それは、私の役目であるべきだ」

 もう一度アスランに向き直り、カガリ。表情は落ち着き、声音も動揺はない。至極冷静にカガリは判断しているという事が、アスランにも良く解る程に。そんなカガリを見ながら、今度はバルトフェルドが呟く。

 《理に適いますな。バックボーンを失っている今の状況であれば、こちらに恭順する可能性はゼロではありません。そしてその効果たるや……》
 「バルトフェルドさんまで。いいかカガリ、俺は君を危険な目に遭わせる訳には……」

 なおもアスランは食い下がる。そんなアスランにカガリは静かに首を振る。

 「私も、アスランを危険に晒したくはない。このまま彼、シン=アスカを放置していれば、いずれアスランと戦う事になるかも知れない。私にはそれは、耐えられない」

 きゅっと、アスランの手が握られる。それ程強い力では無かったが、カガリの意志は痛い程伝わって来た。平静さの裏にある激情――それを見せまいと、そして知らせようとするカガリの思惟を。
 ややあってアスランは嘆息しつつ、頷いた。

 《わかりました、主席。この上は『砂漠の虎』の名に賭けて交渉を成立に導きましょう》
 「頼むぞ、バルトフェルド」

 モニタが消える。しばらくノイズがあったが、それも直ぐに消えた。二人だけの静寂の中、アスランはカガリの手を握りつつ、ただ前を見据えていた。そこには居ないはずの残滓を追い求めるかの様に。




 一方、オーブはライヒの館。

 「厄介な事になりましたな」
 「全くだ。主席がこういう判断をするとは……女は厄介、という事かな」

 ハインツ=ドーベルとゲルハルト=ライヒがワインを愉しみながら、言う。先程のカガリとバルトフェルドの通信を当然のように傍受していたのだ。もっともそれはバルトフェルド当人も知っている。知らないのはカガリ位のものだ。よって、通信で済ませる類の相談とは、治安警察に知られてもさして問題の無い、実際問題として『対した内容では無い事』というのがわかる。しかして今回の話は、特にライヒにとって結構大変な話題であった。

 「カテゴリーSが同じ陣営に集結するという事態。それは、手が付けられないという事だ」
 「困りましたな」
 「困ったものだ」

 口調にも、表情にも焦っている節は無い。しかして、ライヒはそれなりに焦っていた。何しろ実験も兼ねてイグダストを放置していたのに、壮絶な横槍が飛んできてしまったのだ。しかも、形式上とはいえライヒの上司から。

 「カテゴリーSは、人類には必要ない。人が人である以上の力など、本来は不要なのだ」
 「ましてやそれが、或いは当人にすら御し得ない代物であれば尚更ですな」

 ライヒが杯を煽る。真紅の赤ワインが、ライヒに一息で飲み干される。ワインを愉しむより、酔いが欲しい。そういう飲み方だった。
 ややあって、ライヒが口を開く。

 「楔を打ち込むしかあるまいな。シン=アスカに我らが敵であると認識させる楔をな」
 「シン=アスカは単純な人間です。それだけに効果は有るでしょう……そうだ、一人適任がおります」

 おそらくはドーベルも同じ結論に辿り着いていたのだろう、話が早い。ライヒが促す。

 「エイガー=グレゴリーです。あれは私と同期で、かつては水中戦のエースでした。名前は熊なのに、実は蛸だったのか。ま、それは冗談ですが」
 「ふむ。件の首都防衛任務に失敗したという事で、自身から謹慎を買って出た男だったな」

 ドーベルが頷く。ライヒにワインを注ぎながら、にやりと笑ってみせる。

 「如何でしょう、賭けませんか? エイガーと『ディープブルー』で、イグダストを倒せるかどうか」
 「『ディープブルー』か。面白い勝負にはなりそうだ。だが、私の気持ちは変わらんよ」

 満足そうに、ドーベルが頷く。そして杯を掲げると、一息に飲み干し、高らかに宣言した。

 「見せましょうぞ――『人』の経験と意地の強さを。そして我が盟友、エイガーの真骨頂を」

 ライヒはふと、窓の外に目をやる。遠く離れた海が見える訳ではない。が、そこに確かに大荒れの海を見据えていた。



様々な騒動、騒乱により疲弊した東ユーラシア共和国政府は、
国内の不穏な動きを緩和する為に融和路線へと転換しました。
時を同じくしてレジスタンス連合もローゼンクロイツ指導者ミハエル=ベッテンコーファーを失い、
急速にその勢力を縮小していきました。
それぞれの陣営はお互いに次の戦いへの準備期間だと認識しながらも、
とりあえずはその矛を収めたのです。
これによってリヴァイブのリーダー、ロマ=ギリアムが目指していた
『とりあえずの平和』は達成されたのでした。




 「……と言っても、仕方なしの平和は望むところじゃなかったんだけどねぇ」

 地上戦艦スレイプニールのブリッジで寝そべりながら、ロマ。そんなロマを甲斐甲斐しく世話しながらセンセイ――エリーゼが呟く。

 「仕方ありませんわ。贅沢を言っていられる情勢ではありませんし。そもそも『平和的な話し合い』が行われたのも、相互の戦力が疲弊しきったからに他なりませんし。諸外国の圧力を受けるよりは内政問題の方がマシ、と普通の人なら考えるでしょうしね」

 スレイプニールのブリッジにあるモニタには東ユーラシア政府の国営放送が受信されていた。映し出される美辞麗句、平和への憧憬と情熱――1週間前には決してあり得なかった放送が臆面も無く映し出されている。「いやはや、政治家とメディアっていうのは面の皮が厚くなきゃやってけないね」とはロマの談。
 ブリッジにはロマとセンセイの二人きり。気を遣ってくれているのか――単にその他の面々も疲れ切っているというべきか。
 何とかスレイプニールまで逃げてきたロマ、大尉、少尉はその後シン、コニール、シホとカナードを収容し東ユーラシアの外洋まで逃げ出していた。どちらかと言えば流されているのだが、この際贅沢は言えない。何しろ他に収容できたリヴァイブメンバーはサイ=アーガイルとシゲト=ナラの両メカニックだけ。壊滅状態と言ってもいい惨状だった。

 「生きていれば何かが出来る、か。中尉が聞いたらなんて言うだろうね」
 「……そうですわね」

 大尉から中尉の生い立ちを聞かされ、ロマは唸った。「もう帰ってはこないだろう」という大尉の変わらずうっそりとした、しかし押し殺した言い様。何とも言えない無念――やるせなさだけが胸中に染みる。

 「生きる理由がなければ、生きていけないのかな……それは違うと思うんだけどね」

 生きる為の誇り、生きた証。そんなモノの為に生きているのか――違うと口で喚き、胸中で噛み締める。そんな歯がゆさだけが寂寥感として残っていく。誰しもがその答えを求めている……そう思えるから。
 不意に、ロマは考えていた。そんな中尉が心配していた事を思い出して。中尉よりもある意味純粋で、その問いを身体に刻み付けて生き続けている青年の顔を思い出して。

 「シン……君は一体、何を求めているんだい?」

 改めてその問いをする時が来た、とロマは感じていた。




 その頃、当のシン=アスカはどうしていたかというと――ひたすらぼんやりと海を眺めていた。

 《見事なまでの大海原、だな。他の形容が無いと言えばそうなんだが》
 「……ああ」

 大げさなAIレイの言い様に、しかしまるで気の無い返事のシン。シン自身、海原に目をやっているのではないという事は解り切っていた。ただ思惟をまとめたくて、そこに視点を固定しているだけで。
 先だって死力を尽くして戦った、イザーク=ジュールの言葉が胸に突き刺さる。

 『お前は何のために戦っている? お前は誰の為に強くあろうとする? お前の意志は、どこに向かおうとしている?
 ――戦えばわかる、お前には何も無い。なのに何故、そこまで強くなれた?』

 イザークを、シンは殺さなかった。殺せなかった。殺す必要もない――いや、そういう思考すら浮かばなかった。そもそもあの勝負に勝った事も、シンの理解出来ない事象が加担してくれたとしか思えなかった。

 (ルナ……お前が勝たせてくれた。だから、この勝負は俺の負けでも別にいいんだ)

 イザークにも素直に、そう言った。イザークはしばし面食らった後、何とも言えない表情をして――そしてこう言った。

 『なるほど、理解できん。だから負けた、か……勉強になった』

 そう言い捨てると、イザークとストライクブレードは去っていった。どこか満足げな微笑を残して。
 ――そして、シンとは言えば。

 (俺は……俺は、何処へ行けば良いんだ?)

 今更。
 今頃。
 今に至るまで。
 そう。今日の今日まで走り続けて、戦い続けて。
 ようやく――シンは、自己を省みる余裕に恵まれたのだった。それは同時に、己に『戦いに向かう理由が実は、そんなになかった』という致命的な弱点をはっきりと認識させるに充分な余裕でもあった。
 友の為。
 知っている人達の為。
 或いは、属した組織の理想の為に。
 一番大事なはずの、自身の戦う理由を見出す事すらせずに。

 (『他にする事がなかった』から戦っていた……っておい、それはいくらなんでも最低過ぎる戦いの動機じゃないのか?)

 シンは悩んでいた。悩む事すらせず、ただ眼前の戦いに身を投じていた――戦いに身を浸して居たかった、己の意志の在り様に。
 自分があるいは哀れんだかもしれないイザークよりも更に、どうしようも無い存在であった事に。

 《風が吹いて来たな。そろそろ船倉に入れ、シン。身体に障る》
 「ああ……」

 力なくシンは頷く。その様子はカテゴリーSと呼ばれた超人でも、あるいはコーディネイターのエースと呼ばれた男の姿でも、あるいはガルナハンで無類の強さを誇ったイグダストのパイロットの姿でもなかった。
 ただの、その辺に居る気弱な青年の姿だった。




 夜も更けて。
 潮騒だけが、夜の帳に響き渡る。
 さほど強くも無い波に揺られ、スレイプニールは広大な海で当ても無く漂う。航路を大きく外れ、ただ漂う様に動く――それを探す事は、非常に難しい。ニュートロンジャマーにより電子レーダー系は全て不可、ならば探し当てるのは目視か聴き当てる他無いのだ。オーブを襲撃した水中用モビルスーツ群が未だ発見されず、逃走中なのは正にそういった理由なのである。
 しかし、物事には例外がある。動物が環境に適応し、その形態を変える様に人もまた変わる事が出来れば。人の外見やシステムを変えることは出来なくても、戦う武器を大きく変えてみれば。それもまた、一つの進化と言えるのかも知れない。
 エイガー=グレゴリーとディープブルーは、急造の組み合わせでありながら、期せずしてそれを目指したモノ同士の融合でもあった。

 「ふふふ……深海とは、暗黒ではない。母上の胎内の様に、命に満ち溢れている。文明を得た人類が恐れる様な場所ではなく、むしろ訪れ、或いは新たに住まう場所なのだ」

 それは、エイガーの持論である。モニタには光一筋すら刺さぬ暗黒の世界が広がっていた――しかしエイガーはそれを悠然と眺め、電子計器の多少の補助だけで悠然と機体を進ませていく。それは普通に考えれば、すぐに障害物にぶつかってもおかしくない状態だった。しかし、エイガーは。

 「海流――それを見定める。目で見るだけではなく、身体で感じる。それはモビルスーツだろうがモビルアーマーだろうが、変わりはせん。流れがあるのなら、そこには何も無い」

 ディープブルー。それは統一地球圏連合軍が最近ロールアウトさせたばかりの新型モビルアーマー。オーブ襲撃の反省を踏まえ、水中で無類の強さを発揮するべく作り上げられた長大なモビルアーマーである。その様相は海蛇のようにも、或いは大きさも相まって東洋の龍神の様にも見えた。
 エイガーの言葉通り、ディープブルーは何らの障害にも当たる事無く暗黒の世界を動いていく。そしてディープブルーにはもう一つ、強力な探査システムが搭載されていた。人には到底聞こえない筈の音ですら探知し、増幅して搭乗者に伝えるソナーシステム。パイロットに骨伝導で伝えられるその音紋は、戦闘時の爆発音等は分別して伝えない様に調整、メンテナンスを繰り返され、エイガーにとって必要な音だけが選り分けられ届けられるシステムとなっている。
 それらのシステムを駆使し、とうとうエイガーは波間に揺られる船――スレイプニールを発見していた。

 「……いたな。では、リヴァイアサンに襲われるギリシャの勇者達の様に、勇猛に戦ってもらおうか!」

 エイガーが静かに吠える。そしてディープブルーは一直線に水面のスレイプニールに向かっていった。




 「『戦えない』ですって!? どういう事よ!?」
 《その通りの意味だ。俺はヤツとは戦えない――統一地球圏連合軍とは、な》

 機体のあるパイロットを除いた全員が集まった戦闘ブリッジ上で激すコニールに、冷淡にカナードが返す。
 スレイプニールがその機体を発見する事はそれ程難しい事ではなかった。何しろ巨大だし、堂々と真っ直ぐに向かってくるのだから。ところが機体識別コードに統一地球圏連合軍のものが使われていると全員に伝えられた時、上記の様な会話が行われたのである。

 「ミハシラは表立って統一軍とは構えたくないってか?」

 せせら笑う様に、大尉。しかしそんな挑発に顔色一つ変えずカナード。

 《仕方あるまい。まだ刺激する訳にはいかないと、ミナから厳命されているんでな。先の戦いの様に、テロリストが相手ならば『通りすがり』という事で何とかなるが》
 「……人権って何でしょうね、全く」

 シホが呆れた様に呟く。カナードは黙殺する。

 「でも、そうするとだ。シホさんの機体はメンテが完全じゃない、コニールのモビルアーマーは水中には入れない。大尉達の機体は回収すら出来なかった――動けるのは、シンのイグダストだけです」

 メカニック担当サイ=アーガイルが呟く。実際、現在稼動出来るのはイグダストとギャン=ウージェント=ボルトスのみだ。そして、戦えるのは。

 《別にいいさ。一人で戦う事には慣れてる》
 「シン!」

 パイロットスーツを調整しながら、シン。その淡々とした物言いにコニールは激すが、次が続けられなかった。

 《仕方が無いんだろう? なら、行って来るさ》

 コニールは気が付いていた。リヴァイブの、組織の目標すら無くしてしまったシンが己の所在を持て余している事を。
 そしてその事をシンが誰にも話そうとはしないであろう、という事も。

 「この、朴念仁! さっさと行っちゃえ!」

 コニールが搾り出せた言葉は、それだけだった。




 荒れた波間に飛び込むと、そこは意外な程静かな世界。泡沫と海流、そして差し込む光――シンにとっても慣れぬ水中の世界である。
 しかし、シンは落ち着いていた。何と無しに、落ち着いていた。別に勝ち目があるだろうとか、どういう風に戦おうとか、そういう事を考えていた訳ではない。本当に何となく――独りになりたかったから、だろうか。

 《まあ、思惟に惑う時でもなかろう。何処から襲い掛かってくるかわからん、監視を怠るなよ》
 「……そういや、お前がいたっけか」

 腕時計に内蔵されたAIレイに現実に引き戻され、シンは毒付く。とはいえAIレイの言い様は至極真っ当なものだったので、シンはモニタに集中する。程なくしてそれは視界に映った――その巨体は海中とは言え隠しようもない巨大なものだったのだ。
 体長は百メートル程もあるだろうか。モビルスーツのサイズでは到底ありえない大きさと長さだ。そんなものを内包できる海の大きさに改めて感心しながら、シン。

 「堂々としたもんだ」
 《隠し立てする気は無いという事だな――ならば、来るぞ!》

 水底まではまだ距離がある。身動きの取り辛い水中で襲うのは利に叶う。そしてその通り、その巨大なモビルアーマーは堂々とその武器を展開した。巨大な龍にも思える意匠、その顎が開く。巨大なクローアームで構成された顎の中央に装備された大型ビーム砲『スキュラ』――掴んで破壊する。単純明快、余りにも自然な殺意だ。
 そして――突進が来る!

