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 SEED Revival-Ver.ARIS-    第二部「人を超えし者達」

2-5

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 ……もう、どの位の時間が経ったのだろう。
 窓から差し込む明かりだけが、過ぎ行く時を教えてくれる。
 冷たい床、無機質な壁、無骨な鉄格子。それだけが世界の構成。
 
 (痛い――どこが? もう全身が悲鳴を上げている。強いるなら、どこが痛い?)

 自問。虚しい問い。諦めから始まる虚無。
 得られると思っていた平和、そして笑顔。今となっては虚しい栄光の姿。
 守りたかった。信じたかった。だが、裏切られた――自嘲が浮かぶ。

 「ミハエル……義兄さん……」

 遠くで聞こえてくる処刑の音。ヒステリックな観客の悲鳴。去来するのは悔しさか、憤怒か。

 (生まれてきて、ただ死ぬ事だけが俺達の『意味』なのか……そう言ったのは義兄でしたよね……)

 大尉や少尉は無事なのだろうか。そしてロマ=ギリアムは。
 しかし我が身の安全ですら保てぬこの状況で、果たして何が出来るのだろうか。

 (シン君。コニールさん、センセイ……逃げ延びてください……)

 中尉は暗闇の中、願い続けていた。辛うじて動く右手を懸命に動かして、己が生きている事を必死に確認しながら。

  

ベルリン。
かつてデストロイという大型モビルアーマーに、完膚なきまで破壊された都市でした。
焼け野原になった市街地、瓦礫の山になった高層ビル街。
そして打ち砕かれ、踏み拉かれ……それでも絶望しなかった人達。
その人達によって復興された巨大都市。それは統一地球圏連合にとっても、
ヨーロッパ方面のシンボルに相応しい都市でした。
その場所で、執り行われる統一地球圏連合三周年記念式典。
「恒久の平和」と「安寧の未来」を世界に宣言する舞台に、
当時の私は居たのです。



 「……ふう」

 ソラはどさ、とベッドに体ごと飛び込む。ふかふかのクッション――今夜はいい夢が見れそう、と素直に思える柔らかな感触だった。隣のベッドに同じ様にハナも飛び込む。やはり同じ様に恍惚の表情だった。

 「さっすが超高級ホテルのスイートルームやなぁ。横になっただけで旅の疲れが吹っ飛ぶわ」
 「だよね~。これはちょっと、体験してみないとわからないよ」

 枕に顔を埋めながら、ソラ。そのままぐるりと今度は仰向けになり、天井を見上げる。高級品らしき調度品、シャンデリアが見え、ソラは改めて自分がどこに居るのか考えていた。

 (オーブから8時間の距離。ベルリン――ヨーロッパの要衝。そして、今世界中から要人の集まる都市。改めて凄いところにきちゃったんだなぁ……)

 当初ソラ達は宿の手配ぐらい自分達で行なおうとした。しかし、その計画は三秒で頓挫した。

 「ホテルを予約? 今からじゃ無理だよ。空き部屋なんかある訳が無い」

 にべも無く、『紅の騎士』アスラン=ザラ。
 考えれば当たり前の事だった。統一地球圏連合三周年記念式典。統一連合の威風を世界に発信するまたとない機会。凄まじい額の予算が計上され、当然人の出入りも凄まじい事になる。そんな状態で「今日の宿、ありますか?」と聞いて回る事は砂漠で水を探す様なものであった。
 結局、ソラ達はカガリの好意に甘える事にした。カガリは統一地球圏連合の盟主――警護規模は最大のものとなる。その為、普段停泊する領事館だけでなく、幾つものセーフハウスが用意されていた。状況と場合によってそれらを使い分け、対応出来る様にである。今ソラ達が居るのはその中の1つで、市街地に最も近い位置のホテルであった。

 「使うかどうかわからないから使ってくれて構わない……なぁんて、さっすがカガリ様やな。太っ腹やわぁ」
 「ハーちゃん、ケチとかそーゆーレベルの話じゃないよ」
 「わかっとる。感謝しとるわ、シーちゃんを少しでも探しやすい様にしてくれたんやからな」

 実際の問題として、シノ=タカヤを探す事はかなり難しい。犯罪者でもないから非常線を張る訳にはいかないし、まして指名手配をする訳にもいかない。まして、この人だかりである。ベルリンはオーブ本国並みのバイオメタリクス認証が普及しているので、ベルリンに入ってくれれば探し出せるのだが――結局、それを待つしかないのが現状だった。
 ただ、大人しくなんていられない。その気持ちをカガリは汲んでくれたのである。
 ソラはもう一度寝返りをして、テレビのリモコンを拾う。何かニュースを見ようかな、と思い立ったのだ。スイッチを入れ、モニタが反応し――その時、インターホンが鳴った。ハナが「誰やろ?」と対応に出る。

 《居るか、二人とも》
 「……カ、カガリ様!?」
 《なんだ。来ては不味かったのか?》
 「いやいやいやいや、そんなん違うて……えええ!? こっちに来られて大丈夫なんですか!?」
 《勿論、大丈夫な訳がない。だがまあ、この程度なら……な》

 ハナの悲鳴にも似た問いに答えたのは、カガリの傍に立っていた人物、アスランだった。困ったような、仕方の無いような、そんな顔をしている。カガリはそんなアスランに悪戯っぽく微笑んでいた。

