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 SEED Revival-Ver.ARIS-    第一部「導かれし運命」

1-9

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アリー。それは私がスレイプニールに乗ってから始めて目指した目的地。
交易や商業が盛んな、美しい街。しかし同時に奇妙な街。
レジスタンスはおろか、東ユーラシア政府軍までも受け入れる。
結果として中立、戦闘不可地域へと変貌を遂げた不思議な街でした。
二週間の長旅の末、ようやく私達はそこへ辿り着いたのです……。




 降りしきる雪の中、一台の大型トラックが広大な台地を横断していく。街道は既に雪に埋もれてしまっているので『この辺が道だろう』と当たりをつけて走る。それはこの大型トラックに限った話ではなく、この辺りではごく普通の事だった。
 ハンドルを握るシンは薄手の手袋で寒さを凌ぎつつ、雪で出来た隆起を捌いていく。アイスバーンと化した元道路は、ほんの少しの油断も逃さない狩人だ。集中して、道路に意識を向け……

 「ひあ……ひああああんっ!」

 ……出来なかった。本日何度目かわからない、一行最年少のナージャの鳴き声がシンの心を逆撫でする。しかし何としても、怒鳴る訳にはいかなかった。何せ相手は、未だ一歳児なのだから。

 「ご、ごめんナージャ。おむつ? さっき変えたばっかりなのに~」
 「寒いからしょうがないわよ、ソラ。後でまとめて洗うから、こっちに頂戴」
 《タイムカウンターによるとミルクまでの時間は50分後だな。となれば確立としては……》
 「訳のわからない事ブツブツ言わないでよ、レイ」
 「さー、ナージャ綺麗になったよ。はい、あばば~」

 ソラとコニール、ものはついでにAIレイが賑やかに車内をまぜっかえす。何となくシンはその輪の中に入るタイミングを逸して、ますます意識を道路に向けようとして、イライラするのだ。見事な悪循環である。

 (……早い所、アリーに着いてくれ。俺の忍耐力の続くうちに……)

 大型トラックは、どこまでも続いていきそうな雪景色をひたすらに走り往く。一路、アリーへ。




 スレイプニールメカニック班、サイ=アーガイルは苦労症である。
 手抜きは一切せず、機械の本領が発揮できる為に全力を注ぐ。それは正に職人気質であり、悪くいえば馬鹿正直である。とはいえそうした気質は特にパイロット達に好評であり、全幅の信頼を置かれる所以でもあった。

 「……疲れた」

 そう言った瞬間、サイは膝から崩れ落ちて床に寝転がる。冷たい床だが、火照った身体には丁度いいと思えるのだ。
 大尉達が未だ帰らない状況において、シンのシグナスは最大戦力である。そのため、いつでも動ける様にしておかなければならなかった。

 「おつかれ、サイ兄」

 サイの事を兄と慕う、メカニック班助手シゲト=ナラがコーヒーを持ってきてくれる。湯気立つコーヒーの匂いがサイの嗅覚を刺激し、サイは上体をむっくりと起こした。

 「だるい……」

 コーヒーを一口啜りながら、サイ。シゲトが「そりゃそうだよ」と応じる。

 「サイ兄、ここ数日寝てないじゃん。死んじゃうよ」
 「……そうかといって、シグナスが動かなきゃ全滅だぞ」
 「そりゃ、そうだけどさ……」

 サイとて、休もうとした。しかし、駄目だった。自分が休んでいる間に敵が襲ってきたら…。その悪夢が繰り返し続いて、休むにも休めないのだ。それなら動いていた方がマシだ――サイはそう思う。

 「大尉達、いつ戻ってくるんだろうね」
 「元からアリーで合流予定だ。この雪で遅くなってはいるだろうが、じきに来るよ。まぁ、そうしたらこのモビルスーツデッキがシグナスで一杯になるな」
 「ホウセンカ隊のみんな、元気かな」
 「大丈夫だろうよ。女性ばっかりだけど、なかなかどうして腕っこき揃いだ。こっちの追撃に回されなくて幸運だったよ」

 記憶にあるのは腰まで届く黒髪の女性。シホ=ハーネンフースと言ったか。偽名だらけのレジスタンスで、堂々と本名を使うのは珍しい。最もサイも偽名など使ってはいないのだが。
 コーヒーを飲み終わったサイは、大きく伸びをする。そして両手で頬を張ると、立ち上がった。