 「チィッ!」

 シンは右腕のアームバルカンで牽制射撃を開始する。その時、シンは突進してくるディープブルーとかなり距離が離れている事を認識していた。そして、ディープブルーの突進速度が異常に早い事も。

 「図体の割りに、速い!」

 その大きさで、水中での距離感を見誤っていた事もある。だがそれ以上にディープブルーの速度は巨体に見合わぬ、圧倒的な速度で距離を詰めてくる!
 堂々としている訳だ――初撃でこちらを破壊する自信があったのだから。

 《食われたら終わりだぞ、シン!》
 「解ってる!」

 アームバルカンで落せる装甲ではない。だがシンにとって、アームバルカンであった事は僥倖だった――混ぜられていた曳光弾が、突進の速度と方向を教えてくれる。ビームではとっさにそこまで判断できなかった。

 「スクランブルバースト!」

 バーストモードをゼロモーションで起動、思い切り水を蹴飛ばさせ、瞬間的に水底にイグダストを泳がせる。頭を下に向け、スラスターも全開にし、持てるスペックを最大限利用した最大速度で潜行する――その速度は流石のエイガーでも想定できなかった速度ではあった。もちろん、シンにとっても。

 「……って水底!?」

 瞬間的に水底に突き刺さるイグダスト。正に勢い余って、というところだろうか。かなり間抜けな話だが、シンはここでも救われていた。ディープブルーが踵を返して再度の突撃を掛けて来ており、水底に入っていなければ攻撃は避けようも無かった。イグダストの激突で発生していた土石流が結果としてイグダストを隠す役目も果たした事もあり、ディープブルーの第二次攻撃は空しく水中を掻き混ぜたのみに終わった。
 とは言え。

 《今解析した情報だと、非常に分が悪い事が解った。どうする?》
 「そりゃどーも……」

 憮然とシン。当人としてもディープブルーの攻撃を避けられたのは、単に幸運に恵まれただけだと解っていた。
 単純かつ明快な攻撃オプション――そういうコンセプトは、局地専用モビルアーマーで最大限発揮される。ディープブルーの攻撃は正にそうしたもので、シンは仕官学校時代からそうした攻撃の恐ろしさをよく理解していた。

 「参った。イグダストは絡め手なんか使えないしな」
 《流石に正面対決は分が悪すぎるな。まともな飛び道具も無いし、水中で勝ち目は無いぞ》

 アームバルカンやビームブーメランでモビルアーマーが落ちるとは、どうしても思えない。ならば対艦刀で捌くか、或いは密着してパルマフィオキーナで破壊するか。問題はどちらも密着しなければならないという事で、先程の速度で海中を移動された場合イグダストで追い付ける確率は殆ど無い。結論から言えば、イグダストの取り得る攻撃オプションでは、ディープブルーを破壊できる確率はかなり低い、という事だ。
 ――そして、味方も居ない。

 (独り、か……慣れてるって思ってたんだけどな)

 今は水底に潜めている――だが、それはそう長くは続けられない。発見されるのはそう遠くは無いだろうし、何よりイグダストは燃費が悪い。長期戦には元々向いている機体ではないのだ。いつかはこちらから動かなければならない、だが速度は相手の方が上。見事に詰んでいる状態なのだ。

 「死ぬのか……俺?」

 口に出してみる。それで、ようやく体がそれを理解する。震えが湧き上がり、恐怖が背筋から這い上がってくる。いつもの戦場の感覚が、全身を支配しだす――余計な考えが、どんどん流れ落ちていく感触。

 (そうだ、これだ。これが欲しかった――俺が俺で居られる時。生きる理由とか、生きなきゃならない理由とか、そんなのはどうでもいい。ただただ『生きたい』っていう渇望、絶望にも似た願い。ただ平和に、ただ安寧になんて生きたくない――苦しんで、戦って、でも生き延びなきゃならないんだ。俺は、俺ってヤツは……!)

 シンは、或いは慟哭したかったかもしれない。けれど、もう涙は流れなかった。流すべき涙は、流れるべき涙は、もうとうの昔に流れ切っていたから。
 その思いが、その願いがシンを『最強』にしているのだと、シン当人は気が付いて居なかった。




 「むぅ……水底に潜んでいれば安全と踏むか」

 ディープブルーのコクピットは複数人での運用も前提にあり、かなり広い。コーヒーメーカーまで据え付けてあるので、エイガーは戦闘中にも関わらず一服していた。それは余裕の裏返しとも言えるが。

 「水中でこのディープブルーが負ける道理は無い。海上に出れば話は変わるが、それは有り得ぬ事。長期戦なら、尚の事よ……だが、少々飽きてきた。燻り出すとしよう」

 紙コップを握りつぶし、ダストシュートに放り込む。その様はまるで、ディープブルーのクローアームがイグダストを握りつぶし、破壊するジェスチャーの様にも見えた。

 「何故水中戦において、空中戦や宇宙戦でのエースが活躍できないのか。それは海流というものを理解しておらんからだ――海は海水で満たされている。それを理解せねば、水中での戦いには勝利できん」

 エイガーはディープブルーに不思議な動きをさせた。それは海底近くをまるで円を描くようにくるくると回る、それだけの行動だった。その行動は少しづつ場所を変えて行われる。それはまるで獲物を探す鮫の行動にも似ていた。そしてある場所においてエイガーは円を描く速度を速めていく。速く、速く――そして、水中にも変化が起きる。巨大なディープブルーが動けば水流が発生し、周囲の水が掻き回されていく。エイガーが探していたのはイグダストではない、海流――ここで動けば海流に邪魔されずに水流が作れるという場所である。そしてエイガーの望み通り、その場所に巨大な渦が出来つつあった。

 「これが水中での戦い方よ! 何人も水の流れは避けられん――水中に居る限りな!」

 巨大な渦は水面にも水底にも干渉し始め、水中はさながら竜巻の渦の如く。土石も、そしてイグダストも海底から巻き上げられ、渦に引っ張られて流される。それをエイガーは待っていたのだ。

 「今度は避けられまい!」

 莫大な水の流れは圧倒的なパワーを伴って。そしてその流れを突っ切って進めるディープブルー、万に一つもイグダストに勝ち目のない状況であった。
 再びディープブルーのクローアームが展開し、突進を開始。イグダストはそれを避けられず――いや。

 「何っ!?」

 イグダストが――消えた。いや、消えたと思えるほど凄まじい移動速度だった。水中戦に精通したエイガーだから理解できる。こんな、水流も海流も無視した速度は出しえない、と。ましてこんな、全てが巻き込まれている渦の中で。
 だが実際に、イグダストはエイガーの予想を超えて、ディープブルー並み、或いはそれ以上の速度で水中を進んでいる!
 程なくしてエイガーはその理由を理解した。イグダストが海面に向かって逃げている、だから気が付けたのだが。

 「対艦刀を横にして……オールの様に水を掻いて、だと!?」

 そう。水中を動く方法は二つ。スラスターやスクリューで自力で動くか、或いはオールや手で水を掻いて、その反動で動くか。実はこの両方を同時に行っているのがディープブルーであり、今のイグダストであった。
 そしてイグダストのパワーを持ってすれば、水中での移動速度は――。

 「なんという適応能力! しかし、だからこそ倒しがいがある!」

 エイガーは確信した。油断して倒せる相手ではない、死ぬ気で掛からなければ、と。
 状況は互角になったに過ぎない。ならば後は意地の張り合い、死闘の開始である。すばやくエイガーはディープブルーに積載されていた四門の魚雷を発射する。当たらなくてもいい、爆圧で相手の動きを制限するためだ。それは予想通り避けられたが、イグダストの動きが若干鈍る。そこへ――突進!

 「死ねぃ、シン=アスカ!」

 必殺の突進だった。如何に高速移動されても食い付き、破壊できる。そう確信できる突撃。だが、それを――それを、シンは待っていたのだ。
 余裕のある突進では駄目なのだ。相手も必死になり、無理をした突進でなければ。
 エイガーは気が付いていなかった。魚雷の爆圧に紛れ、イグダストが右腕に装備するワイヤーアンカーを伸ばしていた事を。それはまるで釣り針の様に。
 ワイヤーが引っかかる。瞬間、イグダストはその持てるパワー全てでディープブルーを引っ張っていた。エイガーの予想を超えて、更に速い速度でディープブルーに突進するために。

 「なっ……!?」

 衝撃には滅法強いフェイズシフト装甲、まさしく弾丸の如きショルダーチャージ!

 ゴガァッ!

 イグダストは一瞬の内に海面に、中空に吹き飛ばされていた。そして、ディープブルーは海底へ。半ば意識を失いながらも、シンは何とかスレイプニールへの着艦を完了させていた。




 ……とはいえ、一旦そこでイグダストとディープブルーの戦いは水入りとなりました。


 《スレイプニールの皆々様、お初にお目に掛かる方もいらっしゃると思う。私、カガリ=ユラ=アスハは統一地球圏連合、ひいてはオーブの主席などという肩書きを頂戴している。この度、皆々様に衛星レーザー通信などという手段で強引に通信をさせていただいたのは他でもない、そちらにいらっしゃるシン=アスカという青年に関することだ。そう、君の事だ、シン……久しいな。私は君を私の幕僚に迎え入れたいと考えている。今までの事は全て過去の事、これからの未来を君にも創ってもらいたいと考えている。どうだろうか、シン=アスカ?》

 コニールからの悲鳴の様な呼び出しを受けて、スレイプニールのブリッジに戻ったシンに投げかけられた状況は、その様なものだった。



 

 

 
 
 

2-6

2011.11.04.[Edit]
 ……自分で変わった所は何か。カガリ=ユラ=アスハは自問する時がある。 はっきりと変わったのは楽観的になったという事だろうか。『なるようになるさ』という魔法の言葉が脳裏でささやく時、すうっと気分が楽になる。 いや、違う。楽観的にはなっていない。そこに至るまでに自分に出来る事は全てやってやろうという気概。それが、カガリの心を楽にさせてくれているのだろうか。 「せめて後悔ではなく、反省にしたいからな」 ...

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 ……もう、どの位の時間が経ったのだろう。
 窓から差し込む明かりだけが、過ぎ行く時を教えてくれる。
 冷たい床、無機質な壁、無骨な鉄格子。それだけが世界の構成。
 
 (痛い――どこが? もう全身が悲鳴を上げている。強いるなら、どこが痛い?)

 自問。虚しい問い。諦めから始まる虚無。
 得られると思っていた平和、そして笑顔。今となっては虚しい栄光の姿。
 守りたかった。信じたかった。だが、裏切られた――自嘲が浮かぶ。

 「ミハエル……義兄さん……」

 遠くで聞こえてくる処刑の音。ヒステリックな観客の悲鳴。去来するのは悔しさか、憤怒か。

 (生まれてきて、ただ死ぬ事だけが俺達の『意味』なのか……そう言ったのは義兄でしたよね……)

 大尉や少尉は無事なのだろうか。そしてロマ=ギリアムは。
 しかし我が身の安全ですら保てぬこの状況で、果たして何が出来るのだろうか。

 (シン君。コニールさん、センセイ……逃げ延びてください……)

 中尉は暗闇の中、願い続けていた。辛うじて動く右手を懸命に動かして、己が生きている事を必死に確認しながら。

  

ベルリン。
かつてデストロイという大型モビルアーマーに、完膚なきまで破壊された都市でした。
焼け野原になった市街地、瓦礫の山になった高層ビル街。
そして打ち砕かれ、踏み拉かれ……それでも絶望しなかった人達。
その人達によって復興された巨大都市。それは統一地球圏連合にとっても、
ヨーロッパ方面のシンボルに相応しい都市でした。
その場所で、執り行われる統一地球圏連合三周年記念式典。
「恒久の平和」と「安寧の未来」を世界に宣言する舞台に、
当時の私は居たのです。



 「……ふう」

 ソラはどさ、とベッドに体ごと飛び込む。ふかふかのクッション――今夜はいい夢が見れそう、と素直に思える柔らかな感触だった。隣のベッドに同じ様にハナも飛び込む。やはり同じ様に恍惚の表情だった。

 「さっすが超高級ホテルのスイートルームやなぁ。横になっただけで旅の疲れが吹っ飛ぶわ」
 「だよね~。これはちょっと、体験してみないとわからないよ」

 枕に顔を埋めながら、ソラ。そのままぐるりと今度は仰向けになり、天井を見上げる。高級品らしき調度品、シャンデリアが見え、ソラは改めて自分がどこに居るのか考えていた。

 (オーブから8時間の距離。ベルリン――ヨーロッパの要衝。そして、今世界中から要人の集まる都市。改めて凄いところにきちゃったんだなぁ……)

 当初ソラ達は宿の手配ぐらい自分達で行なおうとした。しかし、その計画は三秒で頓挫した。

 「ホテルを予約? 今からじゃ無理だよ。空き部屋なんかある訳が無い」

 にべも無く、『紅の騎士』アスラン=ザラ。
 考えれば当たり前の事だった。統一地球圏連合三周年記念式典。統一連合の威風を世界に発信するまたとない機会。凄まじい額の予算が計上され、当然人の出入りも凄まじい事になる。そんな状態で「今日の宿、ありますか?」と聞いて回る事は砂漠で水を探す様なものであった。
 結局、ソラ達はカガリの好意に甘える事にした。カガリは統一地球圏連合の盟主――警護規模は最大のものとなる。その為、普段停泊する領事館だけでなく、幾つものセーフハウスが用意されていた。状況と場合によってそれらを使い分け、対応出来る様にである。今ソラ達が居るのはその中の1つで、市街地に最も近い位置のホテルであった。

 「使うかどうかわからないから使ってくれて構わない……なぁんて、さっすがカガリ様やな。太っ腹やわぁ」
 「ハーちゃん、ケチとかそーゆーレベルの話じゃないよ」
 「わかっとる。感謝しとるわ、シーちゃんを少しでも探しやすい様にしてくれたんやからな」

 実際の問題として、シノ=タカヤを探す事はかなり難しい。犯罪者でもないから非常線を張る訳にはいかないし、まして指名手配をする訳にもいかない。まして、この人だかりである。ベルリンはオーブ本国並みのバイオメタリクス認証が普及しているので、ベルリンに入ってくれれば探し出せるのだが――結局、それを待つしかないのが現状だった。
 ただ、大人しくなんていられない。その気持ちをカガリは汲んでくれたのである。
 ソラはもう一度寝返りをして、テレビのリモコンを拾う。何かニュースを見ようかな、と思い立ったのだ。スイッチを入れ、モニタが反応し――その時、インターホンが鳴った。ハナが「誰やろ?」と対応に出る。

 《居るか、二人とも》
 「……カ、カガリ様!?」
 《なんだ。来ては不味かったのか?》
 「いやいやいやいや、そんなん違うて……えええ!? こっちに来られて大丈夫なんですか!?」
 《勿論、大丈夫な訳がない。だがまあ、この程度なら……な》

 ハナの悲鳴にも似た問いに答えたのは、カガリの傍に立っていた人物、アスランだった。困ったような、仕方の無いような、そんな顔をしている。カガリはそんなアスランに悪戯っぽく微笑んでいた。

 「と、とにかく今開けますよって!」

 ハナが慌ててドアに飛んでいく。ソラは半ば呆気に取られながら、成り行きを見守っていた。しかしはっと気が付くとリモコンを放り出し、ハナの後を追う。

 「これから忙しくなるので、今日の食事くらい楽しんで食べたいからな。一緒にどうだ?」
 「……まあ、味の保障はするよ。一流のレストランだしね」

 楽しそうにカガリとアスラン。ハナとソラは顔を見合わせた。

 「な、なぁ。うちら、お邪魔とちゃう?」
 「で、でもさ。誘ってもらってお断りするのも……」

 気付かれない様に、2人。とはいえ断るだけの理由も意志もないので「あ、じゃあよろしければご一緒させてください」と言うのがやっとだった。
 そうと決まれば、部屋着の身なりでは不味い。着替えにクローゼットに取って返し――その時、ソラは見た。テレビに映っていた映像、そして字幕。悲鳴を上げる、その内容。

 《今回処刑されたシン=アスカは、あの緑のモビルスーツ『イグダスト』のパイロットと目されている男です。彼の所属していたリヴァイブという組織はサムクァイエット基地陥落の混乱に乗じてゴランボイ地熱プラントも破壊しようと目論んでいた集団でした。今回ローゼンクロイツの盟主、ミハエル=ベッテンコーファーが先んじて彼等を全員捕らえたので、事無きを得ましたが……》

 そして絞首台に吊られていた、見覚えのある黒いコートの男。真紅の瞳が印象的な――シン=アスカ。その体は力なく、命の輝きが全て失われていて――。

 「……いやあああぁぁっ!」

 ――ソラは絶叫していた。




 統一地球圏連合軍治安警察ベルリン支部。そこに就任したばかりのメイリン=ホークは、早速カンヅメになっていた。別に仕事に没頭したいとか、そういう事ではない。単純に山積する仕事を片付ける為には徹夜を避けてはいられなかったのである。