 「と、とにかく今開けますよって!」

 ハナが慌ててドアに飛んでいく。ソラは半ば呆気に取られながら、成り行きを見守っていた。しかしはっと気が付くとリモコンを放り出し、ハナの後を追う。

 「これから忙しくなるので、今日の食事くらい楽しんで食べたいからな。一緒にどうだ?」
 「……まあ、味の保障はするよ。一流のレストランだしね」

 楽しそうにカガリとアスラン。ハナとソラは顔を見合わせた。

 「な、なぁ。うちら、お邪魔とちゃう?」
 「で、でもさ。誘ってもらってお断りするのも……」

 気付かれない様に、2人。とはいえ断るだけの理由も意志もないので「あ、じゃあよろしければご一緒させてください」と言うのがやっとだった。
 そうと決まれば、部屋着の身なりでは不味い。着替えにクローゼットに取って返し――その時、ソラは見た。テレビに映っていた映像、そして字幕。悲鳴を上げる、その内容。

 《今回処刑されたシン=アスカは、あの緑のモビルスーツ『イグダスト』のパイロットと目されている男です。彼の所属していたリヴァイブという組織はサムクァイエット基地陥落の混乱に乗じてゴランボイ地熱プラントも破壊しようと目論んでいた集団でした。今回ローゼンクロイツの盟主、ミハエル=ベッテンコーファーが先んじて彼等を全員捕らえたので、事無きを得ましたが……》

 そして絞首台に吊られていた、見覚えのある黒いコートの男。真紅の瞳が印象的な――シン=アスカ。その体は力なく、命の輝きが全て失われていて――。

 「……いやあああぁぁっ!」

 ――ソラは絶叫していた。




 統一地球圏連合軍治安警察ベルリン支部。そこに就任したばかりのメイリン=ホークは、早速カンヅメになっていた。別に仕事に没頭したいとか、そういう事ではない。単純に山積する仕事を片付ける為には徹夜を避けてはいられなかったのである。

 「……真面目で勤勉、という事は時として罪悪ね。何だってのよ、この文書主義集団は……」

 ベルリンに住まう人々の人となりは、誤解を恐れずに表記すれば『病的な勤勉さ』である。主力戦車を造れば「この流線形を出す為には鋳造だけでは駄目だ。ハンマーで叩いて伸ばさなければ!」と戦時下にも関わらず力説。必然的に主力戦車の量産を遅れに遅れさせたという前科もある。もっとも、だからこそ「世界最強戦車」と成った訳だろうが。
 そんな祖先を持つベルリンの人々は、先祖に習い勤勉であった。具体的には職員全員が1日何杯のコーヒーを飲んだのか、或いは空調を何時何分まで使用していたのか――諸々の領収書がきちんと整理されて保存されていたのである。さて、その様な集団のトップになってしまったメイリンの苦労はどんなものだったろうか。
 秘書代わりに整理を手伝っていたエルスティン=ライヒが呟く。

 「記録は日常、整理は美徳。夢と希望はケント紙に書けなければ意味が無い――父がよく呟いていました」
 「……とても夢のある話だわ。ドアを開けて飛び出す選択肢は無かったのかしらね」
 「さあ? どうでしょう、雨が降ったらケント紙が濡れてしまいますね」

 頬杖を付いて、メイリンは溜め息を付く。つくづくゲルハルト=ライヒは恐ろしい。まさか、こんな懲罰を用意していたとは。考えすぎだとは思いながらも、その程度の陰謀はあり得ると思えてしまう。人徳の賜物、というべきか。
 そんな事を考えていたからかも知れない。電話が鳴り出した――ゲルハルト=ライヒからだ。

 「噂をすれば何とやら、かしら」
 「オスカーがよく言っていました。『長官に所用がある時は悪口を話してみなさい』と」
 「……苦笑も出来ない冗談だわ、それ」

 手元のコンソールを操作し、モニタを呼び出す。映像が現れ、次の瞬間――心底メイリンはうんざりした。上司の陰湿さと陰険さと、性格の悪さに。おそらくはその映像をしっかりとメイリンに見せる為に、だろう。ライヒは映像に姿を現さず、音声のみで言う。

 「ふむ。その様子だと既に情報は仕入れている、という事かな?」
 「……お陰様で」

 うんざりとした口調を隠さずに、メイリン。その映像が気分の良いものでないという事は明らかだった。シン=アスカが首吊りで公開処刑された映像――に、見せかけられたもの。シンではない。その事は知っていたが、さりとて気持ち良く見れる映像でもない。辟易してメイリンが言う。

 「造り主は、ローゼンクロイツです。ローゼンクロイツは東ユーラシア政府と独自に交渉を行い、リヴァイブを突き出す事を交換条件にゴランボイ地熱プラントの一部権利を取得しました。政治屋としては一流かもしれませんね、ミハエル=ベッテンコーファーは」
 「ふむ、強すぎる力を恐れる政治屋か。恐怖政治が好みだろうな」

 吐き捨てる様にメイリン、対照的に面白そうなライヒ。しかし、次のライヒの言は凄まじい毒を含んでいた。

 「だが、政治屋としても無能だ。詐欺師にしか成れぬ者に、成功は無い。嘘を付くのならば、墓穴まで持ち込める算段を踏まねばならん――彼は猟師の前で妻子を差し出す狐でしかない」
 「…………」