 「よしっ。仕上げといくか。あと少しで終わるから、シゲト手伝ってくれ」
 「任せてよ! その代わり終わったら寝てよね」
 「こいつっ」

 朗らかに笑うシゲトが、サイを支える力の1つなのは間違いないだろう。サイは両の足に力が戻っている事に感謝しつつ、シグナスに向かった。次は破損したシグナスを立てる様にしなければならないな、と思いながら。




 ようやくアリー市街にある潜伏先のホテルに辿り着き、シンは安堵――出来なかった。

 「あー!」

 小さな暴君、とはこの事である。『泣く子と地頭には勝てぬ』でもいいかもしれない。1つしかないベッドに横になったシンの油断であった。

 「あいたた、引っかくな引っ張るな指を口に入れるな!」
 「あー」
 「あー、じゃないっ! コニール、ソラ! ちゃんと躾けろよ」
 「……普通、赤ちゃんがいればベッドに寝かすでしょ」
 「じゃれてるんですよ。凄いですよシンさん、こんなに短期間でナージャに懐かれるんだから」
 《いや、いい遊び道具だ。しっかり励めよ、シン》
 「お前等なぁ!」

 シンは今更ながら気が付いた。自分が孤立無援なのだという事を。
 
 「コニールさんはいつ買い物に出ます?」
 「ん、打ち合わせは夜8時だから……そうだね、この後ちょっと行く?」
 「はい。少しナージャの服も買ってあげたいし」
 「いいよ、リーダーから少し多めにふくんだって来てるから。ナージャはシンとレイが見てくれてるみたいだし」
 「……もう勝手にしてくれ」
 《任せろ、何かあったらシンを怒鳴り散らす》

 シンは嘆息した。髪を引っ張られるのは諦め、好きにさせる。とはいえそれ程嫌な訳でもなく、女二人が和気藹々と部屋を出て行くのをぼんやりと見送っていた。




 メイリンは嘆息した。

 (……まさか私が、もう一度ミネルバに乗るなんて、ね)

 正確にはミネルバ級の流れを受け継ぐオーブ連合首長国――統一地球圏連合国が建造したミネルバ級改修型、であるが。『レコンキスタ』と命名されたその戦艦はミネルバと違って、黒と銀で染め上げられている。禍々しいそのフォルムは、しかしそれ以上に禍々しい逸話に彩られていた。
 ドム=クルセイダーズ。統一地球圏連合軍の中で、最も暴力的且つ攻撃的で荒々しい部隊。ラクス=クラインの剣を自認し、統一軍に歯向かう者は女子供だろうが容赦なく蹂躙する――その旗艦が、このミネルバ改級レコンキスタなのである。
 今メイリンは1人、割り当てられた部屋で考え込んでいた。

 (ゲルハルト=ライヒ……空恐ろしい男。一体どこまで知っているというの?)

 偶然とは思えなかった。治安警察に在籍しているとはいえ、余りに急な辞令だったのだ。しかも後方での事務や支援が中心の情報部に在籍するメイリンに、最前線戦闘部隊クルセイダーズの支援を行なえ、等とは。
 メイリンと共に乗船したのは、オスカーとエルスティンの部下二人、その他メイリンの選んだスタッフ。更に護身用としてモビルスーツも載せて構わないとくれば。メイリンからすれば、腹の底まで見られている様な気分にすらなる。
 しかし、メイリンは命令に従った。千載一遇のチャンスには違いないのだ。

 (ヒルダ=ハーケン。ヘルベルト=フォン=ラインハルト。そして、マーズ=シメオン。この三人が、あの時ドム=トルーパーを操縦していた。そして、姉さんを殺したのはおそらく……)

 だんっと壁を殴りつけた。胃液が逆流する。嘔吐したい衝動を懸命に押し殺しながら、メイリンはしかし獰猛な瞳を隠しきれなかった。

 (許さない。あんな……あんな殺し方をしたあいつ等を。許す事なんか、できやしない!) 