 「……真面目で勤勉、という事は時として罪悪ね。何だってのよ、この文書主義集団は……」

 ベルリンに住まう人々の人となりは、誤解を恐れずに表記すれば『病的な勤勉さ』である。主力戦車を造れば「この流線形を出す為には鋳造だけでは駄目だ。ハンマーで叩いて伸ばさなければ!」と戦時下にも関わらず力説。必然的に主力戦車の量産を遅れに遅れさせたという前科もある。もっとも、だからこそ「世界最強戦車」と成った訳だろうが。
 そんな祖先を持つベルリンの人々は、先祖に習い勤勉であった。具体的には職員全員が1日何杯のコーヒーを飲んだのか、或いは空調を何時何分まで使用していたのか――諸々の領収書がきちんと整理されて保存されていたのである。さて、その様な集団のトップになってしまったメイリンの苦労はどんなものだったろうか。
 秘書代わりに整理を手伝っていたエルスティン=ライヒが呟く。

 「記録は日常、整理は美徳。夢と希望はケント紙に書けなければ意味が無い――父がよく呟いていました」
 「……とても夢のある話だわ。ドアを開けて飛び出す選択肢は無かったのかしらね」
 「さあ? どうでしょう、雨が降ったらケント紙が濡れてしまいますね」

 頬杖を付いて、メイリンは溜め息を付く。つくづくゲルハルト=ライヒは恐ろしい。まさか、こんな懲罰を用意していたとは。考えすぎだとは思いながらも、その程度の陰謀はあり得ると思えてしまう。人徳の賜物、というべきか。
 そんな事を考えていたからかも知れない。電話が鳴り出した――ゲルハルト=ライヒからだ。

 「噂をすれば何とやら、かしら」
 「オスカーがよく言っていました。『長官に所用がある時は悪口を話してみなさい』と」
 「……苦笑も出来ない冗談だわ、それ」

 手元のコンソールを操作し、モニタを呼び出す。映像が現れ、次の瞬間――心底メイリンはうんざりした。上司の陰湿さと陰険さと、性格の悪さに。おそらくはその映像をしっかりとメイリンに見せる為に、だろう。ライヒは映像に姿を現さず、音声のみで言う。

 「ふむ。その様子だと既に情報は仕入れている、という事かな?」
 「……お陰様で」

 うんざりとした口調を隠さずに、メイリン。その映像が気分の良いものでないという事は明らかだった。シン=アスカが首吊りで公開処刑された映像――に、見せかけられたもの。シンではない。その事は知っていたが、さりとて気持ち良く見れる映像でもない。辟易してメイリンが言う。

 「造り主は、ローゼンクロイツです。ローゼンクロイツは東ユーラシア政府と独自に交渉を行い、リヴァイブを突き出す事を交換条件にゴランボイ地熱プラントの一部権利を取得しました。政治屋としては一流かもしれませんね、ミハエル=ベッテンコーファーは」
 「ふむ、強すぎる力を恐れる政治屋か。恐怖政治が好みだろうな」

 吐き捨てる様にメイリン、対照的に面白そうなライヒ。しかし、次のライヒの言は凄まじい毒を含んでいた。

 「だが、政治屋としても無能だ。詐欺師にしか成れぬ者に、成功は無い。嘘を付くのならば、墓穴まで持ち込める算段を踏まねばならん――彼は猟師の前で妻子を差し出す狐でしかない」
 「…………」

 ミハエルとしては、何としてもゴランボイ地熱プラントの営業権が欲しかったのだろう。その一部だけでも――それだけでも財産としてはこれ以上ないもので、沢山の人々が救われ、潤う事だろう。しかしそれは、あくまでも一部。ミハエルが救おうとする人々のみに限られる。これは政治の本質であり、政治家に求められる事だ。その意味でミハエルを責める気持ちは、ライヒにもメイリンにも無い。
 しかし、である。ミハエルは愚かだ――これは、両者の共通認識だった。

 「死んだはずの男が再び現れた時、どうなることやら。既に手は打っているのだろうが……私はのんびりと君の采配を見物させてもらおう。期待しているよ、メイリン部長」
 「ご期待に沿える様、努力してみますわ。ライヒ長官」

 モニタから映像が消えた後、メイリンは大きく伸びをする。息が詰まる――だが同時に。

 「好きにやれって事よね。いいわ、見てなさい。最高の喜劇を演出してやるわ」

 メイリンは知らず、微笑んでいた。悪戯っ子の様な、狩人の様な微笑み。『治安警察の魔女』と呼ばれる女の姿がそこにあった。



私も後で知った事ですが、この時リヴァイブのメンバーは過酷な状況に陥っていました。
ヨアヒム=ラドルさんの勇敢な突撃によってサムクァイエット基地攻略は成功したのですが、
辛くも脱出した他のメンバーは保護されたローゼンクロイツに拘束される事態になってしまったのです。

「お前達はやり過ぎた。英雄は我々でなければならんのだよ」

サムクァイエット基地攻略で全軍出撃したにも関わらず、
ローゼンクロイツは殆ど存在感を示す事が出来ませんでした。
そして、イグダストの存在――それは為政者にとっては恐怖以外の何者でもありません。
ただの1機。なのに、戦場そのものを圧倒した存在感。
それはローゼンクロイツ、ひいてはミハエルの勢力を脅かすに充分なものでした。
そして東ユーラシア政府にとっても――両者の利害は一致し、交渉のテーブルが出来上がったのです。
リヴァイブの主要メンバーは全て捕らえられ、一部のメンバーは苛烈な拷問に晒されたそうです。

このローゼンクロイツの許せない行動により、今まで動いてなかった陣営までが
意外な理由により参戦する事となりました。

アメノミハシラ。

統一地球圏連合に属しながら、統一地球圏連合の枠に当てはまらない。
空中庭園の住人達が動き出したのです。 




 バードクーペ空港都市。
 ガルナハンの空の玄関口であり、交易の中心地であり、そしてローゼンクロイツの本拠地でもある。巨大な滑走路とマスドライバーに挟まれる形で存在するこの街は、街というより要塞の様な堅牢さも兼ね備えていた。そうした様相は、ガルナハンの大地においてバードクーペが大きな役割を果たしている事の証明であり、ローゼンクロイツがただのテロリストグループとは違うという証左でもあった。
 既に時刻は夜。しかし街からは明かりは消えず、街の役目は眠らない。
 さて、その様な消えぬ明かりの一つ。そこでモニタ越しに、ある密談が行なわれていた。

 「感謝しますわ――あの時の約束を守ってくれた事に」
 《約束が守られぬと疑われるのは、不本意だな。私はどの様な情勢であれ、約束は守る。誰を敵に廻しても、だ》

 くす、と緑色の髪をした女性が微笑む。「本当に変わらないわ、貴女」と呟いて。

 《貴女も変わらぬよ。エリーゼ。アマルフィ家で初めて会った時からな》
 「……懐かしい名前だわ。もう、忘れかけていた。御免なさいね、こんな時に頼れるのは結局『続柄』なんて」
 《誤解されては困るが、私は盟友アマルフィ家だから助けている訳ではない》

 張り付いた様な微笑み、社交的な態度。だがその奥に隠された、ぶっきらぼうな誠実さ。あの時好きになった親友の姿が変わらずそこに在る。それがエリーゼ――センセイには嬉しかった。モニタの向こうで長い黒髪を指で弄びながら、アメノミハシラ最高権力者ロンド=ミナ=サハクが続ける。

 《とにかく、この情勢は既に外交ルートだけでは解決出来かねる。ならば、石を投じればよい――強力な一石を、な。それは明日には用意出来よう。それまで無茶はしてくれるな、エリーゼ》
 「ありがとう、ミナ……貴女から連絡をくれるなんて思わなかったわ」

 少しだけミナはきょとんとする。しかし数瞬の後にくす、と笑った。

 《あの暴れ姫が大人しくなったものよ。長生きはするものさ》

 そう言って通話は切れた。ミナの姿が消えた後も、センセイはモニタを凝視していた。いや、見ていたのはモニタではない。

 「ロマ。お願い、生きていて……」

 見ていたのは飄々とした男の顔。似合わぬ仮面で顔を隠した、リヴァイブのリーダー。けれど、大きな荷を背負ってもなお歩みを止めなかった男の顔。ロマ=ギリアム――ユウナ=ロマ=セイランの顔だった。




 ――言い争う声が聞こえてくる。

 「……どうして貴方はずっと、そうなんですか!? あの時から何も変わらない!」
 「何度も言わせるな。もはや変える気はないと言っているだろう」
 「意固地になったって、何も変えられないし変わらない。そう教えてくれたのは貴方だったでしょうに!」
 「おーい、一応病人の前だから静かにならない?」
 「本当よ。少しは静かにして欲しいわ」

 怒鳴る女性の声、そして受ける男性のつっけんどんな声。そして飄々とした声に、憮然とした声。1人を除いて知った声だった。

 (コニールとシホ=ハーネンフースと……そうだ。ストライクブレードのイザーク……イザーク!?)

 重い目蓋を無理やりこじ開け、飛び起きる。自分はまだ、戦っていた最中ではなかったか。寝ている暇は一欠けらもない筈だから。しかしそこは既にイグダストのコクピットではなかった。どこか見覚えのある医務室――ミネルバなど戦闘艦に設置されている医務室に良く似ている。そこのベッドにシンは横たえられていたらしい。
 すぐに視界一杯に、コニールが飛び込んできた。

 「シン、大丈夫なの!?」
 《起きたか、シン》
 「おお。起きた起きた、良かったよ。ずっとこの口論を聞かなきゃならんのかと思っていた所でね」

 Aiレイの声、そして黒い肌をした金髪の男。見た事がある――ZAFTに居た時に。そう、確か……屈指の名スナイパー、ディアッカ=エルスマン。ヤキン=ドゥーエの英雄達の1人。他に居るのは、シホと白髪の男――イザーク=ジュール。こちらもヤキン=ドゥーエの英雄だ。
 しばらく辺りを見回した後、シンはコニールに泣き言を漏らした。「何がどうなっているのか、説明してくれないか?」と。




 「おら、入っていろ!」

 ロマの背中が、したたかに蹴飛ばされる。ロマは抵抗も出来ず、牢獄の床へ胴体着陸を余儀なくされた。

 「痛っ……!」

 与えられているのは簡素な囚人服だけ。それは裂けた肌から流れる血でどす黒く変色していた。

 「……ははは。鞭って痛いものだったんだなぁ……」

 ロマがぼんやりと呟く。体に走り続ける痛みから、少しでも気を紛らわしたかった。痛む体を無理に起こし、壁に背を委ねる。痛かったが、気持ちの上では多少マシになった。その時ロマはようやく気が付いた――この牢に先客が居た事が。

 「やあ、中尉。手酷くやられたね」
 「……この暗がりで良くわかりますね」

 唯一の明かりは窓から差し込む月明かりだけ。輪郭は見えても、すぐに誰か判別できるものでもない。しかしロマはあっけらかんと言う。

 「カンだよ。中尉かなって」
 「貴方らしい、といえばそうですが……」

 お互い、傷だらけだった。ロマは中尉の様子をみて、致命傷ではない事を確認する。どの道治療器具も無いが、もしも最後ならば、少しでも楽にしてやりたいという気持ちは湧くものだ。ロマはしばらく黙り込んだが、意を決したように中尉に語り始める。

 「そのまま聞いてくれ。僕らが同室になったのは、恐らくシンの行方が全くわからなくなっているからだよ」
 「……仲間内で油断した所で、情報を話させる。よくある手口ですね」

 ロマは頷くと、続ける。

 「正直に言うと、僕らだってシンとコニールの行方はわからない。ラドルの勇敢な行動で、あの辺り一帯が吹き飛んでしまった――僕らが拷問までされているのは、シンの生死が不明だからだろう。状況から考えて、シンの死亡が確認されているならば、僕らを生かしておく必要はないからね。恐れているのはイグダスト、だろう。だとすれば、ミハエルが次にどうするか、僕には大よその予測が付く」

 ここで一呼吸、ロマは置いた。少しだけ迷った様子だったが、中尉が促す。
 
 「今更悪い予想程度で驚きませんよ。どうなります?」
 「……すまない。おそらく僕らは明日、公開処刑されるだろう。時間を掛けて、ゆっくりとね。イグダストのバッテリーはどんなに節電しても、明日には切れるだろう。シンに対して最大限のプレッシャーを掛け、いぶり出す気だ」
 「我々が残酷に殺されれば殺されるほど、シン君は耐え切れなくなる。それを狙うという訳ですね……」

 俯くロマ――それきり、ロマは黙り込んだ。中尉は牢獄の一点を見つめ続け、胸の内にある決意を固めつつあった。明日、それを完遂する為にはどうするか、それを考え続けた。




 次の日は、春の訪れを感じさせる快晴だった。
 木々の新芽が次々に生まれ、花々が咲き誇る。梢を駆け抜ける風は優しく、心地良い。
 だがそんな自然の美しい営みは、そこに住まう人々には見向きもされない――バードクーペ市民の興味は正午の鐘を合図に始まる、リヴァイブのメンバーと猛獣の戦いに集約されていた。

 「今回の猛獣はライオンか? それともグリズリーか? さあ賭けた賭けた!」

 それは、バードクーペ市民にとっては娯楽の一種だった。死刑囚を猛獣と戦わせ、生き延びれば罪を不問とする――ローマのコロッセオを髣髴とさせるそのイベントは、何時しか市民の賭博対象となり、常に圧政に喘ぐ人々の捌け口として市民には受け入れられていた。
 集まった四人は、それぞれのボロボロの姿を確認して言い合う。

 「なんだ大尉、やたら元気そうじゃないですか」
 「仕方ねぇだろ。拷問ってな慣れよ、慣れ。あんなもん数をこなせばちょろいぜ」
 「……出来ればこなしたくなかったんですけどね」
 「まあ、みんな無事で何よりだよ。僕らのイベントが行なわれるって事は、シンとコニールは逃げおおせたって事だからね。後は僕らが自分の見の振りを決めればいいって事さ」

 少尉が茶化し、大尉がうっそりと言い、中尉が微笑みながら言う。いつものトリオを嬉しそうに眺めながら、ロマは皆に問いかけた。

 「さて、どうする? 生きるか、死ぬか――どっちに賭けようか?」

 応えたのは大尉だった。

 「なる様になる、さ。今までも、これからもな」

 四人は歩き出す。己の死刑執行場所へ。だが、不思議と恐れは無かった――ただ、1つだけ皆の心に共通の願いがあった。『来るなよ、シン』と。




 《エネルギーライン確認。デュートリオンフェイズシフトシステム、オールグリーン。バッテリーもフル充電だ。どうやらメンテナンスに手抜きは無さそうだ。存分に性能を発揮できるぞ、シン》
 「……統一連合にも居るもんだな。掛け値無しの馬鹿って」

 イザーク=ジュールの事である。全ての説明が行なわれた後、全ての事象を無視してイザークはこう言い放ったのだ――「俺と戦え。全ての準備は整えてやる」と。
 統一地球圏連合軍強襲揚陸艦ミネルバ改級ジークフリードのモビルスーツデッキから、シンはイグダストを歩いて出撃させる。流石にこの状況で合体出撃はしたくなかった。同じ様に隣のモビルスーツデッキからイザークのストライクブレードが出てくる。件の対艦刀レーヴァティンを携えて、だ。
 ジークフリードのブリッジではコニールとシホ、ディアッカがこちらを見ている。ふと、シンは気が付いた。

 「なあレイ。なんでコニールとシホがこの艦に載ってるんだ?」
 《お前を探しに来たら拿捕されたそうだ。まあ良く撃ち落されなかった、という所だろう》
 「ふぅん……」

 しばしシンはシホを眺めていたが、次の瞬間視界をストライクブレードに切り替えた。シホに何か言ってやるにしても、こちらが先だからだ。

 《今までの勝敗は一勝一敗だ。ならば今日、全ての決着を付ける!》

 厳かに、イザーク。シンも返す。

 「ああ。異論はない。ストーカーもこれっきりにして欲しいもんでね」
 《言うわ。ならば……初めようか》

 ストライクブレードがゆらり、と動こうとして――シンが制した。

 「1つだけ確認しておきたいんだが、何をしても『構わない』んだよな?」
 《構わんぞ。貴様が俺に勝てる術があると思えるのなら、な》
 「ああ、あるぜ――飛びきりのヤツがね。レイ、バーストモードスタンバイ」
 《よし。バーストモードスタンバイ、VR》

 三度、ガルナハンで相対する兄弟機。立ち上る、紅と蒼のエネルギー残滓。機体が軋みを上げ始め、そして。

 《バーストモード、テイクオフ! 行け、シン!》
 「ああ!」

 イグダストが動く。しかし向かったのはストライクブレードではなかった。向かったのは。

 「――勝てないのなら、逃げれば良いんだよっ!」

 言うが早いかイグダストはきっかりと反転し、逃げ出したのである!