 ミハエルとしては、何としてもゴランボイ地熱プラントの営業権が欲しかったのだろう。その一部だけでも――それだけでも財産としてはこれ以上ないもので、沢山の人々が救われ、潤う事だろう。しかしそれは、あくまでも一部。ミハエルが救おうとする人々のみに限られる。これは政治の本質であり、政治家に求められる事だ。その意味でミハエルを責める気持ちは、ライヒにもメイリンにも無い。
 しかし、である。ミハエルは愚かだ――これは、両者の共通認識だった。

 「死んだはずの男が再び現れた時、どうなることやら。既に手は打っているのだろうが……私はのんびりと君の采配を見物させてもらおう。期待しているよ、メイリン部長」
 「ご期待に沿える様、努力してみますわ。ライヒ長官」

 モニタから映像が消えた後、メイリンは大きく伸びをする。息が詰まる――だが同時に。

 「好きにやれって事よね。いいわ、見てなさい。最高の喜劇を演出してやるわ」

 メイリンは知らず、微笑んでいた。悪戯っ子の様な、狩人の様な微笑み。『治安警察の魔女』と呼ばれる女の姿がそこにあった。



私も後で知った事ですが、この時リヴァイブのメンバーは過酷な状況に陥っていました。
ヨアヒム=ラドルさんの勇敢な突撃によってサムクァイエット基地攻略は成功したのですが、
辛くも脱出した他のメンバーは保護されたローゼンクロイツに拘束される事態になってしまったのです。

「お前達はやり過ぎた。英雄は我々でなければならんのだよ」

サムクァイエット基地攻略で全軍出撃したにも関わらず、
ローゼンクロイツは殆ど存在感を示す事が出来ませんでした。
そして、イグダストの存在――それは為政者にとっては恐怖以外の何者でもありません。
ただの1機。なのに、戦場そのものを圧倒した存在感。
それはローゼンクロイツ、ひいてはミハエルの勢力を脅かすに充分なものでした。
そして東ユーラシア政府にとっても――両者の利害は一致し、交渉のテーブルが出来上がったのです。
リヴァイブの主要メンバーは全て捕らえられ、一部のメンバーは苛烈な拷問に晒されたそうです。

このローゼンクロイツの許せない行動により、今まで動いてなかった陣営までが
意外な理由により参戦する事となりました。

アメノミハシラ。

統一地球圏連合に属しながら、統一地球圏連合の枠に当てはまらない。
空中庭園の住人達が動き出したのです。 




 バードクーペ空港都市。
 ガルナハンの空の玄関口であり、交易の中心地であり、そしてローゼンクロイツの本拠地でもある。巨大な滑走路とマスドライバーに挟まれる形で存在するこの街は、街というより要塞の様な堅牢さも兼ね備えていた。そうした様相は、ガルナハンの大地においてバードクーペが大きな役割を果たしている事の証明であり、ローゼンクロイツがただのテロリストグループとは違うという証左でもあった。
 既に時刻は夜。しかし街からは明かりは消えず、街の役目は眠らない。
 さて、その様な消えぬ明かりの一つ。そこでモニタ越しに、ある密談が行なわれていた。

 「感謝しますわ――あの時の約束を守ってくれた事に」
 《約束が守られぬと疑われるのは、不本意だな。私はどの様な情勢であれ、約束は守る。誰を敵に廻しても、だ》

 くす、と緑色の髪をした女性が微笑む。「本当に変わらないわ、貴女」と呟いて。

 《貴女も変わらぬよ。エリーゼ。アマルフィ家で初めて会った時からな》
 「……懐かしい名前だわ。もう、忘れかけていた。御免なさいね、こんな時に頼れるのは結局『続柄』なんて」
 《誤解されては困るが、私は盟友アマルフィ家だから助けている訳ではない》

 張り付いた様な微笑み、社交的な態度。だがその奥に隠された、ぶっきらぼうな誠実さ。あの時好きになった親友の姿が変わらずそこに在る。それがエリーゼ――センセイには嬉しかった。モニタの向こうで長い黒髪を指で弄びながら、アメノミハシラ最高権力者ロンド=ミナ=サハクが続ける。

 《とにかく、この情勢は既に外交ルートだけでは解決出来かねる。ならば、石を投じればよい――強力な一石を、な。それは明日には用意出来よう。それまで無茶はしてくれるな、エリーゼ》
 「ありがとう、ミナ……貴女から連絡をくれるなんて思わなかったわ」

 少しだけミナはきょとんとする。しかし数瞬の後にくす、と笑った。

 《あの暴れ姫が大人しくなったものよ。長生きはするものさ》

 そう言って通話は切れた。ミナの姿が消えた後も、センセイはモニタを凝視していた。いや、見ていたのはモニタではない。

 「ロマ。お願い、生きていて……」

 見ていたのは飄々とした男の顔。似合わぬ仮面で顔を隠した、リヴァイブのリーダー。けれど、大きな荷を背負ってもなお歩みを止めなかった男の顔。ロマ=ギリアム――ユウナ=ロマ=セイランの顔だった。




 ――言い争う声が聞こえてくる。

 「……どうして貴方はずっと、そうなんですか!? あの時から何も変わらない!」
 「何度も言わせるな。もはや変える気はないと言っているだろう」
 「意固地になったって、何も変えられないし変わらない。そう教えてくれたのは貴方だったでしょうに!」
 「おーい、一応病人の前だから静かにならない?」
 「本当よ。少しは静かにして欲しいわ」

 怒鳴る女性の声、そして受ける男性のつっけんどんな声。そして飄々とした声に、憮然とした声。1人を除いて知った声だった。

 (コニールとシホ=ハーネンフースと……そうだ。ストライクブレードのイザーク……イザーク!?)