 だが、慎重に動かなければとも思う。最悪の事態に突入した場合は自分だけでは済まない、夫であるアスラン=ザラの立場をも危うくしてしまう。事を起こすのならば、慎重には慎重を期さなければならないのだ。そして同時に、誰よりも大胆に立ち回らなければならない。
 どうすればいいのか。それは、すぐに解答が出せるものではない。
 窓に映る光景は遥かコーカサスの大地、レコンキスタが向かうはアリーの街。治安維持の名の下、これから起こるであろう戦乱にメイリンは一縷の望みを託そうとしていた。




 「……聞かなくてもわかるよ、ハインツ。あの女狐の目を見ればわかる。アレは『私を殺したくて堪らない』って目だからねぇ。馬鹿な女だよ、戦の臭いを嗅ぎ分ける事すら出来ないのに、こんな所までノコノコやってくるんだからねぇ」
 「違いない、な」
 「オーブでデータ入力だけやってりゃいいものを。これだから平和ボケって言われるんだよ」

 一方その頃『メイリンの仇敵』であるヒルダ、マーズ、ヘルベルトの三人は一室に集まり、オーブオロファトの治安警察オフィスと交信していた。モニタに映るのはハインツ=ドーベル。治安警察実行部隊司令官と揶揄される男である。

 『オーブに居れば、世界が未だ戦乱であるとなかなか気付けんものだ。まして我々の様な者達が、各国のパワーバランスを調整しなければならない脆弱な状態だとはな』
 「それにしても、解せませんな。そこまで判っていながら、何故メイリン=ザラを自由にさせるのです? さっさと拘束して……」
 「お前は馬鹿か。相手はあの4英雄の1人の妻だぞ。ヘタな疑いなんぞ掛けたら、俺等全員その場で縛り首だ」

 ヘルベルトとマーズが口々に言う。それを横目で見ながら、ヒルダが口を開いた。

 「……テスト、ということかい? ハインツ」
 『察しがいいな』

 短くドーベル。しかし、それはお互いにとって『満点』の回答だった。

 「ライヒ閣下は、我々では軍神に敵わないと?」
 『それはわからん。それ故のテストだと理解してもらおう』
 「……用心深いことだね」

 ヒルダは半ば呆れていた。ドーベルやライヒの偏執的なまでの完全主義に。

 (この男達は、本気で……キラ=ヤマトに頼らない『平和』を作ろうとしている)

 否、それ程恐ろしいのか。スーパーコーディネイターと呼ばれる人間ですらないモノの、圧倒的なまでの可能性を。
 ヒルダは頭を振って、思惟を追い払う。考えても仕方の無い事だと判断したのだ。

 「ま、いい。とりあえずこっちは任務を遂行するだけだ。女狐が正体を現したら、そっからはあたしの判断に任せてもらうよ。いいね?」
 『解答する必要すらないな。戦場で判断するのは『現場』のみだ。『司令部』ではない』

 ヒルダはちろりと舌舐めずりをした。それは獰猛な肉食獣が獲物を見つけた時の仕草だった。
 当面の指令文書をもう一度引っ張り出して確認する。それにはこう書いてあった。

 『来る12月25日、アリーの街を封鎖、制圧せよ。その際、集結している戦力があれば所属に関わらず破壊せよ』

 眼下にはアリーの街が既に目視できる位置にある。作戦行動時まで後数日、彼女は湧き上がる高揚を沈められそうもなかった。



全てを知る事が出来るのなら、私は言うでしょう。
「ああ、また巻き込まれたのか」と。
もう、そういう運命なのかなって。
私も、シンさんも、コニールさんも、ナージャも。
そうとう運命の神様には見込まれていたみたいです。
私、『薄幸の美少女』ってタイプじゃないのになぁ。




 ――12月24日。その日は澄み切った青空の日だった。

 「明日は雪か。路面の状態が悪くなるな」
 「……ホワイトクリスマスっていう一大イベントに容赦ないわね、あんたは」
 「こっちの方でも、クリスマスってあるんですか?」
 「あるわよー。何せ楽しみが少ない地域だもん、派手にやるわよ」
 「うーあー」
 「へぇ。そう、ナージャも楽しみ?」
 「いいわよ、打ち合わせも無事済んだし楽しんでいきましょう」
 「……だから、路面の状態がだな」
 《シン、無理だ。お前の意見は自動的に却下される様になっている》

 アリーの街のメインストリート、ひたすら買い物三昧の女二人の護衛兼荷物持ち――間違いなく後者が主任務――をしながら、シンは言う。

 「それにしても、政府軍の連中が増えてきたな」
 《あちらさんも情報収集というところだろう。もちろん、こちら側としてもアリー集結組が本体ではないのだがな》
 「結局囮半分だもんね、あたし達。大概あのおじさん舐めてるわよ」