正午の鐘が鳴り響く時、多くの事が一気に起こりました。
一つ目は、リヴァイブメンバーの公開処刑が始まった事。
二つ目は、地味な事ですがバードクーべ中の有線通話がシステムトラブルにより使えなくなった事。
三つ目は、緑のモビルスーツがバードクーペ目指して走り出した事。
更にもう一つ。それは天空より舞い降りし――




 最初に気が付いたのは、バードクーペ空港監視塔で働くオペレーターだった。

 「……隕石?」

 それは急にモニタに現れた。大気圏上空、地上に降りるための進入角度を最終決定する高度に、だ。言い換えれば、その時点で地上のどこに下りて来るか決定される――防衛の観点で言うならば阻止臨界点。
 オペレーターはマニュアル通り、それの予想突入地点、そして大きさをチェック。次の瞬間、悲鳴を上げた。

 「こちら管制塔! 所属不明のモビルスーツがバードクーペに降下してきます!」

 金属、熱源、質量――それらがモビルスーツである事を余す事無く伝えてくる。そして、それの予想落下ポイントは正にここ、バードクーペだった。

 「何故今の今まで発見できなかった、職務怠慢だぞ!」
 「違います、本当に今、突然現れたんです! だとすれば……」

 他の同僚がオペレーターを怒鳴りつけるが、オペレーターも必死で返す。同時に、オペレーターはある思考に瞬間的に辿り着いていた。

 「……ミラージュコロイド?」

 ステルス機であるならば、それも可能だ。で、あるのならば目的は――バードクーペへの明確な侵攻。

 「防空警報! 本部にも連絡しろ!」

 未だ戦火の耐えぬガルナハンはバードクーペのスタッフである。そこは切り替えも早く、対応を開始した。しかし。

 「……有線通話が遮断されています! レーザー通信にて通信を開始します!」
 「何だと!? 既にシステムハックされているというのか!?」

 オペレーターと同僚は青ざめていた。だとすれば、次に来るのは。
 ふと、窓を見やる。まだ空は蒼いのに、雪が降り始めていた……否、雪ではない。

 「広域散布型チャフ・グレネード……レーザー通信も封じる気だ」

 誰が、一体、何の為に。今こそ平和になったガルナハンに攻め入るというのか――それは管制官の考えであり、バードクーペ市民の共通認識でもあった。
 平和になる者、平和になった者。そして、踏み台にされる者。それぞれが正義を持ち、信念を持ちえるのなら、こうした事も起こりえる。何が真の正義であるのか、誰もが解らぬ故に。




 ――天空に、一筋の流れ星。それを度の濃いサングラスで確認しながら、センセイは呟く。

 「来たわね……」

 載っているジープのエンジンを掛け、待機する。始まるのは、大混乱。行なうのは、ロマ=ギリアムの救出。旧スレイプニールはバードクーペ郊外に放置されているはず。後は混乱に乗じてそこまで逃げればいい。
 気になるのは混乱の規模だが。

 (あのミナの言い様だと、派手にやる気みたいだけど。どの程度にするのかしら?)

 その疑問は、数分も経たずに明らかとなった。チャフが街中に降り注ぎ始め、そして、モビルスーツが凄まじい勢いで降下してくる。その外観は見た事も無い――いや。

 「……呆れた。最高機密の最新鋭機を……」

 凄まじい地響きを立てて、さしたる抵抗も無くバードクーペにモビルスーツが着地する。赤銅色のボディに、鋭角的なライン。アメノミハシラ機密兵器にして、『三銃騎』の1つ――ギャン=ヴューテント=ボルトス。ならばパイロットはカナード=パルスの筈だ。

 「感謝するわ、ミナ。最高の友達を持った事に」

 ギャン=ヴューテントが動き出す。後に起こる大戦でミハシラの中核を為すモビルスーツの一翼が、遂に公の場に姿を現した瞬間であった。




 カナード=パルス。
 スーパーコーディネイター計画に生まれながらに翻弄されるキラ=ヤマト――そのクローンとして産まれ出でた者。
 幸か不幸かスーパーコーディネイターという存在には成り得なかったが、代わりにコーディネイターとしても傑出した戦闘能力を得る事となった。様々な出会いと別れを経て、人としてもコーディネイターとしても大きく成長し……

 「全て、破壊するッ!」

 ……て、なかった。
 赤銅色の機体、ギャン=ヴューテントが優雅さの欠片もなく強引に跳躍した。機体のパワーにモノを言わせた、強引な操縦だった。

 「ミナめ! 俺に露払いなぞさせおって!」

 カナードが激す。どちらかと言えば華奢なボディのギャンが、不釣合いな程豪快に左手に装備したラウンドシールドを振り回した。するとそれが左手から外れ、高速回転をしながら敵――事態を収拾しようと起動しだしたモビルスーツにぶち当たった。起動したばかりのダークダガーが何もできずひしゃげ、爆散する。

 「大体、俺がなぜこんな事をせねばならんのだ! この様な雑魚なぞ、物の数でもないと言うのに!」

 今度は右腕に構えられたビームライフル――むりやり先端に対艦刀を取り付けたような銃剣――を振り回し、近くにいたダークダガーを二機、立て続けに屠る。それは洗練とか優雅という言葉からは懸け離れた豪快かつ豪壮、有り体に言えば『暴力』を体現する様な動きであった。
 次々にローゼンクロイツのモビルスーツが起動を開始する。さすがに本拠、その数は無尽蔵と言ってもいい。だが、カナードはこう叫ぶと、その群れに突っ込んでいった。

 「余計な仕事を――増やすな!」




 「一体何事だ! 現れたのはイグダストでは無いというのか!?」
 《違います! あんな機体、見た事もありません。しかし、ハッキリしているのは敵だ、という事です!》

 ミハエル=ベッテンコーファーの執務室。ミハエルの怒声に、オペレーターが懸命に説明する。
 ぎり、と歯軋りをする。何故こうも上手くいかないのか、と。苛立ちを隠さず、ミハエルは怒鳴りつける。

 「とにかく、取り押さえろ! モビルスーツ1機なぞ、どうとでもなるだろう。取り押さえて背後関係を調べ上げろ!」
 《了解!》

 乱暴に通信を打ち切る。ミハエルは落ち着こうと深呼吸をして――出来そうもなかったのでデスクの引き出しから常備薬を取り出し、一息に飲み込む。それから大金を叩いて買い付けさせたスイス製の高級椅子に身を投げ出し、束の間の安息を得ようとして――やはり、出来なかった。
 ズゥン、ズゥン、ズゥン……絶え間の無い爆発音に似た音が腹に響く。その音はだんだんと大きくなってくる、近付いてきているのだ。

 「……何の音だ?」

 心当たりは無い。無いはずだ――だが、落ち着かない。湧き上がる不安が、ミハエルの情動をひたすらに刺激する。その音は、或いはミハエルにしか聞こえなかったのかもしれない。距離や位置から考えれば、伝わる方がおかしい音だったからだ。その音は明確な意志と殺気を伴って、ミハエルの下へ向かってきている――直感という名の本能が、それをミハエルに伝えていたのかも知れない。ややあって、その音の主が発見されたという一報がミハエルに伝えられた。それは幾分のヒステリックな悲鳴と、

 《で、出ました! イグダストです! 奴がこの街に!》
 ゴガァッ!

 足音がやって来る。衝撃、そして爆発。イグダスト――シン=アスカの破壊の意志と殺意を伴って。




 処刑場は、処刑どころでは無くなっていた。この様な情勢で悠然と食事の出来る猛獣も居なければ、悠然と出来る観客、そして処刑人も居ないのだから。

 「……とはいえ、放り出されても困るんだけどねぇ」
 「リーダー、ドサクサ紛れに逃げるぜ。少尉、中尉は?」
 「さあ? なんか『用事がある』って行っちゃいましたけど」
 「そうか……」

 珍しく大尉が渋面になる。だがすぐにロマに向き直ると、こう言った。

 「とにかく、千載一遇のチャンスだ。生き延びるぞ――付いて来い!」




 イグダストがバーストモードを発動して全力で走る――その速度はなんと、スラスター全開での飛行よりも早くなってしまう。その事を知っているのはシンとAiレイのみで、イザークとしては知りえない情報だった。

 「なんという、なんという奴だ!」

 踵を返して突っ走るイグダストに、さすがのストライクブレードも追い付けない。イグダストの踏み締めるパワーで大地が連続して爆ぜ、それらもまたイグダストを追うのに壁になっていた。そしてあっという間にイグダストはバードクーペの街に辿り着くと、大暴れを開始した。そしてそれを追いかけてバードクーペに入ったイザークのストライクブレードもまた。

 《と、統一軍機だ! 統一軍まで来たぞ!》
 《怯むな! 迎え撃て!》
 「貴様らァァァッ!」

 ローゼンクロイツにとり、統一地球圏連合軍は紛れも無い『敵軍』である。イザークはそこに飛び込んでしまった形になってしまった――シンの狙い通りに。

 「何処だ、イグダスト! 姑息な手を使いおって! 貴様等も貴様等だ! 何故しっかりと防衛活動をしなかった!」

 言いながらレーヴァティンを振るうストライクブレード。先に大規模な通信妨害を受け、更に宇宙からも侵攻されているバードクーペ守備隊が浮き足立つのは、止むを得ないところはあるだろう。
 何機かのダークダガーを数瞬で血祭りに上げると、イザークは前方にイグダストを発見した――そして、自分に向かって投げ飛ばされ、唸りを上げて飛んでくるダーグダガーも。

 《言っておくが、周りはお互い全部敵――互角の決闘だぜ!》
 「抜かせっ!」

 激し、イザーク。しかし脳裏では冷静に分析も行っていた。

 (……直接的にレーヴァティンの間合いに入れば、イグダストでは防げない。ならば、乱戦に持ち込めばいい――戦場の真っ只中の方が安全だと考えたのか!?)

 加えて、ここで大暴れをすれば捕まっているはずのリヴァイブメンバーが脱出できるチャンスも作れる。そこまで考えての行動だとすれば。
 ふん、とイザークは鼻を鳴らす。

 「いいだろう――戦場での決闘こそ、華々しいというものよ!」

 この男は、シン=アスカは本気でイザークに立ち向かう気で居る。それがイザークには嬉しかった。




 ミハエルは先程から怒鳴り続けだった。喉がカラカラになりながらも、ひたすら怒鳴る。

 「何とかしろ! 相手はたった3機なんだぞ!」
 《む、無理です! 通信妨害で組織だった動きが出来ない上に、散発的な動きではイグダストに武器にされてしまいます! モビルスーツを1機づつ片手で振り回す様な奴を、一体どうやって!?》
 「それがお前等の仕事だろう! 弱音を吐くな! ……おい、どうした!?」

 爆音、そして悲鳴と怒号。人が走り去る音――全てを悟り、ミハエルは通信を切る。

 「どいつもこいつも! もうすぐ皆が平和に暮らせる世の中が来るというのに!」

 いらいらしながら、ミハエルはデスクから拳銃を取り出す。弾が入っているのを確認して立ち上がる。と、執務室のドアが開いて、誰かが入ってきた。その人物、中尉はミハエルに拳銃を向けていた。

 「どこかへお出掛けですか? 義兄さん」
 「……お前か。闖入者を私自ら、退治しようと思ってな。だが、何故私に銃を向ける? 平和な世の中を作る――その為に命を張る。そう言ったのは他ならぬお前だぞ?」
 「ならば何故、私を裏切ったのか!」

 中尉が一歩、前に出る。壁に沿ってミハエルも下がる。次第に部屋の端にミハエルは追い込まれていった。

 「平和には痛みが伴う。誰かを犠牲にしなければならん。誰かが犠牲にならなければならんのだ」
 「それをしない――させないのが『平和』ではないのですか!?」
 「『平和』の為の犠牲は、必要なのだ! その様な青い考えでは、政治は出来ん!」
 「詭弁を言わないで下さい。貴方もまた、同じだ。今までの為政者達と、結局……同じだった」

 中尉が目を伏せる。その隙をミハエルは逃さなかった。

 「……だから、何だ!?」

 懐から拳銃を取り出し、迷い無く中尉を撃つ。それは中尉の腹部に命中し、ごぼ、と中尉が吐血した。

 「今までの為政者と同じ? だから何だ?」

 更に二発、無造作に肩と足を撃つ。あっという間に執務室に血が広がり始めた。中尉の拳銃を蹴り飛ばし、部屋の隅に追いやると中尉の頭に拳銃を向け――そして、躊躇い無く引き金を引いた。

 「人間の幸せとは、所詮誰かの幸せを奪う作業に他ならん。政治とは、それを美辞麗句で塗り固め、見栄えを良くしたに過ぎん。それが解らなかったから、私はお前を切り捨てたのだ」

 中尉の体がごとりと床に落ちる。流れた血が更に広がり、部屋全体が血に染まったかのようだった。ミハエルは襟元を正し、部屋を出ようとして――ふと、窓の外を見た。影が急に広がった様に感じたのだ。
 そして、それはその通りだった。カナードのギャン=ヴューテントがこの近くまでやって来ていたのだ――ダークダーガーを蹴散らしながら。部屋を覆った影が現れたのは、破壊されたダークダガーの頭部が正にこの部屋目掛けて飛んでくる瞬間だった。
 逃げる暇も、悲鳴を上げる余裕も無かった。一瞬の内にミハエルは機械と建材に押し潰され、この世から轢殺されていた。その様はミハエルが常々考えていた『奪われる者』そのものの様でもあった。




 何時の間にか、本当に何時の間にか。もう動くモビルスーツは周囲に居なくなっていた。
 いや、1機だけ――イザークのストライクブレードが。

 「なあレイ、リーダーや大尉達は逃げおおせたかな」
 《解らん。確認のしようもないが、あの連中の事だ。まあ大丈夫だろう》
 「……そっか。なら、いいかな」

 ふう、と溜息をついてシン。もう一度深呼吸をして、決然と対艦刀を構える――ストライクブレードに向かって。

 《小細工は仕舞いか?》
 「ああ。とりあえずやりたい事は出来た――付き合ってくれた礼だよ」
 《フン……どうする? お前は、俺を倒せるのか?》

 イザークらしい言い様である。この男はおそらく、ずっとそれを追い求めてここまで来てしまったのだ。
 そう――『最強の戦士』という称号を求めて。
 シンは、ちろと唇を舐めた。勝つ自信なぞ、更々無い。或いは生き残る自信すら。しかし体が発したのは、次の言葉だった。

 「倒せるさ。俺とイグダストなら、な」

 言ってから、総毛立った。殺気が段違いで増えたのだ。冷や汗が全身を伝う、それが詳細に解って、シンはもう一度唇を舐めた。

 (怖い……な。でも、俺も引けない。ルナマリアが俺を信じて、最強と言ってくれたこの機体。俺が引く訳にはいかないんだ)

 イザークが、背負ったものがある。ならば、シンにも背負ったものが在る。
 それの比べ合いならば、引く訳にはいかない。
 じり、と間合いが詰まる。空気が重い。まるで水中の様な重苦しさの中――ストライクブレードが動いた!



それは、必勝の一撃でした。小細工の一切無い、必殺の一撃。
余人であればどうしようもない、イザーク=ジュールの武人としての意地が詰まった最速最高の一撃でした。
或いはストライクブレードとイグダストだけの比べ合いであれば、勝負は決まっていたのです。
しかし、この戦いはイザーク=ジュールとシン=アスカの戦いでもありました。
――カテゴリーSという、人に在らざる者の矜持を掛けた戦いだったのです。



 シンは、不思議な感覚に襲われていた。
 それは何度か味わったあの感覚。己の命も、鼓動も、感情も。何もかもがどうでも良くなる感覚。
 家族を失った時、味わったあの虚無。それを必死に忘れようとして、辿り着いた――のかも知れない。
 それが、イザークの斬撃の凄さを伝えていた。速過ぎる。強すぎる――防ぎようが無い。

 (凄いな。こりゃ、死ぬな)

 避けられないスピード、そして威力。対艦刀で受ける事すら不可能だろう。だが、シンは諦めなかった。

 (手を伸ばす事すらしないで、死ねないよな。ルナ……)

 出来るかどうか、わからなかった。だが、シンは手を伸ばしていた。




 その瞬間、イザークは瞠目した。

 「何だと!?」

 避け辛い、上段切り下ろしの斬撃だった。だが――剣先が在り得ない動きをしたのだ。イグダストに命中する瞬間、まるで弾かれた様に横に動いたのだ。いや、弾かれたのだ。イグダストの手の甲で、優しく叩く様に。

 (最小の動きで、最大の効果を!? 速度にエネルギーを使う為に、パワーには割り振っていない――気が付くか、それを!)