 重い目蓋を無理やりこじ開け、飛び起きる。自分はまだ、戦っていた最中ではなかったか。寝ている暇は一欠けらもない筈だから。しかしそこは既にイグダストのコクピットではなかった。どこか見覚えのある医務室――ミネルバなど戦闘艦に設置されている医務室に良く似ている。そこのベッドにシンは横たえられていたらしい。
 すぐに視界一杯に、コニールが飛び込んできた。

 「シン、大丈夫なの!?」
 《起きたか、シン》
 「おお。起きた起きた、良かったよ。ずっとこの口論を聞かなきゃならんのかと思っていた所でね」

 Aiレイの声、そして黒い肌をした金髪の男。見た事がある――ZAFTに居た時に。そう、確か……屈指の名スナイパー、ディアッカ=エルスマン。ヤキン=ドゥーエの英雄達の1人。他に居るのは、シホと白髪の男――イザーク=ジュール。こちらもヤキン=ドゥーエの英雄だ。
 しばらく辺りを見回した後、シンはコニールに泣き言を漏らした。「何がどうなっているのか、説明してくれないか?」と。




 「おら、入っていろ!」

 ロマの背中が、したたかに蹴飛ばされる。ロマは抵抗も出来ず、牢獄の床へ胴体着陸を余儀なくされた。

 「痛っ……!」

 与えられているのは簡素な囚人服だけ。それは裂けた肌から流れる血でどす黒く変色していた。

 「……ははは。鞭って痛いものだったんだなぁ……」

 ロマがぼんやりと呟く。体に走り続ける痛みから、少しでも気を紛らわしたかった。痛む体を無理に起こし、壁に背を委ねる。痛かったが、気持ちの上では多少マシになった。その時ロマはようやく気が付いた――この牢に先客が居た事が。

 「やあ、中尉。手酷くやられたね」
 「……この暗がりで良くわかりますね」

 唯一の明かりは窓から差し込む月明かりだけ。輪郭は見えても、すぐに誰か判別できるものでもない。しかしロマはあっけらかんと言う。

 「カンだよ。中尉かなって」
 「貴方らしい、といえばそうですが……」

 お互い、傷だらけだった。ロマは中尉の様子をみて、致命傷ではない事を確認する。どの道治療器具も無いが、もしも最後ならば、少しでも楽にしてやりたいという気持ちは湧くものだ。ロマはしばらく黙り込んだが、意を決したように中尉に語り始める。

 「そのまま聞いてくれ。僕らが同室になったのは、恐らくシンの行方が全くわからなくなっているからだよ」
 「……仲間内で油断した所で、情報を話させる。よくある手口ですね」

 ロマは頷くと、続ける。

 「正直に言うと、僕らだってシンとコニールの行方はわからない。ラドルの勇敢な行動で、あの辺り一帯が吹き飛んでしまった――僕らが拷問までされているのは、シンの生死が不明だからだろう。状況から考えて、シンの死亡が確認されているならば、僕らを生かしておく必要はないからね。恐れているのはイグダスト、だろう。だとすれば、ミハエルが次にどうするか、僕には大よその予測が付く」

 ここで一呼吸、ロマは置いた。少しだけ迷った様子だったが、中尉が促す。
 
 「今更悪い予想程度で驚きませんよ。どうなります?」
 「……すまない。おそらく僕らは明日、公開処刑されるだろう。時間を掛けて、ゆっくりとね。イグダストのバッテリーはどんなに節電しても、明日には切れるだろう。シンに対して最大限のプレッシャーを掛け、いぶり出す気だ」
 「我々が残酷に殺されれば殺されるほど、シン君は耐え切れなくなる。それを狙うという訳ですね……」

 俯くロマ――それきり、ロマは黙り込んだ。中尉は牢獄の一点を見つめ続け、胸の内にある決意を固めつつあった。明日、それを完遂する為にはどうするか、それを考え続けた。




 次の日は、春の訪れを感じさせる快晴だった。
 木々の新芽が次々に生まれ、花々が咲き誇る。梢を駆け抜ける風は優しく、心地良い。
 だがそんな自然の美しい営みは、そこに住まう人々には見向きもされない――バードクーペ市民の興味は正午の鐘を合図に始まる、リヴァイブのメンバーと猛獣の戦いに集約されていた。

 「今回の猛獣はライオンか? それともグリズリーか? さあ賭けた賭けた!」

 それは、バードクーペ市民にとっては娯楽の一種だった。死刑囚を猛獣と戦わせ、生き延びれば罪を不問とする――ローマのコロッセオを髣髴とさせるそのイベントは、何時しか市民の賭博対象となり、常に圧政に喘ぐ人々の捌け口として市民には受け入れられていた。
 集まった四人は、それぞれのボロボロの姿を確認して言い合う。

 「なんだ大尉、やたら元気そうじゃないですか」
 「仕方ねぇだろ。拷問ってな慣れよ、慣れ。あんなもん数をこなせばちょろいぜ」
 「……出来ればこなしたくなかったんですけどね」
 「まあ、みんな無事で何よりだよ。僕らのイベントが行なわれるって事は、シンとコニールは逃げおおせたって事だからね。後は僕らが自分の見の振りを決めればいいって事さ」