 おじさんとはミハイル=ベッテンコーファーの事である。

 「騙しあい、ですよね。あんまりいいことじゃないですけど……」
 「あー」
 「……そうね。ナージャが大きくなる頃には、こんな事しなくてもいい様にしないとね」
 「…………」

 それは、希望だろう。現実問題としては、事態はむしろ悪化しているのだから。しかし何とか場を明るくしようとしているコニールの努力を無にする事もないと、朴念仁のシンでも思う。

 (いつか、明るい世界がくるのなら――俺は)

 報われる、と思える日も来るのだろうか。
 とてもそうは思えないな、とシンは自嘲気味に苦笑する。
 ふと――突然、シンの瞳が見開かれた。その視線は虚空を泳ぐでもなく、ただ一点を見つめていた。

 「シン? どうしたの?」
 「シンさん?」

 コニールとソラがシンの異変に気が付き、振り返る。しかし次の瞬間コニールの視界はシンが抱えていた荷物で一杯になった。

 「ちょ!? こ、こらぁ!」
 「悪い、先に戻っててくれ!」
 「この馬鹿シンー!」

 コニールの声が背中に突き刺さる。しかしシンは構わず、雑踏の中を走り出していた。
 目の前に、傍に居たはずの人を探して。愛し、愛された人を探して。
 懸命に手を伸ばし、喉まで出かかった叫びを封じながら。
 見てしまったのだ――探し続けた虚空の幻影を。


 

 何となく、一人になりたかった。作戦行動の詳細すら教えてもらえない――何となしにピリピリしたものを感じて、レコンキスタでのんびりするという選択肢は無かった。そのため、メイリンはアリーの街に散策に行くことにした。アリーから数キロの位置に停泊しているレコンキスタから車で移動して、今彼女はアリーのメインストリートに居る。
 軍服ではない、プライベートな服装は久しぶりだ――メイリンは思う。
 気分を変える為に髪を結い上げ、ちょっとしたポニーテールを楽しむ。露わになったうなじが外気に当たるようになって、ちょっとした清涼感が得られる。少々寒いが、照りつける陽光が皮膚に温かみを与えてくれるので気にはならない。
 そう、わかっていてやった訳ではない。だが、今の姿はびっくりする程自分の姉、ルナマリアに良く似ていた。ショーウィンドウに映る姿に、メイリンは何となく見入ってしまう。

 (姉さん。私……何してるんだろうね)

 幸せになりたい、と。ただ、幸せになりたいと願って生きてきた。好きな人が出来て、愛し合い、子供を作り――そんな、当たり前の幸せが欲しくて。
 それなのに、今自分は何をしているのだろうか。

 (治安警察に入ったのは、少しでも夫の役に立ちたかったから。ほんの少しでも、夫の苦悩を癒して上げたかったから……馬鹿みたい。多分今一番の悩みの種は私なのに)

 それは自惚れかもしれない、と自嘲しながら。
 ぼんやりとメインストリートをふらふらしながら、メイリンは思惟を巡らす。

 (何時までもこうしてる訳にはいかない。でも、休みたい……よしっ、少し休もう)

 どの道レコンキスタでは落ち着いて考え事も出来ない。外泊申請は明日まで出してあるから、問題もない。メイリンはその足でメインストリート沿いにある大手ホテルに入って行った。




 「えーと……うちの上司は一体何を考えてるんですかねぇ」
 「さあ? 推測要因が多過ぎです。断定は出来ません」
 「それだと困るんですけどね。我々にも立ち位置ってもんがありますから」

 メイリンがホテルに入っていくのを路地から確認していたオスカー=サザーランドは嘆息する。隣で同僚のエルスティン=ライヒがこきこき、と首を鳴らす。

 「レコンキスタ内じゃあからさまにお荷物扱いだし、どーしろと」
 「クルセイダーズの任務、調べておきますか?」
 「教えてくれませんからねぇ。勝手に調べますか……ま、それよりうちの上司の意志を確認したい所ですがね」
 「知ってどうします?」
 「知らなきゃ、判断のしようもないでしょう」
 「真理ですね、わかります」

 エルスティンはさっさとノートパソコンを取り出すと、何事か入力し出す。そんなものでさすがにレコンキスタ内のシステムにハッキングできるはずもないのだが。オスカーはかぶりを振って、ホテルに視線を移し――

 「静かに。あいつは……」

 エルスティンを手で制し、オスカーはメインストリートの方を凝視する。そこに、1人の男が居た。全身黒ずくめ、一度見たら忘れられそうもない紅い瞳。オーブの燃え上がる団地から、離れ業で脱出した男が。