 そう。ストライクブレードは速度を最大限にする為に関節部に掛かるパワーを最小限にしている。その為、ほんの少しの力で容易くバランスを崩してしまうのだ。そう――ほんの少しで。
 イグダストが動く。とんでもないパワーを秘めた横薙ぎの斬撃。ストライクブレードはすばやくバックステップして距離を取った。確実に避けられる距離だった。
 だが、イザークはまたも瞠目した。
 イグダストの対艦刀、スワッシュバックラーは『ただの幅広な、頑丈な対艦刀』でしかない。特別な機能など無いのだ。だが、バーストモードを展開したイグダストが使えば。

 「剣を横にして!?」

 そう。刃先を立てず、ただの板の様に振るうなら――爆風、それがストライクブレードに襲い掛かった。
 通常、風に煽られて倒れるモビルスーツなど存在しない。しかしパワー無双のイグダストが、極限までパワーを削ったストライクブレードに試せばどうなるか。
 なんとストライクブレードは煽られ、倒れてしまったのである。直前にバックステップしていたのも仇となり、前に踏ん張る事も出来なかった。
 ――こうなると、スピードなど何の意味も無い。

 「くそっ!」

 イザークは毒付く。慌てて起き上がろうとして――動きを止めた。眼前に、イグダストのスワッシュバックラーが付き付けられていたのである。
 イザークはまたしても、己が敗北した事を認めなければならなかった。

2-5

2011.08.19.[Edit]
 ……もう、どの位の時間が経ったのだろう。 窓から差し込む明かりだけが、過ぎ行く時を教えてくれる。 冷たい床、無機質な壁、無骨な鉄格子。それだけが世界の構成。  (痛い――どこが? もう全身が悲鳴を上げている。強いるなら、どこが痛い?) 自問。虚しい問い。諦めから始まる虚無。 得られると思っていた平和、そして笑顔。今となっては虚しい栄光の姿。 守りたかった。信じたかった。だが、裏切られた――自嘲が浮かぶ...

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――スキャニング。




 統一地球圏連合の盟主国であるオーブは、四つの群島から成り立っている。
 群島はCE.79現在、ヤラファス島を起点に三つの大陸橋で結ばれている。オーブ市民は大陸橋を使う事によって、陸路での島間移動が出来るようになっているのだ。
 『歌姫の館』を後にしたソラ=ヒダカとハナ=ミシマは、一旦ヤラファス島はオロファト市内にある自分達の寄宿舎に戻り荷物をまとめると、カグヤ島にあるカグヤ国際空港に向かった。カグヤ国際空港は現在、ニ基のマスドライバー及び三基の滑走路を保持する、盟主国に相応しい規模の玄関口となっている。ここから世界のどこにでも行く事が出来る――それはオーブ市民にとって自慢の種であった。
 さて、ヤラファス~カグヤ間を繋ぐリニアバスに揺られながらソラ=ヒダカはしげしげと自分の右手を握ったり開いたりしていた。時折ぼんやりと中空を眺めたり、車窓からの景色を眺めたり。そんなソラを怪訝に思ったのだろう、ハナが問いかける。

 「なんや、ソラ。そんなに光栄だったんか? あの軍神キラさまと握手したっていうんが」
 「うーん。まあ、そうなんだけど……」

 隣に座るハナ=ミシマが茶化す。ソラは誤魔化すように微笑みながら返す。が、どうにも歯切れが悪い。
 それはハナがソラの幼馴染でなくても気が付きそうな不自然な様子だった。

 「どしたん? べっつに握手してもらっただけやん。光栄に思うんはいいけど、手ェ洗わないっていうのは勘弁やで」
 「そんな事しないよ。ただ……なんだろう」

 なんだろう、この違和感は。ただ、握手をしただけなのに――何故なんだろう。
 こんなにもキラ=ヤマトの存在を大きく感じてしまうのは。

 (好意――じゃない。好きとか嫌いとか、そういう感情じゃない。そうじゃなくて、もっとこう、なんていうか……)

 握手をして温もりを感じて、人柄を感じる。それは昔から人類が行なってきた作法の一つ。
 たったそれだけの事。たったそれだけの事ををしただけなのに、この『違和感』は一体何なのか。まるで心の奥底まで見透かされた様な、体の隅々まで調べられた様な――
 そんなソラの様子に飽きたのか、ハナが話題を変える。

 「しっかしまあ、ナージャも現金やな。あんなにソラに懐いとったんに、あないにニコニコ笑って『バイバイ』はないやろ」
 「仕方ないよ。私とラクスさまじゃ包容力が違うもん」

 ヨーロッパに旅立つにあたって、ナージャの保護は大事な問題だった。まさかヨーロッパに連れて行く訳にもいかない――そう考えた矢先に、ラクスが「では、私がお預かりいたしましょうか?」と言い出したのだ。
 世界に冠たる勢力となっているオーブ連合首長国率いる統一地球圏連合。その中に在籍してこそいるが、実際は完全に独立した最強の戦闘集団『歌姫の騎士団(ピースガーディアン)』。その盟主となるキラ=ヤマトとラクス=クラインの夫婦――この二人がナージャの身元を引き受けてくれたのである。正直に言って、これ以上の里親を探す事は不可能に近い。ソラとしても、まさか自分一人でナージャを育てられるとは思ってはいなかった。
 ……とはいえ、寂しくないと言えば嘘になる。

 「ナージャ。今度はシーちゃんと、ハーちゃんと三人で会いに行くからね」

 右手をぎゅっと握って、ソラは誓う。
 リニアバスはそろそろカグヤ島にある空港施設に到着しようとしていた。巨大なニ基のマスドライバーが天空に繋がる橋に見えて、ソラは我知らず気持ちが高揚していくのを感じていた。



 
 コーカサス地方、サムクァイエット基地。
 東ユーラシア政府軍の重要な拠点ですが、この基地は軍事基地以上に大きな意味を持っていました。
東西ユーラシア全域に供給されているエネルギー施設の中では最大規模のゴランボイ地熱プラント。

『サムクァイエット基地を占拠した陣営がゴランボイ地熱プラント経営権を取得する』

 この様な条文が出来た背景としては、世界的なエネルギー危機が表面化した結果と言ってもいいでしょう。
争いをしようとも、失ってはいけないもの。未来に世界を残していかなければならない。
それは人々の、というより種族の願い。
そうした願いに、応えた奇跡の条文――それは人の業故かも知れません。
 ゴランボイ地熱プラントを守るべく存在するサムクァイエット基地は東ユーラシア政府軍によって、
正に難攻不落の要害と成り果てていきました。
モビルスーツや戦艦の補給基地という側面はほぼ無く、むしろ地上に動かない巨大な戦艦が存在する。
それがサムクァイエット基地を見た時の率直な感想でしょう。

 かつてガルナハンの大地を守る為に設置された陽電子破城砲「ローエングリン」――それが2門。
全周囲をフォロー出来る様に構築されたその2門の砲台『アンフィスバエナ(眠らない双頭の蛇)』。

対空施設等は考えられうる限り設置され、駐留モビルスーツは裕に一個師団クラス。
正にそれは東ユーラシア政府軍の威信を賭けたその陣容でした。
 もっとも、サムクァイエット基地の本当の防御手段は『戦力』そのものではありません。

『これだけ揃えているのだから攻め込めば痛い目を見るぞ。
そして取り合えず生き延びるだけのエネルギーは供給してやるのだから欲張って攻めてくるんじゃない』

単純な抑止ですが、有効な威圧でした。
それ故に同基地への大規模な反乱は行なわれた事がなかったのです。
 ……既存の常識を覆す『代物』が現れるまでは。



 

 最初は、小さな川だった。
 しかしそれは次々と合流し、大きな川となり――そして大河となる。
 サムクァイエット基地に向かって進撃する巨人の群れは、上空から見るとその様にも見えた。

 「凄いわね、こんな大軍勢見た事も無いわよ。ホントにガルナハン中のグループが集まってきてるみたいね」

 上空で斥候に当たっているフォーススプレンダー、コニール=アルメタが言う。通信先であるスレイプニールⅡ艦橋に居るロマ=ギリアムが苦笑しながら返してきた。

 《まあ、全部が全部戦力になる訳じゃなさそうだけどね》
 「……まーね。ポンコツを通り越してクズ鉄みたいなのまであるわよ。げ、手が五つ付いてるのまで。何考えてんのかなぁ」
 《参加したいって気持ちは評価しなきゃいけないかな》
 「この壊滅覚悟の『15分間に全てを賭けた全方位突撃』作戦? 正気の沙汰じゃないわ」
 《これが一番合理的、と判断されたんだよ……不本意ながらね》

 サムクァイエット基地攻略策。それは『全軍をもって東西南北の四方向から攻め込み、二門のローエングリン砲の初撃を掻い潜り、第二弾チャージタイム15分以内にサムクァイエット基地に取り付き、占拠せよ』――見事なまでに『考えるな。突撃して何とかしろ』と読み代える事が出来る作戦内容である。

 「シンとイグダストが居るからって、どうにかなるもんなの?」
 《どちらかと言えば、破れかぶれなんだよ。確かにガルナハンの疲弊状況を考えると、大規模戦術に出ざるを得ない。何としてでも東ユーラシア政府にこっちを見てもらわなきゃならない。そういう事なんだ》
 「最悪、外交交渉で何とかするって? あのミハエルが?」
 《演説は上手いんじゃないかな。宗教家には向いてるよ》
 「胡散臭いわよ。口が上手い奴にロクな奴は居ないわ」
 《そう切り捨てないでくれよ……ん? 大尉かな?}

 モニタに大尉が映る。大尉は《準備は済んだ。いつでもいいぜ》とうっそりと言った。それを聞き、ロマは頷いた。

 《全軍に通達だ。『全軍突撃。夕食は400グラムのステーキ』とね》
 《……緊張感の欠片もありませんな。ま、ウチらしい。『全軍突撃。夕食は400グラムのステーキ』だ》
 
 ロマの号令を副官ヨアヒム=ラドルが復唱。リヴァイブが動き出す――相変らずの緊張感で、死地へ。

 「死ぬんじゃないわよ、シン」

 コニールは誰にも気付かれない様、小さく呟いた。




 リヴァイブが担当した西部エリアは、すぐに剣林弾雨の様相となった。未だ冬の積雪が残る大地に、サムクァイエット基地から直接射出される対空砲火、榴弾が降り注ぐ。そして統一軍新鋭量産モビルスーツ、ルタンドを主力とする防衛師団が展開すれば、それらからも制圧射撃が開始される。視界はあっという間に火花散らぬ場所が見当たらない、大混戦と化した。

 《すげぇなオイ。どこを向いても敵ばっかりだ!》

 少尉がうそぶく。大尉以下リヴァイブの主力モビルスーツ群は高機動、一撃離脱が売りのシグナスだ。スラスター移動を駆使して敵の制圧射撃を避けつつ攻撃を敢行する――が、多勢に無勢すぎる。兵力は少なく見積もっても三倍強の差があった。

 《まともに撃ち合い出来る戦力差じゃねぇ、泥仕合に持ち込むぞ。ホウセンカ隊はスモーク射出、その後はスレイプニールⅡの護衛を頼む。少尉とシンは突っ込め、俺と中尉が支援する。こうなったら接近した方がなんぼかマシだ》
 《へいへい、了解》
 「了解。やればいいんでしょ」

 無茶な命令ではある。しかし少尉とシンは頷いた。他にやりようがある訳でもない、やるしかないのだ。

 「飛び道具はアームバルカンだけか。ビームライフルぐらい欲しいんだけどな」
 《仕方あるまい。バーストモード起動した途端、握り潰してしまうんだからな。手加減が出来ればいいんだが》
 「そんなに器用な機体じゃないしな、コイツ」

 ぶつぶつと呟くシンに、Aiレイが応じる。誰が言う訳でもなく、両肩にバインダーシールドを装備した少尉機が突撃していく。シンのイグダストは相手にとっては兜首だから狙われやすい。それを考慮してくれているのだ――ありがたいと思う反面。

 「戦争大好きだよなぁ、本当!」

 シンもスロットルを押し込む。同時に、アドレナリンが全身を駆け巡る。研ぎ澄まされた感覚が空を切り裂き乱れ飛ぶ火線を脳に伝え、反射的に機体を動かしていく。視界を目まぐるしく動かし、生きる術を模索する――生存本能を強く刺激する、戦闘衝動。それはパイロットにとって、否定し切れない高揚の瞬間でもある。
 機体のパワーを上げる度、機動はますます過酷に、激しくなる。弾幕を避けるか、或いは転倒して自滅するか。その一瞬の判断は全て自分に委ねられる。シンは我知らず、にやりと笑う。

 「バーストモードを使うまでも無い!」

 シンはイグダストをまるで体操選手の様に動かした。伸身宙返り――ムーンサルトと呼ばれる動き。あまりにも派手で堂々とした、それ故に意表を付いた機動だった。少尉機を飛び越え、空中で敵機を捉える。上下が反転したままアームバルカンで敵のビームガンを狙撃――当たる!

 「今だっ!」
 《よっしゃあ!》

 少尉機が突撃した。ビームガンを手元で破壊されたルタンドは、まだ立ち直っていなかった。少尉の対艦刀が閃き、ルタンドの胴体が切断される。数瞬遅れて、それは爆散した。
 爆発音。それを耳で聞きながら、駆け抜けていく。
 しかし、それはこの戦場におけるほんの一瞬の勝利に過ぎない。リヴァイブのモビルスーツ群は走り続ける――止まれば、死ぬ。それを知っているが故に。
 次の敵影がすぐに見えた。数十機――シンは即決する。

 「イグダスト、バーストモードスタンバイ!」




 「敵全軍、侵攻。こちらの防衛部隊と交戦開始しました」

 オペレーターの報告にうむ、とゴル=ダルクス中将は頷く。その傍らにはダニエル=ハスキル少将。叩き上げの無骨な男と、政略、計略が専門の男――水と油の様な間柄かと思われたが、中々どうして。

 「よろしい。敵は大軍だが、所詮は寄せ集めだ。威風堂々と殲滅せよ!」
 「……それはワシの台詞だ、ハスキル!」

 ウマは合う様である。互いに『ここが落ちたら東ユーラシア政府の覇権が揺らぐ。イコール、自分の立場が危うくなる』という事がわかっているからだろうか。

 「いいか、ここまで良い様にしてやられているのだ。そんな事が許せるか――我々は勝利せねばならぬ。しかも、圧勝という二文字で表さねばならぬ!」
 「だからワシの言うべき事をだな……まあ、いい」

 いや、違う。負けっぱなしは性に合わないからだろう。
 ふんとダルクスは鼻を鳴らすが、それ以上は言わなかった。別にハスキルが間違った事を言った訳でもない。戦場全域が俯瞰できるモニタに目をやり、事態を把握する。

 「ふむ。士気は高いが、何時まで持つかだな。東と北はこのままでも問題なかろう。残るは南と西、か」
 「南はローゼンクロイツの本隊ですからな。まあ、多少の増派で何とかなりましょう。問題は……」
 「……これだな」

 モニタを変える。西部エリア前線に備え付けられた監視用モニタだ。それに映った緑のモビルスーツが――いや、ぶん投げられたモビルスーツが砲台に激突し、爆散する光景が見えてダルクスは嘆息した。

 「これでは士気が上がりませんな」
 「猛獣の檻に裸で飛び込ませる様なものだ。士気が上がろうはずも無い、か」

 深緑のモビルスーツ、イグダスト。その戦闘能力は先のグリスベル攻略戦で証明済みである。まして今回は完全武装状態――相対する兵士にとってみれば、その心境はどの様なものだろうか。「許されるなら逃げ出したい」がおそらく偽らざる本音だろう。

 「やむを得んか。ミハエルの子倅に15分間、好機をくれてやろう。アンフィスバエナ両砲門を西部エリアに向けろ。目標――イグダストだ」
 「大盤振る舞いですな、ダルクス中将」
 「戦力の逐次投入ほど愚かな事もあるまい。やるからには徹底的にやる。あちらにはミネルバ級改戦闘艦もある、一度は相殺されるかも知れんからな」
 「なるほど。ではアンフィスバエナを西部に集中せよ。目標、イグダストだ!」

 2門のローエングリン砲、アンフィスバエナが動き出す。ただ一機のモビルスーツを狙って――だが、それを愚かと咎める者は少なくとも東ユーラシア政府には居なかった。それ程、イグダストは問題であった。戦闘能力そのものではない。『ひょっとしたら、何とかなってしまうかも』という、可能性を与えてしまうが故に。




 戦っているのは勿論、シン達だけではない。リヴァイブ旗艦スレイプニールⅡも、スレイプニール防衛の為に残ったホウセンカ隊――シホ=ハーネンフースのシグナスが率いる、シグナスとバビ砲撃戦型で構成された部隊――が決死の行動を続けていた。
 シホの視界には敵、敵、敵。部下も精鋭揃いとはいえ、これだけの弾雨を何時までも捌ききれる訳が無い。この戦艦が最新鋭でよかったな、とは思う。
 ふと、撃ち漏らされたミサイルがシホ機の頬を掠める様に飛んでいき、甲板に命中、爆発する。

 「……ラッキー、かな」

 ぽつりとシホ。自分でも胆が据わっていると思う。いや、どこかで『どうでもいい』と思っているからだろうか。
 リヴァイブで戦っている理由は何か、と問われると実を言うと特に無い。昔の知り合いに請われ、ここに居るだけだからだ。ただ、統一連合軍だけは嫌だった。過去にオーブが敵だったからとか、そういう理由もあったかも知れない。
 いや、考えたくないのだ。心の中にいつも居る――居てしまう、白髪の男の姿を認めたく無いから。

 (イザーク隊長、相変らずだった。いつまでも戦う事ばかり……いい加減にしてよね!)