 少尉が茶化し、大尉がうっそりと言い、中尉が微笑みながら言う。いつものトリオを嬉しそうに眺めながら、ロマは皆に問いかけた。

 「さて、どうする? 生きるか、死ぬか――どっちに賭けようか?」

 応えたのは大尉だった。

 「なる様になる、さ。今までも、これからもな」

 四人は歩き出す。己の死刑執行場所へ。だが、不思議と恐れは無かった――ただ、1つだけ皆の心に共通の願いがあった。『来るなよ、シン』と。




 《エネルギーライン確認。デュートリオンフェイズシフトシステム、オールグリーン。バッテリーもフル充電だ。どうやらメンテナンスに手抜きは無さそうだ。存分に性能を発揮できるぞ、シン》
 「……統一連合にも居るもんだな。掛け値無しの馬鹿って」

 イザーク=ジュールの事である。全ての説明が行なわれた後、全ての事象を無視してイザークはこう言い放ったのだ――「俺と戦え。全ての準備は整えてやる」と。
 統一地球圏連合軍強襲揚陸艦ミネルバ改級ジークフリードのモビルスーツデッキから、シンはイグダストを歩いて出撃させる。流石にこの状況で合体出撃はしたくなかった。同じ様に隣のモビルスーツデッキからイザークのストライクブレードが出てくる。件の対艦刀レーヴァティンを携えて、だ。
 ジークフリードのブリッジではコニールとシホ、ディアッカがこちらを見ている。ふと、シンは気が付いた。

 「なあレイ。なんでコニールとシホがこの艦に載ってるんだ?」
 《お前を探しに来たら拿捕されたそうだ。まあ良く撃ち落されなかった、という所だろう》
 「ふぅん……」

 しばしシンはシホを眺めていたが、次の瞬間視界をストライクブレードに切り替えた。シホに何か言ってやるにしても、こちらが先だからだ。

 《今までの勝敗は一勝一敗だ。ならば今日、全ての決着を付ける!》

 厳かに、イザーク。シンも返す。

 「ああ。異論はない。ストーカーもこれっきりにして欲しいもんでね」
 《言うわ。ならば……初めようか》

 ストライクブレードがゆらり、と動こうとして――シンが制した。

 「1つだけ確認しておきたいんだが、何をしても『構わない』んだよな?」
 《構わんぞ。貴様が俺に勝てる術があると思えるのなら、な》
 「ああ、あるぜ――飛びきりのヤツがね。レイ、バーストモードスタンバイ」
 《よし。バーストモードスタンバイ、VR》

 三度、ガルナハンで相対する兄弟機。立ち上る、紅と蒼のエネルギー残滓。機体が軋みを上げ始め、そして。

 《バーストモード、テイクオフ! 行け、シン!》
 「ああ!」

 イグダストが動く。しかし向かったのはストライクブレードではなかった。向かったのは。

 「――勝てないのなら、逃げれば良いんだよっ!」

 言うが早いかイグダストはきっかりと反転し、逃げ出したのである!



正午の鐘が鳴り響く時、多くの事が一気に起こりました。
一つ目は、リヴァイブメンバーの公開処刑が始まった事。
二つ目は、地味な事ですがバードクーべ中の有線通話がシステムトラブルにより使えなくなった事。
三つ目は、緑のモビルスーツがバードクーペ目指して走り出した事。
更にもう一つ。それは天空より舞い降りし――




 最初に気が付いたのは、バードクーペ空港監視塔で働くオペレーターだった。

 「……隕石?」

 それは急にモニタに現れた。大気圏上空、地上に降りるための進入角度を最終決定する高度に、だ。言い換えれば、その時点で地上のどこに下りて来るか決定される――防衛の観点で言うならば阻止臨界点。
 オペレーターはマニュアル通り、それの予想突入地点、そして大きさをチェック。次の瞬間、悲鳴を上げた。

 「こちら管制塔! 所属不明のモビルスーツがバードクーペに降下してきます!」

 金属、熱源、質量――それらがモビルスーツである事を余す事無く伝えてくる。そして、それの予想落下ポイントは正にここ、バードクーペだった。

 「何故今の今まで発見できなかった、職務怠慢だぞ!」
 「違います、本当に今、突然現れたんです! だとすれば……」

 他の同僚がオペレーターを怒鳴りつけるが、オペレーターも必死で返す。同時に、オペレーターはある思考に瞬間的に辿り着いていた。

 「……ミラージュコロイド?」

 ステルス機であるならば、それも可能だ。で、あるのならば目的は――バードクーペへの明確な侵攻。

 「防空警報! 本部にも連絡しろ!」

 未だ戦火の耐えぬガルナハンはバードクーペのスタッフである。そこは切り替えも早く、対応を開始した。しかし。

 「……有線通話が遮断されています! レーザー通信にて通信を開始します!」
 「何だと!? 既にシステムハックされているというのか!?」

 オペレーターと同僚は青ざめていた。だとすれば、次に来るのは。
 ふと、窓を見やる。まだ空は蒼いのに、雪が降り始めていた……否、雪ではない。

 「広域散布型チャフ・グレネード……レーザー通信も封じる気だ」

 誰が、一体、何の為に。今こそ平和になったガルナハンに攻め入るというのか――それは管制官の考えであり、バードクーペ市民の共通認識でもあった。
 平和になる者、平和になった者。そして、踏み台にされる者。それぞれが正義を持ち、信念を持ちえるのなら、こうした事も起こりえる。何が真の正義であるのか、誰もが解らぬ故に。




 ――天空に、一筋の流れ星。それを度の濃いサングラスで確認しながら、センセイは呟く。

 「来たわね……」

 載っているジープのエンジンを掛け、待機する。始まるのは、大混乱。行なうのは、ロマ=ギリアムの救出。旧スレイプニールはバードクーペ郊外に放置されているはず。後は混乱に乗じてそこまで逃げればいい。
 気になるのは混乱の規模だが。

 (あのミナの言い様だと、派手にやる気みたいだけど。どの程度にするのかしら?)