 「……面白くなってきましたね、これは」

 シンがホテルに入っていくのを確認して、オスカーはニヤリとほくそ笑んだ。




 レイを置いてきたのはまずかったかな、とシンは思う。アイツなら何だかんだで、俺を止めてくれていたかも知れない、と。自分でも無茶苦茶をしているなと思うからだ。
 辺りはすっかり暗くなっている。現在、シンはメイリンの泊まっているホテルの屋上に侵入していた。持ってきたロープを手すりに結びつけると、それを窓枠に当たらないように垂らす。『コーカサスの夜明け』出入りの情報屋がこのホテルにも顔が利くのは、僥倖だった。メイリンの部屋は、613号室――いける。

 「よっ、と」

 腰に命綱を付け、壁を蹴って降りていく。程なく、目的の部屋に辿り着いた。用意してきた潜入キットを使おうとして――

 「……開いてる。無用心だな」

 窓は何らの障害も無く開いた。シンはむしろ、メイリンの防犯意識に不安になる。
 部屋を見渡す――居ない。シンはそろそろと、室内に降り立つ。

 (俺は知りたい。ルナ、お前がどこに居るのか……)

 メイリンなら、知っているのかもしれない。自分は何ら冷静な判断が出来ていないと理解できていても、止められない。腰から拳銃を取り出し、メイリンの姿を探し求める。程なく、メイリンがどこに居るのかわかった。

 「シャワーの音……入浴中!?」

 ラッキースケベの本領発揮である。バスルームに移動すると、そこに無造作に放り出されていた下着に目が行った。何故か唾を飲み込むシン。何となくそれを拾い上げて――その瞬間。
 バスルームの扉が開いた。

 「……え?」
 「いや、これはその、あの……」

 数秒の無為な時間が経過した。シャワーから垂れた水滴の音が響く――その瞬間、金縛りから解けたかの様にメイリンが動いた。顔が紅潮し、一糸纏わぬ裸体がしなやかに動く。

 「この変態スケベーっ!」
 「ごふっ!?」

 メイリンの前蹴りが綺麗に水月に入る。女とは思えないキックの威力に、シンはベッドまで一撃で吹っ飛ばされた。慌ててシンは身を起こす。片手に持っていた拳銃が部屋の端に吹っ飛ばされているのを見て――それがメイリンに先に取られた事も確認した。

 「……どういうことか、説明してもらいましょうか」

 何時の間にかバスローブを羽織り、メイリンは今拾ったばかりの拳銃を構える。シンは慌てて両手を上げた。

 「メ、メイリン誤解だ。俺は別に覗きに来たわけじゃ……」

 メイリンが安全装置を外したのがわかった。シンはどっと冷や汗が出るのを感じる。

 「アスハ代表狙撃未遂犯人がよく言うわ。そして、よくもおめおめと私の前に顔を出したわね、シン。姉さんを守れなかった貴方が!」

 トリガーに指が掛けられる。シンは慌てて弁明した。

 「メイリン聞け。俺はだから、もう一度ルナに会いたいんだ。会って、許して欲しいんだ!」

 そうだ。俺はそれがしたかったんだ。ただ追いかけて、追い続けて。
 あの時離してしまった手を、もう一度手繰り寄せる為に。
 メイリンの動きが止まる。瞳が揺らぎ、銃口が震えた。彼女の視線が、シンの瞳を射抜く。

 「馬鹿な事言わないで! 貴方が知らない訳ないでしょ!?」

 トリガーが引かれ、衝撃が来た。耳を掠めた銃弾が壁に穿たれる。

 「目の前で、目の前で姉さんが殺される光景を見ているはずの貴方が何を言っているのよ! 詭弁はいい加減にして頂戴!」

 シンの側頭部から、どろりと血が流れる。激痛が走る――だが、彼はメイリンを見据え続ける。彼女が呼吸を整えるまで待って、シンはメイリンに話しかけた。
 自分が真実に、己が封じた真実に近付く激痛を感じながら。

 「……どういうことだ、メイリン。俺が見たあの光景は、本当だっていうのか!? ルナは、アイツ等に殺されたって言うのか!?」
 
 あんな――おぞましい殺され方で。
 不意に、肺腑から嘔吐感が襲ってきた。シンは抵抗する事すら出来ず、その場に倒れ、嘔吐する。その光景を冷然と見据えながら、メイリンはシンに語りかけた。