 ビームカービンを正確に連射、ミサイルが爆発していく。そのまま稜線に隠れている敵影に威嚇射撃を行なう――爆発もあった。上手く当たってくれたらしい。

 (それは私も、同じかもしれないけどね)

 味方を守る。敵を倒す。どんな美辞麗句を付けようとも、それは人殺しに他ならない。誰にも誇れぬ、誰からも唾棄される修羅の道。なにをどう間違えてその道を選んでしまったのやら。

 (他にしたい事、無かったからなぁ……)

 シホは、正直だった。したい事はするし、言いたい事は言う。ただ、心残りは1つだけ――白髪の男、イザーク=ジュールだった。
 自分を認めて欲しかった。
 一度でも、彼を振り向かせたかった。
 自分をはっきり見て、話をして欲しかった。
 ……そんな事の為に、だったのだろうか。いまここに居る理由は。
 すう、と息を吸い込んで――

 「ああああああっ! くだらないっ!!」

 唐突に切れた。とはいえホウセンカ隊では日常茶飯事であるので、戦闘中の部下達は誰も気に止めなかった。シホはコンソールを操作し、ヘッジホッグウィザードに装備させていた大量のミサイルを残らず射出する。
 見事なまでの八つ当たりであった。しかし彼女はこうしたところで、とことん幸運であったのだろう。ここは敵軍の真っ只中で、たまたま射線上に敵の部隊が集結していたところだった。

 《おお、お見事ですぞシホ殿! 周囲の敵が一掃出来ました、これで更に前進できます!》
 「……あ、そうですか。良かったです」

 ラドルの祝電に、どうでも良さそうにシホ。というより、今は誰にも話しかけて欲しくは無かった。流石に気恥ずかしい。話を逸らす様に周囲をぐるりと見渡し、周囲の様子を伝えようとして――硬直した。モニタに映った光景に「どこまでも不幸なのかなぁ、私」と嘆息する。
 アンフィスバエナが2門ともこちらを向いている――それは2門のローエングリン砲がこちらに射出されるという事。一撃でリヴァイブが吹っ飛ぶ攻撃力が2回も。
 シホはもう一度、嘆息した。




 敵機が急に引き始める――嫌な予感。それは上空で支援してくれていたコニール機の通信で確信に変わった。

 「ローエングリン砲が2門とも? おいおい……」
 《オーバーキルも甚だしいな。確実に我々を屠る段取りか》

 シンが呟き、Aiレイが突っ込む。
 ローエングリン砲は、かつてアークエンジェル級に搭載されていた対艦・対要塞用の大型エネルギー砲で、C.E79現在においてもその攻撃力は圧倒的だ。防ぐには陽電子リフレクター等の専用装備が必要で、それは今のリヴァイブには無い。スレイプニールⅡのタンホイザーで無理やり相殺して初撃は凌げるかもしれないが。

 《完全にエリア攻撃になるしな。回避しようにも。取り合えず散開しておくか?》
 《でもそうすると、避けた後に各個撃破されますね》
 《戦艦を狙われても、こっちを狙われても駄目って事っスよね。どーするべよ……》

 大尉、中尉、少尉がぶつぶつと言い合う。それを聞いていたコニールが怒鳴りつけた。

 《あんた達、何をちんたらしてるのよ! 少しは緊張感を持って、早く逃げなよ!》
 《嬢ちゃん落ち着け。エリアごと吹き飛ばす相手に、多少避けたって結果は変わらん》

 うっそりと大尉。筋は通っている。

 《でも!》
 《しかし、だ。取り合えず嬢ちゃんとシンは退避しろ。俺達は分散するとヤバイが、お前等は別だ》
 《……え?》

 思わずシンが「おいおい」と呟く。しかし、中尉と少尉はあっさりと同意した。

 《そうですね。コニールさんとシン君は退避させましょう》
 《よし、そうと決まればお前等さっさと行け。俺らはここで待機する》

 シンは思わず怒鳴ろうとした。ここまで一緒に来ておいて……しかし、大尉が先にシンを怒鳴りつけた。

 《二手に分かれれば、それだけ生存率が上がるんだよ! 行け!》

 ドスの聞いた声だった。シンは言い返そうとして――Aiレイに窘められる。

 《大尉達の気持ちを無駄にするな、シン。お前に出来る事をしろ。それがお前の『役目』のはずだ》

 シンは改めて、このAiは本当に大した出来だと思う。こんなにもずしりとした物言いが出来るのだから。シンはイグダストをジャンプさせ、コニールのフォーススプレンダーに騎乗させる。

 《いくわよ、シン!》
 「みんな、無事で……!」

 最後は言葉にならなかった。フォーススプレンダーの爆音がシンの思考を吹き飛ばす。次の瞬間、一気にフォーススプレンダーは上昇していた。




 「アンフィスバエナ初弾、放てぇぇぇぇ!」
 「タンホイザー、撃て!」

 それぞれの陣営から、光状が伸びる。それは爆発的な光の奔流。全てを破壊する威力を持つ、宇宙空間での使用を前提とした陽電子砲。それは両陣営の思惑通り、空中で相殺する。凄まじい光と爆圧が空間を駆け巡る。
 だが、その中でもう一匹の蛇がしっかりと狙いを定めていた――今や上空高い位置にいた、緑のモビルスーツ、イグダストに向けて。

 「これで終りだ、悪魔よ。アンフィスバエナの真髄を受けろ!」

 もう一匹の陽電子の奔流――それがイグダストに向かって射出される!




 光の奔流がこっちに流れてくる――それはすぐにわかった。シンの思惟はほんの一瞬で駆け巡り、整理される。

 (陽電子砲はコンピューターで軌道調整が行なわれる。戦闘機の機動位、予測済みだ。当たって見せなきゃ、コニールは救えない!)

 陽電子砲は同時に、ガイドビームというものを射出している。それはちゃんと目標に当たっているかどうかを判断し、砲の威力をきちんと命中させ続けるというものだ。逆に言うと、それにさえ当たっていればコニールは救える。

 シンには生き延びる意思がある。しかし、それは『誰かを踏み台にして』達成するものではなかった。
 もう二度と、それだけは嫌だった。
 イグダストが瞬間的にフォーススプレンダーから飛び降りる。スラスターを全開にして、陽電子の奔流に向かって。

 《シン!?》

 コニールの悲痛な声。それだけが聞こえた。シンは意を決し、吼える。

 「バーストモード、スクランブル!」

 左手に光が集まり始め――そして、光が全ての視界を包んでいた。




 陽電子の奔流――それは目標を捕らえたようだった。イザーク=ジュールの駆るストライクブレードのコクピットに、サムクァイエット基地管制塔からの歓声が伝わってくる。

 《やった、命中だ!》
 《大きな犠牲であったが、これでもう悪魔に悩まされる事もない!》
 「…………」

 イザークは通信を全て切ると、静まり返ったコクピットで腕を組み、嘆息した。

 (あいつも違った、か……やはり軍神に抗し得るは、軍神のみという事か)

 イザークのストライクブレードは、今回サムクァイエット基地防衛に半ば無理やり押しかけて来ていた。とはいえ戦場で出るのは流石に止められたので、仕方なく基地管制塔のすぐ傍に待機していたのだ。ある期待――もう一度イグダストと戦いたいという希望を胸にして。
 しかし、それは結局叶わなかった。流石にこの状況下で、生き延びているとは思えない。陽電子砲の直撃を受けて生き延びているものは居ないのだ。

 (いや、居たか。1人だけ……もっとも、戦闘出来る状態ではないだろうし、もはや無理な話か)

 ムゥ=ラ=フラガ――統一地球圏連合軍宇宙艦隊総司令官。エンデュミオンの鷹という二つ名を持ち、かつてアークエンジェルを襲った陽電子砲をあろう事か通常のシールドで防ぎきった男。それでも機体は大破していたし、当人は記憶を失っていた。イザークの希望する『戦い』など、出来るはずも無い。
 そう思っていた時、防空警報が鳴り響いた。基地の上空に、敵機が突っ込んできていたのだ。日の光を浴びて、シルエットだけが――それを見て、イザークは戦慄した。

 「生きていたか!」
 
 しかも五体のある、戦える状態で!
 イグダストが動いた。左肩にあるアーケインエッジを1つ掴み、投げる。バーストモードのパワーも手伝って、それは要塞の対空砲を次々に破砕していく。

 「ハハハッ!」

 イザークは哄笑した。己の求めていた者が、こうして現れた事に感謝しながら。ストライクブレードは対艦刀を抜き払うと跳躍し、イグダストに切りかかる。イグダストも一瞬で対艦刀を装備し、抗する。

 《また、あんたか!》

 接触回線で聞こえたその一言。イザークも応ずる。

 「ああ、そうだ。シン=アスカ! 待っていたぞ!」

 アーケインエッジが戻ってくる。それを翻って叩き落し、ストライクブレードは着地した。イグダストも後方に着地する。

 「誰にも手出しはさせん。シン=アスカ。今、この場にて一騎打ちを申し込む!」

 朗々と、イザーク。その声は熱と意志と、そして狂気を感じさせる。だが、シンは怯まず応じた。

 《俺の前に立ち塞がるなら、切り払うだけだ!》

 両雄、再び戦場にて並び立つ。赤と青の光が再び立ち上り――そして、激突する!




 「……信じられん。一体どうやって……」

 ダルクスは呆然としていた。それはそうだろう、誰もが必勝の一撃だと認めていたはずだ。例え避けたとしてもコンピューターにより補正し、必中出来たはずだし、ましてやガイドビームからの『命中信号』は出ていたはずなのだ。空中で他の物に当たったという事も無かったし、その辺は確認していた。
 ましてや何故、一気にこの基地に到達しているのか――訳がわからない。少なくとも当初イグダストが居た位置は、基地からかなり離れたところだったのだ。
 ハスキルもまたしばらく呆然としていたが、ややあってコンピューターのデータチェックを始めた。どうやっても落ち着かなかったのだろう――そして、知りたかったのだろう。シンが、イグダストが何をしたのか。
 程無くしてシンが何をしたのかわかり、管制塔に居た全員が唖然とした。

 「映像、出します」

 それはこの様な映像だった――ローエングリン陽電子砲の上を、まるで滑る様にイグダストが動いている。そして、陽電子砲に触れているのは左掌――パルマフィオキーナの光球だった。それを見て、ハスキルは納得した様に嘆息した。

 「……そうか。パルマでガイドビームに接触し、命中信号を誤作動させていたのか。それだけではない。『ビームを弾く』特性を活かし、反発を発生させていたのだ。その上でスラスターでビームの上を移動する――恐らく、誰の目にも触れまい。あの光の中で、恐らくは己の視界すら塞がれていた状態で……」
 「なんという……なんという敵なのだ。イグダスト……シン=アスカ!」

 ダルクスはだん、とコンソールに拳を叩き付ける。その様子を見ながら、もう一度ハスキルは嘆息した。管制塔の窓から対峙するストライクブレードとイグダストを見やる。

 「イザーク殿。思った通りになったと言う事か……ならば、しっかりと決着を付けてもらおう」

 ストライクブレードとイグダストの対艦刀がせめぎ合う――互いの命と、意地を賭けて。



 
 《何故だと思う!? 何故『天敵』なのだと思う!? 俺と貴様の機体の相性が、何故そう言われると思う!?》
 「知るかっ!」

 イザークの挑発を、シンは怒声で返す。シンは焦っていた――違うのだ、地下坑道で戦った時と、動きが全く。
 ストライクブレードは両の腕を肩からだらりと下げ、少しだけ曲げられた肘と膝、そして腰。前屈みの、上目遣い。はっきりとわかる事は、関節が最小限の力しか出していないという事だ。
 ――それなのに、斬撃はイグダスト並に速く、重い。

 《簡単な事さ。貴様のデュートリオンフェイズシフトは駆動部分から信じられない出力を生み出す――それ故に武装は単純なものしか使いこなせない。しかしこのストライクブレードならば!》

 炎の対艦刀、そう表現するのがいいだろうか。剣の峰にあたる部分、それが全てスラスターになっている。斬撃の勢いは、それが生み出していた。ストライクブレードの関節は勢いを殺さず、或いは上手く逸らし。そのために機体はまるで力の無い、バランスの切れた動きをしていた。しかし――それをイザークは神技といっていいテクニックで操縦し続ける。ほんの少し力の入れ所を間違えれば、自身の斬撃で自身の体を壊してしまうだろう。

 《これが! 俺とストライクブレードの達した境地『レーヴァティン』だ!》

 レーヴァティン――炎の魔法剣。確かに魔法の様な斬撃だ。速く、強く、重く、読めず――そして、止まらない!

 《シン! このままでは防ぎきれん!》
 「わかってる!」

 イグダストの対艦刀スワッシュバックラーは、威力はある。しかしあくまで普通の対艦刀だ。こんなデタラメな剣に抗しえる手段は無い。下手に踏み込めば変幻自在のレーヴァティン、防ぐのは至難の業だ。と、なれば。

 (叩き落とす!)

 とはいえ、シンとても不安はあった。その回答は誰もが到達するものだとわかっていたからだ。イザークが、その様な見落としをするかどうか。しかし、やるしかない!

 「はぁっ!」

 ストライクブレードの切り上げに反応し、気合を込めて上段からの斬撃を放つ。見え見えのモーション――だが、イグダストのパワーでフェイントを掛ければ、機体が悲鳴を上げてしまう。バーストモードの弱点がそこにあった。
 爆風を上げるイグダストの対艦刀。対するストライクブレードの対艦刀は、まるで風になびく布の様に動いた。剣の向きを一瞬で返し、イグダストのパワーを円運動で受け流す。そして――

 《既に見切った!》

 真円を描く軌道で、対艦刀が振り下ろされる。それを避けるために、イグダストは剣を離さねばならなかった。バックステップで難を逃れたが、イグダストのスワッシュバックラーは破壊されていた。

 「畜生っ……!」

 シンは歯軋りしていた。勝つ方法、それが見当たらない。奇襲は、どう考えても通じそうも無い。破れかぶれの突撃をしても、まず無理だろう。残っていたアーケインエッジを構えるのがやっとだった。

 《では、引導をくれてやろう》
 「くっ……!」

 ストライクブレードが一歩、一歩近付いてくる。シンはそれを……。




 ――その時、絶叫が聞こえてきた。

 《うおおおおおっ!》

 振り返った時、シンは見た――スレイプニールⅡが特攻を賭けて来ていた様を。
 それは酷い有り様で、あちこちが爆発し、船の原型はもはや見る影も無かった。シンは呆然とその様を見つめ――そして、それは基地の手前で派手に自爆した!

 「なっ……!」
 (誰が――載っていたんだ!?)