 その疑問は、数分も経たずに明らかとなった。チャフが街中に降り注ぎ始め、そして、モビルスーツが凄まじい勢いで降下してくる。その外観は見た事も無い――いや。

 「……呆れた。最高機密の最新鋭機を……」

 凄まじい地響きを立てて、さしたる抵抗も無くバードクーペにモビルスーツが着地する。赤銅色のボディに、鋭角的なライン。アメノミハシラ機密兵器にして、『三銃騎』の1つ――ギャン=ヴューテント=ボルトス。ならばパイロットはカナード=パルスの筈だ。

 「感謝するわ、ミナ。最高の友達を持った事に」

 ギャン=ヴューテントが動き出す。後に起こる大戦でミハシラの中核を為すモビルスーツの一翼が、遂に公の場に姿を現した瞬間であった。




 カナード=パルス。
 スーパーコーディネイター計画に生まれながらに翻弄されるキラ=ヤマト――そのクローンとして産まれ出でた者。
 幸か不幸かスーパーコーディネイターという存在には成り得なかったが、代わりにコーディネイターとしても傑出した戦闘能力を得る事となった。様々な出会いと別れを経て、人としてもコーディネイターとしても大きく成長し……

 「全て、破壊するッ!」

 ……て、なかった。
 赤銅色の機体、ギャン=ヴューテントが優雅さの欠片もなく強引に跳躍した。機体のパワーにモノを言わせた、強引な操縦だった。

 「ミナめ! 俺に露払いなぞさせおって!」

 カナードが激す。どちらかと言えば華奢なボディのギャンが、不釣合いな程豪快に左手に装備したラウンドシールドを振り回した。するとそれが左手から外れ、高速回転をしながら敵――事態を収拾しようと起動しだしたモビルスーツにぶち当たった。起動したばかりのダークダガーが何もできずひしゃげ、爆散する。

 「大体、俺がなぜこんな事をせねばならんのだ! この様な雑魚なぞ、物の数でもないと言うのに!」

 今度は右腕に構えられたビームライフル――むりやり先端に対艦刀を取り付けたような銃剣――を振り回し、近くにいたダークダガーを二機、立て続けに屠る。それは洗練とか優雅という言葉からは懸け離れた豪快かつ豪壮、有り体に言えば『暴力』を体現する様な動きであった。
 次々にローゼンクロイツのモビルスーツが起動を開始する。さすがに本拠、その数は無尽蔵と言ってもいい。だが、カナードはこう叫ぶと、その群れに突っ込んでいった。

 「余計な仕事を――増やすな!」




 「一体何事だ! 現れたのはイグダストでは無いというのか!?」
 《違います! あんな機体、見た事もありません。しかし、ハッキリしているのは敵だ、という事です!》

 ミハエル=ベッテンコーファーの執務室。ミハエルの怒声に、オペレーターが懸命に説明する。
 ぎり、と歯軋りをする。何故こうも上手くいかないのか、と。苛立ちを隠さず、ミハエルは怒鳴りつける。

 「とにかく、取り押さえろ! モビルスーツ1機なぞ、どうとでもなるだろう。取り押さえて背後関係を調べ上げろ!」
 《了解!》

 乱暴に通信を打ち切る。ミハエルは落ち着こうと深呼吸をして――出来そうもなかったのでデスクの引き出しから常備薬を取り出し、一息に飲み込む。それから大金を叩いて買い付けさせたスイス製の高級椅子に身を投げ出し、束の間の安息を得ようとして――やはり、出来なかった。
 ズゥン、ズゥン、ズゥン……絶え間の無い爆発音に似た音が腹に響く。その音はだんだんと大きくなってくる、近付いてきているのだ。

 「……何の音だ?」

 心当たりは無い。無いはずだ――だが、落ち着かない。湧き上がる不安が、ミハエルの情動をひたすらに刺激する。その音は、或いはミハエルにしか聞こえなかったのかもしれない。距離や位置から考えれば、伝わる方がおかしい音だったからだ。その音は明確な意志と殺気を伴って、ミハエルの下へ向かってきている――直感という名の本能が、それをミハエルに伝えていたのかも知れない。ややあって、その音の主が発見されたという一報がミハエルに伝えられた。それは幾分のヒステリックな悲鳴と、

 《で、出ました! イグダストです! 奴がこの街に!》
 ゴガァッ!