 「そうよ。その通り。姉さんは、あのドム=トルーパーの三人組に、生きながら引き裂かれたのよ。モビルスーツのマニピュレーターで、人形の手足や首を引っこ抜くみたいにね!」

 彼の脳裏に、その光景がフラッシュバックする。嘔吐が止まらない。

 「そうだ、俺は……その光景を知っている。何故だ、何故思い出さなかった? 何故、思い出せなかった!?」

 その答えは、シンには思い出せない。何故か? それは、シンの心がプロテクトを掛けたのだ。自身の心の安寧を保つ為に、意図的に忘れさせたのだ。
 そんなシンに、メイリンは静かに――唾棄すべきものを見るかの様に言った。

 「教えてあげるわ、貴方が心底の塵だって事を。メサイア攻防戦終結後、貴方は姉さんと共にインパルスのコクピットに居た。デスティニーが大破した貴方は、インパルスで脱出しようとしていたのよ。その時よ、姉さんが死んだのは」
 「ああ……覚えてる。あの時ルナが俺を助けて……」

 駄目だ、思い出すな。体の全細胞が、警鐘を上げる。だが、シンはそれを捻じ伏せた。もはや、逃げてはいけない事柄なのだから。

 「その後、貴方達はドム=トルーパーに鹵獲されたのよ。そして、パイロットだけ出てくるように命じられた。姉さんは、貴方を守ろうとしたのよ。貴方に『コクピットから出るな』なんて言う位。初めからドム=トルーパーの連中は貴方達の存在を知っていた。そして、貴方だけが見逃された……何故か解る?」

 ああ、そうだ。覚えている。
 あの時、自らの無力さに打ち震えていたシンに、ルナはこう言ったのだ。『アイツ等、私達が1人だって思ってるみたい。だから、私が捕まれば、貴方は大丈夫。ここで待ってて、シン。貴方はもう傷付かなくていいのよ。貴方はもう、充分に苦しんだんだから』と。
 そして、そしてどうなった?
  
 「そう、貴方は見捨てたのよ。インパルスのコクピットの中で震えながら。姉さんが殺される一部始終を見ながら、何一つ出来ずにただ怯え竦むだけ――そんな人間、殺す必要もないじゃない! 貴方が生き延びた理由はそれだけよ。この塵!」

 誰よりも守りたかったはずの人に守られ、その上彼女を……。
 シンは倒れ伏し、慟哭した。瞳から止めどなく涙が溢れてくるのを感じる。だが、それは何一つ彼の心を潤さない。
 そんなもので、心の痛みの万に一つでも癒せそうもなかった。




 「……まずいな、こりゃ。うちの上司は、クルセイダーズと刺し違える気だよ」

 オスカーは他人事の様に呟く。どさくさ紛れに隣室を借りている辺り、抜け目がない。苦虫を噛み潰すようなオスカーに、エルスティンが追い討ちを掛ける。

 「今更裏切っても遅いみたいですよ、オスカー。叔父様にクルセイダーズの任務内容をメールしてもらいました」
 「……なんという身内贔屓。で、内容は?」
 「『本日』0:00を持ってドム=クルセイダーズによるアリー浄化作戦を開始する、だそうです」

 オスカーは慌てて時計を見た。現在夜の10時、後2時間しかない。死を覚悟するには充分な時間で、準備をするには足りなすぎる時間である。
 
 「天を仰いで嘆息でもしますかね、こりゃ」

 不意に、エルスティンが振り向く。

 「対策ありますけど、聞きますか?」
 「聞くだけなら何でも。どうぞ」
 「シン=アスカをイグダストに載せるんです。『カテゴリーS』が本物ならば、ですが」 
 



 12機のモノアイが、動き出す。

 《ハッチ開放。ドム=クルセイダーズ発進準備》
 「さぁて、お仕事の時間だよ」
 「皆殺しタイム、ってか?」
 「やだやだ、政治ってな怖いねぇ」
 「「ハハハハハッ!」」

 12人のクルセイダーズには既に『良心』などという言葉は存在しない。ただ任務を遂行するだけの人形であり、モノ。平和を守る為の、最も歪な集団。それが彼らなのである。

 「全機搭乗! いくよ、野郎共!」

 ヒルダが吼える。12人が唱和し、動き出す。一糸乱れぬその動きは、確かにこの時代最強のチームであると証明していた。
 
  

   

  
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