 爆発の中、吹き飛ばされながらシンは思惟を巡らせていた。何度目かの衝撃の後、シンの意識は遠退いていった……光差さぬ、暗闇の中へ。




 歌姫の館には、備え付けの教会がある。月に一度、そこで厳かに瞑想をする。それがラクス=クラインの表向きの日課だった。
 今日も1人、教会に向かう道を歩く。その表情は夫であるキラ=ヤマトには出来る限り見せようとしない能面の様な顔――コーディネイターとしての顔。集積・分析が最も得意なコーディネイターであるラクス本来の表情だった。
 教会に入り、懺悔室に入る。そこに目的の『彼』が待っていた。
 ある時は孤児院の院長、またある時は流浪の伝道師。そして今、この時の顔は――ラクスの私設情報組織ターミナルの重鎮、マルキオ導師である。
 挨拶も無く、先触れも無く。会話は始まった。

 「カシム=マリディアの行方はヨーロッパ、というところまでしか掴めません。セシルという男が同行している、という噂程度の情報でしたら掴めましたが。しかし、シノ=タカヤという女性が居たかどうか、というのはやはり不明です。何しろ映像メディアは全て書き換えられていましたから、目撃証言などを照らし合わせるしかありません」
 「……そうですか。貴方の考えは?」
 「はい。セシルがカシムの兄であるという情報は信頼に足ります。そして一時期とはいえセシルがオーブの学校に在籍出来て、何らの疑わしい痕跡が残っていない――カシムに取り、セシルは守るべき存在の証左と言ってしかるべき。カシム、無いし近しい者がスーパーコーディネイターである可能性は極めて高いと申し上げましょう」

 スーパーコーディネイター。その言葉を聞いた時、ラクスは少しだけ眉根を寄せた。それはコーディネイターであってコーディネイターですらない、異形の生命体――彼女の夫であるキラ=ヤマトもまた。
厳かに、マルキオは続ける。

 「もう1人、居たという事です。スーパーコーディネイターという存在が」
 「……そうですか」

 ずっと心に引っかかっていた楔。それがようやく形を成した――最も悪い形で。

 「理想とは、神話です。希望とは、夢物語です。けれど、もしもそれを『現実』と繋げる者が居るとすれば……」
 「無限の『可能性』を持つ者――スーパーコーディネイターでしょう」

 ラクスの朗々とした言葉に、マルキオが続く。その意味を、彼等は良くわかっていた。

 「こうなるとカガリさんにソラさんとハナさんを同行させた事、多少なりと吉に出た訳ですわね」
 「御意に」

 相手が感情で動いている。その要素がある以上、感情に訴える事はある程度効果的である。セシルを守る為に動いているのだとすれば、そのセシルが愛した者の家族に等しい者を手に掛ける――それは躊躇うはずだからだ。

 とにかく、動く事だ。ラクスは断じる。

 「すぐにカシム=マリディアを確保、或いは処分しなさい。手段は問いません」
 「御意。既に我々の同胞を派遣しております」
 「期待していますよ。私は『キラを守る』――そのために居るのですから」
 「御心のままに。『平和の歌姫』ラクス=クライン様」

 ラクスは立ち上がり、教会を後にする。歩む足は、迷う事無く着実に。
 ――そう、世界全てを敵に廻しても、夫だけは、キラだけは守り通す。その気持ちには少しの衰えも無いのだから。



理想とは、神話。希望とは、夢物語。
けれど、それを現実にしてしまう『可能性』。
それは恐怖であり、畏怖であり――奇跡。
万人がそれを求め、万人がそれを恐れ。
それ故に、その存在は超然を期待され。
……そこに『人』である意味を期待されずに。




 「ナージャ、持って来たよ」
 「あーう」
 「何時も飲んでるミルクが良いよね。ちゃんと取り寄せられたから」
 「うー」
 「……そうだよね。不安だよね。でも……」

 ナージャの小さな手、その手をしっかりとキラは掌で包み込む。するとナージャから不安そうな様子が消え、安堵した笑顔が浮かんだ。

 「大丈夫。僕が居るよ――こう見えて強いんだよ。僕は」
 「ううー……あはっ」

 嬉しそうにはしゃぐナージャ、それを見て微笑むキラ。それは歌姫の館において日常の光景であったので、誰も不信には思わなかった。
 そう――誰も彼の本質を理解しては居なかったのだ。この館の住人でさえ。

  

2-4

2011.08.19.[Edit]
――スキャニング。 統一地球圏連合の盟主国であるオーブは、四つの群島から成り立っている。 群島はCE.79現在、ヤラファス島を起点に三つの大陸橋で結ばれている。オーブ市民は大陸橋を使う事によって、陸路での島間移動が出来るようになっているのだ。 『歌姫の館』を後にしたソラ=ヒダカとハナ=ミシマは、一旦ヤラファス島はオロファト市内にある自分達の寄宿舎に戻り荷物をまとめると、カグヤ島にあるカグヤ国際空港に...

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スペック、コンセプト、ニーズ……、
完成と共に運命を分けたイグダストとストライクブレード。
開発段階から互いに比較され、試されてきた2機。
時代が選ぶのはどちらなのか。
証明するには戦って勝利者となるしかありません。




 関節が、指が軋む。湧き上がる震えは、恐怖によるものか。
 ――否。そうではない。

 (遂に戦う……『ヤキン=ドゥーエを生き延びた者達』と!)

 シンは乾いた唇をちろりと舐める。そうだ、判っていた事だ。この男、イザーク=ジュールも統一地球圏連合軍に居るという事も。
 ザフトレッド内で語り継がれた『伝説の三人』の内の一人。
 かつて、地球に落下していくユニウスセブン上で見せた圧倒的なまでの技量は今でもはっきりと覚えている。
 当時のシンをして『勝ち目がない』と思わせた男。
 だが、今のシンは――むしろ。

 「シン=アスカ。イグダストだ!」

 血流が早まる。紅い鼓動が、全身を駆け巡る。咆哮が、咽の内に蓄えられていく。
 戦いたい。闘志が、湧き上がってくる。
 その先に居るアイツ――アイツ等に追い付き、越える為に。

 《シン=アスカ……知っている名前だ。ならば、もはや語るまい》

 ほんの少しだけ、イザークの声に悲しみが含まれた。だが、次の瞬間。 

 《ザフトレッドを背負った者の矜持、見せてもらおう!》

 もはや引く道も、帰る場所もなく。ザフトという光をなくした敗残の餓狼達。
 イグダストが紅く輝き、そしてストライクブレードが蒼く輝き――

 《「いざ、勝負だァァァァ!!」》

 シンとイザークの掛け声が、坑道内に木霊した!




 《どういう事だ、これは!》

 強襲揚陸艦ミネルバ改級、ジークフリードのマストブリッジ。
 モニタに大写しになった老人、統一地球圏連合軍西ユーラシア方面軍司令官レギン=グレイブのヒステリックな叫びをディアッカ=エルスマンは聞き流す。毎度の事だが「これが仕事だ、しゃーないな」と呟きながら、だが。

 「どういう事だ、と言われましても。イザーク=ジュール准将が盟友国の危機に、スクランブル出撃しただけの事ですよ」
 《見れば判るわ! 何故私に一言の相談も無く動いた、と聞いているんだ!》
 「はい、通信機器の故障で報告が遅れました。とはいえこれは現場の判断で、最悪のケースを想定して動いたという事でもあります。中継基地グリスベルを守る事は国益に利する事かと」

 しれっとディアッカ。当然レギンの怒りは収まる様子は無い。
 レギンは大きく、わざとらしく深呼吸をしてからディアッカを睨みつける。

 《よくよく、貴様等コーディネイターというのは鼻つまみ者だ。言う事は聞かず、プライドだけは人一倍。出世街道から落伍し、東ユーラシア常勤という閑職に回されているのも頷けるわ。私から報告はさせて貰う、覚悟しておれ!》
 「はっ。お待ちしております」

 ディアッカの言葉を最後まで聞く事無く、レギンは言いたい事だけ言って、通信を打ち切った。
 溜め息と共に、ディアッカは周囲のクルーに軽口を叩く。

 「ここより僻地の赴任先っていうのも聞いてみたいもんだねえ、どう思う?」

 周囲から苦笑が漏れる。それを確認してディアッカは微笑んでいた。最低限のモチベーションは確保しておかなければならない、それはディアッカの命題でもある。
 ナチュラルとコーディネイターが平等であるという思想は、ラクス=クラインが率先して民衆に浸透させていた。その結果、両人種の能力的格差の問題を抱えたまま同じラインで比較されるという事態が起きてしまった。当然ナチュラル達は面白く無く、裏工作や談合を最大限活用する事により、コーディネイター達を締め出したのだ。
 世渡りの出来る者達はまだマシ――まして、イザークの様な石頭とくれば。

 (しかしまあ、最前線が僻地っていうのは、平和だって事さ。本来は俺達の様なエースが、最前線に居なきゃいけないってのに……やだねぇ、腐敗っていうのは)

 実力は評価されているのだ。新型モビルスーツ、ストライクブレードを任される程には。他の連中が使いこなせるかどうか、という事もあるだろう。
 他人を蹴落とし、富を得ようとする。それは人類がどんな時でも変わらず行なってきた伝統ともいえる。そして、綻びはそこから生まれてくるのだ。誰もが大事だと思っているはずの、ゴランボイ地熱プラントにさえも。

 「イザーク、こんな所で死ぬなよ。俺達が生きた理由は、ここに無いはずだろう?」

 もっとも『それ』はどこにあるのだろう。モニタに映る、今まさに交錯せんとするイグダストとストライクブレードの姿を見ながら、ディアッカは嘆息した。




 「うおおおおおおっ!!」
 《はああああああっ!!》

 イグダストが、ストライクブレードが――大地を蹴る。
 脚部が上体を押し出し、上体が捻りを加え、肩が拳を打ち出す。互いに打ち出した拳――それらが同時にヒットし。
 信じ難いほどの火花が散る!

 「ぐあっ!!」
 《ぬうっ!?》

 イグダストが押し勝った。ストライクブレードの方が吹き飛ばされる。ストライクブレードは天井に打ち上げられ、その後地面に叩き付けられた。バーストモード時のパワーなら充分に有り得る事だ。
 だがシンはそのまま、イグダストをストライクブレードの方に油断無く構えさせる。頬を汗が伝う――手応えが違うと、本能が告げていた。
 ……そして、それはその通りだった。
 土埃の中、ゆっくりと影が蠢く。それはぎりぎりと立ち上がり、砂塵を流れるに任せて、だらりと両の手を下げたままこちらに歩いてくる。
 特にダメージが有る様子はない。ということは。

 《さすがに兄弟機、当然の様にフェイズシフト装甲か》
 「ああ」
 
 Aiレイが断言し、シンも頷く。物理攻撃を相転移しダメージを無効化するシステム、フェイズシフト。そうでなければイグダストのパワーには耐え切れない。

 《いいパンチだ。フェイズシフト装甲で無ければ、勝負は着いていたろうな。もっとも、エネルギーの三分の一は吹き飛んだがな》

 イザークの声に動揺はない。淡々と、でもない。むしろ褒め称えるかの様に――昂揚するかのように。

 「いいのかい、そんな事ペラペラと喋ってさ」

 シンが挑発する。しかしイザークの声音は変わらない。

 《構わんさ。一度、貴様の機体には殴られてみたかった。デュートリオンフェイズシフトシステムがどれ程の物か、確かめておきたかったからな》
 「……随分な余裕だな。後パンチ2発しか耐え切れないって事だぞ?」

 シンは不味いな、と自分でも思っていた。イザークが余りに余裕を持っていたからだ。
 まるで「お前には何時でも勝てる」と言われている――そんな気分だ。

 《貴様こそ、大した余裕さ。この俺に『後2発も』パンチが当てられる――そう思えるんだからな!》

 言うが早いか、ストライクブレードが動いた。両の手はだらりと下げたまま、一気に踏み込んでくる!

 「舐めるなっ!」

 シンはイグダストをコンパクトに動かした。左右のワンツーパンチで迎撃する。が、それはするするとストライクブレードに避けられ、一気に眼前まで飛び込まれた。

 《甘いな》

 触れ合う様な距離――そこからストライクブレードの上体が斜めに沈む。直後、上から裏拳が振り下ろされてきた。超接近戦から飛び込む様に倒れ込み、スラスターで制御しながら真横回転でのバックブロー。生身の人間ではあり得ない、モビルスーツならではの格闘戦術だ。イグダストは距離を取ろうとして重心を後ろに傾けていた瞬間だったので、避ける事すら出来ず。右腕でガードするのが精一杯だった。

 「くっ……のおっ!」

 シンもスラスターを制御し、イグダストを回転させる。パワーで踏ん張ろうにも重心がずれていてはそれも無理。ならば慣性制御で立て直すしかない。
 しかしイザークが――ストライクブレードがそんな隙を逃す訳がない!

 《パワーなら貴様の方が上だ。ならば俺は――》

 やっとの事でイグダストは四つん這いの様な姿勢を経由し、立て直す。しかし既に体制を立て直していたストライクブレードが距離を詰めてきていた。

 《――十数発、まとめてくれてやればいい!》

 ストライクブレードの猛攻、腹部への蹴りからスタートの――連続攻撃!
 イグダストの左腹部、右肩、右足、そして顔面へ。見事なまでの対角線への打撃だ。シンは辛くもこれをガードしていくが。
 打撃の雨が――止まらない、止められない!

 「馬鹿なっ!? いくらなんでも早すぎるだろ!?」

 打撃速度が更に上がる。シンとイグダストは防ぐので精一杯だ。こんなにも実力差があったのかと、シンは唸る。だが、そんな訳は無い――そんな訳は無いのだ。

 《シン、落ち着け! おそらく奴の機体は……!》

 Aiレイの叱咤が飛ぶ。しかしシンの焦りが、右拳と共に打ち出された時――防御は限界に来ていた。
 右拳の流れを助長するようにイグダストの左肩が押され、右腕が予想よりも打ち出される。そこをストライクブレードが掴んでいた。

 (背負い投げ!?)

 正確には一本背負いである。イグダストはストライクブレードの腰に跳ね上げられ、見事に宙を舞った。刹那の判断で、シンはスラスターを全開にする。腕を決められたまま叩き付けられ、押さえ込まれれば勝機は無くなるからだ。
 何とか振り解く――が、地面への激突は避けられなかった。イグダストが大地に叩き付けられ、土煙が舞う。
 したたかに打ち付けられるが、シンは歯を食いしばって耐えていた。次の連撃に備え、立ち上がった時――しかし、ストライクブレードは動いていなかった。
 故障だろうか? いや、そんなはずはない。つい先程まであれだけ動いていた機体が、そうそう故障するとは思えない。

 《シン。おそらく奴の機体はイグダストと同じシステムだ。そして――速度を上げる様に調整されている》
 「……そんな事、出来るのか?」

 Aiレイが断言する。シンは半信半疑だが。

 《気が付いた様だな。フェアでないから、教えてやろう。俺のストライクブレードは貴様と同じ様なフェイズシフトシステムの改良型を搭載している。しかし、貴様の機体の様に無茶なパワーを具現化できる様な馬鹿なシステムではない。俺の機体は『関節の負荷を限りなくゼロに近づける事で得られる』スピードを得るために調整されている。こと白兵・格闘に関して言えば、俺のストライクブレードは最速だ!》
 
 高らかに宣言するイザーク。どうやら動かなかったのはわざわざ説明するためだったらしい。
 舐められたもんだ、とは思う。しかし嘘を言っているとも思えない。シンとしても、察せざるを得なかった。

 「……厄介だな、こりゃ。『天敵』な訳だ」

 イグダストの最大の売りは、その有り余るパワーだ。しかしそのパワーも、発動出来なければ――当てられなければ、意味はない。もしもイグダストの攻撃を無効化、もしくは発動前に倒しきる様な相手が居るのなら、それはイグダストにとって最大級の『天敵』という事になる。
 シンは生唾を飲み込んでいた。絶望は出来ない――したくない。この機体を信じ、託してくれたアイツの為にも。

 (ルナ、教えてくれ。俺はどうすればいい?)