 足音がやって来る。衝撃、そして爆発。イグダスト――シン=アスカの破壊の意志と殺意を伴って。




 処刑場は、処刑どころでは無くなっていた。この様な情勢で悠然と食事の出来る猛獣も居なければ、悠然と出来る観客、そして処刑人も居ないのだから。

 「……とはいえ、放り出されても困るんだけどねぇ」
 「リーダー、ドサクサ紛れに逃げるぜ。少尉、中尉は?」
 「さあ? なんか『用事がある』って行っちゃいましたけど」
 「そうか……」

 珍しく大尉が渋面になる。だがすぐにロマに向き直ると、こう言った。

 「とにかく、千載一遇のチャンスだ。生き延びるぞ――付いて来い!」




 イグダストがバーストモードを発動して全力で走る――その速度はなんと、スラスター全開での飛行よりも早くなってしまう。その事を知っているのはシンとAiレイのみで、イザークとしては知りえない情報だった。

 「なんという、なんという奴だ!」

 踵を返して突っ走るイグダストに、さすがのストライクブレードも追い付けない。イグダストの踏み締めるパワーで大地が連続して爆ぜ、それらもまたイグダストを追うのに壁になっていた。そしてあっという間にイグダストはバードクーペの街に辿り着くと、大暴れを開始した。そしてそれを追いかけてバードクーペに入ったイザークのストライクブレードもまた。

 《と、統一軍機だ! 統一軍まで来たぞ!》
 《怯むな! 迎え撃て!》
 「貴様らァァァッ!」

 ローゼンクロイツにとり、統一地球圏連合軍は紛れも無い『敵軍』である。イザークはそこに飛び込んでしまった形になってしまった――シンの狙い通りに。

 「何処だ、イグダスト! 姑息な手を使いおって! 貴様等も貴様等だ! 何故しっかりと防衛活動をしなかった!」

 言いながらレーヴァティンを振るうストライクブレード。先に大規模な通信妨害を受け、更に宇宙からも侵攻されているバードクーペ守備隊が浮き足立つのは、止むを得ないところはあるだろう。
 何機かのダークダガーを数瞬で血祭りに上げると、イザークは前方にイグダストを発見した――そして、自分に向かって投げ飛ばされ、唸りを上げて飛んでくるダーグダガーも。

 《言っておくが、周りはお互い全部敵――互角の決闘だぜ!》
 「抜かせっ!」

 激し、イザーク。しかし脳裏では冷静に分析も行っていた。

 (……直接的にレーヴァティンの間合いに入れば、イグダストでは防げない。ならば、乱戦に持ち込めばいい――戦場の真っ只中の方が安全だと考えたのか!?)

 加えて、ここで大暴れをすれば捕まっているはずのリヴァイブメンバーが脱出できるチャンスも作れる。そこまで考えての行動だとすれば。
 ふん、とイザークは鼻を鳴らす。

 「いいだろう――戦場での決闘こそ、華々しいというものよ!」

 この男は、シン=アスカは本気でイザークに立ち向かう気で居る。それがイザークには嬉しかった。




 ミハエルは先程から怒鳴り続けだった。喉がカラカラになりながらも、ひたすら怒鳴る。

 「何とかしろ! 相手はたった3機なんだぞ!」
 《む、無理です! 通信妨害で組織だった動きが出来ない上に、散発的な動きではイグダストに武器にされてしまいます! モビルスーツを1機づつ片手で振り回す様な奴を、一体どうやって!?》
 「それがお前等の仕事だろう! 弱音を吐くな! ……おい、どうした!?」

 爆音、そして悲鳴と怒号。人が走り去る音――全てを悟り、ミハエルは通信を切る。

 「どいつもこいつも! もうすぐ皆が平和に暮らせる世の中が来るというのに!」

 いらいらしながら、ミハエルはデスクから拳銃を取り出す。弾が入っているのを確認して立ち上がる。と、執務室のドアが開いて、誰かが入ってきた。その人物、中尉はミハエルに拳銃を向けていた。

 「どこかへお出掛けですか? 義兄さん」
 「……お前か。闖入者を私自ら、退治しようと思ってな。だが、何故私に銃を向ける? 平和な世の中を作る――その為に命を張る。そう言ったのは他ならぬお前だぞ?」
 「ならば何故、私を裏切ったのか!」

 中尉が一歩、前に出る。壁に沿ってミハエルも下がる。次第に部屋の端にミハエルは追い込まれていった。

 「平和には痛みが伴う。誰かを犠牲にしなければならん。誰かが犠牲にならなければならんのだ」
 「それをしない――させないのが『平和』ではないのですか!?」
 「『平和』の為の犠牲は、必要なのだ! その様な青い考えでは、政治は出来ん!」
 「詭弁を言わないで下さい。貴方もまた、同じだ。今までの為政者達と、結局……同じだった」

 中尉が目を伏せる。その隙をミハエルは逃さなかった。

 「……だから、何だ!?」

 懐から拳銃を取り出し、迷い無く中尉を撃つ。それは中尉の腹部に命中し、ごぼ、と中尉が吐血した。

 「今までの為政者と同じ? だから何だ?」

 更に二発、無造作に肩と足を撃つ。あっという間に執務室に血が広がり始めた。中尉の拳銃を蹴り飛ばし、部屋の隅に追いやると中尉の頭に拳銃を向け――そして、躊躇い無く引き金を引いた。

 「人間の幸せとは、所詮誰かの幸せを奪う作業に他ならん。政治とは、それを美辞麗句で塗り固め、見栄えを良くしたに過ぎん。それが解らなかったから、私はお前を切り捨てたのだ」