 再びストライクブレードがゆら、と動き出す。瞬間、シンもフットペダルを踏み込んでいた。
 押し負ける訳にはいかないのだ。その気持ちがシンを動かしていた。




 イグダストとストライクブレードの戦闘映像――それを見据えながら、ダニエル=ハスキル少将は呟く。

 「どうやら奴のグリスベル到達は防げそうですな。しかし……」

 苦々しげにハスキルは首を振る。会議室に座る軍部の幹部達も一様に厳しい表情だ。

 「統一地球圏連合、西ユーラシアに大きな借りを作ってしまった。おそらく奴等の事だ、ゴランボイ地熱プラントの経営に関して、大幅な譲歩を要求してくるに違いない」
 「それだけならまだいい。今はまだ少数の『統一地球圏連合東ユーラシア派遣軍』、これの大規模増派の理由にされればたまったものではない。『防衛』という大義名分を与えてしまった事になる」

 幹部達は一様に項垂れる。現状維持は不可能、となれば『被害を最小にするか』を論じなければならない。身売りや切り売りをして生きなければならない悲しさが、東ユーラシアでは日常の風景だったのだ。
 そして幹部達が項垂れる理由は、もう一つある。

 「コーディネイター、『人を越えし者』か。なるほど、奴等は人ではない。もっと凶悪な何者か、だ。我が軍の精鋭が束で掛かっても、果たして勝てるかどうか……」

 ゴル=ダルクス中将が吐き捨てる様に言う。現場叩き上げのダルクスは粗暴な振る舞いの目立つ男だが、馬鹿ではない。殊に相手の強さを見定める事に関しては英明な男だ。
 そんなダルクスの言い様――それはその場に居る幹部達にとって、認めなければならない事実に違いない。

 「こうなるとイザーク准将が居てくれた事、そして我々に友好的であった事に感謝しなければなりませんな」

 しれっとハスキル。別にイザークが友好的であったとは、ハスキルは思っていない。彼が誰に対しても懐疑的であるとは思っているが。
 ただ、ハスキルはイザークの本質の一つを見抜いていた。戦いに餓えている――死に場所を探しているという、イザークの魂の叫びを。
 同時にハスキルはコーディネイターを哀れだと思っていた。自分達ナチュラルには為し得ぬ力と技を得るための代償として失った「モノ」。人を越えたが為に、どんな責苦を負わされたのか、と。

 (『人を超えてしまった者』は、もはや『人』には戻れない。彼等の不幸は、生まれながらにそれを背負わされてしまった事にある。イザーク=ジュール。君の居場所は既に無く、そして誰も君を必要としない。それを認められないからこその強さ、か。愚かで――哀れな、超越者よ……)

 モニタの向こうでは、激戦が続く。ハスキルはそれを見ながら、イザークの行く末を案じていた。




 拳を一体何度、放っただろう。蹴りを何回、お見舞いしただろう。
 しかし――イザークは感嘆する。

 「いいぞ! いいぞ、貴様! それでこそ潰しがいがある!」

 何度死角から拳を放っても、何度対角線から蹴りを見舞っても。イグダストは恐るべき回避性能を見せ付けていた。いや、性能ではない。パイロットの実力――というより、執念だろうか。

 《言ってろ、ロートル! アンタの時代はとっくに終わってるんだよ!》
 「ほざけっ!」

 拳を交えていれば相手の挙動が怪しくなり、疲弊している事位わかる。だが、イグダスト――シンは恐るべき食い下がり様を見せていた。スピードで一枚落ちる以上、全てが後手に回るという圧倒的不利な状況にも関わらず、だ。
 確かにイグダストのパワーは圧倒的だ。ストライクブレードとて攻撃を食らえば、耐え切れないだろう。しかしその事がシンを、イグダストを支えているのではない――イザークはそう感じている。

 (コイツ……『何が何でも俺には負けない』という意地がある。どんな事をしても、隙あらば俺の喉笛を食いちぎろうとしている。面白い、面白いぞ貴様!)

 それは何なのか。そこまでして生きたい理由が、勝ちたい理由があるというのか。
 負けの見えている戦いで何故そこまで前進し、戦おうというのか。
 知りたい――それはイザークの無意識。イザークはその感情を『コイツと戦いたい』という気持ちに置き換え、自身を納得させる。
 プライドとコンプレックスの塊――それは自身でも感じている事だ。

 《シン、エネルギー残量あと僅かだ。全開稼動限界まで後二分》
 《んな事大声で言うな! 奴に聞かれるだろ!》
 「……不本意ながら聞こえている。が、安心しろ、俺は貴様の前から退きはせん。二分間、最後まで付き合ってやろう!」

 呆れつつ、イザーク。
 再び拳が交錯する。カウンター気味にストライクブレードは正拳を放ち、イグダストの拳を受け流しつつ顔面を狙う。
 イグダストも負けてはいない。顔を捻り拳を受け流し――その勢いで全身を回転させ、浴びせ蹴りを敢行する。

 《フライングニールキックだ!》
 「そんな大技、通すか!」

 素早くサイドステップし、蹴りの軌道から体を逸らすストライクブレード。しかし、シンの狙いはそれではない。

 《いくぞ! 俺にしかできない事だってあるんだ!》

 そんな気持ちは、イザークもかつて持っていたのだろうか?
 何者にも負けまいと。何者にも縛られないと。そして己の信念の為に、一命を賭す覚悟を。
 イグダストが分離する。回転中の不安定な体制からのパージアタック――攻撃する側もされる側もわからない方向に吹っ飛んで行きかねない破天荒な攻撃である。
 そして、それはその通りになった。
 分離された上半身とコアスプレンダーは揃って地面に向かって打ち出され、下半身は回転の余韻を残したまま上方向に吹っ飛んでいく。さすがのイザークも予想の付かない事態である。

 《こ・こ・だぁっ!》
 「何!?」

 失敗だろうと、イザークは思った。というよりこれで成功する方が不思議だろう。
 しかしこの状態の中で、ただ一人シンだけは『勝った』と思っていた。
 大地に叩きつけられるイグダストの上半身。その時、イグダストのパワーが最大限発動される。

 《腕でだって、飛ぶ事は出来る!》

 イグダストは逆立ちの要領で思い切り地面を両手で叩き――ストライクブレードに吹っ飛んでくる!
 イザークの予想を超えるスピードが、イグダストのパワーによって発現される!

 「何だと!?」

 イザークは最大限の反応をした。両の手でしっかりとその攻撃をガードし――そして。
 瞬間的にストライクブレードが吹き飛ばされる。

 「ぐああああっ!!」

 爆風で吹き飛ばされる様な、先程も体感した感触。ストライクブレードのエネルギーゲージが一気にデンジャーラインまで減少した。慌ててこれ以上のダメージを避けるべく姿勢制御に努めるイザーク。それがまたいけなかった。
 イザークは瞠目していた。この男は――シン=アスカという男は、何一つ諦めていなかったのだと。

 《避けられるもんなら!》

 再び、イグダストの滅茶苦茶なパワーが発動していた。それはまた、イザークが目を疑う光景。常識では測れない光景であった。
 イグダストが突っ込んでくる。上半身と下半身が分離したまま――足首をその手に持ち、ハンマーの様に振り回しながら!

 「自分のボディを武器にするだと!?」

 言いながらイザークは気付いていた。その事自体は間違いではないのだ、と。
 姿勢を立て直したばかりのストライクブレードは、避ける事は不可能だった。イザークの咄嗟の対応は最良のものなのだ。だが、それは残っていたエネルギーが消える事を意味していた。
 両腕を伸ばし、振り下ろされてきた下半身のハンマーを受け流すストライクブレード。しかし、さすがのフェイズシフト装甲も限界に達しようとしていた。
 イザークに出来た事。それは両腕を犠牲にして後方に跳躍する事だった。間一髪、エネルギーが切れて両腕が叩き潰される。が、ストライクブレードはハンマーの軌道から逃れる事が出来ていた。
 しかし――イザークは察せざるを得なかった。自分が「負けた」のだと。




 しかし「負けた」と思っていたのは、イザークだけではなかった。

 《バーストモード、カウントオーバー。もう身動きすら出来ん……目標も未達成。奴等の勝ちだ、シン》
 「……の、様だな。ちくしょう……」

 イグダストの外装から、色が消えていく。それはフェイズシフト装甲のパワーが尽きた合図。エネルギーが切れた証明であった。イグダストの両腕が上体を支えようとして――それすら出来なかった。大地に倒れ臥す、イグダスト。
 イグダストの存在が無い限り、どうやってもグリスベル中継基地までは到達は不可能。この瞬間シンの、リヴァイブの作戦目標は達成できない事が確定した。



勝利者の居ない戦い。
イグダストとストライクブレードの第一戦は、その様な幕引きとなりました。
試合に負けて、勝負に勝ったストライクブレード。試合に勝って、勝負に負けたイグダスト。
それはまるでトライアル試験の奇妙な焼き直しであったのかも知れません。
……しかし彼等の運命はそこで終わりませんでした。
彼等は再度、戦場で相対する事となります。後2回――己の存在を賭けて。



 「……勝ったのか、我々は?」
 
 場がしん、と静まり返る。誰もダルクスの問いに答えようとはしない。否――答え様が無いのだろうか。
 戦略レベルでは勝利、戦術レベルでは敗北。そして政略レベルでは敗北という惨状では。
 そして何より――東ユーラシア政府の軍幹部が揃って『何も出来なかった』現状では。

 「いいや。やはり『敗北』ですよ、我々の」

 離席していたハスキルの入室するなりの一言に、幹部達が色めき立つ。しかし次のハスキルの言に、全員の顔色が更に青白くなった。

 「既にこの状況を西ユーラシア、ひいては統一地球圏連合も知っています。イグダストとストライクブレードの戦闘映像――これが、インターネットの動画サイトにリアルタイムでアップロードされていたんですよ。これで我々は、各方面への政治的な折衝を取らざるを得なくなりました」
 「な、何だと!?」
 「非常に刺激的な映像です。特にこのイグダストという機体――信じ難い戦闘能力というのは、映像を見れば直ぐにわかります。先程正式な外交チャンネルで緊急電文が届きました。『ゴランボイ地熱プラントでの戦闘行為を停止するために、あらゆる手段を用いるべきだ』とのお達しですよ」

 ダルクスは青ざめていたが、また再び真っ赤になって怒鳴りつける。

 「おのれ、統一連合め! 内政干渉も大概にしろ!」
 「建前上ゴランボイ地熱プラントは『民間企業』ですので、それには当たりませんな」
 「言われんでもわかっとる!」

 ぬぬぬ、とダルクスは唸る。しかし暫くして深呼吸して気持ちを落ち着けるとこう指示を出した。

 「よしわかった。とにかく戦闘を終結させればいいのなら、リヴァイブとやらの申し出を受ければいい。コーカサス地域へのエネルギー供給は復旧してやる――ロマ=ギリアムか、覚えておれ!」
 「わかりました。イグダストはどうします?」
 「もちろん捕らえろ。散々調べつくした後、五寸刻みにしてやるわ」
 「わかりました。では直ちに」

 ようやく幹部達は席から立ち上がる。しかし彼等の顔は一様に暗く、とても勝利者の顔には見えなかった。




 《……現在の情勢推移は以上だ。とりあえず帰って来いよ、イザーク。俺達の勝ちだ》

 モニタに映るディアッカの顔は、笑っては居ない。親友が敗北感に打ちのめされているのを敏感に察知したのか。

 「ディアッカ、これが勝利と言えるのか! これでは俺はただの道化だ!」
 《そんな事はない。お前が居なかったらグリスベル中継基地は更なる混乱に……》
 「はっきり言え、ディアッカ! 『俺は負けた』と!」
 《……言える訳、ないだろ》

 だん、とモニタを拳で殴るイザーク。悔しさが体を、瞳をわなわなと震わせていた。

 「不本意だ! この様な不完全燃焼……!」

 相手のエネルギー切れという、無様な勝利。イザークのプライドに賭けて、そんなものが勝利である訳が無い。
 そんなイザークの視界の端に、ルタンドの姿が映る。イグダストに蹴散らされた連中がやっと辿り着いたのか。

 《イザーク=ジュール准将、お疲れ様でした。後のコイツの始末は我々に任せて下さい》
 「貴様等……!」

 イザークは苛々とした思いを隠そうともしない。ぎろりと睨まれ、思わずルタンド達は怯む。しかし、じりじりとルタンド達はイグダストを囲み始め――その時。

 《て、敵襲! モビルアーマーが……うわっ!》

 イグダストの歩んだ道、それを通って何かがこの場所に向かってくる。それは1機のモビルアーマーと1機のモビルスーツ。フォーススプレンダーという名の戦闘機と、紫色のシグナス――コニール=アルメタとシホ=ハーネンフースのコンビだ。
 それはあっという間にこの場所までやって来て――。

 《この人を帰してもらいます。断れば、ここで自爆します。戦禍を広げたい方は、その選択をなさって下さい》

 朗々と、シホ。そもそもこの二人がここまで来れたのも、これ以上戦闘行為をしたくない東ユーラシア政府の立場が大きく関与している。今の情勢で『その選択』が出来る者が居るはずが無い。

 「シホか。お前、まだ戦っていたのか……」
 《その台詞、貴方にだけは言われたくありません》

 にべも無くシホ。ストライクブレードを一瞥すると、直ぐにイグダストを担ぎ上げる。ふと、側面にある大型シャッターが開き始めた。どうやら東ユーラシア政府上層部の『さっさと出て行け』という意図らしい。
 紫のシグナスがイグダストの上半身と下半身を抱え、フォーススプレンダーに飛び乗る。狭い坑道内で何とか旋回したフォーススプレンダーは、一気に空に飛び出していた。
 外は満天の星空――既に夜だった。




 ヨーロッパに向かう民間旅客機。そのファーストクラスの一席に揺られながら、メイリン=ホークが呟く。

 「……まったくあの馬鹿は。少しは見ているこっちの身にもなりなさいよ」

 メイリンの手元にあるノートパソコンには、他でもないゴランボイ地熱プラント坑道内が映っていた。それも一箇所ではない、ほぼ全ての監視カメラの映像だ。
 そう。インターネットにイグダストの映像をアップロードしたのは他でもない、メイリンだった。
 目的は色々ある。今回の件を東ユーラシア政府に握り潰されない様に、そして統一地球圏連合が今後有利な立場で交渉に臨む為に。そして最大の理由は――。

 「こんな所で死んでもらったら、こっちが困るのよ。少しは踏ん張りなさいよ、シン」

 ふと目をやれば、遠くにヨーロッパの明かりが見えてくる。目指すドイツのベルリン空港までは後数時間、ノートパソコンを閉じるとメイリンは仮眠する事にした。地上に降りれば、やる事は山積みだ。少しでも今のうちに体力を回復させておきたかった。




 この男の腕に抱かれるのは、初めてではない。しかし、これ程まで安堵出来た事はなかったとシノ=タカヤは思うのだ。
 暗闇にうっすらと浮かぶ、白い腕。汗ばんだ胸板に頬を添える――自然に、笑みが漏れる。

 「やっと一緒になれたね、セシル」

 いつもはポニーテールだった黒髪を流れるに任せ、シノは愛しそうにセシル=マリディアの腕の中に埋もれる。セシルもまた、愛しそうにシノの髪を撫でていく。

 「ああ……シノ。愛してる」
 「私もよ」

 互いに一糸も纏わぬ姿を晒し、愛し合う。人類が何千年も前から行なってきた普遍の交わり。『巣穴』を作るために確かな愛情を感じたい、一つになりたいという気持ちは本能なのかもしれない。場所が例えヨーロッパの片田舎にある安宿だったとしても、シノにとっては愛しい時間であった。
 だから、なのだろう。セシルがその事を言い出した時、随分と突拍子も無いと感じたのは。

 「――シノ。僕の弟に会って欲しいんだ。僕の最後の家族、カシム=マリディアに。そして、君にも知ってもらいたいんだ。カシムが『スーパーコーディネイター』と呼ばれる『救世主』なんだって事を」
 「スーパーコーディネイター……?」

 怪訝な顔のシノ。しかしそんなシノに、セシルは優しく笑いかけるのみだった。



シノは、『スーパーコーディネイター』という存在が居る事を知りませんでした。
この世界で知っている人間の方が珍しいかもしれません。
カシム=マリディア。
もしも彼女が『彼』の噂話だけでも耳にしていれば――彼女だけではなく、私の運命も変わっていたかも知れません。
彼の存在が、全ての事象を変えていったのです。
そう、終局へ向かって――。

2-3

2011.08.19.[Edit]
スペック、コンセプト、ニーズ……、完成と共に運命を分けたイグダストとストライクブレード。開発段階から互いに比較され、試されてきた2機。時代が選ぶのはどちらなのか。証明するには戦って勝利者となるしかありません。 関節が、指が軋む。湧き上がる震えは、恐怖によるものか。 ――否。そうではない。 (遂に戦う……『ヤキン=ドゥーエを生き延びた者達』と!) シンは乾いた唇をちろりと舐める。そうだ、判っていた事だ。こ...

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Material 「素材の小路

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