 中尉の体がごとりと床に落ちる。流れた血が更に広がり、部屋全体が血に染まったかのようだった。ミハエルは襟元を正し、部屋を出ようとして――ふと、窓の外を見た。影が急に広がった様に感じたのだ。
 そして、それはその通りだった。カナードのギャン=ヴューテントがこの近くまでやって来ていたのだ――ダークダーガーを蹴散らしながら。部屋を覆った影が現れたのは、破壊されたダークダガーの頭部が正にこの部屋目掛けて飛んでくる瞬間だった。
 逃げる暇も、悲鳴を上げる余裕も無かった。一瞬の内にミハエルは機械と建材に押し潰され、この世から轢殺されていた。その様はミハエルが常々考えていた『奪われる者』そのものの様でもあった。




 何時の間にか、本当に何時の間にか。もう動くモビルスーツは周囲に居なくなっていた。
 いや、1機だけ――イザークのストライクブレードが。

 「なあレイ、リーダーや大尉達は逃げおおせたかな」
 《解らん。確認のしようもないが、あの連中の事だ。まあ大丈夫だろう》
 「……そっか。なら、いいかな」

 ふう、と溜息をついてシン。もう一度深呼吸をして、決然と対艦刀を構える――ストライクブレードに向かって。

 《小細工は仕舞いか?》
 「ああ。とりあえずやりたい事は出来た――付き合ってくれた礼だよ」
 《フン……どうする? お前は、俺を倒せるのか?》

 イザークらしい言い様である。この男はおそらく、ずっとそれを追い求めてここまで来てしまったのだ。
 そう――『最強の戦士』という称号を求めて。
 シンは、ちろと唇を舐めた。勝つ自信なぞ、更々無い。或いは生き残る自信すら。しかし体が発したのは、次の言葉だった。

 「倒せるさ。俺とイグダストなら、な」

 言ってから、総毛立った。殺気が段違いで増えたのだ。冷や汗が全身を伝う、それが詳細に解って、シンはもう一度唇を舐めた。

 (怖い……な。でも、俺も引けない。ルナマリアが俺を信じて、最強と言ってくれたこの機体。俺が引く訳にはいかないんだ)

 イザークが、背負ったものがある。ならば、シンにも背負ったものが在る。
 それの比べ合いならば、引く訳にはいかない。
 じり、と間合いが詰まる。空気が重い。まるで水中の様な重苦しさの中――ストライクブレードが動いた!



それは、必勝の一撃でした。小細工の一切無い、必殺の一撃。
余人であればどうしようもない、イザーク=ジュールの武人としての意地が詰まった最速最高の一撃でした。
或いはストライクブレードとイグダストだけの比べ合いであれば、勝負は決まっていたのです。
しかし、この戦いはイザーク=ジュールとシン=アスカの戦いでもありました。
――カテゴリーSという、人に在らざる者の矜持を掛けた戦いだったのです。



 シンは、不思議な感覚に襲われていた。
 それは何度か味わったあの感覚。己の命も、鼓動も、感情も。何もかもがどうでも良くなる感覚。
 家族を失った時、味わったあの虚無。それを必死に忘れようとして、辿り着いた――のかも知れない。
 それが、イザークの斬撃の凄さを伝えていた。速過ぎる。強すぎる――防ぎようが無い。

 (凄いな。こりゃ、死ぬな)

 避けられないスピード、そして威力。対艦刀で受ける事すら不可能だろう。だが、シンは諦めなかった。

 (手を伸ばす事すらしないで、死ねないよな。ルナ……)

 出来るかどうか、わからなかった。だが、シンは手を伸ばしていた。




 その瞬間、イザークは瞠目した。

 「何だと!?」

 避け辛い、上段切り下ろしの斬撃だった。だが――剣先が在り得ない動きをしたのだ。イグダストに命中する瞬間、まるで弾かれた様に横に動いたのだ。いや、弾かれたのだ。イグダストの手の甲で、優しく叩く様に。

 (最小の動きで、最大の効果を!? 速度にエネルギーを使う為に、パワーには割り振っていない――気が付くか、それを!)

 そう。ストライクブレードは速度を最大限にする為に関節部に掛かるパワーを最小限にしている。その為、ほんの少しの力で容易くバランスを崩してしまうのだ。そう――ほんの少しで。
 イグダストが動く。とんでもないパワーを秘めた横薙ぎの斬撃。ストライクブレードはすばやくバックステップして距離を取った。確実に避けられる距離だった。
 だが、イザークはまたも瞠目した。
 イグダストの対艦刀、スワッシュバックラーは『ただの幅広な、頑丈な対艦刀』でしかない。特別な機能など無いのだ。だが、バーストモードを展開したイグダストが使えば。

 「剣を横にして!?」

 そう。刃先を立てず、ただの板の様に振るうなら――爆風、それがストライクブレードに襲い掛かった。
 通常、風に煽られて倒れるモビルスーツなど存在しない。しかしパワー無双のイグダストが、極限までパワーを削ったストライクブレードに試せばどうなるか。
 なんとストライクブレードは煽られ、倒れてしまったのである。直前にバックステップしていたのも仇となり、前に踏ん張る事も出来なかった。
 ――こうなると、スピードなど何の意味も無い。

 「くそっ!」

 イザークは毒付く。慌てて起き上がろうとして――動きを止めた。眼前に、イグダストのスワッシュバックラーが付き付けられていたのである。
 イザークはまたしても、己が敗北した事を認めなければならなかった。
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